霊的ヒエラルキーの下剋上
ルーベンが
「【強欲】の加護を持つ『転生者』にも色んな人間がいる。自分の魂の兄弟姉妹を不幸へ叩き落として魂の力を搾取する事自体は同じでも、人間性はそれぞれだと思って良い。
俺の場合は、その点、誰よりも運が悪いのかも知れない…。脅威度が高い【強欲】と魂の絆が繋がっているかも知れないんだからな…」
と言うと
(…確かに。次期大公とおぼしきベルトランド・リベラトーレと同じ歳って、不運が過ぎる気がする…)
と納得しながらジェラルディーナは同情の目をルーベンへ向けた。
「…ベルトランド・リベラトーレが人格破綻者だという噂も無ければ、快楽殺人者だという噂も無いが…
現大公が大公位に就く時には、彼と同じ歳の『転生者』が11名行方不明になって、後日儀式殺人の形跡の残る場所で惨殺死体で発見されている。
つまりは連中は普段は自分の魂の兄弟姉妹に対して婉曲的に嫌がらせするだけに留めているが、強大な運気を必要とするような、ここぞという時には拉致して殺している。
要するに俺も『その時が来るまでは殺されない』『その時が来れば殺される』かも知れない訳だ。
そんな事もあり、ベルトランドと同じ歳の『転生者』はベルトランドの動向を常に把握しておかなければならない。
もしも向こうが俺の存在を捕捉しているなら…いつか『その時』が来る。
いつが『その時』なのか全く予想もつかない状態だと、常に恐怖に囚われる事になり日常生活を送るのにさえ支障が出るからな」
ルーベンが世間話でもするかのような淡々とした表情でそう宣うのが…
ジェラルディーナには異様に思えた。
「ルーベン兄さんは、よくそんなに落ち着いていられますね…」
「…何年も何年も恐怖心に囚われていると、開き直る心理へ至るもんなんだよ。ただ、それには『常に致死量の毒を持ち歩く』ような覚悟が要る。
儀式殺人の肝は、『生贄を魂レベルで恐怖で蹂躙して殺す』事にあるからな。
生贄が殺戮者側の御都合主義世界観へと巻き込まれ組み込まれる事で、生贄の魂の力が殺戮者側へ根こそぎ搾取されるんだ。
その目的の部分を妨げるには『心が折れる前に逃げる』『恐怖に蹂躙される前に自死する』必要がある」
「…私にもそういう覚悟が必要だとルーベン兄さん達は思ってる訳ですね?」
「そうだ」
「それはつまり、もしも捕まって恐怖で蹂躙され心が折れた状態で殺されると、加害者である敵の能力と運気が高まってしまうから、そうならないように『状況が詰んだら自死するべきだ』という認識で合ってますか?」
「ああ、それで合ってる」
「………」
(何とも嫌な覚悟だ…。間諜みたいな不誠実な裏切り者が自死用の毒を持ち歩くのは判るけど、『転生者』は『転生者』ってだけなのにね…)
ジェラルディーナが口を噤んで室内に重い沈黙が訪れたがーー
ルーベンは畳み掛けるかのように
「…ジェラルドは研修期間には瘴気や呪いに関してキッチリ学んだんだよな?」
とジェラルディーナに疑問を投げかけた。
ジェラルディーナはルーベンの言いたい事が全く分からず
「はぁ、学びましたけど…」
と首を傾げて返事をした。
するとルーベンは
「儀式殺人というテロリズムに関して、どうやらジェラルドはまだ『他人事』のように思ってるらしいんで、再度おさらいした方が良さそうだな」
と言い出した。
「いや、『他人事』であって欲しいですよ…」
「…異端審問官は暗殺される危険が大きい職業だが、案外サクッと殺される場合には大して問題はない。
問題となる殺され方はそれこそ、拉致され拷問され、人間の尊厳を徹底的に奪われて虐殺される事だ。
お前はおそらく前世も含めて『意識が瘴気に呑まれて狂う』という事態を客観的に認識できていないのだろう。
『知らないからこそ怖い』という部分もあるのかも知れない」
「『意識が瘴気に呑まれて狂う』という経験ですか…。ちょっと分かりませんね」
「儀式殺人を行う妖術師達にせよ、【強欲】の加護を持つ『転生者』にせよ、公平な観点で傍観・分析するならば『意識が瘴気に呑まれて狂っている状態』だと言える。
葡萄酒の醸された樽の中で新たな葡萄汁も葡萄酒に発酵する、という『現象の再生産作用』についてはちゃんと理解してるんだよな?」
「はい」
「社会内で繰り返される善人達の善行もまた、各人皆無自覚なまま、『先人の行いを踏襲してしまっている』現象の再生産作用だが、それを引き起こすべく人間を誘導しているのが瘴気に含まれる先人の感情行動履歴だ。
