神童と近親婚
「そんな感じで、サルヴァトーレ・ガストルディは瘴気の影響を受けない体質の者で、トリスターノ・ガストーニが『転生者』でした。おそらくトリスターノは【強欲】の加護持ちです」
とジェラルディーナが報告すると
アンジェロは
「そうだろうな」
と頷いた。
アンジェロは貴族なので定時で仕事を終えて帰宅する。
夕方、フラッテロ子爵邸へ戻り、執務室へ行くと丁度アンジェロが帰宅した所だったので今日の結果を報告する事にしたのだ。
「知ってたんですか?」
ジェラルディーナが目を丸くして尋ねると
「まさか。だが幼少時から『神童』と言われるヤツらの多くは前世の記憶がある。勿論、本物の天才が『神童』と呼ばれる事もあるし、前世の記憶があっても用心して肉体年齢通りにバカっぽく振る舞う者もいるが、『神童』が『転生者』である可能性は高い」
とアンジェロが唇の端を持ち上げて答えた。
「トリスターノって『神童』呼ばわりされてたんですね?」
「因みにお前も密かに『神童』呼ばわりされてたぞ?ルーベンにせよ私にせよだ。
幼少期に記憶を取り戻した『転生者』は『周りから浮きたくないから、自分のレベルを落とす』という世間様への気遣いができないと、ついウッカリ優秀さを周りに悟られてしまい『神童』呼ばわりされてしまうんだ」
「なるほど」
「あと、全体的に『転生者』は貴族や貴族家に連なる家に生まれる事が多い。統計的には『近親婚を繰り返した血筋』に生まれやすいと判っている。と言っても『確実に』とは言えないのだがな」
「刑史一族って、一般官吏と違って差別されるから、仕方なく近親婚にならざるを得なかったんじゃないですか?」
「まぁな。爵位持ちだと政略結婚で外部の血を取り入れる事も多いが、基本的に先祖代々からの刑吏一族に嫁ぎたい物好きは少なかったんだろうな」
「それだと、フラティーニ侯爵派だけでなく、ベルナルディ伯爵派、カルダーラ伯爵派、フェッリエーリ伯爵派にも『転生者』が複数生まれている可能性が高いんですね?」
「その点ではフラティーニ侯爵派は優位性がある。フラッテロ家は瘴気を認識できる性質を受け継ぎ続けているからな。
異端審問庁内の『転生者』は大抵把握できている。問題は刑吏一族の『転生者』が『全員異端審問庁に入庁する訳ではない』という事だ」
「よその家に入り込んで瘴気を確認して回る訳にもいきませんからね」
「婚姻で他家に嫁がせるにしても、他家とは長年にわたる確執がある。下手に一族の女を嫁に出せば、どんな目に遭わされるか判ったものじゃない」
「ガストルディ侯爵派はそういう事態を望んでいるんですよね?」
「おそらくな。『同じ一族同士の近親婚は良くない』という主張で、相性無視で他家との婚姻を推奨している動きをしているな」
「おかげでコスタ家との間に嫌な因縁ができました」
「ガストルディからすれば一石二鳥だろうな。近親婚で煮詰まった血を薄れさせる事で刑吏一族に『転生者』が生まれにくくすると共に、相性の悪い者同士を無理矢理引っ付けようとして反発を引き出し、争わせる」
「コスタクルタ子爵家ってフェッリエーリ伯爵派の姻戚関係者で血の濃さで言えば末端も末端ですよね?
