第701話 死の町からの脱出計画
俺の気配感知に、人間達が近づく気配がした。恐らくは、バイオリンクで共有されて気づいたのだ。
「近づいて来る」
そこで、アビゲイルが言う。
「これ以上、眠らせれば、維持ができなくて死ぬものも出て来るでしょう」
「すぐに、脱出するぞ」
俺が、タラフ達に説明をし、奴らに見つからないように離脱する方法を考える。
タラフ達が、頷いて言う。
「そうだな……ただ操られているだけの人間を、見殺しにする訳にはいかない」
皆が納得したところで、俺は気配がしない方向を確認する。
「みんな。ついてこい」
バイオリンクは、規則正しい団体行動をするらしく、一定の速度で固まって動いているように感じる。一階まで速やかに降りると、上階の大量に眠らせた部屋に、人間が集まっている気配がした。
「いまのうちだ」
俺達は、夜の闇に紛れてその施設を後にする。
「恐らく、一定の時間が過ぎると、また動き出します」
「タラフ。なら、さっさと抜け出る事だ」
足早に都市を進み、一時間。バイオリンク人間が動き出す前に、仲間の拠点に辿り着つく事が出来た。すぐに仲間達と、シェフチェンコ少佐、大学教授を読んで、見てきた情報を伝える。
血相を変えて、大学教授が言う。
「そんな……そんな悪魔みたいなことを!! なぜ……!!」
兵士の一人も、あっけに取られて呟いた。
「私達の……近隣住民が……スープに……?」
「はい。恐ろしいものでした」
タラフの言葉に、皆が言葉を無くし、拳を握りしめ歯を食いしばって鋭い目つきになる。
そこで、クキが言う。
「だが、今はどうする事も出来ない。ここの住民をうまく、都市から脱出させることを考えるべきだ」
「しかし! 近隣の友人や、家族が家畜のように、しかも同族を喰らわせられている!」
兵士の一人が言うが、シェフチェンコがそれを制した。
「いや。九鬼の言う通りだ。そこに足をとられれば、ここにいる全員が同族に殺される」
「しかし……」
そんな話をしている時だった。
ズッズゥゥゥン!
爆音と共に、地響きが鳴り響く。
「砲撃が始まった! 皆、地下に避難するんだ!」
皆が騒然と慌てて動き出し、俺が皆に目配せをする。
「大丈夫だ」
すぐに走り出して、俺はその建物の外に出る。そして天井に飛び、精神を集中させた。
「来る。次元断裂」
次々に飛んで来る砲弾を、別の空間に飛ばしてやる。弾が消えたと同時に、射出の轟音が鳴り響いた。どうやらそれは、一方向から飛んできているらしい。すぐにそちらの方角に向かい、移動を開始すると、そこに戦車や砲塔が並んでいた。
「認識阻害、隠形」
完全に気配を絶って、そこに降り立つと、バイオリンクで操られた人間達がいた。
「そうか……ただ指示されて撃っている訳か」
そこには、ロシア兵もウクライナ兵も、一般市民もいるようだった。彼らには何の感情も殺気も無く、ただ静かに業務でもこなすように効率的に砲撃をしている。
「脚力上昇」
俺はコマネズミのように、先頭車両の間を走り抜け、次々に車両を壊していく。
「冥王斬! 冥王斬! 冥王斬!」
操られた人間を避けて、俺は全ての戦闘車両を無力化した。だが……、変わらずに弾を込めようとし、同じ動きを繰り返していた。
「学習は……しないようだな……」
車両が破壊された事にも気づかず、ただ同じ行動を繰り返そうとしているが、もう弾はこめられない。俺がじっとそれを見ていると、ようやくぴたりと手を止めて、ボーっと立ち尽くした。
「どうなる……」
すると、何ごとも無かったように、ぞろぞろと引き返していった。
「知能的なものが壊れているのか? ゾンビ化兵には劣るという事だな」
俺はすぐに、拠点に戻る。するとタケルが、手を上げたのでハイタッチをする。
「ヒカル。攻撃が止んだな」
「ああ、タケル。砲台を壊して来た」
「しばらくは、攻撃は止むか?」
「他にも兵器を隠しているかもしれん。まあ、すぐはないだろう」
すると、シェフチェンコが首をかしげる。
「破壊……してきた? 武器を持っていないようだが?」
すると、タラフが言う。
「ニンジャの技なのだそうです」
「……貴様は、それを信じているのか?」
「でも……この目で見ました」
「……まあいい。ただ、この時間帯は爆撃など無いのだが……」
それを聞いて、オオモリが答えた。
「もしかすると敵の拠点に忍び込んで、バイオ人間を眠らせた事が全体に共有されたのかもしれません」
「全体共有……電子機器を使ってか?」
「いえ、おそらくは。生体同士で繋がりを持つ技術のようです」
「完全な……兵士……か」
「そうですね。感情がないから恐れも無いし殺気も無い。淡々と命ぜられたコマンドを実行するだけの、人形になっているのだと思います」
ドン!
