人事異動
フランカから新しい噂話がもたらされた。
「女中頭だったダフネさんが護衛騎士のジュリアーノさんと離婚して、実家へ送り返される事になったんだって」
という話は、ジェラルディーナにとって寝耳に水だった。
その話を聞かされて
「えっ!あの人、離婚したの?」
とジェラルディーナは目を丸くした。
ジュリアーノが若い美人女中ダリダとコッソリ関係を持っていて
「この度ダリダが妊娠してしまいました」
とかいう事で
(妻との間に子が無かった事情も後押しして)
「ジュリアーノが離婚を切り出した」
のだそうだ。
しかも女中頭のダフネの方も
どうやら若い従僕と不倫していたらしく…
証拠を突きつけられて文句も言わせてもらえず
夫の言いなりに離婚する羽目となり
更には
「新しい妻に危害を加えられたら困るから」
という理由で、侯爵邸に留まる事も許されずに追い出されたのだという…。
何せジュリアーノはフラティーニ侯爵家当主アベラルドの専属護衛。
侯爵様のお気に入り。
ジュリアーノが
「元妻を新妻から遠ざけたい」
と言えば、その意向が通ってしまったのだった。
「…そうなると次の女中頭は誰になるの?」
ジェラルディーナの問いに
フランカは
「…年功序列で言えば託児室の保母のアニータさん?」
と疑問形で答えた。
「ダリダは妊婦なら階段とかトイレの掃除からは外されるんだよね?」
「妊娠期間中はね」
「それにしても、そういう事ってあるんだね」
「子供のいない夫婦は法的に問題なく離婚できるんだよ」
「ダフネさん、なんで子供作らなかったんだろ?」
「元々夫婦仲が良いとは言えなかったし、『いつでも離婚できるように子供は作らずにおく』方針の夫婦だったんじゃない?」
「…子供がいない夫婦の関係はそんなに簡単に終わるのか…」
(私の未来もそんな感じなのかもな…)
ルーベンとの間に子供ができるとは到底思えないジェラルディーナには、ダフネとジュリアーノの離婚が自分とルーベンの未来のようにも思えた。
もっとも、ダフネは気の強そうな女で、ジェラルディーナと違って容姿に恵まれてもいない。
ダフネは性格も悪くて
部下の使用人の扱いにも好き嫌いで格差を付けていた。
気に入った相手を楽なポジションに就かせて
気に入らない相手をキツいポジションに就かせる。
女中頭のダフネがそういう人間だと皆が知っていたから…
媚びる性格の下級使用人はダフネに忖度して動いていた。
「…ジェラルディーナに嫌がらせした女中と従僕って、ダフネさんに指示されてやったらしいんだよね…。
そういう性格だったから、夫にも浮気されてこの屋敷からも追い出されたんだと思うよ」
「んん?!…あれって、あの人がやらせてたの?!」
「そう。ジェラルディーナには『報告は自分がするから』とか言って、結局イジメの報告はせずに握り潰そうとしたみたいだね。
それがチェザリーノさんにバレて、チェザリーノさんが『あの女、どう処分しましょうか?』って旦那様と話してる時に、ジュリアーノさんが割り込んで『実は…』ってなったらしい」
「うわぁ〜…」
「普通ならジュリアーノさんに批判が殺到しそうなところだけど、ダフネさんが余りにも人徳が無かったせいで、誰もジュリアーノさんとダリダを批判してないというのが、ちょっと笑える…」
「いや、笑ったら可哀想だって」
「いやいや、そんな事ないよ?子爵家から寄越されたアタシらみたいな上級使用人はみんなこの屋敷で嫌がらせされてたけど、結局主犯はダフネさんだったって明確になった訳だし、ああいう人間はギャフンという目に遭わないと懲りないんだよ」
「あの人、そんなに悪い人だったんだ…」
「侯爵家の親戚も子爵家の親戚もどっちも平民だし、平民である以上、能力で待遇が決まるのは当たり前なのにね。
それをいちいち『子爵家風情の遠縁が』って見下そうとするのが性格悪すぎ」
「他人を見下すことで自尊心を満たそうとするのは無駄に恨みを買うし悪手だと思うんだけど」
「それが分からないから、ああいう人間が湧くんでしょ」
「色々ツッコミどころがあるなぁ…」
「ーーという落とし所が用意されてるけど、アタシやジェラルディーナに嫌がらせした連中が本当にダフネさんに命令されて『仕方なくやってた』とは限らないんだよ。
指示されたとしても、それが不当な命令なら従わない自由はあるからねぇ。
要は指示されたのを良い事に嬉々としてイジメを楽しんでおいて、全部ダフネさんのせいにしてるって可能性もあるってこと。
まぁ、アタシらには尋問したり、嘘をついてるか否かを判定する権限が無いから真実は今後も伏せられたままになるんだろうけど」
「意地悪な上司に気に入られてる意地悪な部下って『責任負わずにイジメを楽しめる』っていう絶妙なポジションにいるんだね…」
「下級使用人の人間性って、上級使用人同様にピンキリだけど。下の下ランクのヤツらは本当にゲスさが極まるからエゲツナイ」
「でもフェリチタさんみたいな上級使用人は、私は嫌かなぁ…」
「まだ物陰から覗いてくるの?…コワッ」
「多分、ガストルディ令息が来た時とかも近くで息を潜めて盗み聞きしてると思う」
「コワッ」
「旦那様に報告するためなのか奥方様に報告するためなのか、はたまた全く別件のお小遣い稼ぎ先へ報告するためなのか、よく分からないけど、あの人にとっては私の一挙一動がオカネに換金されてるのかもね」
「それはアルフレーダさんに報告してる?」
「以前、ちょっと話したけど、そんなに深刻には受け止めてくれてなかったかなぁ?」
「もう一回言ってみたら?」
「ガストルディ令息に関する事は全てカッリストさんへ報告義務があるから、それをフェリチタさんが毎度盗み聞きしてるっぽい事もそっちには報告した」
「…ヤリマンのくせに占星庁のスパイだったりとかしたら最悪…」
「『ヤリマンだから頭が弱いだろう』とか思われる事で逆に占星庁なんかも安心して声掛けてアルバイト持ち掛けてたりして?」
「あり得るからコワイ…」
「…やっぱりアルフレーダさんにもう一回言っておく事にします」
ジェラルディーナが神妙な顔で告げると
フランカも
「そうだね。そうしな」
と頷いた…。




