↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第四章 アウレアからの留学生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/62

第六十一話 別れの朝、シェイラ基礎教育の終わり

 別れの式は、到着の時と同じ会場で行われた。


 広い食堂。

 高い天井。

 均一な光。


 最初にここへ来た時と、何も変わっていないはずだった。

 けれど、ナイラの見え方はもう違っていた。


 壇の前には、アウレア連邦の一団。

 その向かいに、シェイラ側の職員と評議会関係者が並ぶ。

 導線の端には警備もいる。


 形式は厳粛だった。

 言葉は短く、整っている。

 歓迎の時と同じように、立場と友好が確認され、滞在の成果と今後の連携が述べられる。


 ナイラは、定められた位置に座っていた。


 背筋を伸ばす。

 足の位置を揃える。


 視線を少しだけ動かす。


 いた。


 教員席の少し後ろ。

 関係者の列の中に、アオがいた。


 それが見えた瞬間、張っていたものが、ほんの少しだけ緩む。


(……よかった)


 ちゃんと、いる。

 最後に、きちんと別れが言える。


 それだけで、思っていた以上に安心した。


 壇上では、評議会の一人が落ち着いた声で話している。


「――アウレア連邦より派遣されたセルヴァン・ナイラ殿は、所定の課程を終え、本日をもって帰国される」

「滞在中の実験と記録は、今後の両国における技術交流の一助となるだろう」


 形式的な言葉だ。

 だが、空疎ではなかった。


 ナイラは黙って聞く。

 聞きながら、胸の中で別のことを思っていた。


 ここで学んだこと。

 持ち帰る記録。

 見えた限界。

 見えた可能性。


 それから――アオのこと。


 式は静かに進んだ。

 最後に、アウレア側から短い答礼があり、ナイラも一歩前に出た。


「このたびの受け入れに、感謝申し上げます」


 声は、落ち着いていた。


「ここで学んだことを、アウレア連邦へ持ち帰ります」

「記録と成果を無駄にせず、今後の改良と実用へつなげてまいります」


 一拍だけ置く。


「……ありがとうございました」


 頭を下げる。


 拍手は大きくない。

 だが、静かにまっすぐ続いた。


 式が終わる。


 場の空気がわずかにほどけ、人が動き始める。

 付き添いが荷の確認に入る。

 文官が書類を受け取り、護衛が導線を確かめる。


 ナイラも自室へ戻る前の控室で、最後の確認に入った。

 持ち帰る記録板。衣類。預けた小物。

 どれも整理されている。


 エリスが手元の一覧を確認しながら、淡々と告げる。


「搬入分に不足はありません」

「研究資料は別便にて管理移送されます。こちらでお持ちいただくのは確認済みの私物と、閲覧許可の出ている控えのみです」


「分かったわ」


 答えてから、ナイラは小さく息を吐いた。


 終わる。

 もう、本当に終わる。


 控室の扉の外で足音が止まった。


 軽いノック。


 エリスが視線を向けるより先に、ナイラは何となく分かった。


「……どうぞ」


 扉が開いた。


 そこに立っていたのは、アオだった。

 少し後ろには、ロッド先生の姿も見える。


 ナイラは思わず、肩の力を抜いた。


「アオ」


「うん」


 アオは中の入口近くの位置で足を止めた。

 視線だけが、ナイラの顔と荷物をひと通り見て、それから戻る。


「帰る準備中だった?」


「ええ。もうほとんど終わりよ」


「そっか」


 一瞬、沈黙が落ちる。


 先に口を開いたのは、アオだった。


「ありがとう」


 ナイラが瞬きをする。


 アオは続けた。


「ナイラが来てから、ここでも一人でいる感じがしなくなった」

「ナイラが頑張ってるのを見てると、たぶん、俺は思っていたより助けられてた」


「……アウレアに戻っても、ナイラなら大丈夫だと思う。ただ、無理しすぎないで」


 ナイラは返そうとして、少しだけ言葉に詰まった。


 準備はしていたはずだった。

 ちゃんと返すつもりだった。

 なのに、何かが詰まって、言葉が出てこない。


「こちらこそ……ありがとう」


 そこまでは出た。


 でも、その先が揺れる。

 揺れを隠すように、ナイラは背筋を伸ばした。


「もしこの先、アウレアに来る機会があれば」

