「血は水よりも濃い」
結局、ジェラルディーナは
「即効性の猛毒を持ち歩いて、有事の際は自死するように」
と諭された。
(もうなんか、『転生者』ってヤだ…)
と泣きたくなったが…
ルーベン、アンジェロ、アメリーゴの顔を見て
「そんな弱音が通じる人達じゃない」
と判った…。
ルーベンの実家とジェラルディーナの実家は近所だ。
父親が兄弟で近所に住む従兄弟と従姉妹。
ジェラルディーナにとっては身内。
小さかった頃はよく遊んでもらっていて実の兄同然だった。
ガッダのフラッテロ家は皆、意志が強い。
ルーベンも頑固なところがあった…。
フラッテロ家の男子は
「15歳になると首都の子爵邸にお世話になって、王立学院の受験をする」
事が殆どだ。
合格すれば学院寮に入寮。
そのまま3年間を過ごすか飛び級利用で2年間で卒業する事が多い。
ルーベンは15歳で首都の子爵邸にお世話になるところまでは同じだが、他の男子と違って王立学院を受験せずに、そのまま子爵家で働き出した。
それから5年。
ルーベンはアンジェロの執事として忠実に仕えている。
ジェラルディーナが本部へ栄転にならなければ、ずっと会う事もないままになっていたのかも知れないが…
首都へ出て来て、心細い中、支えになっていたのは、ロベルトとルーベンだった。
と言ってもジェラルディーナは本部勤務になってから独身寮に入ったので、子爵邸にお邪魔していたのはロベルトの受験結果が出るまでの間だった。
1週間程の滞在。
その間に顔を合わせる機会も話す機会も何度となくあったが…
アンジェロとアメリーゴに関しては未だ
「親しい訳ではない親戚」
だ。
本部の新人教育用職員はジェラルディーナに対して全く好意的ではなかった。
(性犯罪者のランドルフォ・フェッリエーリよりはマシだったが)
ジェラルディーナは同僚のトマーゾ・バルディーニと組まされる事が多く
危険な任務からはほぼ除外されていた。
ジェラルディーナは
(慣れない環境ながらも頑張ってやっていける筈だ)
と楽観していたのだが…
栄転後ひと月程経ったある日ーー
仕事帰りに背後から襲われ攫われた…。
脱出する勇気がなかなか湧かず
約半年も大人しく囚われの身になっていたが…
ベッティーナのお陰で逃げざるを得ない状況になり逃げる事を決意。
教皇庁を牽制できる占星庁を頼るツテが無かった事もあり
「血は水よりも濃い」
がモットーのフラッテロ家を信じる事にしたのだった。
アンジェロはジェラルディーナにとって
「よく知らない親戚」
でしかなかったが
「フラッテロ子爵を頼りに異端審問庁本部へ戻るべきだ」
と思い、実行し、無事に帰還した。
今にして思えば
「血族を頼ったのは正解だった」
と判る。
何せ、この社会では
「『転生者』は狙われやすい」
と判明したのだから…。
********************
王立学院へ潜入した翌日ーー。
ジェラルディーナの身柄は早速フラッテロ子爵家からフラティーニ侯爵家へ移される事になった。
「…言っとくが、ルーベンも一時期侯爵家でお世話になった事がある。下位貴族が護衛騎士を使役する権限を持たない以上、下位貴族家では執事や侍女が護衛の役目も兼業するのが普通だからな。
お前のフラティーニ侯爵家勤めの目的は、奥方の身の回りの世話の手伝いよりも、護衛騎士らと共に訓練して武力を底上げする事にある。
ゆくゆくはウチの嫡子の護衛を任せる事になる。しっかり励めよ」
アンジェロにそう言われて特に不満はない。
「そう言えば、ご子息のラファエロ様も『転生者』なんですか?」
「瘴気の状態からすると『転生者』だが、未だ前世の記憶は取り戻していない」
「今3歳でしたよね?」
「そうだな。ひと月前に3歳になったな」
「私が前世の記憶を取り戻したのは4歳でした」
「私が前世の記憶を取り戻したのは3歳だった。大抵の『転生者』は3歳から5歳くらいの間で前世を思い出すが、例外もあるらしい」
「もしかして一生前世を思い出さないままになる『転生者』もいるんでしょうか?」
「そういう者もいる。【強欲】の加護を持つ『転生者』が前世の記憶を思い出さず、瘴気を通した徳力の搾取に関しても無知な状態だと、その魂の兄弟姉妹も無難に過ごせるものらしい。
『転生者』なのに大した不運にも見舞われず、命も狙われず安泰に暮らせる者達が居るのは、つまりはそういう事情があるという事だ」
「うわぁ〜。…滅茶苦茶羨ましいんですが?」
