精霊伝説
ジェラルディーナの表情が媚びを含まず不機嫌そうなのを見てとるとサルヴァトーレは
「うん。ジェリーは今日も正直者だ。そこがまた可愛いんだが」
と微笑んだ。
苦笑している訳ではなく、本当に何もかもを受け入れているように見えるのが不思議だ。
「…サリー様は本当に変わってますよね」
「そうなのかなぁ?俺は自分に正直なジェリーが可愛いと思う反面、不思議と自分を抑圧しがちなジェリーの傾向も見える気がするんだ。
背中を丸めて縮こまってる女性の姿。そういうイメージがジェリーの中に有るように見えて、それがあるから、ジェリーが自分の傾向を乗り越えて、嫌いなものを嫌いだと表明できる環境を与えてやれてる俺自身を誇らしく感じられる…」
そう聞いて、ジェラルディーナはサルヴァトーレの耳元に口を寄せて囁くような話し方で言葉を紡ぐ。
「背中を丸めて縮こまっている女性の姿、ですか。…前世の私の気質が未だ自分の何処かに残ってるのかも知れませんね…」
(周りに聞こえない小声で耳元で話す分には前世の話をしても良いよね?)
「…どういう人生だったの?」
(加護無し『転生者』は大抵不幸だったって話だよな…)
「サリー様も今まで長生きしてきたでしょうから、色んな体験をしてきただろうと思いますが、初めから終わりまで誰からも愛されずに虐げられた人生はそう多く体験してないでしょう」
「誰からも愛されない人生は多分今までずっとそうだね。虐げられるがままになった事はないけど」
「私は妖術師じゃありませんし、何より無力な農民でしたから」
「アドリア大陸のどの辺で暮らしてたの?仕事は何してたの?」
「東端の国ソムニウム国のルーテウスという農村に生まれて、フラーウスという農村へ嫁ぎました。農村は貧しかったので本当に身一つでの移動。農民の場合、持参金とかの制度がなかったので嫁入りというより口減らし兼労働力の売買のようなものでしたね」
「文明も社会構造も、ミセラティオ大陸より進んでるイメージがあるけど」
「そうですね。進んでたとは思いますが、倒錯してたとも思います。あの大陸の文化や福祉概念はかなり狂ってて、犯罪者と外国人に優しい社会になってたんですよ」
「『犯罪者と外国人に優しい社会』って…。まるで植民地だな」
「ええ。植民地だと現地人同士の団結を崩すために同胞愛や愛国心・エスノセントリズムが否定されて、犯罪者や売国思想が優遇されますね。
国民間の仲間同士の助け合いも阻害され、弱者救済枠に必ず外国人が含まれる事になる。
そんな地獄が普通にあの大陸のあの国では展開されてました。そんな社会の末端で、人同士が手を取り合う事もできず、醜く潰しあって、何処にも心の安らぎも救いもない状態でした」
「結婚してからも不幸だったんだ?」
「…夫だった男は、働くのが嫌いな男でした。妻とは名ばかりで、一度も抱かれた事はありませんでしたし、彼自身女性に興味がない人でした。
作家にでもなりたかったのか、よく机に向かって物書きをしてました」
「識字率は高かったんだね?」
「ええ。教会の無償教育のレベルは高かったので、専門的な知識がなくても、地頭が良ければそこそこの知性を持って暮らせました」
「頭が良いと、単純労働が『自分には相応しくない』と感じる事もあるのだろうね」
「夫だった男も度々そういった事を言っていました。彼は必要な農作業をサボってばかりだったので、私が二人分働いてどうにか暮らしを成り立たせてる有り様だったし、周りの人達もその事実を日々目にしてた筈なんですが…。
そんな暮らしも唐突に終わりを告げました。
頭痛がすると、珍しく農作業をサボる言い訳を口にしてたから、本当に頭が痛かったんでしょうね。
彼は頭を抱えて倒れ、しばらく目を覚まさず、それでいて目覚めたと同時に、そのまま外へ出て行き二度と家には戻りませんでした」
「………」
