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襲撃の心構え

挿絵(By みてみん)


ジェラルディーナは交代で食堂へ行き、朝食兼昼食の食事を摂ってから、またもクレメンテの部屋へ戻り今度はクレメンテの昼食の準備を始めた。


やはり離乳食である。

ヤギのミルク付き。


厨房の使用人達の

「乳母をとっととお払い箱にしてやろうぜ」

という気概が伝わってきた…。


スザンナの娘のブルーナの分もあるのは

「母親がいつ死んでも困らないように早目に母乳以外の食事に慣れさせておこう」

という意図なのだろうと思えてしまう…。


(この乳母が致命的にオカシイのは「何処で誰の悪口を言う」という場所に伴う危険性を理解できてないって所だよな…)

とジェラルディーナは思う。


貧民街へ平民もしくは貴族が入り込むと殺される。

異邦人に不法占拠された土地に入り込むと殺される。


そういった縄張り根拠による自治区意識は不当だが、それでもその手の危険はある。


逆に国内で平民もしくは貧民が貴族に無礼を働くと不敬罪で無礼打ちに遭うのは国家が定めたルールであり合法。

しかも貴族の屋敷内にて、その屋敷の当主の悪口を他所から来た使用人が言うのは明らかに有罪。

スザンナは色々と勘違いしている。


ジェラルディーナは

(危機管理意識が欠如してて、しかも他人をナメてると、こういう人間が出来上がるんだろうな…)

とスザンナを評しながらベッティーナの事を連想した。

世間知らずゆえの怖いもの知らずを…。


ーーそんな風に、内心では色々思うところがあったがジェラルディーナは澄ました顔で赤ん坊達に食事をさせた。


それが終わりーー


オムツ替えをした後に丁度マリアンジェラが午後からの交代で来たので

「「後は宜しくお願いします」」

と言い残し、フランカとジェラルディーナは自室へと戻り訓練用の服に着替えた。


裏庭まで向かうまでの間には、フランカが案の定

「あのクソ乳母、サッサと殺せないものかな?」

と言い出した。

座った目で殺意がみなぎっている…。


そのフランカ。教官役の騎士が来ると、スウーッと表情が消えて刑吏一族の人間らしい無表情な顔付きになったので

(流石はフラティーニ家…)

とジェラルディーナは感心した…。



教官役の騎士は訓練官のイザイア・フラティーニ。

士爵位持ちの騎士。


士爵位持ちは国から微々たる年給が出る代わりに

外国へ帰化できず

有事の際の兵役は義務。

(兵役義務を履行しないと敵前逃亡扱いで処分される)

国外へ出る時には国の許可が要るという制限がある。


イザイアは通いの騎士。

住み込みの人達と違って夜はいつまでも居る訳ではない。

普通の使用人と同様に騎士も休日が5日に1回あるらしく、彼が休みの日は訓練は自習となる。


「明日、俺は休みなんで、明日は早速自習になるが大丈夫か?」

とイザイアに訊かれ


ジェラルディーナは

「大丈夫です。お構いなく」

と答えた。


執事見習いのティベリオが「自習」という言葉を聞いて晴々した表情になったので、水をさしたくなかったのだ。


(もしも「自習だとサボりたくなるから来てくれないと困る」などと言ってたら、どうなるんだろうね?)

と少し好奇心を感じはするが…

ろくな事にならない気配が濃厚…。


「まぁ、俺が来なくてもサボりはしないだろ?フランカとティベリオは特にな」

とイザイアが2人を名指ししたところ


「ええ、そりゃあ…」

「強くならなきゃいけない必要性は分かってます」

と2人が答えた。


「襲撃者はこちらの都合に合わせてくれないどころか、こちらの都合の裏を突くようなタイミングを狙ってくるからな」

イザイアの言葉にフランカとティベリオが神妙に頷く。


「?」

ジェラルディーナは一瞬何の話かわからなかったが…


(ああ、なるほど。放火されて屋敷が燃え落ちる事は無かったけど、襲撃されて当主や使用人が死傷する事態はあったのか…)

