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現実世界で世界を救った俺、異世界で魔王に転生したみたいだけどなんやかんや世界を救うはめになりそう ~世界を救う魔王の英雄プロトコル~  作者: 足本 弘
第三章 特別教育機関

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第四十話 ロッド先生2

朝の空気は、相変わらず静かだった。


 目覚めると、光がゆっくりと室内に満ちていく。数値の確認を終え、アオはいつも通りに身支度を整えた。もう、この流れに戸惑いはない。良くも悪くも、ここでの生活に身体は順応し始めていた。


 扉を出ると、廊下の先に人影があった。


「おはよう、アオ」


 ロッドだった。いつもより少しだけ早い。


「……おはようございます」


「今日は基礎学力からだ。ミナトが先に準備してる」


 並んで歩き出す。距離はほんの半歩分。それだけで、廊下の空気が少し柔らいだ気がした。


 午前の授業は、いつも通りだった。


 数式を追い、前提を確認し、問題を解く。ミナトは必要以上に口を出さない。アオが理解していることを前提に、次の段階へ進めていく。


 説明が終わる前に、答えが揃う。


 ミナトは一瞬だけアオを見るが、何も言わない。ただ、進度をさらに上げた。


(……やっぱり、ほとんど同じだ)


考え方は、もう迷わない。

違うのは、説明の切り口と前提の置き方だけだ。


そう思いながら、

アオは次の問題へ進んだ。


午前のセッションは、予定よりかなり早く終わった。


「今日はここまででいい」


 ミナトはそう告げ、端末を閉じた。


「午後はローデリックが世界理解を担当する。……引き続き、集中力は維持できているな」


「はい」


 それだけで会話は終わる。余計な評価はない。


 昼を挟み、午後の時間。


 ロッドは教室の扉を開き、アオを中へ促した。


「じゃあ、午後の授業を始めよう」

「今日は世界史だ。といっても、細かい年表じゃない」


 室内は無駄のない広さで、壁面全体が淡く光っている。


「この世界を“どう分けて理解してるか”の話だな」


 ロッドが操作すると、壁一面に大きな地図が浮かび上がった。


「惑星アーク・ヴェルスには、大きく三つの主要大陸と、八つの中規模大陸がある」


「ここ、シェイラは北大陸。その中のレイラン地区に位置している」


 ロッドは空中に簡易的な投影を出す。


「植生も、生物も、大陸ごとにかなり違う」


「……でもな、面白いことに」


 少し笑う。


「ベイラで取れる小麦は、どの大陸でも栽培されている」


 アオはわずかに目を見開いた。


「同じ品種なのに、味は全然違う」


「ベイラの小麦は、香りが強くて、焼くとコシが出る」


「南へ行くと、草人――ヴェルダ人の土地だが……あっちは軽くて、ふんわりする」


ロッドは、少しだけ口元を緩めて続けた。


「うちではな、朝はしろパンを焼く」


「個人的には、ベイラ産より南の小麦の方が好みだ」


 その言葉に、アオの意識が引っかかる。


「……家でも、毎朝しろパンでした」


 思わず口に出ていた。


「携帯のパン焼き機を持たせてもらってて……」


「ほう」


 ロッドの目が少しだけ輝く。


「青いバナナのマークのやつか?」


「はい」


「やっぱりか。あれ、作りがいいだろ」


「温度制御も細かいし、水質補正も優秀だ」


「粉や水が多少違っても、味が崩れない」


 話が、自然と広がっていく。


 どの設定が使いやすいか。


 どの粉だと香りが立つか。


 雑談のはずなのに、いつの間にか話し込んでいた。


「……ローデリック」


 横から、静かな声が入る。


 アヤセだった。端末を手に、淡々とこちらを見ている。


「このままだと、本日の進行が想定外の方向に伸びる可能性があります」


 責める調子ではない。ただ、事実の確認。


「碧殿の進捗自体は問題ありません」


「ですが、長時間の非構造的な会話は、教育計画上の不確定要素になります」


 ロッドは一瞬だけ口を閉じた。


「……失礼しました」


 すぐに頭を下げる。


「少し話が逸れましたね」


 アオの方を見る。


「ごめんな、アオ。授業に戻ろう」


「いえ……」


 そう答えかけて、言葉を止めた。


 アヤセはそれ以上何も言わず、視線を端末に戻した。


 世界史の授業は、予定通りに再開された。


 その後は、余計な雑談はない。


 だが、空気が冷えたわけでもなかった。


 夕方。


 ロッドはアオを伴って、食堂へ向かった。


「さっきの話な」


 歩きながら言う。


「南の小麦、申請すればたぶん手に入る」


「食事は基本自室から選べるが、素材指定やカスタムは食堂のシステムを使う」


 端末の簡単な操作を見せる。


 項目は多い。だが、分かりにくくはない。


「……思ったより、選択肢が多いですね」


「そうだな。慣れるまでは、迷う」


 ロッドは小さく笑った。


「でも、自分で選ぶのは悪くない」


「生活の感覚が、残る」


 アオは端末を見つめながら、ふと思った。


 こうして誰かと並んで、どうでもいい話をしている。


 それだけで、胸の奥が少し温かい。


「……ありがとうございます」


 自然と、そう言っていた。


「久しぶりに……人と、雑談した気がします」


 ロッドは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


 それから、穏やかに頷く。


「そうか」


「なら、よかった」


「困ったことがあったら言ってくれ」


「授業中は怒られるからな」


 冗談めかして言う。


「朝とか、今みたいな夕方なら、生活面の話くらいはできる」


 アオは深く頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 部屋へ戻る途中、ロッドは一人になった。


 廊下の途中で、ふと足を止める。


 照明が静かに灯る中、天井を見上げた。


(……少し、話しすぎたかもしれない)


 そう思った自分に、彼は小さく苦笑した。


 距離を保つべき相手だ。


 分かっている。


 それでも――


 ほんのわずか、救われたような顔を思い出してしまった。


 ロッドは歩き出す。


 その背中を、誰も呼び止めなかった。

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