監視と一目惚れ
マリアンジェラから女中頭の事を聞いてーー
チェザリーノは
「…それなら、『本当にダフネが部下の不始末を報告せずに事実を握り潰すつもりなのか』様子を見るためにも、敢えて今日はダフネに注意せず、何も気づいていないフリで接する事にしましょう」
と言い出した。
まぁ、マリアンジェラから聞くまでもなく子飼いの従僕から報告されてはいた。
その時点では
(新人イジメなどよくある事だし、私が対応する必要もないでしょう)
と思っていた。
チェザリーノはルーベンとは度々会う事もあり、歳の離れた友人感覚で親しみを持ってはいるが…
ジェラルディーナはチェザリーノにとって知り合って間もない人物。
自分と同じく『転生者』ではあるので多少気にかける気はあるが、そこまで親身に関わろうとは思っていない。
だが妻のマリアンジェラがジェラルディーナを気にかけるのなら話は別だ。
(…私の奥さんはやっぱフラッテロ家の人間ですね)
フランカが新人イジメに遭ってた時にはそれほど腹を立ててなかったマリアンジェラが、ジェラルディーナの時には我が事のように腹を立てている。
(同じフラッテロ家の者が虐げられると、血縁的に赤の他人が虐げられる場合より動揺が大きいのでしょう…)
そんな妻の憂いを晴らすのは夫としては当然の役目。
なんならダフネには女中頭の地位を返上させて暇を出しても良い。
そのくらいチェザリーノにとっては妻の心の安寧が大事なのだ。
いちいちマリアンジェラに悪意を向けるクレメンティーナに対しても内心殺意を覚えるくらいには憎んでいる。
本当は結婚前から懸想してる男がマリアンジェラに気が有る事を察知しての悪意のくせに
「マリアンジェラとアベラルドとの仲を疑っている」
という疑惑を振り翳すところが更にウザい。
アベラルドがクレメンティーナと打ち解けたいと思っていて懐柔路線の考えでいるから殺さずにいるだけで…
正直、クレメンティーナとその取り巻き連中の命の価値はチェザリーノから見て、町中の生ごみを漁るべく徘徊して回る豚と同様のレベルでしかない。
(考えてみたら、マリアンジェラのことがなくてもジェラルディーナ嬢には少しでも対人トラブルの負担を減らしてあげたほうが良いのかも知れません)
チェザリーノがそう思うのは
サルヴァトーレ・ガストルディの存在のせいである。
妖術師ーー。
拷問係適性者と同じように
「瘴気の影響を受けない」
者達。
異端審問庁が拷問係適性者を貧民街で探す最たる理由が
「それ以外の階級に瘴気の影響を受けない者がいたら妖術師の可能性が高い」
からだ。
妖術師は他人の肉体を乗っ取る事で何百年も延々と生き続ける。
そういった手合いは多芸なので、貧民街の人間を攫って、その身に成りすましたとしても、そのまま貧民のままでいる事はない。
貧民階級から早々に抜け出して生きやすいように生き、アルカンタルの予言者関連の情報を漁る。
リベラトーレ公国では異端審問庁も「本物の妖術師」(本物の異端者)に対しては目溢ししなければならないのは異端審問庁内では公然の秘密である。
そんな占星庁息掛かりの胡散臭い存在。
(誰だって関わりたくないですよねぇ…)
とチェザリーノでさえも思う。
面倒な事に
「サルヴァトーレ・ガストルディは眼鏡を掛けている」
らしい。
つまり
「眼鏡型魔道具を担当する錬金術師」
でもある可能性が高い。
身に付けて使う魔道具は
眼鏡型
耳飾り型
首飾り型
ブローチ型
ブレスレット型
指輪型
などがあるが…
「魔道具の性能の高さは魔道具の大きさに比例する」
のが普通である。
眼鏡型魔道具には認識阻害魔道具や瘴気看破魔道具などがあるが、その性能は当然耳飾り型や首飾り型の同じものよりも高い。
つまり眼鏡型の瘴気看破魔道具を使えば
「『転生者』を『転生者』だと気付く」
かも知れないのだ。
基本的にリベラトーレ公国の妖術師は占星庁に飼われているようなもの。
気軽に性能の高い瘴気看破魔道具の生産・修理などされた日にはフラッテロ家のアドバンテージが無くなってしまう。
(妖術師のほうでも技術の安売りなどはしたくないでしょうし、占星庁の言いなりに安価で大量生産などしないでしょうが…。占星庁と妖術師との関係性は妖術師の個体差によって待遇格差が大きいようですし、サルヴァトーレが占星庁と殊更懇意な妖術師なら油断はできません…)
それにしても気になるのは
(何故、サルヴァトーレ・ガストルディはジェラルディーナ嬢を侯爵邸まで送ったのでしょう?まさか気がある、とか?何百年も生きてる中身老人の妖術師が恋するなんてあり得るんでしょうか?)
という点。
謎である…。
「サルヴァトーレ・ガストルディがジェラルディーナに接触してくる可能性があるので、ジェラルディーナには休日監視を付けるように」
との指示がアベラルドから為された。
そこでチェザリーノの後釜と見做されているルクレツィオが
「ジェラルディーナ嬢の監視を引き受けます」
と快く監視に回ったは良いが
「一目惚れしました」
だのと色ボケ発言をかまし、カッリストの顰蹙を買っている…。
今は少しでも占星庁に関する内部情報が欲しいところだ。
ルクレツィオの色ボケに遠慮してサルヴァトーレとの交流を絶たせる訳にはいかない。
(ルクレツィオ自体が胡散臭い存在だし)
「建国以来、安定の無関心で異端審問庁を放置してくれていた占星庁がここ20年ほど粘着に干渉してきて異端審問庁の秩序を破壊している」
事は全ての刑吏一族にとって警戒すべき事。
「占星庁で何が起きているのか、探れる糸口があれば良いのだが…」
とアベラルドが漏らした言葉に、ジェラルディーナを監視させサルヴァトーレとの接触を報告させる意図が現れていた。
(屋敷内での新人イジメなどくだらない問題ですが、それでも手を抜かずに対処する事にしましょうかね)
と自分を納得させてから
チェザリーノは
「ジェラルディーナに嫌がらせしたという女中と従僕に対する処罰」
を考える事にした…。




