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精神依存の矛先分散

挿絵(By みてみん)


ジェラルディーナの此処での侍女見習いの主な仕事は

フラティーニ侯爵家嫡男クレメンテのお世話。


とは言ってもクレメンテは0歳児。


乳母が乳を飲ませる間、乳母の子の相手をする。


赤ん坊は周りを見ずに自分中心にギャアギャア泣いてるだけに思えるが、乳母の子のほうはクレメンテよりも案外周りが見えている。


「自分の母親が自分よりもよその子を優先してる」

と分かってるみたいに…

乳母がクレメンテの相手をしてる間にのみ大泣き。

母親を独占したがっている。


この国では通常乳母は

「血族の中に子を産んで間もない女性が居れば雇う」

ような雇用基準。


出来るだけ父親か母親の血に近い者が良いと言われている。


クレメンテの乳母は母方の親戚。

バルダッサーレ伯爵家の分家筋にあたるバルデッサリーニ男爵家の更に分家の平民女性。

スザンナ・バルデッサリーニ。

この乳母、結婚前もバルデッサリーニ姓。

フラッテロ家のように親戚同士で結婚したものらしい。

そしてスザンナの子はブルーナ。女の子だ。


乳兄弟は同性が望ましいとされる。

同性だと腹心の部下になる事が多く、異性だと愛人になる事が多い。

親戚に該当者がいれば乳兄弟は同性だが、該当者がなければ異性になる。


貴族家の嫡男の乳姉妹ともなれば乳母ぐるみで

「愛人の座を狙ってくる」

事態も起こるので、面倒な事になる。


そういった事情もあり、乳母の子が異性の場合、乳離れが早目に行われるらしい。


ただでさえ乳母に任せきりで子育てさせると、育ててもらった貴族家子息が乳母の意向に操られがち。


侍女が乳母の手伝いをして子育てに参加すれば、精神依存の矛先を分散させる事ができ、乳母の影響力も削げる。


母乳は実の母親か乳母しか出せないが、侍女は離乳食を与えられる。


両親のアレルギーが遺伝しているといけないので、貴族家の離乳食は両親の体質を考慮した食材が選択されて見た目以上の労力が込められている。

侯爵夫妻の好みに合うスープが薄められ、具材がすり潰されているのだ。


平民だと歯が生えるまで母乳がメインで、離乳食はおやつ代わり。

歯も生えてないのに離乳食メインの食事に切り替えるなど

平民ではあまりない事だが…


乳母の影響力が大きくなりがちで

「可能な限り早目に引き離したい」

という事もあるのだろう。


ジェラルディーナは

(貴族家の方針は平民とは違うだろうから)

とスンナリ納得した。


スザンナに対し、ジェラルディーナは初対面で

(見た目は普通の人だし、性格とかも普通なんだよね?)

と見做した。


だが流石は他所から嫁いできた人の親戚。

乳母のスザンナはジェラルディーナの予想を裏切る人間性だった。


スザンナは初っ端から

「クレメンテ様に付ける侍女を増やすくらいお二人の間のご子息が大事なら、もっと旦那様はクレメンティーナ様に気遣いなさるべきですわ。クレメンティーナ様はいつもお寂しそうにされてます」

といった様子。


ジェラルディーナが侍女見習いとして増員された事に対しても批判的だった。


更には

「侯爵様がクレメンティーナ様を冷遇して、お可哀想」

だのと言い出した。


ジェラルディーナは早速

(あ、このオバサン、関わったらダメな人だ…)

と内心で見切りをつけた…。


実にくだらない。


スザンナの中では

「クレメンティーナ様は侯爵様に溺愛されて日々気遣いと大量のプレゼントを頂き絶えず褒め称えられ愛を囁かれるべき御方だ」

という事になっているのだろう。


だが現実は違う。

理想と現実は違う。


夫婦と言えど元々は他人。

愛されるには愛される要素が無ければならないし

愛される要素が無いのに愛されない事に不満表明すれば

今度はそれが愛せない要素となる。


「貴族男性は容姿も財力も地位も完璧で尚且つ妻に対して誠実かつ献身的な愛妻家にならなければならない」

という御都合主義妄想を勝手に拗らせてる人間から見たら…


常識的感性の常識人は悉く

「完璧ではない=結婚してやる値打ちはない不良物件」

という位置付けに落とされてしまう。



不敬にもスザンナは

「此処の侯爵様はクレメンティーナ様にとっての完璧な夫とは言えません」

「もっと探せばもっと良い縁談があった筈なのに」

「伯爵の命令で嫁がされたクレメンティーナ様はお辛い想いをされています」

「貴女がたのほうで侯爵様に意見して侯爵様の態度を改めさせるべきです」

という発言を垂れ流した…。


(何なんだろね、このオバサン…。よく今まで殺されてないなぁ…)

とジェラルディーナは思わず首を傾げてしまう。


今日だけでもフラティーニ侯爵への愚痴がわんさか出た。


今までもほぼ毎日不敬な愚痴を言い続けてきてる事が察せられる。

余程、フラティーニ侯爵を甘く見ているのだろう。


だがフラティーニ侯爵という存在は、フラティーニ侯爵派の頂点。

フラティーニ家、フラッテロ家にとって神にも等しい存在。


だと言うのにーー


フラティーニ家、フラッテロ家の者達の前で

「フラティーニ侯爵と結婚したクレメンティーナ様が可哀想」

だのと貶めているのだから…


この乳母、怖いもの知らずにもほどがある。


早目早目の離乳が進められている事態に関して


ジェラルディーナは

(…このババアを心置きなく殺すため?に皆が一丸となって早目にお払い箱にしようとしてる?のか?)

という解釈しかできない…。


「…母乳とか体液に影響が全く出ない毒が有れば、ジワジワ病気に見せかけて始末できるんだろうけど…」


フランカが小声で呟いているのが

すぐ近くにいたジェラルディーナだけに聞こえた。


(あ、やっぱりクレメンテ様の離乳推進って、そういう理由なんだ…)


「そろそろ時間だね。食事へは交代で行こうか。私が先に行って来ても良い?」

とフランカが言い出し


ジェラルディーナは

「良いですよ」

とフランカを快く送り出した。


そうしてーー

愚痴ばかり言い続ける乳母と2人きりの時間を我慢する事に精神労働を費やしたのだった…。


乳母のほうはフランカが居なくなった事で更に気が抜けたという事なのか

「…午後からの侍女は、また『あの女』なんですのね。本当に腹立たしい。旦那様に色目を使って、奥様との仲を邪魔する『あの女』を何故、私の側に置かせるのかしら…」

だのとブツブツ文句を言い出した。


午後からはフランカもジェラルディーナも護衛騎士の訓練がある。


よって午後からのクレメンテ付きの侍女はマリアンジェラが交代で入る。

スザンナの中ではマリアンジェラは『あの女』呼ばわりという事なのだろう。


(奥方様も、ロザリンダさんも、このオバサンと同じような物の見方の人なら、マジで侯爵様がお気の毒なんだけど?)

とジェラルディーナは思ったものの

当然ながら口に出しては何も言わなかった…。



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