表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Whatever  作者: けいぞう
32/78

32.ヒロカ

 四時間目、私はいつものように空腹と睡魔に同時に襲われていた。

 こんなことならさっきの休み時間に何か食べておくんだった……。

 ふと思いついて、のど飴があったことを思い出す。

 ジッパー付きの袋から一粒取り出して口に放り込む。

 これで少しは気が紛れそうだ。


 スカートのポケットの中でスマホが小刻みに震えた。

 私は前の席の頼子さんの背中に隠すようにしてスマホの画面をチェックする。

 メイからメールだった。


『バンド名、考えてみたんだけど……』


 しまった。

 すっかり忘れていた。

 これを決めないとエントリーが出来ないんだった。

 私は教科書を読むフリをしながら、フリック入力で返信する。


『どう?何かいいの思いついた?』

『えっとね……』


 画面の左側から出てくる吹き出しの中で丸い光のシンボルが回転する。

 メイが入力しているらしい。

 私はわくわくしながら待つ。


『やっぱやめた』


 私の頬杖が横に滑って頭がかくんと落ちる。


『えー?!なにそれ?!そこまで言ったら教えてよ!』

『だって、なんか照れくさいもん……。もう勝手に書いて出しちゃおうかな』

『待って待って待って!私も一緒に名前決めたいよー!』

『だってヒロカ、イカとかカメとかばっかりだったし……』


 イカとカメの後ろにアニメーションスタンプがついている。

 最初の頃は文字だけだったのに、最近女子高生らしい文面を送ってくるようになった。


『あれはあれで可愛かったと思うけど……』

『……ヒロカのセンスって独特ね』

『なにをー!?じゃあメイのセンスだとどんなのがでてくるのさー!それを言ってみてよ!』


 少し間があってから、また光が回転する。


Iris(アイリス) ってどうかな?』


 私は目を見開いた。

 眠気と空腹が一緒にどこかに飛んでいった。


『なにそれ、可愛い。けどちょっとかっこいい』

『この前ヒロカの目を見てる時に思いついて、関連する言葉を調べてたの。目の虹彩の部分を英語でIrisっていうんだって。アヤメの花も同じ綴りらしくて、なんか素敵だなって』


