邪魔者
リディオ・フラッテロは今朝のうちはご機嫌だった。
リディオは昔から女に興味が無かった。
「あ、俺、男が好きなんだ…」
と気付くのに大して時間は掛からなかったが…
フラッテロ家という特殊な家庭事情の中、同性愛嗜好を家族にカミングアウトする機会もなくズルズルと普通の異性愛者に擬態していた…。
「フラッテロ家の能力に恵まれなかったため、異端審問官にはなれない」
という自分自身の能力事情は
「一族と道を違えたい」
と思っていたリディオにとって渡りに船だった。
そうして見習いとして騎士団に入団したは良いが…
リディオには戦闘の才能も無かった。
唯一の才能は
「男色の気がある男を見分けて取り入る」
ことだけ。
つつがなく生き残っていくために
リディオは唯一の才能を駆使し
自分の居場所を着々と作っていった…。
保身能力に長け、これと言って苦労なく環境に馴染んでいるかのように見えるリディオなのだが
内心では
(女なんて邪魔だよな…。女は女だってだけでイイ男から特別扱いされて求められる。…ブスだろうとも俺よりは需要がある。女はズルい。マジでムカつく…)
と常々女性への不満を拗らせていた。
「男なら誰でも良い」
などと思う女性がいないように
同性愛嗜好の男性もまた相手を選り好みするのだ。
誰だって恋人にはイイ男を求める。
そうしたイイ男の大半が異性愛者だったり異性愛寄りのバイセクシャルだったりする事が多いので…
同性愛嗜好の男性にとって美女という存在は
「ただでさえ少ないイイ男の関心を掻っ攫っていく泥棒猫」
にしか思えないのである。
リディオは面食いという訳ではないが…
他人の人格や思考から滲み出る雰囲気に対してはかなり選り好みがあった。
如何にも人間性の底の浅い衝動的な人格の人間と関わるとろくな事にならない。
それは自分自身の人生の経験でも、身内の者達が外部の者達と関わった際の体験談でも嫌というほどに理解できている。
同性愛という事柄一つとっても
「気持ち悪い」
「男が好きな男なんて生きてちゃいけない」
という価値観の男も居る。
そうした価値観を衝動的な人格の人間が体現すると、一方的な嫌悪・嗜虐、不条理な排除・暴力へと繋がる。
まるで人間の皮を被った猿だ。
その手の輩に
「自分より弱い」
「虐めても報復がない」
などとナメられると散々な目に遭わされる…。
その手の猿から嗜虐の標的にされないようにするには権威追従主義に走るしかない。
出世確実な血筋の良い者達に徹底して媚びて気に入られておく。
そうする事で有象無象の猿どもを牽制できる。
そんな保身事情もあり、リディオは好みの男と仲良くする機会にはなかなか恵まれない。
そもそも惚れるほどのイイ男など滅多にいない。
それでも
「滅多にいない」
だけで
「全くいない」
という事ではない。
(今日は王立学院は創設記念日で休み…。あの人が一般参加者枠で来るかも知れない日だ…)
とリディオは早朝からワクワクしていた。
王立学院、国立学院の学生で、休日に騎士団訓練に一般参加する者は多い。
学院で文官枠の学業を修めてから騎士団に入団すると家柄やコネ次第では幹部候補生になれる。
なので騎士になる予定の者達が皆15歳の入団可能年齢で入団するとは限らない。
15歳で所属可能になる公的通所施設は何も騎士団だけではないのである。
時折一般参加してくる学生の中には見習い騎士よりも強い者も居る。
リディオが仄かな恋心を向ける学生もそうした強者の1人だ。
(彼は何をしても素晴らしいという噂だ…)
リディオは「神童」と子供の頃から評判の良かったという学生ーー
トリスターノ・ガストーニに片想い中なのだった…。
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「見ろよ、おい」
「今日の見学者には見慣れない子が混じってるな…」
「可愛いよなぁ〜。俺、ああいう顔好き」
「…まだ若いよな?成人したて(15歳)くらいか?」
「見学も15歳未満は成人の付き添いが必要だったよな…」
「1人で来てるんなら15歳以上ではあるんだろう」
「あと2、3年育ってくれるとマジで好みのタイプ」
観覧席に見慣れない美少女が現れると
コソコソ話をする連中が急に増えた。
リディオにとっては女はどうでも良い。
一般参加者枠で参加してる学生の中からトリスターノを探す。
居た。
(今日もカッコイイ…)
ほぉぉ〜っとリディオがトリスターノの横顔を眺めていると、トリスターノ達の方でも観覧席の女達の事でコソコソ話が出回っているらしいのが分かった。
(…ホント、女って生き物はムカつく。邪魔だし消えて欲しい。なんでわざわざ訓練場まで男漁りに来るかなぁ〜。普通に生活圏内での自然な出会いをして、そこでめぼしい相手を見つけてれば良いじゃんか。浅ましいにも程があるぞ…)
リディオが観覧席を嫌そうな顔で睨め付けると
なるほど
今まで見たことのない美少女がいつものメンツに加わって居る。
(…邪魔な生き物だ。それになんだか嫌な予感がする…)
リディオは初めて見る美少女に目を凝らした。
(…顔の特徴にしても、独特の雰囲気にしても、フラッテロ家っぽい感じがする…。俺と歳が近い女の親戚は首都には居ないから、地方から出てきた田舎者の親戚か?)