シェフチェンコが、壁を殴りつけて穴が空く。オオモリが驚いて、ビクッとした。
「くそが……」
俺が、シェフチェンコに告げる。
「だが、あの人らが、養分の補給をしている間が逃げ出すチャンスだ」
「そうだな……今までは、確証が持てずに動けなかったが、敵が動かない間に、抜けるしかないか」
「だが、気づかれれば一気に目覚めだすだろう。ゆっくり歩いていては、途中で攻撃される恐れがある。車両を用意して、次のタイミングで一気に抜け出すしかない」
シェフチェンコが、タラフに目を向けると、タラフが頷いた。
「その人が言う通りです。眠ったようになっている時は、再起動にも時間がかかるように思われました」
「よし。なら、次のタイミングで避難できるように、警戒しながら動く車を一台でも多く集めるんだ!」
「「「「了解」」」」
そして大学教授が言う。
「アビゲイル博士。どうにかならないものですかね……」
「教授。BISCをご存知ですか?」
「はい。まだ完成はしていないようですが、新薬です。人の免疫を上げ、不要な細胞の不活性化をして、人体が持つ再生能力を最大限に高める技術と聞いた事があります」
「まあ……半分は正解です。もう一つの側面は、崩壊を阻止する事が出来る。アメリカでは、一定の効果を上げる事が出来ました。それを更に進化させることで、回復させることが可能であると推測されます」
「それを作れば……」
「その情報を得るために、電波妨害しているものを破壊せねばなりません」
「通信が繋がると、なにか手立てが?」
「いま、最高の頭脳が、それを解析しているはずです。その情報と繋がれば……あるいは」
「いずれにせよ、この荒廃した土地から脱出せねば、無理という事ですかな」
「そうなります」
「わかりました」
シェフチェンコが、更に聞いて来る。
「どこか目星は?」
そこでクキが話す。
「アークパンドラの拠点が、このウクライナのどこかにある。敵が逃げたのを捉え、我々は追ってきた。ただ情報が途中で途絶えて、この国の奥の南側までしか分からない。だが恐らく実験をするにあたって、人口の多い場所に逃げ込んだ可能性は高い」
「南側で大きな都市と言えば、ドニプロかオデッサになる」
「ならば、まずは市民達を逃がし、我々はドニプロを目指す」
すると、シェフチェンコが言う。
「君らだけでか?」
「そうだ。ここから先はかなり危険だ」
「なら、私だけでも連れて行ってくれ。こんな悪魔の所業をした奴らを、許しては置けない」
「……」
俺達は、顔を見合わせた。
「まずは、市民を安全な場所へ。過疎地ならば、どうにかなるかもしれん」
「わかった」
「では、少佐。急ではあるが、明日の敵が寝静まる時間が、作戦決行の時間だ。全部隊と市民に通達し、軍人はそれまでに準備を終わらせる。市民は出来るだけ、休息を取らせるんだ」
そして、シェフチェンコが兵士達に言う。
「聞いた通りだ! 車両の手配を整える必要がある! 壊されていない車を、一台でも多くかき集めろ! そして市民には、休息をとるように言うんだ」
「「「「了解!」」」」
そうしてにわかに、拠点が活気づき慌ただしく動き出した。そこで、シェフチェンコが俺達に言う。
「ありがとう。もう、希望など残っていないのだと思っていたよ」
俺が、シェフチェンコに言う。
「安心しろ。こんな事をやった奴らは、一人残らず始末してやる。俺達は、その為にここにきた」
「君は……熱くさせるな……。鳥肌がたったよ」
「そうか」
シェフチェンコがにやりと笑い、拳を突きだした。俺もこぶしを握り、その拳にあわせるのだった。




