占星庁の干渉
「教皇庁で大規模な人事入れ替えがあった」
という知らせが入って来た。
アベラルド・フラティーニはそれに関連した情報も報告を受ける。
「占星庁の介入でしょうね。と言っても、15、16の少年少女が攫われてダレッシオの地下で強制労働させられる現状は変化無しかと。
ただこれまでの既得権益層の面々が消えて、占星庁の息が掛かった連中が教皇庁の上層を占める事になった、ということのようです。
教皇庁がベッティーナ・ボッチの元へ向かわせた下手人が捕獲された事で、芋蔓式にそれまでの上層部の所業や弱みがバレて、自主的に役職から退くよう脅しが入った模様です。
『教皇庁の面々は自分達が散々やってきた拷問・虐殺を自分達がやられるかも知れないと感じた事で自主的に権威を返上し行方をくらませたのだ』という解釈がアングラで広められていますが…。
『誰も元お偉方のその後の姿を見ていない』というのだから、後腐れを残さないよう一斉粛正された可能性もあります」
こうした情報はーー
私属騎士を従える侯爵家クラスの貴族が遅かれ早かれ皆知る事になる…。
社会事情は早目に知っておく事で見えない落とし穴を避ける事ができる。
「ジロラモとアンジェロにも早目に知らせておいた方が良さそうだな」
アベラルドは
「チェザリーノ」
と執事長へと振り返り
「遣いを」
と命じた。
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教皇庁という権力が名目上は残ったまま実質消失した事態によって、今後国内のパワーバランスがどうなるのか分からない。
最悪の場合
「占星庁関係者ではない者は全員社会の上層から姿を消す事になる」
可能性すらある。
ガストルディ侯爵派は占星庁の指示で異端審問庁を乗っ取り
ガストルディ侯爵家・ガストルディ伯爵家・ガスパリーニ伯爵家は共に
「実子が全て事故・病死・自殺という形で命を落とした」
状況にある。
ガストルディ侯爵派は占星庁の息が掛かった派閥ではあるが…
占星庁一族ではない。
要は「露払従者」のようなもの。
異端審問庁にはチラホラとバルディ侯爵派の者達が入り込んで来て、着々と出世している。
(やはり占星庁はバルディ侯爵派だったか…)
と、ここ1年間ほどで如実に明らかになりつつあるのだ。
しかしバルディ侯爵派がガストルディ侯爵派を異端審問庁内で追い落とす気配はない。
それでいてガストルディ侯爵派はバルディ侯爵派の指示で動いている。
どうやらバルディ侯爵派はガストルディ侯爵派を傀儡権力にして、批判や悪意を受ける盾役にしようとしているようだ。
実権を握りながら、それでいて責任は名目上のトップに背負わせる。
これと同じやり口が各省庁、各分野の上層で行われている筈だ。
この国の社会で貴族であり続けようと思うなら…
そういった陰湿極まる最大権力の動向を把握しておかなければならない。
フラティーニ子爵家にてーー
「バルディ侯爵派の情報は驚くほど入手困難です。それ自体がバルディ侯爵派がすなわち占星庁一族だという証左にもなり得ます」
とフラティーニ子爵ジロラモ・フラティーニがアベラルドへ告げた。
「…クレメンティーナと結婚してじきに2年経つが、未だに彼女の実家の使用人からバルダッサーレ伯爵についての情報を聞き出せずにいるからなぁ」
アベラルドもお手上げだというように溜息を吐く。
「…たかだか伯爵家の使用人というには、バルダッサーレ伯爵家の使用人達は余りにも口がかたいようですね。『一体何処の王族直属使用人だよ!』とツッコミたくなります」
フラッテロ子爵アンジェロ・フラッテロが肩をすくめると
「大公家や公爵家の使用人でさえも簡単に自分達の主人の情報をペラペラ話すご時世に、たかが伯爵家の使用人達があり得ない程の口の硬さで忠誠心の塊だというのが、ホントあり得ないなぁ」
