10話 大切な言葉を連れて、空の向こうへ
イブンとトナは、小高い氷の丘にある一軒の小屋の前に降り立ちました。
イブンは残してきたアリーのいる方角を心配そうに一度振り返り、それでもすぐに前の小屋に向き直りました。
「この中に、黒いサンタがおるんやな」
トナはごくりとつばを飲みました。
緊張のあまり、四本の足はカクカクふるえています。
ふと小屋の横を見ると、小さな納屋があり、そのなかに青白いトナカイが一頭座っています。
その鼻が緑色であることに、トナは驚きました。
「わいと同じや、もしやあれは、わいのご先祖さんか……?」
そうつぶやくと、納屋の中のトナカイは一声いなないて、すうっと消えてしまいました。
「……もう、役目は終わったって? どう言うことや」
「トナはここで待ってて」
意を決し、イブンは小屋の扉を押し開けました。
中からはひんやりした冷たい風がでてきて、イブンの頬をなでます。
青い光が射し込む、静かな部屋の中。
その中心で揺り椅子に腰掛けて、前後に揺れている人影がありました。
「おや、お客さんとは珍しい」
人影はイブンに背を向けたまま、振り返ることもなく言いました。
「こんなへんぴな家に、いったい何の用だい?」
「あなたは、黒いサンタさんですか?」
イブンは一歩近づき、訪ねました。
相変わらず人影はそっぽを向いて椅子を揺らしています。
「今は、そう呼ばれているのだろうね」
「じゃあその前は、サンタさんと呼ばれていたんだよね?」
イブンは背中のリュックをおろし、中からクマのぬいぐるみを取り出しました。
黒いサンタにもらった、黒いテディベアです。
それを人影の方に差し出しました。
「これを僕にくれたのは、あなたでしょう?」
「ああ、それを受け取ってしまったんだね。ほんとうにすまなかったね、私はもうほとんど体を自由に動かせないから、彼女に言われたとおりにトナカイを駆ることしかできなかったんだ。こんなところまで来るなんて、よほど恨みを募らせたのだろう。許しておくれとはいわないよ。悪いのはすべて私だ、罪はみんな私が受け止め、つぐなおう。彼女は悪くないんだ」
人影は、黄昏の魔女をかばっているようでした。
この人の心の優しさが、ひしひしと伝わってきます。
そんな姿を見て、イブンは首を振りました。
「違うよ、僕はあなたをうらんでなんかいない。だって、プレゼントをもらえてうれしかったから」
その言葉に、人影は動きを止めました。
イブンはさらに続けます。
「僕、今まで一度もプレゼントをもらったことがなかったんだ。プレゼントなんてものがあることすら知らなかった。学校に行ってサンタクロースのことを知って、僕だけもらえないことにだだをこねたりもしたけど、これは初めてもらったものだから、危ないものだとしても、僕はこれをくれた人に会いたいと思ったんだ。文句を言うためじゃなくて、お礼を言うために。ありがとう、プレゼントをもらえるって、こんなにうれしいことだったんだね」
人影は顔を上げました。
「……何百年以来だろう。誰かにお礼を言われたのは」
その人は振り返り、イブンと顔を合わせました。
若い男の人です。
その青白い冷たそうな顔は少しおじいさんに似ていて、少しイブンに似ていました。
男の人はにっこりほほえみ、イブンに言いました。
「私はその一言が聞きたくて、そして子どもたちの笑顔が見たくて、サンタになろうと思った。だが、そのためにもっとも感謝しなければならない人を傷つけてしまったことも事実だ。私のやってきたことが正しかったのか、間違っていたのかは分からない。だが私たちの役目は終わったようだ。君のような素直な心を持った子がいると分かってよかったよ。これで心おきなく旅立てる」
男の人の体がだんだん透けはじめました。
喜びの涙を流し、男の人は光の玉となり、窓を突き破って外に出ていきました。
イブンもあわてて外に出ます。
光の向かった先では金色のペガサスと赤いフェニックスが激しくぶつかり合い、消えていく姿が見えました。
「なっ、なんなんやあれは!」
「アリーのいる辺りだ。行こう、トナ!」
目を丸くしているトナをうながし、イブンたちは光の雨が降る場所へ駆け戻りました。
「小娘、これで最後だ」
真上にたどり着くと、金色の髪の美しい女性が、氷の上に力なく倒れるアリーに襲いかかろうとしていました。
「アリー!」
イブンとトナは助けに向かいますが、ダメです、間に合いません!