 珍しく長文のメール。

 メイが照れながらスマホを操作しているのが目に浮かぶ。


『どうかな?なんだか、かっこつけすぎかな?』

『うぅん、いいんじゃないかな?!おしゃれだし、大げさすぎないし!』

『じゃあ、これで書いて、もう出しちゃうからね。高橋くんにエントリーシートは今日中にって言われちゃったから』

『おっけー!お願い!』


 子犬がお辞儀するスタンプを送ってから、改めてその単語を眺めてみる。

 Iris。

 うん、いい。

 なんていうか、クールだ。

 アヤメの花なんて、清楚で凛としていてメイの佇まいにぴったりじゃないか。

 でもその由来が実は私の目だなんて、ちょっと照れくさい気もする。

 複数の意味があるというのも、面白くて気に入った。

 少し悔しいが、メイの言葉のセンスは大したものだ。


 ともあれ、バンド名が決まって安心した。

 同時に何処かへ行っていた空腹が帰ってきた。


『あ、メイ、今日お昼学食にしない?今日ね、特別メニューで海鮮丼が出るんだって!』

『いいけど……ヒロカって、海が好きなの?』

『え?お魚とか貝とかは好きだよ?どうして?』

『うぅん、なんでもない。いつか、一緒に海とか行ってみたいね』

『わー!わー!なにそれなにそれ!デートのお誘い?!』

『来年の夏だから、随分先の話だけど』


 私ははしゃいで、波とスイカとサーフボードのスタンプを送った。


『それでも楽しみだよ!泳いで、砂遊びして、花火して!あ、ギターももちろん持って行って、一緒に歌おうね!』


 恋人が初めてできた時って、もしかしたらこんな気分なのかもしれない。

 未来のこと全てが輝いて見えて、一年間の色々なイベントが待ち遠しくてたまらない。

 退屈でうんざりする毎日も、楽しみのためなら乗り越えていける。


「はい、じゃあ、問一を……なんだかとっても幸せそうな紺野さん。わかりますか?」


 突然の先生からのご指名だって、なんのそのだ。


「はい!すみません、わかりません!」


 静かだった教室が笑い声に包まれた。

 いつもだったらアタフタした挙句に小声でわかりませんと答えるところだったので、意外な反応だったらしい。


「……良い返事です。元気さと素直さに免じて今回は許しますが、後日また指すので覚悟しておいて下さい」


 女数学教師、斉藤先生は意味ありげな笑みを浮かべながら出席番号表を見ている。

 多分名前を覚えられてしまったので、明日の授業は予習しておいたほうが良さそうだ。


 授業が終わった後、ギターを持つ頃にはもうすっかり忘れているような気がするが。


 

