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騎士という職業

挿絵(By みてみん)


ジェラルディーナは中央騎士団訓練場前で馬車を降りてチェザリーノと別れると、直ぐに門衛に

「見学希望です」

と告げた。


中央騎士団の門衛は

「誰が来ても門から離れない」

という教育が徹底されているらしく…


ピッピと短く笛を鳴らして

「見学希望者が来た」

事を知らせた後

「見学希望者を観覧席まで案内する係の者が来るまでしばらくお待ち下さい」

と言い、そっけなく目をそらし、辺りの音に耳を澄ましている様子になった。


(世間話とか一切しない人なんだな…)


ジェラルディーナは此処の門衛に誠実さを感じたのだが、それは

「フラティーニ侯爵邸の門衛の騎士がお喋り好きで頼りない」

事に内心で危惧を覚えているからでもある…。


門衛は町の出入り口を見張る警備兵であれ

貴族家の屋敷への出入りを制限する護衛騎士であれ

「あまりにもそっけないと訪問者に嫌な印象を与えてしまう」

という点を少なからず心配する。


不条理に言い掛かりをつけたり通行を禁止したりすれば確かに嫌な印象を与えるどころか

「二度と来たくない」

と思われてしまう原因になるだろうが…


ジェラルディーナは

「無駄な愛嬌を振り撒くと侮られる」

と思っている。


「門衛は無愛想で、誠実な人が向いている」

という価値観だ。


(此処では適材適所で人が配置されているのか?)

と少し中央騎士団を見直した。


案内係は女性の事務員だった。

何故か表情が堅い。というか無表情…。


「見学用観覧席はこちらです」

と言われて案内されて行くと、席には既に何人もの女性が居た。


食べ物の入っているらしいバスケットを膝の上に乗せている人達が多いので

「既に差し入れをする仲になっている殿方がいるのだろう」

という事が分かる。


差し入れする殿方が恋人なのか婚約者なのかは謎だ。

だが皆、きらびやかに着飾って来ている事から、男漁りに訪れている事はよく分かる。


観覧席と言っても、広い中庭の隅にベンチが並べられていて、中庭内の様子を眺められるようになっているだけだ。

建物の中に入れてもらえる訳ではない。


中央騎士団施設は大公家の暮らす宮殿をグルリと取り囲むように建っている。

実質的に大公家の私兵なので、国軍と近衛予備軍を兼ねているのだ。

一般人に公開されるのは一部の中庭だけのよう。


令嬢達は自分が男を物色しに来ているだけだと思い込んでいるが、見学者の方もバッチリ監視されている。

見学者名簿に名前と住所を記入させられるので、身元は直ぐに確認される。


ジェラルディーナは

(「フラッテロ家の女が男漁りに来てやがるぜ」とか裏で好き放題に言われてそうだ…)

と内心で心配した。


元々はフラッテロ家は一族の娘を外部へ嫁へ出さなかった。

外部へ嫁へ出すと婚家で虐待される事が多かったし、何よりも刑吏を逆恨みする者達から拉致されて虐殺される事が多かったからだ。


外部へ嫁へ出すと、その娘は行方不明になり…

そのうち人間としての原型すら留めぬ姿の死骸で発見される…。


そんな事態が幾度となく起こり、一族の娘達はそうした悲劇が降りかかる可能性を散々言い聞かされて育つ事になった。


近親婚を繰り返す閉鎖的な一族の出来上がりである。


勿論、近親婚も絶対ではない。

普通に他の刑吏一族に嫁いだり、民間人に嫁いだり、それこそ騎士に嫁ぐ者もいる。

それで無難に生涯を全うできる者もいれば、やはり行方不明になる者もいる。


とは言え、一族の者同士で結婚すれば絶対安全とも言い切れないのだ。


襲撃されて殺される事態は、近親婚で閉鎖的に暮らしていても降りかかる。

一族の者同士で固まっていた方が

「殺された場合も誰が犯人で何をされたのかという被害状況を他の者達も把握できる」

ので…

「1人でも生き残れば他の土地のフラッテロと寄親のフラティーニを頼って報復が可能となる」

のが強みだ。


そうした

「報復がある」

(しかも凄惨な)