先代子爵の弟が異端審問官になったものの才覚も適性もなく、現場に出せば殺されるのが判ってたから『当時の支部長が気を利かせて現場には出させず事務職に就かせた』っていう…。
ヴァレンティノ・コスタの場合は、そういった『死なせないための配慮』がいっさい為されていなかったという事ですよね?」
「そうだ。改めてガストルディ侯爵派のやり口がエグい事が分かるだろ?」
「…ガストルディ侯爵派もフラッテロ家みたいに近親婚を繰り返した一族なんでしょうか?」
「いいや。ガストルディ侯爵はその時々の政略結婚で多数の貴族家の血を引き込んできた筈だ。
現侯爵と先代がリベラトーレ大公家から公女を下賜されていて、ガストーニ子爵家はこれまた現子爵も先代も出自不明の令嬢を娶っているが、それが『大公家の庶子だ』との噂がある。
そうした事から『近親婚を繰り返した一族』は寧ろリベラトーレ大公家。この国の君主一族だと分かる。
アベラルド様は(フラティーニ侯爵は)ガストルディ侯爵夫人ともガストーニ子爵夫人ともお会いした事があったそうだが、やはり、2人共『転生者』だったそうだ。既に亡くなられているので何か仕掛けて来られる心配も無いがな」
「…もしかして、私達が知らなかっただけで、この国の大公家には昔から『転生者』が生まれていたとか?」
「…その可能性が高いと俺達は思ってはいる。公的に公開される歴史には当然そういう記録はない」
「うわぁ〜…」
ジェラルディーナが呆れた声を上げると、報告を聞く為に室内で待機していたルーベンとアメリーゴもウンウンと頷いた。
自国の最高権力者の一族が『転生者』を代々輩出していて
魂の兄弟姉妹である自国民を虐げて徳力を確保していたとなると
かなり悪質な国家運営だ…。
(正直、魂の力ーー徳力ーーというものを私自身が認識できないんで、「本当にそんな力が存在してるのか?」という点で疑問が残る…)
それでも
「【強欲】の加護を得ている『転生者』は徳力を搾取する為に自分の魂の兄弟姉妹を不幸へ叩き落とす行動を取る」
という陰湿な虐待が、この国で代々繰り返されてきた事は分かる。
時には加護無し達が返り討ちに遭わせてきたのだろうという事も。
(そしておそらくはアドリア大陸でも同じようなアングラ戦が起きていた…)
「何故、人は正義の執行を行なっているかのような自己肯定感で、特定の他人を不幸へ叩き落としてしまえるのか?」
が前世では謎のままだった。
作り話なら、幾らでも
「残忍な趣味を持つ幼稚で頭のオカシイ人間だから他人を積極的に虐げるのだ」
という人物像を捏造できるのだろうが…
真実は
「特定の相手を虐げる事で自分の能力と運気が向上する」
といった
「自分が得をするカラクリ」
があって
「搾取する目的で虐げていた」
のだ。
呪術的因果関係が第三者の目には見えていないだけ…。
意地悪でもなく
頭がオカシイ訳でもなく
特定の相手を餌だと認識して
特定の相手のみを虐げ絶望させる。
そうした利害関係が隠されていると
被害者も傍観者も
「何が起きたのか」
を正しくは理解できない。
「徳力という力が本当に存在しているのか?」
は、ジェラルディーナはそれを認識できないので…
その力の確認が取れないまでも…
【強欲】の加護を持つ『転生者』達は
「徳力の実在を信じて、自分の魂の兄弟姉妹を虐げ絶望させて死へ追いやってきた」
のだ。
そして周りの者達は
「他人を不幸へ叩き落とした人達が幸運に恵まれ成功者となる」
のを見せつけられるから…潜在的に模倣者となる。
残酷さが溢れる…。
人々の潜在意識には
「他人を苦しめる事で成功できる」
というご都合主義嗜虐が溢れ
世の中には
「嬉々として弱者虐めを楽しむ鬼畜」
が量産されてきた…。
(まるで悪魔崇拝…)
「…ともかく、リストに名を乗せた連中の瘴気の状態を確認できたのは良かった。ロベルトも早く瘴気を認識できるようになってくれれば、後は言うことはないな」
アンジェロがそう言うと
ジェラルディーナは
「ですがロベルトは『転生者』じゃないですよ?前世の記憶とかはない、ただの優秀な少年です。
『転生者』間の争いの深みに誘い込むのはやめてくださいね」
とすかさず口を出した。
「判ってないな。お前は…」
アンジェロがパシパシとジェラルディーナの頭を叩いて仏頂面をすると
ルーベンが一歩前へ出て
「あのな、『転生者』同士の争いが=権力争いなんだよ。この国では。
派閥に属する者が権力争いと無縁に生きる事は不可能。
ロベルトもリナルドも巻き込まれるのは必然だ」
と諭すように告げた。
更に
「だが『拷問で情報を聞き出さなければならない程には情報を持たない』状態でいさせた方が万が一の場合も苦しませずに済むだろうから、『転生者』以外の者達には徳力の事は説明せずに適当にでっち上げた情報を教えておく。
こういう物騒な国では派閥に属する者達は常に危険と隣り合わせだ。お前もそろそろ覚悟しておけ」
と言葉を継いだ。
ジェラルディーナは『拷問』というキーワードが出た事でギョッとした…。
(…「そういう殺され方もあり得る」という事を覚悟するなんて、普通、誰でも無理なんじゃない?)
アンジェロがハァァーッと溜息を吐いてから
「…大公家の嫡子、後継者順位第一位のベルトランド様は20歳。ルーベンと同じ歳の『転生者』。【強欲】の加護持ちだ。
つまり20歳の『転生者』は他の年齢の『転生者』以上に危険が大きいんだ。
お前は一応ルーベンの婚約者になったんだ。自国の次期最高権力者から狙われる事の意味をちゃんと一度考えた方が良い」
と言った…。