と、予想がついた。


世間的に「刑吏=庶民を痛め付けて裕福に暮らす鬼畜」と思われがちなので刑吏一族は嫌われている。

刑吏一族には政治的野心がある訳でもないので、攻撃は政敵からより、それまでに処刑した罪人の親近者による逆恨み報復が多い。


「…襲撃、のような事が度々あるんですか?」

ジェラルディーナが尋ねると


「無い時は無い。2、3年無かった事もあったが、大抵1年間に数回あるし、多い時は半年で十数回襲撃される」

とイザイアが実に嫌な事情を教えてくれた。


ジェラルディーナが思わずフランカのほうを見て

(…そんな物騒な屋敷だって教えてくれてなかったよね)

と言いた気に口を尖らせると、フランカはススーッと視線を逸らした…。


ティベリオが

「イザイア卿。来て早々の者にそれ言っちゃうと逃げられるんじゃないですか?カッリストさんからは『慣れるまで逃げられそうな事情は伏せておけ』と言われてますよ?」

とツッコミを入れると


イザイアは

「…カッリストは変に心理戦を意識し過ぎるんだよ。だから奥方様の侍女長や乳母を敵視して人材入れ替えを目論んでしまう。

もっとドンと構えてれば良いんだよ。どうせ相手は女なんだし」

と肩をすくめた。


「…戦闘できない女性でも、情報を戦闘できる相手に伝達する事はできます。

万が一の事態を想定して最悪を防ごうと思うなら、安全のためにもフラティーニ家を敵視する人間の排除は必要です」

フランカが無表情のまま自論を述べるが


「感情的で頭も良くなさそうな女達には何もできないよ」

とイザイアは言い切る。


ジェラルディーナは

(イザイアさんて、実は籠絡されてたりしない?)

と不信感を持ったが、特に何も言う気はない。


夕方フラティーニ侯爵と対面する事になっている。

事実報告して、訊けるなら侯爵の真意を聞いておきたいと思っている。


(…敵性因子の包括はリスクが高い。侯爵様にちゃんとお考えがあっての放置なら、私は何も言うまい)

と、使用人として適切な心理的姿勢を取る事でジェラルディーナは自分の中の不安を断ち切る事にした。


上司がちゃんと頭脳を使ってくれてるなら部下は思考停止して命令通りに動くほうが全体の効率も良いからだ。


集団の組織性とは

思考する参謀

指示する司令官

思考停止して命令通りに動く兵隊

それらが連携機能する事で起こる全体主義的団結にある。


政治的闘争も生存競争も団体戦・組織戦だ。

生き残り続けるには

「自分達の組織性・団結は崩さずに、他の者達の組織性・団結は成立させないように阻害する」

必要がある。


(イザイアさんに「組織戦を通して活路を確保し続ける」という事が理解できてるのかが謎だな…)

とジェラルディーナは不審に思った。


イザイアが自陣の組織性・団結力を大事にしているようには見えない。

フランカとジェラルディーナにはそうでもないが…

ティベリオに対しての暴言が酷いのだ。


傭兵は戦闘時に怒鳴りながら武器を振るっていたので

「そういうものなのだろう」

と思って納得していたが…


(…騎士団も傭兵団さながらに怒声罵声の飛び交う空間なのだろうか?)

と思うと妙にガッカリする。


騎士団は傭兵団と違い公的組織。

騎士は官吏と同じく公務員。


「おらおらどうした!」

「まだやれんだろうが!蛆虫!」

「てめえ!ナメてんのか?!」

「いっぺん死んどくか?!」

「攻撃から再攻撃に入るまでの間合いが長い!」

「何度も同じ事言わせんな!」

「てめえの頭にゃ脳味噌入ってねえのか?!」

イザイアの荒い言葉のせいで騎士へのリスペクトが薄れた気がする。


(暴言吐かれながらの訓練て精神的負担も掛かるもんね…)

とティベリオに同情した。


フランカやジェラルディーナには

「全然なっちゃねえな」

「次の襲撃で死ぬんじゃねえか?」

「危機感が足りてない!」

とダメ出しは入るが暴言はない。


イザイアは

「女に対しては多少は手心を加える」

くらいにはフェミニストらしい…。


(とにかく、放火で屋敷が焼け落ちた事がなくても、物騒さは子爵家と変わらない事は分かった。強くなろう…)

と思ったジェラルディーナなのであった…。



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