9話 魔女の戦い
だんだん、体を突き刺すような寒さが襲ってきました。
洞窟を抜けると大吹雪。
氷の壁にさえぎられた細い一本道しかありません。
氷の壁は透き通っていて、その中でなにかが一生懸命動いていました。
それは白と黒の小さなパンダでした。
ぬいぐるみのようなかわいいパンダが、流れ作業でせっせと何かを作っています。
それは、イブンがもらった黒いテディベアでした。
「あのプレゼントは、ここで作られていたんだ。でもいったい誰が?」
「あの生き物は、魔女の使い魔です。でもこれほどの数の使い魔を従えられる魔女、そうそうはいないはず……」
パンダたちは皮を作る係り、綿をつめる係り、縫う係り、リボンを取り付ける係りなどに分かれて、のんびり作業をしています。
この調子だと、一年に数十個作るのが精一杯でしょう。
それらを見送りながら、トナたちはさらに歩き続けました。
その道のずっと先に、ぽっつりと明かりが見えました。
それがきっと黒いサンタの家に違いありません。
必死で走るトナ。
必死にしがみつくイブンとアリー。
徐々に進んでいくと、巨大な黒い影が道をふさぎました。
「こ、この感じは……」
懐かしい感じの力にアリーは反応しました。
しかし今までに感じたことのないその凶悪な力に恐怖を覚えます。
「この気は、まさか、魔女?」
「ほう、このような場所までやってくる愚かな人間がいたとは。その勇気はほめてやろう、しかしここでおしまいだ、ここから一歩も動けないようにしてに死なせてやろう」
影は女の人の声で、なにやら呪文を唱え始めました。
「ダグラス ダグネル ゴシカル ツクレン!」
すると吹雪が止み、そらから稲妻が降ってきて檻を形作り、トナたちを閉じこめようとしました。
「サラマン サラルラ リンドン シャントン!」
負けじとアリーも魔法で対抗します。
アリーの放った火の矢が檻を壊し、消滅させました。
「ほう、魔女がいるのか。私に逆らうとはいい度胸だ、お前も痛い目にあわせてやろうか」
「今の呪文、まさかあなたは、黄昏の魔女ミラージェ!?」
寒さにも関わらず、アリーの頬を汗が伝います。
影はは笑いました。
「いかにも。この身朽ち果てようとも、私の魂は永久に行き続け、人間に不幸と悲しみを送り続ける!」
「……ぼっちゃん、先に行ってください」
アリーはトナの上から飛び降り、大きな影の前に降り立ちました。
「アリー! どうする気!?」
イブンが慌てて大声で訪ねます。
「アリーはここでこいつをくい止めるです! ぼっちゃんは隙をついて、そのまま黒いサンタのところまで突っ込んでください。アリーのことは心配しないで、大丈夫だから」
アリーは笑っています。
その赤い瞳に秘められた強い光を見て、イブンも強くうなづきました。
「……気をつけて。トナ、行こう!」
トナの首の鈴がシャランと鳴ります。
勢いをつけてジャンプしたトナはそのまま飛び上がり、巨大な影を横切って飛んでいきます。
「空飛ぶトナカイ? きさまクロース一族のものか。行かせはせんぞ!」
影の手のひらから魔の光が放たれ、トナたちに襲いかかります。
しかし間一髪のところでアリーのした魔法がそれをはじきます。
「おまえの相手はこっちです!」
「おのれ、こしゃくな……」
手を押さえ、影は忌々しげにアリーを見下ろします。
その隙をついて、トナとイブンは明かりの見える黒いサンタの家にまっすぐ向かって駆け出したのでした。
一面氷の白い世界。
目の前に立ちはだかる巨大な存在に立ち向かうべく、アリーは杖を構えました。
「愚かな魔女の小娘よ、私が黄昏の魔女と知り、なおも戦いを挑むというのか」
黒い大きな影がだんだん小さくなり、濃くなっていきます。
それはだんだん人の形に変形し、アリーの目の前に、美しい女性が姿を現しました。
長い金色の髪、同じ色の瞳。
手に持った長い杖。伝説に残る史上最強の魔女ミラージェです。
アリーはその偉大さに圧されてひるみました。
