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妹が「お姉様の代わりは務まります」と言うので、婚約者も役目も譲りました。ですが務まらなかったようです【連載版】  作者: 本城オブリゲータ


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第十話 抜けた帳面ほど、人の悪意が見えます

皆様の応援のお陰で、異世界恋愛・連載中の部門で日間ランキング一位を頂けました!

心から感謝申し上げます。


これからもどうぞよろしくお願いいたします!

 北部公爵夫人からの書状が届いた翌朝、王家儀礼局の書記室はいつもより早く動いていた。



 まだ日が高くなる前だというのに、すでに机の上には箱と紙束が山になっている。


 王妃宮から借り出した過去の控え。

 外務卿室から回された使節歓迎の記録。

 王女殿下付き女官の覚え書き。


 そして、肝心なところだけ抜けた儀礼局側の帳面。


 昨日の時点で嫌な予感はしていたけれど、こうして並べてみると、やはり妙だった。



「午前のうちに方針を決めます」



 クラウディア次席儀礼官が、机の端へ北部公爵夫人の書状を置いた。



「席は上げない、と昨日あなたは言ったわね」


「はい」


「では、別の納得を作っていただく」



 声は冷静だった。


 けれど、試している響きもあった。

 当然だと思う。


 昨日入ったばかりの補佐官が、格の高い家を相手に「席は動かさない」と断言したのだ。

 実務の人間なら、次に問うのは《《では何で収めるのか》》になる。



「仮案はあります」



 私は北部公爵夫人の札を指で押さえた。



「ただ、その前に確認したいことがあります」


「何」


「抜けているのが王女殿下の過去記録だけではないことです」



 マルタ女官とエミル書記官が同時に顔を上げた。

 レオンハルト殿下だけが、窓際の位置から黙ってこちらを見ている。



「どこが抜けている」



 クラウディア次席儀礼官が問う。



「王女殿下の席次束に紐づく《《補注》》です」



 私は昨日の箱から抜いておいた札束を広げた。


 青札、赤札、薄金札。

 その脇へ、王妃宮から借りた古い控えを並べる。


 儀礼局の帳面では欠けていた箇所に、王妃宮側の控えでは小さな走り書きが残っていた。



「北部公爵夫人は《《席》》そのものより、《《どの順番で顔を立てられるか》》に執着する傾向があります」



 私はそう言って、一枚の紙を回した。

 それは三年前の王女殿下誕辰祝賀会の補注だった。



「この年、公爵夫人は席次そのものには文句をつけていません」



 クラウディア次席儀礼官が紙へ目を落とす。



「文句をつけたのは、先に名を呼ばれた侯爵夫人のほうね」


「はい」



 私は頷く。



「つまりあの方が本当に欲しがるのは、上席そのものではなく《《先に敬意を示された証拠》》です。昨日の欠席予告も、おそらくそこへ触れれば収まります」



 マルタ女官が低く息をついた。



「去年の園遊会でも、最初の寄付箱の封を任せたときは機嫌がよかったわね」


「そういう方です」



 私は言う。



「席を一つ上げるより、《《役目》》を先に置いたほうが敵が少ない」


「では、なぜその補注だけが抜けているのかしら」



 クラウディア次席儀礼官の声は静かだった。


 でも、問いの刃は鋭い。

 私はしばらく紙面を見てから、言葉を選んだ。



「この補注が残っていれば、誰でも『席は上げなくていい』と分かります」



 一拍置く。



「逆に抜けていれば、《《無難に席を上げる》》ほうへ流れやすい」



 エミルが目を丸くした。



「それだと、外務卿や婚約相手側の家へ皺寄せが出ますね」


「ええ」



 私は頷く。



「そして、その皺寄せで誰かの機嫌を損ねれば、式典そのものが揺れる」



 書記室が少し静かになる。


 誰も口にはしないけれど、意味は伝わったはずだ。

 これは単なる欠落ではない。


 《《混乱しやすい方へ流すための欠落》》だ。



「人の悪意というのは親切ですね」



 クラウディア次席儀礼官が淡々と言った。



「何を抜けば、誰が困るかを自分で教えてくれる」



 私は少しだけ口元を緩めた。

 この人はやはり、仕事の話になると気が合う。



「まったくです」



 私がそう返すと、彼女はほんのわずかに頷いた。

 それで十分だった。



「では、その悪意に付き合わない手を」



 レオンハルト殿下が短く言った。



 私は机上の席次図へ新しい札を置いた。

 北部公爵夫人の席はそのまま。

 ただし、晩餐前の控えの間で《《王妃殿下より北部冬季支援の紹介を受ける役》》を置く。


 さらに最初の乾杯の前、東方使節へ向けた歓迎の短い言葉の順番で、公爵夫人の家名を先に出す。



「これです」



 私は全体図を示した。



「席は動かさない。けれど、顔を立てる順番は一つ前へ出す」


「外務卿は?」



 クラウディア次席儀礼官が問う。



「表の序列は守られます。北部公爵夫人が動くのは《《役目》》の箇所だけですから」


「婚約相手側の母君は?」


「むしろ助かるはずです。席を上げればあちらが不満を持ちますが、役目なら表向きの序列を崩さない」



 レオンハルト殿下が席次図を覗き込み、それから私を見る。



「最初からそのつもりで、昨日《《席は上げない》》と断じたのか」


「はい」


「根拠もなく強気なのではないかと、少しは思わなかったか」



 私は一瞬だけ答えに詰まった。


 思わなかったと言えば嘘になる。


 昨日の時点では、まだ抜けた補注の中身を完全には確認できていなかったからだ。