 放課後、私はギターを担いで芸楽館の裏にやってきた。

 C組はまだホームルームが終わらないらしいので、先に準備をしておくことにした。

 このスペースには昔、第一体育館というものがあったらしいのだが、私たちが入学する数年前に老朽化を原因に取り壊してしまったらしい。

 今は砂利を敷き詰めた更地になっている。

 結構な広さがあるので、野外ステージの設置場所には持ってこいだった。

 練習も気兼ねなくできそうだ。明日からアンプを持って来てもいいかもしれない。


 私はソフトケースからギターを取り出して、チューニングを確認した後、少し一人で指慣らしをしておくことにした。

 せっかく大きな音を出せるので、『そばかす』のイントロを思い切りかき鳴らす。

 反復練習とイメージトレーニングのおかげで、イントロから歌いだしまでの繋がりはスムーズになっていた。

 そのまま通して伴奏を続ける。

 まだ影も形もないステージとそれを取り囲む観客をイメージして弾いてみる。

 緊張するかと思ったら、それ以上に気持ちが高揚した。

 何百回と繰り返したコード進行なのだと思うと、もうミスする方が難しい。

 あとはいかに音色に表情をつけることができるか。

 すぐそばで、楽しそうにステップを踏みながら歌うメイを想像する。

 私も負けずに、全身でリズムを取りながら弦を弾き続けた。

 笑顔で声を張り上げるメイ。

 私は正確なリズムでその歌の土台を支える。

 何度も何度も思い描いてきた本番。

 あと十数日で、私たちが目の当たりにする風景。

 この場所で起こることなんだと思うと、イメージはよりリアルになって私の胸を震わせた。


 ワンコーラス分の伴奏を終えて、ふぅと一息つく。

 とりあえず自分で及第点を出せる出来だったと思う。

 でもまだまだだ。

 頭を空っぽにしても完璧な演奏が出来るようになるまで繰り返しておこう。


 二度目のイントロを弾き始めると、校舎の方から駆け足の足音が聞こえてきた。

 大量のガムテープの入った紙袋をぶら下げたメイだった。

 私に声をかける前に、メイは歌い出していた。

 大荷物を抱えて走りながらなのに、驚くほど声が安定している。

 これなら、踊りながらだって歌えるんじゃいだろうか。

 メイは足元に荷物を放って、私と向かい合うようにして立ち、Bメロから本腰を入れて歌い始める。

 きっとこの二日間、歌いたくてたまらなかったのだろう。

 胸を両手のひらで抑え、逸る気持ちをなんとか落ち着けているようだった。


 二日ぶりのメイの声は、軽やかで、楽しげで、何より声量が大きかった。

 体を鍛えている成果なのか、溜まっていた鬱憤の反動なのか。

 私も音量負けしないようにストロークに力を込める。

 ああ、久しぶりの開放感。

 生き甲斐と言っても言い過ぎではないほどの、私の人生の中の特別な瞬間。

 嬉しすぎて、体が勝手に動き出してしまう。

 メイも同じらしく、踊るようにステップを踏んでみたり、私の方に手を伸ばしてみたり、本物の歌手みたいな歌いぶりだった。

 こんな時スラリとした長身と長い黒髪が映える。

 演奏しながら、私はメイの姿に見とれていた。

 ただの砂利が敷き詰められた広場が、あっという間に彼女のステージになる。

 全身を使って歌う姿は、どんな背景とだってドラマチックなシーンを作り出す。

 歌のリズムに合わせて頭を振ると、黒髪が中空に舞う。

 体中からエネルギーを迸らせるその姿を、本番の時にも私が一番近くで見ることが出来るのだ。

 こんなに幸せなことってあるだろうか。


 最後のサビまで歌い終えると、私たちは自然と右手でハイタッチした。

 メイが身振りで、もっともっとと促してくるので次は何にしようかと考えていると、突然横から拍手の音が聞こえてきた。


「すげーーー!」


 傍らにパイプ机を置いて、激しく両手を叩き合わせていたのは高橋くんだった。

 失礼だけど、シンバルを合わせて叩く猿のぬいぐるみを連想してしまった。


「今の、本番でもやるの?!なんていうか……えっと!二人とも、すげー!」


 貧弱な語彙ではあるが、言いたいことは伝わってきた。

 予期せぬ形で、観客第一号が生まれてしまった。


「高橋くん、聞いてたの?っていうか、見てた?」

 

 メイは頬を赤く染めて、恥ずかしそうにもじもじした。

 私はそれを高橋くんに見られるのが、悔しいような誇らしいような不思議な気持ちになった。


「途中からだけど、いいもん見ちゃったなぁ……。なんかもう二人の周りだけ別世界だったもん」


 私は照れながらも、内心鼻が高かった。

 第三者からの評価は初めてだったので、すごいと言ってもらえることに安心もしていた。


「でしょでしょ?もっとほめて!」

「へ、変じゃ無かった?練習が久しぶりではしゃいじゃって、成りきっちゃってたけど」

「変なんてことないって。本番はもっとハジケてもいいよ。二人は、なんていうかバランスがいいね。かっこかわいいっていうの?」


 うんうんと評論家顔で頷いてみせる高橋くん。

 もしかして後ろの可愛いの方は、私の担当だろうか?余計に照れてしまう。


「ねえ、もうちょい聞かせてよ。今日はみっちり練習する予定だったんでしょ?」

「え、準備はいいの?」


 高橋くんはステージの足場にするはずのパイプ机を我々の前に持ってきて、その上に座り込んでしまった。


「まだ初日だし。ちょっと聞かせてもらったらそのあと作業するから」


 メイはどうしようかという視線を私に投げてくる。


「いいんじゃないかな?客観的な意見も欲しいし、高橋くんだけなら聞いてもらっても」

「そうそ、実行委員特権もこんくらいないとやってらんないって」


 まだ少し迷っている様子だったメイも、私がGのコードを弾くと覚悟を決めたようだった。

 本番さながらに、観客の方に向き直る。


 『Whatever』のイントロを聞いて、高橋くんの顔が歓喜に染まる。

 もしかして好きなんだろうか。

 