という恐怖こそが

「外部に嫁に出て無難に生涯を全うできる」

者達の人生を支えてもいる。


なので一族間の婚姻で一族同士で固まって暮らして維持していく団結勢力も存在意義が少なくない。


ジェラルディーナも『転生者』としての生命の危機が無くならないまま結婚適齢期を過ぎたなら、ルーベンと結婚しなければ仕方ないと割り切ってはいる…。


(考えてみれば、私も『転生者』探しと同時進行で男漁りしてなきゃならないんだよね…。まぁ、優先順位的には『転生者』探しの方が絶対的に上なので、それを忘れないようにという制限はあるけど…)


そう思いながらもジェラルディーナは

「自分が恋愛などできる人間だとは本気では思っていない」

のだ。


前世の結婚生活は地獄だった。

夫となった男は彼女を妻扱いせず奴隷扱いした。

貧しさと、精神的暴力、物理的暴力の続いた日々…。


更には夫だった男がある日突然、家を飛び出し

「富豪宅に強盗に入り行方をくらました」

せいで共犯を疑われた。


自白を強要する拷問はアドリア大陸の国々でも普通に行われ

そのせいで身体に障害が残った。


捨てられて、杖無しで歩けなくなった女が

「女独りで身を立てていくのは不可能だ」

と骨身に染みて理解させられた人生だった。


お陰で今でも男という生き物に夢を見ることができない。


証拠のない容疑者への拷問にしても

「全員が」

やられていた訳じゃない。


器量の良い女や

男に媚びを売る女は

五体満足で留置所から出て来る者も多かった。

(誰の子か分からない子を身籠もっていた事も多かったが)


無難に世渡りしていくには真面目に誠実に従順に生きるより

恋愛体質に擬態して

「可愛い気のある女」

を演じて生きるほうが痛い思いをさせられずに済むのだと

そう悟らされた…。



ジェラルディーナが前世を思い出し

結婚問題に悩みながらも

訓練場として利用されてる中庭に目をやったところーー


騎士見習いやら新人騎士らしき若者達が目に入った。


一般の参加者もいるらしくて、そういう人達は少し格好が華美だ。


(そう言えば…騎士団は15歳から入団できて、18歳以上で正騎士資格習得試験を受けられるんだったな…)

と騎士団事情を思い出した。


騎士とは騎兵の事。

騎士と騎士爵は別物。


騎士爵、つまり士爵位は騎士であるだけでなく

「勲章を貰わなければなれない」

身分である。


他国に帰化できない

大公家の許可なく国外に出れない

などの縛りがあるが延々と年給をもらえる。

世襲はない一代限りの爵位。

準男爵位と同じく準貴族に該当するが、それは当人限定の身分で、その家族はただの平民である。


騎士の称号のほうは

「騎士団に所属していて正騎士資格試験に合格する」

事で得られる。


騎士団に所属する18歳以上で正騎士資格試験に受かっていない者達は準騎士という身分で、騎士団を退団すれば騎士を名乗る事はできない。


一方で正騎士資格を持つ者達は騎士団退団後も騎士を名乗る事ができ、高位貴族に仕え私属騎士という位置付けで活動できる。


なので

「何を置いても正騎士資格試験に受かりたい」

というのが、見習い騎士・準騎士らの目標なのである。


この場所にいる男子はどうやら

見習い騎士

準騎士

一般人参加者

のみのようである。


(正騎士達の訓練は見られないのかな?)


不審に思ったジェラルディーナが

「年齢の若い方しか此処にはいらっしゃらないようですが…」

と案内してくれた事務員らしき女性に訊くと


「普段の一般公開はこの広場のみです」

と言われた。


「他の訓練場は何かのイベントがある時しか一般人には公開されない、という事ですか?」


「イベントがある時はイベント会場が公開されます」


「他の場所を好きに見て回る事はイベント期間でもできない、と?」


「そうです」


「そうなんですね…」


女性事務員の話し方にそっけないものを感じて

(…この人、面倒くさがってる事を隠す気がないんだな…)

と理解した。


男漁りに来ている若い女など年長の事務員の女から見て

「浅ましい」

「来るな」

と悪意的に思えるのかも知れない。


世の中の女子が

「イイ男をゲットしよう」

という熱意を維持できない理由には

「年長女性による無条件の悪意」

も確実に含まれている事だろう。


「そうなんですね…」

とジェラルディーナはもう一度言ってから小さく溜息を吐いた…。


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