第703話 平和な田舎町に忍び寄る脅威
武器をトラックに積み込みながら、シェフチェンコがクキに言う。
「俺が、案内役として、ついて行くのは問題はないか?」
「ああ、シェフチェンコ少佐。助かる、我々は土地勘がない」
「わかった。他は、残ってここで、市民達を守る事になる」
「その方がいいだろう。市民達には、一人でも多くの守りがいる」
「ありがとう。あと、ドニプロにはウクライナ軍事産業の拠点がある。奴らがそこにある兵器を使えば、かなりの脅威になると思うが」
少佐の重々しい言葉に、クキが目を細めた。
「仕方ない。それでも、俺達は突き止めねばならん」
「わかった」
そして、俺達が出発する時、タラフが握手を求めて来る。
「あんたが居れば百人力だが、それでも厳しい戦いになるだろう。だが、あんたらに希望を感じている。どうか、仲間達を……市民を救ってくれ」
「最善を尽くそう」
すると、小さな女の子が、何故か俺のところに来る。
「これ、宝物なんだ。あげる」
そう言って、小さな熊のぬいぐるみを手渡して来た。
「そんな大事なものを、俺にか?」
「うん。お守りだよ。悪い奴を食べてくれるの」
俺は少し考えて、それを手にした。
「わかった。俺が必ず、悪い奴らをぶっ潰す。こいつと一緒なら、心強いな」
「うん!」
仲間達が目を細め、その光景を見ていた。そして、大学教授が言う。
「だが、あんたたちは本当に、このさきの地獄へ行くのか?」
俺が笑って言う。
「そうだな。敵をぶちのめさないと、気がすまん」
「そうか。では、アビゲイル博士、みなさん。どうかご無事で」
仲間達が拳を握って、手を突き上げた。朝霧が白く染める中を、俺達はトラックに乗り込んでいく。
「皆も、十分気を付けろ。夜に、明かりは灯すな」
「わかってます。お気をつけて!」
トラックが出発し、俺がクマのぬいぐるみを眺めていると、ミオが嬉しそうに言う。
「正義の味方に、心強い助っ人ね」
「そうだな……あの子の為にも、絶対にケリをつけねばならん」
コンテナの小さな明かりが揺らぎ、皆の笑顔が揺れる。そこで、オオモリがぽつりと言った。
「しかし、なんで、ウクライナなんですかね……」
一瞬、皆が沈黙したが、アビゲイルが言う。
「ファーマー社は、ロシアから追い出された経緯があります」
「そうなんですか?」
「はい。ロシアの大統領が、あの薬品を入れたがらなかったんです」
「なんで、ですかね?」
「残念ながら、そこまでは分かりません。ですが、辻褄はあうかと」
そこで、シェフチェンコが低い声で言った。
「もしかすると、ロシアは……アークパンドラと戦争をしていた??」
「その可能性は、大いにあるでしょう」
「……それで、ウクライナが……アークパンドラのターゲットになった……」
「あくまでも、可能性の話です。推測の域を出ません」
「ですが、辻褄はあいますな」
「はい」
少しずつ日が昇り始め、シェフチェンコが懸念を表明する。
「こんなに白昼堂々と進んで、奴らに見つかるのでは?」
だが、そこで俺が首を振る。
「奴らの気配を感知したら、車を止めてしまえばいい。人が動かなければ、気付かれる事も無いだろう」
そして、マナもつけ足した。
「あとは、通信妨害されているという事は、相手も通信が使えない可能性があるわ」
「なるほど……慣れてるんだな。やつらの対応に」
そこで、オオモリが言う。
「もしかすると……これも推測ですが、通信がバイオリンクに影響してしまうのかもしれません」
「バイオリンクに?」
「バイオリンクは、生体同士で情報を共有する技術らしいんですが、従来の方式とはまるで異なるかと。それを発動するためにも、この大陸の広範囲で、通信を妨害する必要があったのかもしれません」
「確かに……辻褄はあうか……」
今までの状況を見て、それぞれが推測した見解を述べていく。そして俺の聴覚に、何かの音が響いた。
コンコン!
運転席の後ろをつつくと、トラックが止まる。ツバサも分かっているようだ。
「どうした?」
「ああ、シェフチェンコ。恐らくは、偵察機が飛んでいる。じきに、あんたにも聞こえるだろう」
すると、まもなくして、皆の耳にもヘリコプターの音が鳴り響いた。
「あれが……聞こえたのか?」
「そうだ」
それから、息を潜めてしばらくそこで待っていると、少しずつ、ヘリコプターの音が遠ざかっていく。完全な距離が離れたのを確認し、俺は運転席の後ろを叩いた。
コンコン!