「少しは思いました」



 正直に言う。



「ですが、あの方は《《ただ上へ座りたい》》方ではないと知っていましたので」



 レオンハルト殿下の目が、わずかに和らぐ。

 たぶんあれは、面白がっているのだと思う。



「よく覚えている」



「忘れると、次に誰かが困りますから」



 私がそう答えると、マルタ女官が小さく笑った。



「いいわね、それ」


「何がですか」


「忘れると、次に誰かが困る」



 彼女は言う。



「儀礼局の入り口に掲げておきたいくらい」



 そこで皆が少しだけ笑った。


 空気が軽くなる。

 こういう軽さは、仕事がちゃんと前へ進んでいるときにしか生まれない。



 私はその勢いのまま、北部公爵夫人宛ての返書を起草した。


 文面は短く。


 だが、家格への敬意は薄くしない。


 《《北部の冬季支援に関するご高見を、王妃殿下ならびに東方使節へお伝えいただければ幸いです》》。


 席順には触れない。


 それでいて、《《あなたを軽く扱っていない》》だけは明確に伝える。



「見事に面倒な相手のご機嫌取りですね」



 エミルが思わずといった調子で言った。

 私は首を傾げる。



「社交なんて、だいたいそういうものでしょう」


「夢がない」


「現実はいつもそうよ」



 答えながら、自分が昔より少しだけ素直になっている気がした。

 以前なら、こんな言い方はしなかっただろう。


 でも今は、机がある。

 役目がある。


 だから、余計な愛想で自分を薄めなくてもよくなったのかもしれない。



 返書が整うと、クラウディア次席儀礼官はそれを読み、無言で封をした。


 彼女が自分の手で封をするのは、認めた証拠だろう。

 少なくとも、もう《《王弟殿下に拾われた令嬢》》としてだけは見ていない。



「エミル、最優先で届けて」


「はい」



 書記官が走っていく。

 扉が閉まると、ようやく一息つける空気になった。



 私は机へ手をつき、残りの名簿を整え直す。


 王女殿下の婚約披露式典は、まだ何も終わっていない。

 むしろようやく始まったばかりだ。



 そのとき、扉口から別の女官が顔をのぞかせた。


 今度は王妃宮の者ではない。

 公爵家付きの制服だ。


 私はそれだけで少しだけ嫌な予感がした。



「エルシェナ様へ、お手紙が」



 差し出された封筒には、見慣れた家紋が押されていた。


 実家からだ。

 しかも父の私印ではなく、母の手だ。


 だいたいこういうときは、ろくな用事ではない。



「今、開いても?」



 私が訊くと、クラウディア次席儀礼官が淡々と頷く。



「勤務中に持ち込まれる家族の手紙は、だいたい勤務へ影響する内容よ」



 ひどくもっともだった。


 私は封を切る。

 中の文は短かった。



 《《至急、相談したいことがあります。できれば今日中に家へ戻ってきてください。リネットのことです。母より》》



 たったそれだけ。

 でも、意味は十分すぎるほど分かった。


 園遊会の失敗と、今朝の王宮での私の席が、もうあちらへ伝わっているのだろう。

 そして今さら、何かを相談したいと言い出した。



「ご実家?」



 マルタ女官が一目で察したらしい。



「ええ」



 私は手紙を畳む。



「《《リネットのこと》》だそうです」



 クラウディア次席儀礼官が、ひどくわずかに眉をひそめた。


 内容を訊かなくても、おおよその種類は分かるのだろう。

 姉妹と婚約のもつれは、王都では珍しい話ではない。



「行かれるの?」



 レオンハルト殿下の問いは短かった。



 私は少しだけ考えた。

 本音を言えば行きたくない。


 でも行かなければ、また勝手に話を作られる気もする。

 そして今の私は、王家儀礼局補佐官として机を持つ立場だ。


 前みたいに、呼ばれれば黙って戻るしかない娘ではない。



「まっすぐ帰る必要はありません」



 私は静かに言った。



「ですが、何を言いに来るのかは一度聞いたほうがよさそうです」



 レオンハルト殿下はそれを聞いて、ほんの少しだけ目を細めた。

 止めるでもなく、気遣うでもなく、ただ確認する目だった。



「なら、先に仕事を終わらせてからにしろ」



 私は自然に頷いた。

 その言葉が、妙に嬉しかったからだ。


 家の都合より、まず自分の仕事を終わらせろと言われることが、こんなに楽だとは知らなかった。



 手紙を引き出しへしまう。


 席次札を並べ直す。

 北部公爵夫人の返書の写しを整える。


 そうしているうちに、私の中のざわつきは少しずつ静かになっていった。



 今の私は、呼ばれたら戻る娘ではない。

 机があって、役目があって、そのうえで《《行くかどうか》》を自分で決められる人間だ。


 それだけで、昔とはずいぶん違う。



 そして、そう思えるようになったきっかけが、この王家儀礼局にあるのだと、私はちゃんと知っていた。

次話は明日の19:40投稿予定です。


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AI使って作った【文章】の投稿の是非は、運営が判断することなので何も言いません。 ですが、せめて出来上がった文章をご自分で読んで、修正くらいはして欲しいです。 ここは【小説家になろう】です。【AIで作…
王族の管理している部署だけど書類管理も情報管理も全くできておらず仕事をまともに回せない人員しかおらず上から目線でものを言う割に総合的に仕事ができず出来る主人公が来たことで仕事やった感じを出してるだけに…
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