それでも勇気を振り絞って彼女をまっすぐ見据えます。
「もちろん知っているです。あなたの強さも、生きていた頃の功績も」
「ならば私の末路も知っているのだろう。人間によってこのような辺境へ追いやられ、その恨みで満たされた私は最後の力を振り絞り、この世界に呪いをかけた。呪いにより生み出された我がしもべたちがせっせと死のプレゼントを作り続けておるわ」
「それをもらった子どもたちはみんな死にそうな目に遭ってるです、そのことを知ってやっているのですか?」
「当たり前だろう。あれが欲しい、これが欲しいとわがままばかり言う子どもにはきついお仕置きをしなければならない」
「どうしてそんなことをするです、あなたは子どもたちが喜ぶ姿を見たいから、サンタクロースに力を貸したのではないのですか?」
「はじめはそうだった。だが、毎年プレゼントを配り続け、その結果私が見たものは醜い人間の欲と自分勝手な心だけだった。私が作ったプレゼントが子どもたちの手元に届くと、人間たちは更に高価な、自分の欲しいものをよこせと注文を付けてきた。それ以外のものが届くと、ためらいもなく捨てた。人間が出したゴミを集めてプレゼントを作る私の元には、私の作ったプレゼントのなれの果てが山のように集まって帰ってきた。やはり、私は間違っていたのだ。人間などに期待を抱いてはいけない、人間などと関わってはいけない。私は大きな失敗をおかしたのだと」
黄昏の魔女は泣きました。金色の瞳から、聖水のような涙がしたたかに頬を伝います。
アリーには、彼女の気持ちがよく分かったつもりでした。
同じように人間に希望をもって、同じように人間に裏切られてきたのですから。
でも、アリーは知っています。
心から信じられる、優しい人間もこの世界にはいると言うことを。
きっと、目には見えていないだけで、そんな人間たちが世界にはたくさんいるのだと。
「さっき、はじまりの墓の中で一度死んでしまった時、あなたの魂のかけらがたくさん飛んでいるのを見つけました。そのほとんどが悲しみや憎しみに満たされ、魂たちは苦しそうに叫んでいました。でも、その中のわずかなかけらは言っていました。幸せな時もあった、全てが絶望と悲しみに満たされていたわけではなかったと」
するとミラージェの顔が苦痛にゆがみ、頭をおさえてうなりはじめました。
心の中の、人を愛する優しい気持ちと、人を憎む怒りの気持ちがぶつかり合い、戦っているのでしょう。
「ええい、いつまでもごちゃごちゃと! お前のようなひよっ子と話すのはもううんざりだ、黄昏の魔女の名にかけて、雪のように粉々にしてくれるわ!」
ミラージェは杖をかかげました。
それに対抗するために、アリーも杖を空高く持ち上げます。
「アリーだって、負けるわけにはいかないです! 冥界の魔女マーリンの名にかけて、灼熱の魔女アリーがあなたを止めるです!」
二人が呪文を唱えたのは、ほとんど同時のことでした。
「ダグラス ダグネル ゴシカル ツクレン!」
「サラマン サラルラ リンドン シャントン!」
二人のはるか上空に、金色のペガサスと赤いフェニックスが現れ、激しく体をぶつけあいました。
二匹の力は全く同じ。
おたがいに力を消しあい、最後には同時に光の粒となって消えてしまいます。
赤と金の雪が降り注ぐ中、ミラージェは少し驚いた顔でアリーに問いかけました。
「お前、マーリンの家系の者か」
「そ、そうです、マーリンはアリーの婆さまです」
「なるほど、魔法の種類が似ているわけだ。マーリンは私の孫だからな。つまり、私とお前の中には、同じ血が流れていると言う事だ。だが、まだまだ未熟だな」
「も、もう力が……」
アリーは地面に座り込みます。
すべての力を使い果たし、立っていることもままならなくなっていました。
肉体を持たないミラージェは、限界を知らないようです。
アリーにはもう、戦う気力も残っていません。
「すいません。アリー、またぼっちゃんの力になれなかったです……」
アリーはその場に倒れ込みました。