とジロラモ・フラティーニも苦笑した。
「不気味な話ですが、首都のバルディ侯爵邸にバルディ侯爵は住んではいないのですよ」
アンジェロがそう言うと
「おっ、バルディ侯爵家の使用人からは話が聞けたのか?」
とジロラモが目を見開いた。
「毎度のことながら合理的じゃないんですけどね。一族の女を使用人の不倫相手にあてがって世間話のついでに仕える家について話を聞き出すなんて、ほんのちょっとの情報しか得られません」
「でもちゃんと食いついてくるんだろ?やっぱり凄いな。フラッテロ家の美貌は。バルダッサーレ伯爵家の使用人にちょっかい掛ける係もフラッテロ家で受けもってくれると、ちょっとくらい話が聞けそうじゃね?」
ジロラモの提案を聞くと
「…フラッテロ家の者にばかり色仕掛けをさせるのは不公平でしょうが…」
アンジェロの表情に怒りが混じる。
「…フラッテロ家の者達は幸せだな。アンジェロが一族思いで」
アベラルドはアンジェロの人間らしさに触れて少しホッとしたような笑顔を見せる。
「フラッテロ家は刑吏一族の中でも特に『自分と近い血の者の安否が常に気にかかる』性質ですからね。当然、気を配りますよ。
…という訳で、マリアンジェラは元気にしていますか?」
「元気だよ。チェザリーノの目が黒いうちはマリアンジェラに危害が加えられる事は先ずない」
「チェザリーノ。あの男。個人的には気に食わないんですけどね」
「ああ、あのオッサン、コエェよなぁ。…アベラルド様はよくあんなのとずっと一緒にいられますよね」
「チェザリーノは価値観が『マリアンジェラ至上主義』だからな。性接待要員にマリアンジェラを指名したりすれば、私でも殺されるだろうが、逆に言えば、それさえしなければ忠実で分かりやすい男なんだ」
「…いや、充分コワイですよ…」
「それはそうと、ガストルディ侯爵が侯爵令息の婚約者を決めたようですね」
アンジェロが急に話題を変えたかに見えるが
今度はジェラルディーナに関して話をしておきたいらしい。
「チェッキーニ伯爵令嬢だろ?…というか、今は伯爵の義妹か…」
アベラルドが含みのある言い方をすると
ジロラモが
「えっ?それ、どういうネタですか?俺、知らないんですが?」
と食いついた。
アベラルドが視線で
(お前から説明してやれ)
とアンジェロに指示すると
アンジェロが
「今現在、チェッキーニ伯爵家はカルローネ商会に乗っ取られてる状態なんですよ」
とジロラモに教えた。
「ファビオ・チェッキーニ。元ファビオ・カルローネ。カルローネ商会の会頭。ソイツが元チェッキーニ伯爵の養子に入り後継者となり爵位を獲得した。
要は爵位と領主権を金で買った形ですね。
ジロラモ殿もご存知でしょうが、爵位・領主権そのものを金で売買する事はできません。
なので養子に入って継承権を得て譲渡を受けるのが、この国の爵位・領主権売買の常套手段です」
「チェッキーニ伯爵って40代くらいだったか?…んで、カルローネ商会の会頭は30代半ばくらいだったよな…」
「ええ。六つ違いですね」
「六つしか離れてないのに養子とか有りなの?」
ジロラモがギョッとしたのを見て
アベラルドが
「養子縁組の規定が我が国は近隣国と比べても緩いんだ。原因として占星庁が妖術師を貴族家へ養子として捩じ込んで庇護しているから、『よりやりやすいように』と養子縁組のハードルを徐々に引き下げ続けた事が要因に挙げられる。
下手をすると『同じ歳の者を養子に』なんて事もある」
と疑問の答えを述べた。
「妖術師…」
「この国の占星庁は妖術師を依怙贔屓してると言えるくらいに妖術師を優遇しているという事だ」
「占星庁と妖術師の癒着。俺が思ってたよりも深刻そうですね」
「ああ。それがこの国の最大の特徴だろうからな」
「………」
アンジェロは妖術師という厄介な存在について、しばし瞑想に耽った…。