 メイが本気で歌うのを聞くのは、私もなんだか久しぶりな気がする。

 できるなら録音しておいて一日に何度でも聞きたいのにな、と思う。

 活き活きと自由の歌を歌い上げるメイの声は、聞いていると元気が出てくる。

 眠い朝も、こんな歌を聞きながらなら明るく登校出来そうだと思った。


 踊るようにして歌っていた先ほどとは違い、直立不動の構えだ。

 マイク無しでも広場全体に響き渡るような声量。

 前に聞いた時よりもずっと声が力強く、ぶれなくなっている。

 私は思い直した。

 録音なんかじゃ駄目だ。

 私は今のメイの歌声を聞きたい。

 昨日とも一昨日とも違う、私達が一緒に過ごした時間の蓄積が生み出す変化を感じ取りたい。

 そして何より、その少し後ろで、私はこうしてギターをかき鳴らしていたいんだ。何が欠けても物足りない。


 メイの背中越しに、高橋くんが体を縦に揺らしてリズムに乗っているのが見えた。

 私達の演奏を楽しんでくれている。

 私とメイがサビの前のハモりを披露すると、手を叩いて囃し立てた。

 そのまま手拍子をくれる。

 私は少しだけ前に行って、メイの隣に出る。

 私に気づいて、メイがにこりと笑うのが見えた。

 この曲ならもう指板なんか確認する必要もない。

 私は視線で、メイに語りかけた。


『楽しいね!』


 メイは視線と笑顔で返事をくれた。


『ちょっとまだ緊張するけどね』

『嘘!ノリノリに見えるけど?』

『だって、見られてるから。カッコつけなきゃ!』

『だよね。私も、負けてらんない!』


 目を閉じて、頭をゆらゆらと揺らす。

 ちょっと腰もくねらせてしまえ。

 少し大げさに右手のストロークを上下させる。

 メリハリを効かせて、音にキレを出すようにピックを弦にぶつける。

 愛用のエレアコは私の意図を汲んだように、いつもよりちょっと気取った音を出してくれた。

 メイの声音の微妙な変化から、彼女が笑ったのがわかった。私はちょっとむっとして睨む。


『何?!イケてなかった?』

『うぅん、すっごくかわいかった。かっこいいかって言うとちょっと違うけど』

『じゃあ、メイが見せて。かっこいいやつ』

『いいよ。見ててね』


 曲調が変わって、B7とGのコードを行き来するパート。

 自由を求めて苦悩するようなメロディと哲学的な歌詞を、メイは眉根を寄せて、両手で抱えた頭を左右に振りながら少し苦しげな声で歌う。

 その苦悩の様がリアルであるほど、次のサビへの繋がりが劇的になった。

 それまでのサビよりもより開放的に穏やかな声で、笑顔を浮かべ両手を広げて、諭すように、目の前に広がる世界全体に呼びかけるように声を紡ぎ出す。


『どう?こんな感じ』

『……ずるい。ちょっと決まりすぎ』


 メイにウィンクを決められてしまった。

 二人が張り合うようなことじゃないんだけど、パフォーマンスと視線で会話ができることが嬉しくて舞い上がってしまっていた。

 ちょっと負けた気分のままだったが、それ以上に楽しい一曲だったので私はご機嫌でアウトロを終えた。

 私たちは二人で頭を下げる。

 高橋くんのリアクションを待つが、いつまで経っても何も聞こえてこない。

 私は訝しんで頭を上げた。

 高橋くんはパイプ机の上であぐらのかきかけのような中途半端な姿勢のまま固まっていた。


「高橋くん?」


 呆けている彼に、メイが声をかける。


「ごめん……。なんていうか、言葉になんないわ。いやいやマジで。二人で、しかもギターとボーカルだけなんて、冷やかしみたいなもんかと思ってたのに。もしかしたら優勝狙えるんじゃない?」