「夫は家を出た後、富豪の屋敷に強盗に入り金目の物を有りったけ盗み、そのまま姿を消したらしく、私は共犯を疑われました。
あれだけ夫に愛されずに搾取されていただけの私が共犯になんてなれる筈もないし、皆もそれは理解していた筈なのに、誰一人として私の無実を証言してはくれませんでした」
「………」
「それでも共犯の事実などなく、窃盗の分け前をもらってもいないので、容疑の証拠どんなに探しても出る筈がなく、拷問で身体に障害の残る状態で解放されましたが、以前通りに働くことなど出来なくなっていました。
ですが、環境的にはそれまで通りに小作農として労働が課せられていて、それでいて『犯罪の容疑がかかった女だ』と見做され、誰からも手助けしてもらえず、最期まで疎外され続けました」
「………」
「あの世界の福祉はそういった無実の拷問被害者を対象とはせず、元犯罪者の奴隷が対象となっていて、犯罪奴隷の生活費が国費で賄われてました。
真面目に生きて、犯罪もせずにいたのに、疑われて、障害を負わされ、生活費も稼げず、誰にも助けてもらえず、惨めに一人で死んだのが未だに悔しいんでしょうね」
「………」
「私は『犯罪者になった方が生活が保護されて生き延びられるのだから犯罪者になるのか?』という分岐点が訪れれば、何度でも犯罪を犯さずに野垂れ死ぬ方を選ぶと思います。
あんな狂った社会に適応するために、したくもない犯罪を犯す気にはなれないんです。今でもそうだし、いつまでもずっと、私が私である限りそうあり続けるのだと思います」
「………」
「前世の名前、ティリアは『聖木』を意味する名で『精霊の宿る木』と呼ばれる木の別称でもありました。
そしてあの大陸では『精霊は貧しき弱き者と共に在るのだ』という伝説が知られていました。
奴隷の生活を保障する福祉制度もその辺の伝説が念頭にあって普及していたものかも知れませんが、精霊伝説はそんなに単純じゃありませんでした」
「進んだ文明の文化人らが精霊伝説を信じていた、と?」
「精霊伝説を信じていたというより、信じているフリをして奴隷や外国人を優遇していただけでしょうね。
彼らが本当に精霊伝説を信じていたなら、あの社会がああなっていた筈がないのです」
「そうか…」
「あの大陸の精霊伝説では『精霊の長は古き盟約により人間を護り支える義務を背負っているが、人間の方から精霊の憑いた貧しき弱き者を棄ててくれたなら、精霊は盟約の縛りから逃れられ自由になれる』という言い伝えもあったのです。
精霊の憑いた貧しき弱き者が奴隷だとは限らないのに、奴隷を保護、優遇して、奴隷以下の扱いをされた貧しい平民を平気で虐げ棄て去るのがあの社会でした」
「………」
「今の人生で歴史を学んだお陰で、あの大陸の最期が前世の私が死んで間もなくの事だったと知りましたが、少しもあの国の人達に対して、あの狂った世界の人達に対して『可哀想』とは感じてあげられないのです。
私には『優しさ』というものが根本的に欠けているのかも知れません」
「いや、俺は、君が前世の人達に対して『可哀想』と思ってあげられないのは当然だと思うよ。というか彼ら自身も自分達を『可哀想』とは思っていない筈だ。
『自分達の選択した結果を自分達で受け取る』という現象はこの世界でも当たり前に起きているからね。
ただの因果応報に過ぎない出来事を『可哀想』と思ってあげなければならないという事はない。
ただ『自分は因果応報によって滅ぶ未来を選択せずに済むように慎重な選択をしよう』と学びとして捉えれば良いんじゃないかな?」
「…サリー様なら多分そう言うだろうな、と何となく思ってました。だから話したくなったのかも知れません」
「ジェリー…」
サルヴァトーレにとってアドリア大陸の精霊伝説は初めて聞いた耳慣れない話だったが、その後もずっと気になった…。
ずっと調べ続けるくらいに…。




