第683話 箱舟の記憶を受け継ぐ者
潜水都市が大陸に近づき、座る俺達の前には、ホログラムの意識体が立っている。俺達も久しぶりに、ゆっくり休むことができて、これからの戦いに備え身体を整える事が出来た。
「あなた方に、世界の未来がかかっています」
意識体が言い、俺が答える。
「やれることは限られているが、全力は尽くすさ」
「アビゲイル博士と対話をさせていただきましたが、薬が完成すれば滅びを止める事が出来るでしょう。私達の頭脳を駆使し、完全体として仕上げる事を提案します」
それについて、アビゲイルが言う。
「研究施設があればよかったのだけれど、純粋な脳核の保管と集積のみに特化している場所ですからね。より良いものが出来そうだったのですが、本当に残念です」
「そこで、ご提案があるのですが」
皆が、意識体を見た。すると、俺達の前にホログラムの、電子で出来た脳が浮かび上がる。
「私達の究極の知識を、大森に持ち歩いてはもらえないでしょうか?」
「えっ! どういうことですか?」
オオモリが、食いついて来る。
「あなたの技術と我々の知識があれば、いつか必ず、アビゲイル博士の技術を完成に導ける」
「でも、持ち歩けるほど、小さなデータではないですが」
「はい。可能ならば、大森にチップを埋め込まさせていただけませんか? あなたはあなたのままで、我々の知識を利用できるようになればいいのではないかと」
それを聞いて、タケルとエイブラハムが反発する。
「いやいや。それで、大森が大森じゃ無くなったらヤベエだろ」
「うむ。その通りじゃ、とんでもないことになるわい」
「いえ。大森の個は変わりません。ただ、直接つなぐチップを埋め込むだけです」
「でもなあ……」
だがそこで、オオモリが言った。
「いや、それが人類の未来のためになるのならば、僕はやりますよ。まあ、少しの興味もありますしね。アビゲイル博士のサポートが出来るようになるし、アークパンドラを倒す為、皆の目になる事が出来る。それに、僕は僕でいられるんですよね?」
「その通りです。あなたはあなたのままで」
「なら、やるしかないですよ。武さん」
「でもなあ。お前は、嫌じゃねえのか?」
「うーん。ちょっと怖いですけど、誰かがやらなきゃ」
「お前……」
そこで、アビゲイルが言う。
「彼らの知識は、必要です。でも、大森が犠牲になるのは……」
「犠牲とか思ってないですよ。ちょっと、チートっぽくて面白そうじゃないですか」
「チート?」
「反則級の力みたいな感じで。だから良いですよ。やります」
意識体が、オオモリに微笑みかける。
「ありがとう。あなたなら、そう言ってくれると思っていました」
「で、どうすればいいんです?」
「簡単です。医療施設へご案内します」
「わかりました」
ロボットがやってきて、皆でそれについて行く事にした。するとそこには、簡易な医療施設が現れて、ロボットの腕がぶら下がっているようだった。
「座ってください」
「はい」
オオモリが椅子に座ると、アームが降りてオオモリの頭を固定し、そして一本の管が降りて来る。
プシュウウウウ!
「えっと大丈夫ですよね?」
「あ、消毒です。そして一部毛を剃ります」
「あ、はい」
アームが降りて来て、髪の毛を沿った。そして、もう一本のアームが降りてきた。
「少しちくりとします」
「わかりました」
プシュッ!