 優勝。

 なんとも縁のない言葉だが、隣にメイがいるだけで無理じゃない気がするから不思議だ。


「ほんと!?そんなに良かった?」


 私は身を乗り出して高橋くんに詰め寄る。


「う、うん……。少なくとも俺はかなり好き……」

「高橋くん、優勝ってことは、バンドバトルって順位を決めるものなの?」

「え?ああ、そりゃそうでしょ、バトルってくらいなんだから。優勝者には賞品も用意してるよ」

「賞品あるの!?何々?」


 高橋くんはよくぞ聞いてくれたと言いたげに胸を張る。


「なんと、海浜プレジャーリゾートのペアチケット!遊園地のフリーパスと温泉旅館の宿泊付きパックでーす」

「おーーー!すごい!」


 プレリゾは隣の県にある日本屈指の巨大遊園地だ。

 チケットだけでも一枚五千円以上する。

 宿泊までついたら二人分で三万円以上になるだろう。


「よくそんなに予算あったね?」

「ナカシマギターショップって、通りにあるっしょ?あそこの店長がスポンサーになってくれたからね。ゴツいスキンヘッドのおっさんなんだけどアツい人でさ。若者のバンド離れをなんとかしたいとかいつも言ってんの。当日は審査員やってもらうんだ」


 もしかして、先週末にマイクのことで相談に乗ってくれたあの人だろうか?

 全く、狭い町だ。


「ちなみに、俺も審査員だからね。良い点つけて欲しかったら、言うこと聞いといたほうがいいよー」

「えー!ちゃんと公平に審査してよ?えこひいきで点もらっても嬉しくないよ!」


 隣でメイがうんうんと頷いている。


「あら?なんだよ、真面目だなぁ。二人でお泊まり、行きたくないの?」

『行きたいに決まってるでしょ!』


 私とメイの声が重なる。


「なははは、お前ら凄いね。息ピッタリ」


 高橋くんは楽しそうに笑う人だ。

 私とメイも釣られてしまう。


「まあ、俺も別にそんな露骨に贔屓しようなんて思ってないから、頑張ってよ」


 純粋に演奏を見てもらいたいと思っていたところに、とんだ煩悩の種が生まれてしまった。

 メイと遊園地……。しかも温泉でお泊まり。温泉の大浴場だったら、一緒にお風呂……?