アリーは目を閉じました。
そのときでした。
大きな光の玉が黄昏の魔女を包み込み、辺りを青白く照らしだしたのです。
「こ、これは……」
青い海の上にでも立っているような感覚に、ミラージェは息をのみます。
異変に気づいたアリーも頭を上げて驚きます。
青い海がミラージェに語りかけました。
「ミラージェ、もう終わったんだよ。行こう、僕たちの行くべき場所へ」
海は男の人にかわり、魔女の手を取りました。
「なにを言う、クロース。人間はまだ過ちに気づいていない、やつらが私たちにしたことを償うまで、私の使命は終わらない!」
「そんなことはないよ、私たちの気持ちを理解してくれる人は、ちゃんといる。君も、覚えているだろう?」
ミラージェの中でひとかけらの魂の結晶が飛び散りました。
ミラージェの大昔の記憶がよみがえります。
その中で、サンタの家を訪ねてきた小さな女の子が大きな花束を二人に差し出しました。
「いつもすてきなプレゼントをありがとう!」
「ああ……」
ミラージェは顔に手を押し当てて涙を流しました。
ありがとうのうれしさ、今までのすべての苦しみがむくわれる瞬間。
ミラージェの肩を抱き、サンタクロースはほほえみます。
「君のおかげで、夢を叶えることができた。本当に、ありがとう」
ミラージェも笑いました。
そして二人は手を取り、満たされた笑顔で空へと登っていきました。
吹雪は止み、空には大きな虹の橋がかかりました。
駆け寄ってきたイブンに、アリーは訪ねます。
「黒いサンタに、ちゃんと思いを伝えられたですか?」
イブンは頷きます。
「もう、黒いサンタじゃないよ」
「そうですね、良かったです」
二人は笑いあい、トナの背中に乗って虹の橋を渡りました。
夜が明けて、地平線からまぶしいお日様が顔をのぞいています。
「アリー、これ」
イブンはアリーに、きれいな雪の花を差し出しました。
はじまりの墓で拾った花です。
それをアリーの頭につけてあげました。
素敵な髪飾りのできあがりです。
「ぼっちゃん、これは……?」
「少し遅くなったけど、僕からのクリスマスプレゼントだよ」
戸惑うアリーに、イブンはにっこり笑いかけました。
「サンタさんが、どうしてこんな仕事を始めたのか、今ならよく分かるんだ。「ありがとう」っていうプレゼントをもらうため。それが一番のプレゼントだから、サンタさんは子どもたちに贈り物を届けるんだ。僕も、ありがとうがたくさんもらえる、そんなサンタクロースになりたい。まだまだ時間はかかるだろうけど、僕が大人になるまで、待っていてくれる? そして、僕と一緒に、サンタクロースになってくれる?」
アリーは笑って、イブンの頬にキスをしました。
「アリーはいつまでも待つです、ぼっちゃんなら、きっと今までで一番素敵なサンタクロースになれるです。何十年でも、何百年でも待つですよ、なんせ魔女の寿命は人間の十倍ですから」
「そ、そんなに待たなくてもいいよ……」
そして二人は笑いあいました。
橋のふもとはおじいさんの家の前につながっていて、入り口でおじいさんが待っていました。
勝手に出ていったこと、怒られるだろうけど、おじいさんなら分かってくれるはず。
イブンはおじいさんに向かって大きく手を振りました。
「おじいさん、ただいま!」
おしまい。




