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見知った猫と自分と学友と

今回は割と長めかな?

 何とか半月から逃げて、街に繰り出して来た男だったが、女物の服の買い方何てものは男は全く知らない。

 男は走り疲れて、歩くペースを少し落としながら自分の無計画さを呪っていた。

 買わなければいけないものは、下着と私服、箸やお椀なども買った方がいいだろうか?

 コップも歯ブラシも同じものを使うわけにはいかないだろう。

 日用品は買えなくもないだろうが、服、とりわけ下着はかなり高難易度のミッションだ。

「通報されたりは流石に……ないよな?」

 そんな不穏な可能性を考えていると、目の前にお手頃価格で有名な衣服店が見えた。

 好きな女性にお手頃価格、というのもおかしな話だが、そもそも生活の全てを賄っているのだ、服にお金を使い過ぎて日常生活が疎かになってしまったらそれこそ本末転倒というものだ。

 男は出来るだけ簡素な、それでいてお手頃な服を求めて店に入った。

 小気味よいジャズ風の音楽が店内に流れていて、店員の明るい声と相まって購買意欲がそそられる。

 何となく良さそうな服のコーナーに辿り着き、そこで男は新たな問題点を発見して足を止めた。

「半月の服……サイズどれ位なんだ?」

 受験期真っ盛りの為、自分の身長もろくに覚えていない。

 そのため、自分自身と比較しておおよそを知ることも出来ない。

 あまりこの女性服コーナーにいると怪しまれてしまう。

 焦って辺りを見渡すと、服のかかっていた棚の横が身長計となっており、自分の身長を測れるようになっていた。

 何となく測ってみる気になり、男は棚に背をつけ、踵を揃える為に自分の足に視線を移した。

「あ……!」

 そして発見した、自分の胸元に明らかに女物の髪の毛が付いていることを。

 ここ数日、こんなふうに毛がつくようにした事と言えばさっきの「アレ」しかない。

 つまり、この髪のついている辺りが半月の身長、ということになる。

「百六十……五、位か?」

 さらに、棚の上を見ると、身長で分かる大体のサイズ早見表があった。

 何と準備のいい事だろうか、シェア争い国内トップレベルなだけはある。

 横幅によっても多少左右されるだろうが、半月は太っているということは無いので大丈夫だろう。

 上下共に適当に二三着ずつ見繕い、手に取る。

 改めて手に取ってみて、男は異性の服を買うという恥ずかしさが振り返してくる。

「次は下着か……」

 そして男はまたしても、当然の疑問が浮かんだ。

「スリーサイズ……、分かるわけないな」

 さっきの感触からして推測するに……B、いやCか?

 とにかくこの下着コーナーから一秒でも早く脱出したくて、大雑把な思考を働かせる。

 大体のあたりを付けて、恐る恐る下着を手に取るがまたしても動きが止まる。

「同じカップなのに何でこんなに大きさが違うんだ……!?」

 予測していたアルファベットの後ろには予測していなかった二三桁の数字。

 恐らく大きさを意味しているであろう数字に男はまたも混乱を深める。

 訳が分からなくなりながらも、男は適当に平均より少し大きいサイズの下着を二三着取ってさっき買った服と同じく買い物カゴに入れた。

 衣服が財布に与えたダメージと、店員の不審そうな視線に必死に耐えながら、会計を済ませて、なるべく自然な動作を心がけて男は店を出た。

「あ……」

 店を出た瞬間、目の前に広がる光景……というよりもたまたま目の前に居た人間を見て、つい男は声を出してしまった。

 その一言で先方もこちらに気がついた。

「おぉ、久しぶりだな!」

「あぁ、久しぶり、田中……」

「おいおい、田中「さん」だろ?」

「田中……さん」

「よろしい」

 上から目線の田中と、それに従順する男。

 長期休みに入る前以来の為、うっかり「さん」付けを忘れてしまった。

 男と、この田中は、別段先輩だったり、異性だったりする訳では無い。

 ただの友達だ。 男よりも……いや男の通っている学校の誰よりも頭の良い田中さんと、下が数える程しかいない男の間でこうした呼称関係だったり、言葉使いの違いが生じるのは、勉強第一の進学校内では当たり前だった。