と、直ぐにジェラルディーナの身元に当たりをつけた。
数分後には
「見学者名簿には『ジェラルディーナ・フラッテロ』って記名されてたらしいんだけど、お前の親戚か何かか?」
と近くにいた同僚の見習いから訊かれ
「首都の親戚にジェラルディーナなんていない。田舎の親戚とかかもね?」
と思ったまま答えたら
「そっかぁ〜。お前に妹とか居たら紹介して欲しいって、前々から言ってたけど。うん。妹じゃなくても親戚でも良い。紹介して」
と言われた。
「俺、実家がカネに困ってないから仕送りとかしなくて良いし、それどころか生活費ももらえてるから、ここでもらってる給金は丸々貯めてあるんだ。カネなら払うから、紹介は俺を一番にしてくれ」
という言葉は外野の耳にも届いたらしく
「成金かよ」
「モテないヤツはカネで恋人を買う気か?」
と周りが文句を言い出した。
「カネがあるってのは重要なアピールポイントだろ?」
「…俺はこう見えて男爵家の後継ぎだぜ。正騎士資格取って領主になれば騎士団の巡回回数を減らしてもらえる分、税が安くなるんだ。
今は貧乏領地でも、そのうち栄える予定だ。俺の方が優良物件だろ?」
「…貧乏領地の領主より豪商の後継ぎの方が優良物件だろ?」
「ふざけんな。身分制度ナメんな」
「テメエもカネのちからナメんな」
周りが好き勝手な事を言い出したが
リディオは
(…「ジェラルディーナ」って、「ジェラルド」の事か?行方不明になった親戚の名前じゃなかったか?見つかったって事なのか?)
と首を傾げた。
従兄弟のマカーリオ・フラッテロが時折訪ねて来て近況を訊いてくるついでに、自分の近況も報告してくれる。
その中に
「親戚のジェラルドが行方不明になった」
というものもあった。
「一族の娘を一族外の他家へ嫁に出すと行方不明になる事がある」
という実情は刑吏一族内で情報共有されている。
なので
「未婚の女子が行方不明になった」
と聞いても真っ先に思い浮かぶのは色恋沙汰である。
頭のイカレた悪党に誑かされて、ノコノコ付いて行って殺される…。
そういう「人を見る目の無さが致命的悲劇に繋がる」事態は刑吏一族には常に降りかかる可能性がある。
他人の雰囲気に着目し
雰囲気の中の瘴気を認識する
それによって
「瘴気濃度の濃い人間は頭がオカシイ」
と識別して、逃げるなり処分するなり対処を決断し執行する。
フラッテロ家に瘴気を認識する能力が宿り受け継がれてきたのは
「能力を発現しなければ簡単に淘汰されていたから」
でもあるのだろう。
(そうか…。殺されてなかったんだな…)
とリディオはジェラルディーナを見て、我知らず微笑んだ。
ジェラルディーナは「美少女」という邪魔な生き物ではあるが…
ジェラルディーナの中から「フラッテロ家の血のしぶとさ」を感じて、ほんの少しだけ頼もしく感じられたのだ…。




