仲介屋の本業
ダレッシオから首都に出てきたヴェルゴーニャことポンペオ・フォルミッリ。
オークションが無事に終わり、無事に金を獲得するまで首都に滞在し続ける事になる。
首都ロッリにはフォルミッリ侯爵家の本邸がある。
事の詳細は既に手紙で知らせたが
「顔を見たい」
とのお達しがあり、ポンペオは父親・兄弟と顔を合わせるべく本邸へ赴いた。
ポンペオは庶子ではあるものの、本妻の子供達から特に虐げられる事もなく育った。
ルドワイヤン系リベラトーレ人は家庭内の空気もルドワイヤン風なのだ。
つまり
「妻は夫が愛人を侍らせるのを見せつけられながら文句も言わせてもらえない」
という家庭内環境。
妻は愛人に対しては勿論、愛人の子を虐げる権利さえ与えられない。
ルドワイヤン公国以外の国では
「そこまで妻の側の権利と心情を無視する価値観」
は珍しいのだが…
それがルドワイヤン公国における普通。
正妻の子も庶子も「仲良くするように」強いられ
「仲良くする」環境が出来上がる。
要するにルドワイヤン公国では家庭という単位ですら
「本来なら家庭内で吹き荒れる憎悪が意図的に外部へ発散させられる」
ヘイトコントロールが行われる。
ルドワイヤン人は
「常に外部に共通の敵を設ける」
傾向があるが…
そうしたヘイトコントロールは
「ルドワイヤンならではの御家芸」
となってルドワイヤン系帰化人の間にも引き継がれ続けているのである。
そのフォルミッリ家。
元々はダレッシオ近辺の領地が地元。
ダレッシオが旧ダレッサンドロ皇国の中心部に位置していたため、ダレッシオはアルカンタル王国との国境、ルドワイヤン公国との国境、アルカンタル王国とルドワイヤン公国の国境のいずれにも近い。
フォルミッリ家にとってダレッシオは地元だが
教皇庁が執拗に根を張っている現状では危険も多い。
フォルミッリ家の庶子がダレッシオに定住させられるのは
「なんのかんの言っても、やっぱり庶子を差別している」
という事だ。
「捨て駒を国境近くの危険地帯に定住させる」
という心理は何処の国も同じ。
リベラトーレともルドワイヤンとも近いアルカンタル王国領の国境近く。
ハラミジョ女子修道院という有名な修道院がある。
国境近くの修道院・女子修道院を「罪人達の収監所」としている国は多く、リベラトーレ公国もルドワイヤン公国もその口だが、アルカンタル王国は違う。
ハラミジョ女子修道院は女囚刑務所ではなく普通の女子修道院。
「薬草の知識が豊富な賢い修道女が集められた」
場所である。
昔から、それこそダレッサンドロ皇国時代から、ハラミジョ女子修道院の近くには病人が集まった。
アルカンタル地方とリベラトーレ地方は深い森に隔てられ
アルカンタル地方とルドワイヤン地方も大きな川に隔てられていた。
そのためアルカンタル地方へ向かうリベラトーレ地方民・ルドワイヤン地方民は皆国境の町ハロンを通ってアルカンタル地方へ入り、ハラミジョ女子修道院の近くに逗留していた。
アルカンタルの予言者がダレッサンドロ皇国全土で崇められた事の最たる要因は
「疫病の流行る前に疫病用の薬草が育てられ用意されていた」
という歴史的事実にあったし、それが体現されていたのがハラミジョ女子修道院なのである。
アルカンタル人からするなら病気のリベラトーレ人やルドワイヤン人には国内に入って来て欲しくない。
だがどんなに法整備して密入国を禁じても入って来る。
なので、いつしか国境の町ハロンもハラミジョ女子修道院も
「病気の外国人達がこれ以上深く国内に入って来ないように」
生け贄として用意された感冒の最前線という認識になった。
ポンペオ・フォルミッリもそれをよく踏まえてダレッシオで暮らしている。
基本的にダレッシオにおける「仲介屋」の仕事は
「ハラミジョ女子修道院の近くの宿屋まで連れて行ってもらい、治療を終えたら回収して欲しい」
という密入国と密出国がセットになったものが多い。
派閥は人脈が全てなのでポンペオは客の身元を調査して
「自分達が誰に恩を売ったのか?」
をちゃんと把握する。
手紙で顧客情報を首都の本邸まで報告する事が多いが、たまに首都を訪れる機会があれば自分の口で直接報告する。
ポンペオはよくやっている。
父も異母兄達もポンペオを受け入れている。
未だポンペオを憎んで視線で殺そうとして来るのは父の正妻だけだ。
だがそういう歪な親族関係はルドワイヤン公国でもルドワイヤン系移民の間でも普通の事。
(…あのババァが居るかと思うと、気が重いな…)
と溜息吐きながら、ポンペオは本邸の待合室で執務室までの案内を待った…。