勿論、『先なる者から次なる者へ引き継がれる感情行動履歴』には質の良し悪しがあり、その良し悪しの格差も大きい。
殺人を為すにせよ、善行を為すにせよ、それは自分が瘴気を通じて『先人達の体験した感情と現象を辿っている』場合が殆どだ。
そして踏襲はそっくりそのまま踏襲しているのではなく、自分なりの変化を微妙に引き起こしつつ踏襲している。
まるで伝言ゲームのようにな。
意識が瘴気に呑まれ瘴気の中に埋没している人々は、そういった現象の再生産作用を何故か認識できない。
狂っているのと同じだが…。それでも潜在的には正気が残っているから、人は殺戮衝動に呑まれて殺戮するのではなく、穏健な社会活動の衝動に呑まれて穏健な社会活動を送れるよう『無自覚に自分を制御している』んだ。
【強欲】な『転生者』は、その辺の自制機能がぶっ壊れてると思って良い」
「…要するに頭がオカシイ殺人鬼は普通の人が潜在的に有している自制機能を持たないという事ですよね?」
「そうだ。そして、そういう状態は人為的に作れる」
「頭がオカシイ殺人鬼が人為的に作られてるって事ですか?嫌ですね…」
「どんな人間でも儀式殺人に参加した初回はそういった行為に恐怖心を感じるし、あまりものダブルスタンダードぶりに驚愕して認知的不協和状態に陥るものだ」
そう言われてジェラルディーナが真っ先に想像したのは
「家畜を殺して肉にする作業を始めて目にした」
時の事だった。
「…私、初めて家畜が屠られて解体される場面を見た時に、怖くて気持ち悪くて吐いたんですけど。
解体された肉を食べて『美味しい』と思った途端に、何故か動物を殺す事も解体する事も平気になったんでした」
「まぁ、それと似たようなものだな。儀式殺人に参加した者達が殺戮行為に恐怖を感じなくなるのも『効果があった』と実感した場合だ。
『効果を感じられなかった』者達は殺戮行為に対して恐怖を感じ続ける」
「それじゃあ、殺人鬼にならないためには儀式殺人で『効果を感じられない』方が良いのかも知れませんね」
「そう思うだろう?だが不思議な事に儀式殺人に参加した者達のうち『効果があった』と感じて殺人鬼気質になる者達は何故か呪われずに済むし、『効果がなかった』と感じた良心ある者達は何故か呪われるんだ。
儀式殺人の被害者自身が自分を食い物にした鬼畜へは怒りを覚えず、逆に同情する人間へは恨みを注いでいるかのようにな…」
「…不条理ですね」
「だが真実だ。テロリズムによって魂が壊された者達はテロリストには畏怖と好感を持ち、善良なる弱き者達へは憎悪と恨みを向ける傾向がある。
それこそ魂レベルでだ」
「『瘴気の中には呪いが満ちている』と習いましたが、呪いとはやはり、そういった類の傾向があるんでしょうか?」
「ああ。人間の心などない殺人鬼は呪われず、人間の心がある者達は呪われる。唯一の例外が『瘴気の影響を受けない』性質の人達だ」
「貴族の人って、頭がオカシイのかって思うくらいに残虐な人が多そうですが…それってやっぱり『人間の心などない殺人鬼は呪われない』という不条理を念頭に置いた呪い避けみたいな意図による教育とかがあるからなんでしょうか?」
「そうだ。高位貴族家の継承者などは、そういった教育を受ける。下位貴族の場合は、高位貴族が残虐で無慈悲であればあるほど成功できるのを目にして模倣しているだけで、そういった教育を受けている者は少ないだろうな。
何のロジックもなく、単なる模倣で残虐に振る舞う連中は『呪い避け』で残虐に振る舞う連中より更に悪質になりやすい」
「迷惑な連中ですよね。呪われるべき事をしたんなら大人しく呪われておけば良いのに…」
「異端審問による拷問は元々は『呪われるべき連中の魂に呪いが入っていけるように』意図したものだったと言われている」
「それ、聞いた事がありますね」
「儀式殺人で他人を殺しまくって自分の願望成就に繋げていた鬼畜に『生贄にされる側の苦痛と恐怖を体験させる』謂わば、『霊的ヒエラルキーの下剋上』を人為で公的機関が行う。それが異端審問庁の発足の原点だ」
「………」
(それはつまり「特権階級の残虐さに歯止めを掛ける役割があった」という事だよね…)
今現在の異端審問庁がその発足の原点を踏まえて活動しているのかどうか…
ジェラルディーナはその全貌を知る訳ではない…。