「ぜひ、セルヴァン家を訪ねてください」


 言いながら、自分でも少しだけ硬いと思う。


「盛大に歓迎します」


 強がりみたいな言い方だった。

 もっと別の言い方もあったはずなのに、出てきたのはそれだった。


 アオは、少しだけ目を丸くした。

 それから、ふっと口元を緩める。


「……うん」

「機会があったら、行ってみたい。ありがとう。」


 その返事に、ナイラはやっと少し息ができた。


 そこで、エリスが一歩だけ近づいた。


「ロッド様」


 呼ばれて、扉のそばにいたロッド先生が顔を上げる。


「はいはい。なんでしょう、エリスさん」


 いつもの軽さだったが、声量はきちんと抑えられていた。

 場に合わせている。


 エリスは、手にしていた小さな封筒と、もう一つ、厚みのある包みを差し出した。

 包みには、深い色の紋章が入っている。


「こちらを、お預かりいただけますか」


 ロッド先生は受け取る前に一度だけ目を落とす。

 無造作ではない。確認の目だ。


「中身は確認していただいて構いません」


 エリスは静かに言った。


「セルヴァン家の家紋入りの紹介状と、ナイラ様からの手紙です」

「確認後で結構ですので、後ほど碧様へお渡しください」


 ナイラはその横顔を見た。


 言えなかった分を、エリスが整えてくれている。

 それが分かって、少しだけ胸が熱くなる。


 ロッド先生は包みを受け取り、軽く頷いた。


「承知しました」

「検閲と確認を通してから、責任持って渡します」


「ありがとうございます」


 エリスが一礼する。


 アオは、差し出された包みを見て、それからナイラを見た。

 何か言おうとして、でも言葉を飲み込んだ。


 その方がよかった。


 今ここで中身を説明してしまうより、

 あとで、ひとりで読んだ方がいい。


 ナイラはそう思った。


 控室の外では、出発の合図に向けた動きが進んでいる。

 遠くで短い足音。

 荷の固定を知らせる小さな音。


 時間だった。


 アオが一歩だけ下がる。


「じゃあ」


 短い言葉。


 ナイラも頷く。


「ええ」


 その先を、どちらが先に言うか少しだけ迷って、

 ほとんど同時になった。


「またね」

「じゃあね」


 声が重なる。


 それが少しだけ可笑しくて、

 でも笑うほどではなくて、

 ただ、妙に奥に残った。


 アオが控えめに手を上げる。

 ナイラも、小さく上げ返した。


 それで終わりだった。


 派手ではない。

 でも、ちゃんと別れだった。


 ナイラは踵を返し、エリスとともに扉の方へ向かう。

 すれ違う直前、もう一度だけアオを見る。


 アオは、もう追いかけてこなかった。

 その代わり、そこに立っていた。


 見送るために。


 ナイラは、その視線を背中に感じたまま歩いた。


 導線に従って廊下を抜け、護衛に囲まれ、宙船の乗り口へ向かう。

 足は止めない。

 止めたら、また振り返ってしまう気がした。


 タラップを上がり、案内された座席に腰を下ろす。

 固定具が留められ、扉が閉まる。

 外の音が、一段遠くなった。


 その瞬間だった。


 張っていたものが、音もなくほどけた。


「……っ」


 息を吸っただけのつもりだったのに、喉の奥が勝手に震えた。

 視界が滲む。

 瞬きをしても引かない。


 次の瞬間には、頬を伝っていた。


 自分でも、よく分からなかった。


 悲しいのか。

 悔しいのか。

 ほっとしたのか。


 ちゃんと別れが言えたからなのか。

 もう会えないかもしれないと思ったからなのか。


 ただ、もう強がらなくてよかった。

 それだけは分かった。


「ナイラ様」


 隣に腰を下ろしたエリスが、静かに名を呼ぶ。


 ナイラは唇を結び、顔を背けるように窓の方を向いた。

 けれど、涙は止まらない。


「……平気よ」


 言ってみても、少しも平気な声にならなかった。


 エリスはただ、小さな布を差し出し、それから視線を外す。


「どうぞ、こちらを」


 それだけだった。

 その距離の取り方がありがたくて、余計に涙が出た。


 宙船が浮き上がる。

 わずかな揺れのあと、シェイラの塔と光がゆっくり遠ざかっていく。


 ナイラは濡れたままの目で、それを見ていた。

 見えなくなるまで、ずっと。


 そのままナイラは、エリスとともにアウレアへ帰った。


