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白薔薇のナスカ 〜クロレア航空隊の記録〜  作者: 四季


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episode.18

episode.18

「最後の作戦」


 冬になりかけたその日、第二航空隊待機所で働く全員に集合がかかった。もちろんナスカも参加したが、全員が集まった食堂はいつもより狭くて息苦しい。

 ほぼ皆が集まった頃、一人の恰幅の良い男性が現れる。見たことのない人だが、ぴんとした立派な軍服を身に付けているので、お偉いさんだろう。

「ヘーゲル・カンピニアだ。今日は大切な話があって集まっていただいた。実は大きな作戦が決まったのだ。戦争を終わらせるための、名誉ある大きな作戦だ! 犠牲は出るかもしれないが、航空隊に任せることにした」

 沈黙の中、ナスカの隣に座っていたトーレがぼやく。

「お偉いさんはいいよね。安全なところで命じるだけとか」

 ヘーゲルは自分に酔ったように語り続ける。

「この作戦が成功すれば、リボソ国を降伏させることができる! 今まで殉職してきた仲間のためにも、なんとしても頑張ってくれたまえ。君たちはクロレア国民の代表だ! ……約一名ほど、よそ者もいるようだがな」

 彼は一瞬ヒムロを横目に見る。失礼な男性だ。

「それでは私はこれで解散だ。作戦の詳細はそれぞれに連絡する」

 話は思いのほか早く終わり、皆呆れ顔だった。わざわざ呼び集めておいてこれだけか、と苛立つ者もいただろう。

「何だったんだろうね。帰ろうナスカ」

 トーレがナスカに声をかけた直後、ヘーゲルがナスカの後ろに立っていた。

「君が……ナスカだね?」

 ナスカはあまり絡まれたくないと思いながらも真面目に返す。

「はい。そうです」

「話は聞いているよ。航空隊初の女性戦闘機パイロット! よく頑張っている。偉いね」

 ヘーゲルは予想外に気さくな雰囲気で話しかけてくるが、ナスカの隣に立っているトーレは怪訝な顔をしている。

「今回の作戦は君が主役だからね。応援しているよ」

「ありがとうございます」

 ヘーゲルが去っていった後、トーレはぼそっと吐き捨てる。

「意味分からないよ」

 ナスカもトーレと同じ思いだった。


「全員揃ったね。早速、作戦について説明しようか」

 エアハルトが言った。

 会議室に集まったのはナスカとトーレ、そしてジレル中尉。なぜかヒムロとリリーもいる。

「作戦の目的はただ一つ。リボソ国のカスカベ女大統領を殺すこと」

「そんな! いきなり?」

 ナスカは衝撃を受けてうっかり大きな声を漏らした。

「そうだよ、ナスカ。それも……君が殺すんだ」

 エアハルトに言われナスカは愕然とする。

「待って! 無理よ!」

「誰だって君にそんなことさせたくないよ。でもそういう作戦で通っちゃってるんだ」

 衝撃で固まっているナスカの手をトーレがそっと握る。

「何とかならんのか」

 ジレル中尉が口を挟む。

「いくら功績を挙げているとはいえ、彼女には荷が重い」

 ヒムロとリリーも不安そうにナスカを見つめている。

「ヒムロ、カメラを」

 エアハルトが指示すると、ヒムロは手早く壁のパネルを開け監視カメラのスイッチを押す。

「消したわ。これで大丈夫」

 エアハルトは頷いた。

「大丈夫だよ、ナスカ。君一人に背負わせたりはしない」

 ナスカは少し顔を上げる。

「この作戦は、ナスカが個人で最深部まで行きカスカベを殺すということになっている。僕らはそのサポートをするのだと。だがこれはナスカを死なせたいかのような無謀な作戦だ。常識的に考えて不可能」

 会議室はとても静かで、空調の音さえしていない。

「これは提案だ。誰かがナスカと一緒に行動し、最後土壇場でその誰かがカスカベを殺す。上にはナスカが殺したということにする。こうすればナスカはカスカベを殺さずにすむ。賛成してはくれないだろうか」