「だが逆に加護有り『転生者』のみが前世の記憶を持ち、魂の兄弟姉妹の側が前世の記憶を持たない場合は悲惨だ。
自分の身に何が降りかかったのかを全く理解できず、恨むべき相手を理解できないまま、虐待・虐殺の実行犯のみを恨み呪うか、目先の無礼な相手へ逆恨みして呪う事になるだろう。
世の中にはそういった『真の仇を見誤った恨みと呪い』が満ち溢れている。
万が一にも自分の子がそんな倒錯した存在になるかも知れないと思うと、正直、それは途轍もなく恐ろしい」
「…アンジェロ様にも怖いものがあったんですね。ちゃんと人間だったんだ?アンジェロ様に恐怖を感じさせるなんてラファエロ様、スゴイ…」
「…お前は、侯爵家でとことん性根を叩き直してもらうべきだな。…とっとと出立しろ…」
「あ、スミマセンが聞きたい事があります。私を樽に詰めて首都まで連れて来てくれた連中についてなんですが…。
ちゃんと生きてますか?あの人達…」
「ダニエーレ・ガスパリーニは偽物ではなく自称通り本人だった。連絡を聞いて駆けつけたガスパリーニ士爵が直々に本人確認をして保釈金を払い引き取っていった。
ベッティーナ・ボッチについても同じ事だ。母親が本人確認をして保釈金を払って一緒に帰っていった。
未だ牢にいるのは商隊の連中だな。商隊主のペッピーノ・コショーニはルドワイヤン系移民のままで、リベラトーレに帰化してはいなかった。
フォルミッリ家がルドワイヤン系の勢力を利用してリベラトーレ内で勢力拡大を目指しながらもアイデンティティはリベラトーレ人であるのに対して、コショーニとその部下達は心的にも社会的にもルドワイヤン人そのものだ。
ルドワイヤン側が正式に工作員として利用している様子はないが、自発的に無自覚のまま侵略兵・工作兵になってしまう連中もいる。
コショーニ一派の性質がそういうものだった事もあり、フォルミッリ家の方も対応がこちらが予め予想していた通りだったのは都合が良かった」
「ああ、異端審問庁に資産没収させて、その一部を寄越せって交渉してくるってヤツですね?」
「そうだ。コショーニ一派の資産没収は確定事項だが、どれくらいフォルミッリへバックするのかは、これからフォルミッリとの交渉次第となる。
お前がダレッシオで会ったポンペオ・フォルミッリが交渉に来る事になっている」
「そうなんですね。それじゃ『その節はお世話になりました』と宜しくお伝えください」
「分かった。お前の方もアベラルド様に(フラティーニ侯爵に)対面する機会があれば宜しく伝えてくれ」
「了解しました」
「ルーベンも婚約者なんだからジェラルドに声をかけて送り出してやれ」
「はい」
「ルーベン兄さん、お身体お大事に」
「…お前もな。フラティーニ侯爵家の護衛騎士達は頭がオカシイのか?ってくらいに厳しい連中だからな。死なない程度に頑張れよ。
というか、教皇庁の追っ手に見つかっても絶対死ぬなよ?
お前が殺されたりしたら必ず下手人を見つけ出して無関係なソイツの親戚まで一人残らず俺が殺して回るからな。
俺を殺人鬼にしたくなければ、お前は絶対に誰にも殺されるな」
「…そういう事を言われても」
「…とにかく弱いとシゴキも苛烈になる。早目に地力を上げて認められるように努めろ」
「…分かりました」
「達者でな。と言っても、同じ首都内だ。休日には会えるから、何かあれば早目に相談に来るように」
「ありがとうございます。では」
そう言ってジェラルディーナは子爵家の馬車に乗り込んだ。
子爵家の馬車を出してもらえるので
自分で道順を確認する必要がないのは有り難い。
首都の乗用馬車事業所の実態は
「田舎者だと侮られると同じ所をぐるぐる回って料金をぼったくる」
のが通常モード。
客はぼられない為に
「いちいち目的地までの道順を先んじて告げる」
必要がある。
(それが微妙にストレスになるのだ)
「今日は寄り道せずに真っ直ぐ帰って来いよ」
とアンジェロが御者に命じているのが耳に入り
(寄り道するんかい、この御者)
とツッコミを入れたくなったが、そこはグッと堪えた。
護衛騎士の鍛錬を一緒にこなすだけで死ぬとは思えないが…
弱音を吐いた事のないルーベンが言うのだから
鍛錬が厳しいのは間違いないのだろう。
(不安だ…)
と思いながらも、自分ではどうにもできない不可抗力な状況…。
ジェラルディーナは猛毒の入った小瓶を御守り代わりにギュッと握りしめた…。