「うっ」
次のアームが降りて来て、またプシュっと吹きかける。
「終わりです」
「えっ? もう?」
「はい。チップを設置しました」
「ほとんど痛みは無かったですけど」
「最初の消毒には麻酔も含まれてます」
「なるほど」
ふわりと、ホログラムが出てきて言う。
「リンクします」
「あ、ああ。はい」
次の瞬間だった。急にオオモリがかがみこみ、顔を押さえてうずくまる。
タケルが叫んだ。
「お、おい! 大森!!!」
「だ、大丈夫です」
そう言って、オオモリが顔を上げる。すると、オオモリは泣いていた。
「泣いてんのか?」
「彼らの記憶や、悲しみが、一気に頭の中に流れ込みました」
「大丈夫なのかよ」
「なんて言ったらいいんでしょう……凄く温かい。友愛の心が凄いです」
「そうなんだな」
すると、意識体が言う。
「大森を邪魔しないように、必要な時に、必要なものを渡すだけになります。大森が必要と思った事を、思い浮かべれば、こちらで精査して情報を渡します。今、程度の状態では済まなくなりますから」
それには、オオモリが答えた。
「でしょうね。きっと、全部データを流されたら、廃人になりそうです」
「そのセーフティーは万全です。ご安心を」
そこで、俺が聞いた。
「で、まずは、どんな恩恵がある?」
「イライジャ・ゴールドシュミットがいる場所まで迷いません」
「そいつはいい。オオモリ、頼んだぞ」
「はい」
「ただし、高圧電流に触らないように、チップが焼き切れます」
すると、オオモリが笑いながら言う。
「チップ以前に、僕が焼け死にます」
「くれぐれもご注意を、我々とのリンクが閉ざされますので」
「気を付けます」
すると今度は俺達の前に、この潜水都市の構造図が浮かび上がった。そこにはルートが記されており、その先に何かがあるようだ。
「これはなんだ?」
「脱出用の船があります。それに乗って、海岸に辿り着く事が出来るでしょう。見つからないルートも、こちらで掌握しますので、自動運転でお任せください」
「わかった」
俺達は、ルートを辿り都市の一番端っこまで来た。すると壁の一部が音もなく開く。
「どうぞ」
中に入ると階段が上に続いていて、俺達はそこを上がっていった。すると奥にまたハシゴが出て来る。どこからともなく、意識体の声が聞こえて来る。
「ハシゴを登ると、脱出ゲートに出ます。その船に乗り込んでください」
いわれるがままに行くと、そこに船があった。俺達が乗り込んでいくと、どこからともなく声が出る。
「浮上します。長くは浮上していられません」
「まあ、見つかるといけないからな」
「はい」
すると、船の上側が開いて空が見えてきた。どうやら、もう、日が登って昼間になっているらしい。船がせり上がっていき、俺達は外に出る。外壁にレールが伸び、俺達の船はそれを滑って海に降りた。
ザブーン。
後ろを見れば、レールもハッチも消えて元の円盤に戻っている。それを見て、タケルが言った。
「でっ! でけえぇぇぇぇぇ!」
「本当だわ。こんなのに乗ってたのね」
クキが笑って言う。
「内部があれほどの広さだったんだ、これぐらいは無いとおかしいだろう」
「そ、そうだけどよ。一つの島じゃん。こんなのを、人間が作っていたなんて。しかも、北極の海中に」
「だな。現実離れしている」
すると、その巨大な陸地の様な円盤は、ゆっくりと水の中に沈んでいった。
「いっちまった」
「ですね」
だが、今度は船がしゃべった。
「では、ご案内します。しばらくは、やる事も無いでしょうが辛抱ください」
「いやいや、楽ちんで良いぜ」
「そうですか」
そうして船が滑り出し、静かな海を進んでいく。だいぶ寒い海だが、北極よりは、だいぶマシだった。しかも、この船の中は外よりあたたかい。
そこで、シャーリーンが言う。
「アークパンドラの意味が、分かってきました。さしずめ、あれはノアの箱舟と言ったところでしょう」
それを聞いて、ミオが頷いた。
「全くその通りね。あれが正解かは分からないけど、もっといいものになってたかもしれないわ」
「ですね」
しばらくすると、クキが皆に言った。
「陸地だ。どうやら、自然の岸壁に漂着するようだな」
それに、船が答える。
「まもなく、皆様とはお別れです。世界の未来をお願いします」
「だとよ。ヒカル」
「まあ、やれることをやるだけだ」
船はゆっくりと接岸し、甲板から陸地に渡る。渡り終えると、船は自動で沖の方へと行ってしまった。
「これで、証拠隠滅か」
すると、オオモリが言う。
「だそうです。では、とりあえず南下して街に行きますよ」
「「「「「了解」」」」」
俺達はオオモリの誘導に従い、あちこちに融け残った雪のある草原地帯を歩き始めるのだった。