 すぐにトーレが挙手した。

「僕は賛成です」

 その表情には強い決意がうかがえる。

「賛成するよ!」

 二番目に言ったのはリリー。

「リリーね、ナスカのためなら人くらい殺せるよ」

 彼女のえげつない発言に一同は一瞬凍りついた。

「では私も賛成としよう」

「反対しても無駄みたいね」

 ジレル中尉とヒムロだった。

「ご理解感謝します」

 エアハルトはジレル中尉にそう言った。

「このことはどうか内密に。ヒムロ、カメラを」

「はぁい」

 ヒムロはカメラを元に戻す。

「では解散しよう」

 全員は揃って頷いた。

 これは、六人だけの秘密だ。このメンバーなら絶対にばれることはないだろう。

 少なくともこの時は、誰もがそう信じていた。


 翌朝。

「ナスカ、ナスカ!」

 血相を変えたリリーが走ってくる。

「おはよう。リリー」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 助けて!」

「何かあったの?」

 リリーは、呑気に尋ねるナスカの手を掴むと、いつもより早足で進む。ナスカは状況が飲み込めないまま、抵抗できず引っ張られていった。

 着いたのは今は使われていない古い司令官室。

「こんなところ? またどうして……今はもう使われていないんじゃなかったっけ」

 リリーは重そうなドアをノックする。おおよそノックとは思えない重厚な音が響いた。

 数秒後ドアが開く。

「来たかね、ナスカ」

 中には余裕な笑みを浮かべているヘーゲルを中心に、その手下らしき軍服の男たちが並んで立っていた。その向かいにはジレル中尉が一人座っている。

「リリー。偉いぞ」

 ヘーゲルは機嫌良さそうにリリーの頭を撫でて褒めた。

「エアハルト・アードラーを呼べと言ったはずだが」

 ジレル中尉が不満げにリリーを睨んだ。

「ごめんなさい! でも、でもリリー……逆らうの怖いし」

 リリーは弱々しく言い訳をする。

「ヘーゲルさん、何か私に用ですか?」

 ナスカが言うと、ヘーゲルは頷き、ニヤリと不審な笑みを浮かべた。

「実は昨日、私の作戦を改変し作戦成功の妨害をしようとした者がいるらしくてね。ナスカ、何か知らないかね?」

 これを聞いてナスカはすべてを理解した。恐らく、会議室での会議を聞いていた者がおり、その者がヘーゲルに告げ口したのだろう。

「まさか。私の知り合いにそんな人はいません。作戦成功の妨害をするなんて!」

 ナスカはいつもより大袈裟に答えた。

「それは本当か?」

 ヘーゲルは尋ねながら立ち上がり、ジレル中尉の方へゆっくりと足を進める。

 そして義手を掴みジレル中尉を引き寄せる。

「本物の義手を見たのは初めてだよ。かなり精巧だが……、実に不気味だね」

「一言余計だ」

 ジレル中尉はとても冷めた表情でぼそっと呟いた。

「さて、ナスカ」

 ヘーゲルは言いながらナスカに歩み寄ってくる。

「本当のことを言え。これから大仕事って時に、仲間の中に反逆者がいたら怖いだろう? 最後の最後に裏切られるかもしれないのだから」

「その話、どなたかからお聞きになったのですか?」

 威圧感に負けてはならない、と自分に言い聞かせ、ナスカは冷静な態度をとった。

「君の親友、トーレくんだよ。昨夜彼が教えてくれたんだ。詳細説明の時に……とね」

 ヘーゲルはまたニヤリと不気味に笑った。ナスカは動揺をしそうになったが、それを隠しさらっと述べる。

「だとしたら彼が間違った報告をしています。詳細説明なら私とトーレは同じ部屋で聞きました。普通に説明があっただけでしたよ」

 ナスカの顔には笑みさえ浮かんでいた。

「詳細説明のちょうどその時間、会議室のカメラが停止していたのだが……本当に何も知らないのかね?」

 ヘーゲルは声をやや強めた。

「はい。トーレの勘違いか、あるいは嘘かと」

「だが……そんな嘘をわざわざ上に言う必要があるか?」

「彼の意図は分かりません。でも、安心して下さい。私たちはヘーゲルさんが正しいことをしている限り、裏切ったりはしません」

 それを聞いたヘーゲルは怪訝な顔をする。

「正しいことをしている限り……? どういう意味かね」

 ナスカは満面の笑みを浮かべて答える。

「それはいずれ分かることだと思いますよ」

 リリーは心配そうな眼差しでナスカを見つめている。ジレル中尉は軍服の男に囲まれ、不満そうにヘーゲルの背中を睨んでいた。

「今回の件につきましては、そんなに気にすることではありません。大丈夫です!」

 ヘーゲルは少し黙り込み、やがて述べる。

「まぁよかろう……今回だけは見逃すことにする。だが、次はないから覚えておくように」

 こうしてナスカとリリー、そしてジレル中尉は解放された。


 食堂に着くと、朝食の時間で賑わっていた。何だか心温まる光景だ。

 ナスカとジレル中尉が空いている席に座った時、無邪気な笑顔でリリーが言う。

「ナスカとジレルは席にいて! あ、リリーの席もちゃんと確保しておいてね。リリーが二人に美味しいもの持ってくるよ!」