 ***


 少し時間が経ってから。


 アオは自室にいた。


 日課を終え、机の上を片づけて、ようやく一息ついたところだった。

 部屋の中は静かだ。

 壁面の淡い光だけが、変わらずそこにある。


 軽いノックがした。


「はい」


 扉が開き、ロッド先生が顔を出す。


「今、大丈夫か?」


「はい。大丈夫です。」


 ロッド先生は中へ入り、扉が閉まる。

 手には、見覚えのある包みがあった。

 深い色の紋と、整えられた封。


 アオがそれに目を向けると、ロッド先生は小さく肩をすくめた。


「あの時のナイラからだ」


 ロッド先生は包みを机の上に置く。

 厚みのある紹介状と、その上に重ねられた手紙。

 封は確認のために一度開かれ、きちんと閉じ直されていた。


「家紋入りの紹介状と、手紙。どっちも確認は通ってる」


 アオは包みを見たまま、そっと頷いた。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 少しだけ間を置いてから、いつもの調子で言う。


「じゃあ、俺はいったん外すから。またすぐ戻る。」


 そう言って、扉へ向かう。

 部屋の中に静けさが戻った。


 机の上には、ナイラからの手紙があった。


「アオへ

 

 シェイラに来てから、ひとりになってしまった、と思ったことが何度かありました。

 知らない場所で、知らない人たちに囲まれて、やるべきことは分かっているのに、どうしても息が詰まる時がありました。


 でも、あなたがいてくれたから、私は頑張れました。


 あなたは、無理に近づきすぎず、でも離れすぎず、いつも私の歩幅に合わせてくれました。

 私が話せる時に話を聞いてくれて、黙っていたい時には、そのままにしてくれました。


 あれは、私にとってとても助かることでした。


 実験のことで困っていた時、あなたが手伝ってくれると言ってくれたことも、とても嬉しかったです。

 あの時、私は思っていた以上に追い詰められていました。

 だから、あの一言に救われました。


 そして、実際に前へ進めました。


 でも、そのあとであなたに負担をかけることになってしまったのは、今も苦しいです。

 せっかく手伝ってくれたのに、あなたに何も背負わせたくはありませんでした。


 私は、あなたから受け取ってばかりでした。


 けれど、だからといって謝りたいわけではありません。

 後悔しているわけでもありません。


 私は、いつかあなたに返せる機会があると思っています。

 だから、これはそのまま預けておいてください。


 同封した紹介状は、エリスに準備してもらいました。

 セルヴァン家のものです。

 きっと、いつか役に立つと思います。


 でも、本当はそれだけで終わりにしたくありません。


 私は、いつか直接あなたに返したいです。


 もしアウレアに来ることがあれば、ぜひセルヴァン家を頼ってください。

 その時は、ちゃんと私が迎えます。


 最後まで手紙を読んでくれて、ありがとう。


 また会いましょう。


 ナイラ」


 手紙を読み終えたアオは、しばらくそのまま座っていた。


「……こちらこそ、ありがとう。ナイラ」


 小さくそう呟いたところで、もう一度、扉が叩かれた。


 返事をすると、フジワラとロッド先生が入ってくる。

 フジワラは室内に入ると、すぐにアオへ向き直った。


「碧殿。一区切りの報告に参りました」


 淡々とした、いつもの声だった。


「この二年で、碧殿は基礎教育課程の到達目標を満たしたと判断しています」

「一部については、既定水準を上回っています」


 続ける。


「次期より、基礎教育ではなく、より機密性と専門性の高い訓練・座学課程へ移行します」

「詳細はローデリックより説明させます」


そして最後に、少しだけ言葉を落とした。


「……ご苦労様でした、碧殿」


言い終えると、フジワラは横へ視線を流す。

ロッド先生が、軽く肩をすくめた。


「……ということです」


いつものような軽さはあるが、声はちゃんと抑えられていた。


「正直、ここまで早いとは思ってなかった」

「これからはまた少し大変にはなると思う。でも、アオなら大丈夫だ」


 それから、まっすぐアオを見る。


「次の段階に行こう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。