すると、トラックは再び走り出す。
「あんたらが、ドネツクまで生きてたどり着いた理由が分かるよ。本物の、人間兵器なのか?」
「そうだ」
二時間も走ると、シェフチェンコが言う。
「まもなく、パブロフラードという、十万人規模の小さな都市が見えて来るだろう」
「迂回するか……」
「いや、ほかに道はない」
「なら、行くしかあるまい」
「ドネツクがあの状態だ。おそらくは、壊滅しているか、全員が操られている可能性がある」
「それでもだ」
そして俺達のトラックは、ゆっくりとパブロフラードの町に近づいて行く。だが、トラックが止まり、運転席側のドアが閉まる音がして、後ろのドアが開いた。
「おい! おかしいぞ」
「どうした?」
「見てくれよ」
俺達がトラックを降りて、その街の方角を見る。すると……。
「車が動いてるな」
「バイオリンク人間かな?」
「生活しているようにも見えるが、というか……耕運機が動いてないか?」
タケルとクキの会話にもあるように、何か異変などは感じなかった。畑では、農作業をしている。
「どうする?」
「行ってみよう」
そして俺達が、パブロフラードに入り込んで分かる。この町は、普通に生活しているように見えた。
「ヒカル! どうなんだ? あれは」
「いや、ゾンビ因子を保有したり、していなかったり……だが、操られている形跡がない」
それを聞いて、クキがアビゲイルに聞いた。
「どう思いますか? 博士?」
「恐らくは……コストパフォーマンスの話かもしれません」
「コストパフォーマンス?」
「人間スープのように維持が大変なのは、ドネツクでよくわかりました。もしかするとバイオリンクは、維持が難しいのかもしれません。はっきりとした事は、分かりませんが……」
それを聞いて、オオモリが頷く。
「もしくは、バイオリンクの繋がりが保てない可能性もあります」
マナがオオモリに聞いた。
「ということは、やはり通常回線ではないという事?」
「じゃないですかね。僕も推測なので、はっきりとは言えませんが」
そこで、クキが皆に言う。
「とにかく調査……の必要がある。トラックをどこかに隠して、街に潜伏してみるか」
俺達は、トラックを隠した。
「俺とヒカル、そしてシェフチェンコ少佐で行こう」
クキの言葉に俺達が頷く。
「タケル。みんなを頼むぞ」
「ああ……指一本触れさせねえ」
そして俺達三人は、徒歩でパブロフラードの街へと入り込んだ。素朴な街で、ただ閑散としているが、人々は普通に歩いている。中心に向かって走り込むと、スーパーマーケットらしき建物が見えて来る。
「普通に……駐車場に車が止まってるぞ」
クキが言うが、バイオリンクで操られている雰囲気はない。そこで、シェフチェンコも聞いて来る。
「危険ではないか? 一斉に操られたりはしまいか」
「今のところ、意識はバラバラだ」
俺達は恐る恐る、スーパーマーケットの敷地を歩いて様子を見る。
「子供もいるし……ベンチでアイスクリームを食べてるぞ。ヒカル」
「あれは、操られていない」
視線も別で、至って普通に生活しているようにしか見えない。そこで、シェフチェンコが言う。
「今日は、学校がある日だ。なのに、あちこちに子供がいる……」
「飲食店に入ってみよう。シェフチェンコは、金を持っているか?」
「ある」
「よし」
俺達は、ショッピングセンターにある、店に向かってみる。そこで、クキが言う。
「ケンタッキー・〇ライド・〇キンがあるんだが……」
「子供が……いるな」
そこでは若者たちが、フライドチキンをパクついていた。俺達も店内に入って、適当に見繕って頼む。すると普通に商品が出て来て、金を払った。
「普通だ……」
俺達は、オープンテラスで食っている、男の子四人組の隣りに陣取った。
そこで、シェフチェンコ少佐が、少年たちに聞く。
「君ら、学校は?」
「あ、休校だよ」
「休校?」
「ああ、都会から来た奴らが、急に意識を失う病気が続発して、新しい感染症じゃないかって騒いでる。それで、学校が閉鎖されてるんだ」
俺達は、顔を合わせただ。
「知らなかったな。詳しく教えてくれ」
「ああ。なんか、週末にドニプロに行った連中が、いきなり意識を失って動かなくなったんだ」
「そんな事があったのか?」
「うん。後は、行ったっきり返って来なくなったり。変なことが起きてるんだよ」
「どういう事だ?」
「僕たちに聞かれてもなあ……知らないよ」
「そうか……」
これ以上、少年たちから聞けることは無さそうだったので、シェフチェンコが少年に言う。
「俺達はそろそろ、行かなきゃならん。良かったら、これを食ってくれ」
「えっ! いいの?」
「ああ」
フライドチキンを置いて、俺達はその場を離れた。やはり、普通に暮らしをしているのは間違いない。
「クキ、さっきの話は間違いなくバイオリンクだろうな」