 そして走っていき、ナスカはジレル中尉と二人きりになってしまった。

 年齢も性別も違う二人がちょこんと隣の席に座っているのだから、不思議な光景だろう。通りかかった人が珍妙な顔で見てくるのがナスカは微かに面白かった。

 話すことがなく困っていたナスカに、突然ジレル中尉が話しかける。

「朝から迷惑をかけたな」

 そっけない言い方だが、彼が本気であることは分かった。

「いえ。大丈夫です」

 しばらく沈黙があり、ジレル中尉は静かに尋ねる。

「分かっている。いきなり……こんなことを尋ねるのはおかしいということは。だが……他人から見ると気味が悪いか? これは」

 彼は右手の人差し指で義手をトントンと軽く叩きながら気まずそうな顔をする。どうやらヘーゲルに言われたことを若干気にしているらしい。

「珍しいから……目を引くのかもしれないです。でも、何だか意外。ジレル中尉がそんなこと気にするなんて」

 ジレル中尉はよく分からないと言いたげな顔をする。

「……意外だと?」

「はい。人にどう見られてるかなんて気にしない人だと思っていたので」

 少し沈黙があり、ジレル中尉は真剣な顔でナスカを見る。

「一つ、願いがあるのだが」

 唐突だったのでナスカは一瞬戸惑う。

「リリーを」

「来たよーー!!」

 ジレル中尉の声に被せて、元気いっぱいのリリーが帰ってきた。その手にはパフェを三つ乗せた銀のお盆。

「じゃ〜ん! 特別にパフェを頼んできたよっ!」

 ナスカは呆れて頭を抱える。

「もう……何やってんのよ、リリー。この忙しい朝食時にそんなもの三つも頼んで」

 リリーは気にせずパフェをお盆からそれぞれの前に置いていく。ナスカが呆れている様子など、まったくと言ってもいいほど気づいていない。

「さぁさぁ、食べてみて! 今日はチョコレートパフェだよ!」

 背の高いガラス製の器に甘いものがぎっしり詰め込まれている。ねっとりしていそうなバニラとチョコレートのアイスクリームに新鮮な果物。細かいチョコチップと、とろりとしたチョコレートソースが、たっぷりかかった贅沢なパフェだ。

 到底、朝から食べるものではない。

「リリー……こ、これを食べろと……?」

 ジレル中尉が動揺した顔で言った。

「うん! 美味しいよ!」

 リリーはジレル中尉に満面の笑みで返した。

「ジレル、甘いの嫌い?」

 リリーに悲しそうに見つめられたジレル中尉はすっかり困り顔になる。

「いや、嫌いとか、そんなことはないが……」

「食べるのが面倒? じゃあ、食べさせてあげるよ!」

 リリーは早速スプーンを手に取りアイスクリームをすくうとジレル中尉の口の前に突きつける。

「はいっ! 口を開けて」

 ナスカがまさかしないだろうと見ていると、ジレル中尉はゆっくり口を開いた。リリーは彼の口にアイスクリームがたっぷり乗ったスプーンを入れる。

「ん……、甘い」

 ナスカは信じられず呆れた。いつの間にこんなに仲良くなったのか。

「リリー、何をしているの?」

 ナスカが尋ねると、リリーは笑顔のまま視線をナスカに移し返す。

「食べさせてあげてるんだよ。それよりナスカも食べて。このパフェとっても美味しいよ!」

 ナスカは少し声を強める。

「リリー。年上の人に対して食べさせてあげてる、とか失礼なんじゃない?」

「失礼じゃないもん。ジレル、喜んでるもん」

 リリーは不満げに頬を膨らまして言い返した。

「普通の感覚で見たら変よ」

「変じゃないよ。だっていつもだもん。いつも食べさせてるけど、おかしいとか言われたことないよ!」

 リリーは注意され苛立っているようだ。

「そりゃあジレル中尉がいれば誰も注意できないだろうけど……」

「リリーがジレルと仲良いのが羨ましいんだ! 嫉妬! だからそんなこと言ってるんだね!」

「まさか。リリーが仲良くなるのに嫉妬なんてするはずない。私はただ……」

 リリーにきつく言われたナスカは段々悲しくなってきた。

「嘘だよ! 嫉妬してないなら、こんなこと言わないもん!」

「落ち着け、リリー」

 口を挟んだのはジレル中尉だった。

「責任は私にある。どうか、リリーを責めないでくれ」

 彼は冷静な声でナスカに対して言った。

「ジレル中尉も! リリーって呼ばないで下さい。あと、私の妹に手を出されるのも困ります。どれだけ年の差があるとお思いですか!」

 ナスカにはっきり告げられたジレル中尉は愕然としている。

「どんな感情をお持ちかは知りませんが、今日限りで諦めて下さい」

 ナスカは半分も食べていないチョコレートパフェを残して立ち上がる。

「では、ごちそうさまでした」

 去っていくナスカの背に向かってジレル中尉は何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。膨れるリリーとは反対に、ジレル中尉はどこか悲しげな、浮かない表情だった。

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