「……設営頑張ったら、ボーナスポイント入る?」


 私はメイに聞こえないようにそっと小声で聞いてみた。


「……紺野さん。えこひいきなしなんじゃなかったの?」

「そうだよ。でも、練習の時間を割いてお手伝いするんだから、その辺は……。ほら、ね?」


 私はわざとらしくしなを作って高橋くんの詰襟の肩に両手の指先を重ねる。


「えー?うーーん、確かになぁ。でもなぁ、どーしようかなぁ」

「返事次第で、お手伝いのモチベーションも変わってくるよ?一人じゃステージ完成させるの、難しいよねえ?」

「え、何。俺、脅されてる……?」


 なんとなく不穏な視線を感じてメイを見やると、あからさまに不機嫌な顔で私達を睨んでいた。


「ほ、ほら、メイも目力かけてきてるよ」

「……美人が凄むと怖えなぁ」

「……ヒロカ。またくすぐりの刑、されたい?」

「いえ。されたくないです……」


 私は高橋くんからぱっと離れて、メイの隣に戻った。


「さて、机運んでたんだった。まだしばらくは手伝ってもらうことないから、練習してて。机あるだけ持ってくるから、あとで並べるのと繋ぐの手伝ってね」


 誤魔化すように言って、ピロティの方へ駆けていく高橋くん。

 その背中を見送りながら、メイが短くため息をついた。


「……ヒロカ、なんだか明るくなったよね」


 突然指摘されて、私は首を傾げる。


「え?そうかな?」

「うん。そんな気がする。なんだか楽しそうで、生き生きしてる」


 秋風に揺れるプリーツスカートを指先で抑えながら、メイはかすかに微笑んだ。

 腰が高い上に私よりも長身なので、同じスカートを履いても雰囲気が全くが違う。

 私はメイのスタイルを羨ましく思う。

 逆にメイも、もしかしたら私の何かを羨ましいと思うことがあるのかもしれない。


 私はギターをソフトケースの上に置いて、メイの前、三歩ほどの距離に向かい合って立った。


「さて問題です。私がそうなった理由はなんでしょうか?一番、ギターを始めたから。二番、文化祭が楽しみだから。三番……」


 指を立てて番号を示しながら、三番の選択肢の前で一呼吸置く。


「素敵な人に出会えたから」


 そう口にすること自体がもう私にとっての幸せで、自然と口元が綻んでしまう。


「サービス問題ですよー。外さないでくださいねー」


 クイズ番組の司会者になりきった口調でおどけてみる。

 メイははにかむように笑ったあと、腕組みをしてわざとらしく悩むそぶりを見せる。


「うーーん、何かヒントはないですか?」

「大サービスにして意外な情報です。なんとその人は、女の子です!」


 メイが堪らず吹き出す。


「それ、ヒントじゃなくて答えになってる」

「あれ!?あ、ホントだ!」


 いらないところで天然ぶりを披露してしまった。

 ちょっと恥ずかしい……。

 照れ笑いをする私を、メイの細い腕が抱きしめる。

 壊れ物を扱うような、おっかなびっくりな手つきだった。


「ちょ、ちょっと、メイ……。タンマ。お外、ここお外だよっていうか学校だよ……!」

「……学校だとダメなの?女の子が友達同士でじゃれあってるだけには見えないかな?」

「く、空気が、マジっぽい空気が出ちゃってるとそう見えないと思う!メイ、かなりムード出ちゃってる……」


 人の来ない建物の裏というロケーションも隠れているようでまずい。

 だというのに何故か、少し抵抗しようとすると逃がすまいと腕の力が強まる。


「あら?メイ……?ちょっ、どーしたのかなー。メイちゃーん?ほら、高橋くんも戻ってきちゃうから……。まずいと思うなーー。このままだと」


 赤面しながら、立てこもり犯を説得する交渉人のような気分で諭す。


「じゃあ、お願い聞いてくれたら離してあげる」


 実は内心、そう来るかもしれないと思っていた。

 メイが相手なら交渉は簡単かもしれない。


「どんなお願いか、当ててみてもいい?」

「……どうぞ」

「おまじない、切れちゃったんでしょ?」


 メイは深い溜息をつきながら、私を開放してくれた。


「……なんで分かるのよ」

「かけたの私だから」


 ニヤニヤしてしまうのを抑えられない。

 赤くなったメイの顔が憮然としている。

 こんなことを言ったらメイは更に拗ねるかもしれないけど、彼女は案外甘えん坊なところがあると思う。


「じゃあ、一日分、またかけてあげるからね」


 私はメイの首に両腕を回して、背伸びをする。

 滑らかな頬に、ゆっくりと唇をぶつけた。

 呼吸を止めて二秒停止した後、ちゅっと音を立てて離す。

 考えてみれば凄いところで凄いことをしている。

 自覚はあるが、一日分と宣言しているあたり我ながら全く悪びれていない。


「……ありがと。落ち着いたかも」

「ん。よかった」


 私のキスにどれくらいの効果があるのか自分では全く想像できないが、メイにはどうやらよく効くらしい。

 自分にも人を元気づけられるという事実が、自信になる。


「じゃ、練習再開しよっか」

「……そうだね。頑張らなきゃ」


 私はエレアコを拾い上げて、もう一度ストラップに体をくぐらせる。

 平静を装ってはいるが、左手が少し震えていた。

 毎日やったとしても慣れる時が来るとは思えない。

 もしメイに逆のことをされたら、きっとその夜は寝付けないだろう。


 手の震えをごまかすように、私は力強くAのコードをストロークした。

 煩悩を打ち払うには間違いなくこれが一番だ。



 それからほぼ毎日、私達は放課後になると芸楽館の裏に集まって練習を繰り返した。

 高橋くんも入れて三人でステージ設営することもあれば、作業を二人に任せて私は隣でギター練習をしていることもあった。

 気分転換に本番用ではない曲をメイに歌わせると、その度高橋くんは作業をサボって聞き入っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