 名前すら呼ばれない男と、呼び捨てで呼ぶ事を許されない田中さんは、紛れもなく友達だ。

(……そうだったな、俺はこういう立ち位置だ、半月が来てからの数日でどこか舞い上がってたのか……)

 呆然と立ち尽くす男に田中は機嫌を損ねたのか、男の持っていた衣服店の買い物袋を奪い取った。

「何買ったんだ? 」

「あっ……」

 なんの断りもなく取られた袋に、反応する前に田中は袋の中身を見て、途端に騒ぎ出した。

「うわっ……おいおいおいおい! お前女物の下着なんか買って……、みなさーん聞いて下さーい! この男は、白昼堂々、女物の下着を買う、女装趣味の変態でーす!!」

 苦労して買った半月用の衣服類が、ざわめく聴衆が面白おかしく見守る最中、一枚一枚ロータリーに叩きつけられていく。

 それを見た瞬間、頭のどこかの血管が切れた気がした。

「やめっ……ろぉぉ!」

 高校に入って三本の指に入るほどの大声を上げ、握った拳を振りかざす。

 しかし、それを認めた田中は、口の端を歪ませて、底冷えするような声で、

「良いのか?」

 と言った。

 たったその一言で俺の拳は、体は、怒りは、それ以上の恐怖に静止した。

 男には田中の「良いのか?」の意味はわからなかったが、それでも染み付いた下っ端根性が男が体を動かすことを許さなかった。

 目の前で拳が停止した事を認めた田中は、尚更顔を醜く歪ませ、

「いい子だ、女装趣味の、変態くん」

 と良い、一番似合うと思って買った白いワンピースを靴の底で踏みにじった、

「う……あ……」

 動けと命じる脳と、動きたくないという理性が一緒くたになり、おかしくなりそうになったその時、肩に一瞬微かな重みを感じ、目の前に黒い物体が飛び出した。

「それは……私のだニャ!」

 男以外の全員には、「シャー!」と聞こえた鳴き声と共に、黒猫は未だに反応出来ないでいる田中の両目を瞼の上から爪で引っ掻いた。

 猫はそのまま空中て一回転して、裏路地に隠れてしまった。

 男は逃げるなら今しかないと、思い、田中が仰け反った隙に袋を奪い返し、買った衣服を全て詰め込み自宅へと一心不乱に逃げ出した。




「ただいま……」

「おっかえりー、どう?買ってきた!? わー、すっごい綺麗な服! 着てみていい!?」

 自宅に帰ると、半月が何事も無かったように男を迎え、土埃で汚れたワンピースを大事そうに抱きしめた。

「半月……ごめん、汚しちゃって……」

 男はその半月の優しさに、またしても泣いた。

 一体何度目だろうか……こうして半月に抱きしめて貰うのは……。

 男は、あの時田中を殴れなかった自分が情けなくなり、また泣いた。

 半月は、それを優しく胸で抱きとめ男のアタマを擦りながら言った。

「これ、着てみていい?」




「ど、どう?」

「ぶっ……」

 リビングで着替えて出てきた半月を見て、男は吹き出しそうになった。

 何故なら、半月は服がパッツンパッツンで、ボディラインが丸わかり、しかし、下着の大きさが合っておらず、大事な所は隠せていない、というなんとも破恋知なものだったからだ。

「ちょっとキツすぎたり、緩過ぎたりするけど……貴方がこれがいいって言うなら……」

「いや、待て、それは誤解で……!」

 男は変に従順な半月を見て、またしても理性が飛びそうになりながら、何とか半月を宥め、真っ赤になった顔でスリーサイズ等を聞き、もう一度服を買いに行く事になったのだった。

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