「そうだな。ゾンビ因子の入った人が、ドニプロに行って操られた。帰って来なくなったものもいれば、帰って来た者もいるか……」
すると、シェフチェンコが、何かに気づいたように言う。
「さっきの少年たちは幼い。もしかすると、親が俺達のように、その因子を持ってないのでは?」
「なるほどな……、調べる必要がありそうだ」
「となると、学校に行くのが手っ取り早いか……」
「もしくは病院だな」
クキの言葉に、俺達は賛成した。皆の場所に戻り、その事を言うとオオモリが言う。
「なるほどですね。では、病院に行ってみた方がいいですね」
そこで、シェフチェンコが言った。
「屈強な男が、三人で病院に行ったら警戒されるぞ」
「確かに……」
そこで、アビゲイルが言う。
「ならば、本職が行けばいいのです」
そういって、エイブラハムを見る。
「じゃな。わしとアビゲイルが行けば、何か分かるかもしれん」
「では、ガソリンスタンドによって、病院の場所を聞くとしよう」
シェフチェンコが、助手席に乗り込みトラックが出発した。しばらくして、一度止まりまた動きだす。そして、後ろのドアが開いてシェフチェンコが顔を出した。
「病院の前だ」
「わかったのじゃ」
「はい」
アビゲイルは有名人なので、サングラスをかけて準備をした。そして俺が護衛について、アビゲイルとエイブラハムと共に病院へと入って行く。だが、その入り口で止められる。
「すみませんが、検温をお願いします」
エイブラハムが聞く。
「感染の事で来たんじゃが」
「失礼ですが、どなたですか?」
それには、俺が答えた。
「ウクライナ保険省からきた」
シャーリーンが、そう言えと言っていたのだ。
「ああ! 検査官の方ですか! どうぞ」
シャーリーンの言う通りにしたら、うまくいったらしく、三人は、すんなりと病院に入る事ができた。そして廊下を歩きながら、その看護師にエイブラハムが尋ねてみる。
「どういう状況かね?」
いつの間にか、エイブラハムもアビゲイルもロシア語を話ていた。もう、覚えてしまったのだろう。
「体温が著しく低下しており、昏睡状態です」
アビゲイルが尋ねた。
「遺伝子の検査をする必要があります。この病院に施設は?」
「ありません。ドニプロに行かないと」
「そうですか」
そうして医局に連れていかれ、アビゲイルが一通り、医師たちに挨拶をした。流石は手慣れたのもで、誰も怪しんでいる様子はなかった。そして、問題の病室に通される。
「こちらです」
中に入ると、俺にはすぐに分かった。傍らに座っている、親らしきものにゾンビ因子は無い。
「こちら、当局関係者です」
親に紹介されると、母親が俺達に聞いて来る。
「息子は! 息子は助かるんでしょうか?」
「すまんが、すぐにどうこう出来る病気ではないかもしれんのじゃ。見せてくれるかの?」
「はい……」
それから、脈を取ったり、寝ている子供の目を見開いたりと、細かく調査し始める。
そこで、アビゲイルが医者に聞いた。
「BISC製剤を、投与してみても良いかもしれません」
すると医者が、驚いたように答える。
「あれは、まだ未完成だと聞いています。新薬の投与は、危険を伴います」
「確かに。この病院には、ないでしょうね……」
「残念ながら、このような田舎では、それは入手困難です」
「ドニプロか、キーウですか……」
「はい」
なるほど、だが手に入れられる方法はありそうだ。そうだとしても今すぐは、何もする事も出来ない。そこで、アビゲイルが言う。
「採血と細胞の検体を、保存して運びます。準備をお願いできますか」
「分かりました」
それから、エイブラハムが母親に聞き始める。
「いつから?」
「はいドニプロに出かけてからなんです。突然言う事を聞かなくなって、無理やり連れ帰ってきました。暴れるわけでもなかったのですが、帰る途中で突然意識を失って……」
「それで、そのまま?」
「はい。しかも、学校で数人がこの状態だと聞きました」
エイブラハムが、医者を見ると医者も頷いた。
「その患者は、他の病院に収容されています。でも、どの病院でいくら調べても異常はないんです」
「なるほど……」
そこで、アビゲイルが言う。
「体温が著しく低いわ……」
医者も頷いた。
「はい。この状態で生きています。まるで、仮死状態です」
「そうですか……」
それからしばらく子供を調べ、親の血液と体組織をサンプルとして収集する。最後にエイブラハムが、母親に言った。
「遺伝などでは無いと思うが、この病気が治るように我々も尽力します。あなたも心配だと思いますが、気を落とさずに希望を持ち続けてください」
「はい……」
そして俺達は検体を入手し、病院を後にする。適当に歩いていると、脇にトラックがそっと止まった。俺達は周りを見て、トラックのコンテナに乗り込むのだった。




