6話 黒いサンタクロースを探しに
その日の夜はおじいさんから電話があり、思ったより腰の容態が悪いので入院するとのことでした。
イブンは心配そうにしていましたが、アリーはやっぱりとあきれていました。
軽い夕食をとるとすぐ、イブンはアリーにお休みを告げて部屋へと戻りました。
そしてごそごそと荷物をあさった後、素早く布団にくるまり、じっと息をひそめます。
夜も更け、いつもなら夢の中の時間になりました。
バッととび起きたイブン。
その格好は、ここへ始めてきたときと同じ厚着でした。
真冬用の分厚いコート、ふわふわ毛玉の耳当て、おかあさんの手編みのニットの手袋と靴下。
毛皮の長靴をはいて、そろりそろりと部屋を抜け出しました。
しんと静まり返った暖炉の部屋を横切り、外へ出るドアを静かに開きます。
「ぼっちゃん、ぼっちゃん。こんな時間にどこへ行くですか」
イブンはびっくりして飛び上がりました。
「あ、アリー!」
振り返った瞬間、部屋の電気がパッとつきました。
一番最初に目に飛び込んで来たのは、ソファーに腰掛けてこちらを見ているアリーです。
「どうして、分かったの?」
あんな真っ暗闇で、足音を殺して歩いていたのに、分かるわけがありません。
不思議そうにしているイブンを、アリーは鼻で笑いました。
「魔女の目は猫のように暗闇でもよく見えるです。で、どこへ行こうとしていたですか?」
「あ、あの……」
困った末に、イブンは人差し指をたて、自分の口に押しつけてシーッと言いました。
「おじいさんには、内緒にして。すぐ戻ってくるから」
どこへ行くかは、さりげなくはぐらかして言いませんでした。
言えば、絶対止められると思ったからです。
しかし、そんなことはアリーにはお見通しでした。
「黒いサンタに会いに行くつもりですね?」
言い当てられてびっくりするイブン。
「ど、どうして分かったの?」
「今朝から様子がおかしかったですから。それに、その手のぬいぐるみ」
アリーの指さす先、イブンの右わきには黒いテディベアが。
こればかりは隠しきれません。
「ご主人さまのかたきでも、うちに行くつもりですか?」
「そんなつもりじゃ…」
「じゃあ、何の用事で会いに行くです?」
「……」
イブンは口を閉ざしました。
この目的は、誰にも知られたくありません。
教えるとバカにされて笑われそうな気がしたし、誰かに話してしまうことで決意が鈍ってしまうことが怖かったのです。
何も言わないイブン。
時間が止まったように、静かな世界に包まれます。
それを元に戻したのはアリーのため息でした。
「言ってもきかない、がんこなところはおじいさんそっくりですね。分かったです、アリーは止めるようなことは言わないです。ただし!」
アリーは強く言ってソファーにかけてあった黒いマントを勢いよく羽織り、壁に立てかけてあった杖を握り、構えました。
「アリーも一緒について行くです。ぼっちゃんが無事に戻ってこないと、どやされるのはアリーですし」
にっこり笑うアリー。
しかしイブンはさらに慌てます。
「だっ、だめだよ、外は危険だし、寒いし」
「そんなの、アリーがいてもいなくても同じことです。危険なところに行くんだから、人数は多い方がいいに決まってます。だいたい、ぼっちゃん黒いサンタがどこに住んでいるのか知ってるですか?」
「あっ、そう言えば……!」
ハッとするイブン。
いざ行こうとしていたものの、黒いサンタがどこの誰だか全く知らなかったのです。
「フッフッフッ~、アリーはちゃーんと知ってますよ。これで決まりですね」
勝ち誇ったように笑うアリー。
観念し、イブンはアリーに道案内を頼むことになりました。
「ささっ、そうと決まれば、すぐに行きましょう!」
「わあっ、押さないでよ!」
アリーに背中を押され、イブンは外に出ました。
そのときのアリーの笑顔が一瞬不気味な笑いに変わったことに、イブンはおそらく気づいてはいないでしょう。
真っ黒な雪景色、満天の星空の光が辺りを照らしだし、黒真珠のように光る足元がとても神秘的で、寒さも忘れてしまうくらいです。
「ここから黒いサンタの家に行くには、遠すぎて歩いていくのは無理ですね。そうだ、トナカイの力を借りるです」
駆けだしたアリーとイブンは、家のそばに建っているトナカイ小屋に向かいました。
扉を開き、中の明かりをつけます。
「トナ、起きて!」
イブンの声と明かりのまぶしさに、トナはしぶしぶ頭を上げました。
「何や~こんな時間に~。まだ夜やで、トナカイのトナさんはお眠り中や、サインはまた今度にしたってや」
寝ぼけているようで、ふにゃふにゃとまた床に倒れました。
「違うよ、そう言うお願いじゃないんだ、お願い起きて!」
「ムニャ~。ほんわか草の花、めっちゃうまいわ~」
「ダメだ、起きてくれないよ」
「仕方ないですね、アリーに任せるです」
アリーは小屋の中に入り、トナのそばにしゃがみ込みました。
そして耳元でぼそっと話しかけたのです。
「やいトナカイ、言うこときかないと、この魔女がお前を食ってやるです」
それを聞くやいなやトナの眠気は吹っ飛び、カッと目を大きく開きました。
「まっ、魔女、魔女が何でこんなところに」
さすがのトナも、安全な自分の寝床に魔女がいるとは思わなかったのでしょう、金縛りにあったように身動きがとれません。
「さっさと起きないと、丸焼きにして頭からバリバリ食ってやるです」
「ひぃ!」
すかさずトナはとび起きました。
そしてイブンに助けを求めて駆け寄ります。
「ぼ、ぼっちゃん、助けてくれ! 魔女に食われる!」
「アリーはそんなことしないよ」
イブンは微笑みます。
「あかん、ぼっちゃんは魔女にそそのかされとる」
トナはぶつぶつとつぶやきました。
「トナ、お願いがあるんだ。僕たちを連れて、黒いサンタのいるところまで乗せていって!」
「くっ、黒いサンタやてぇ!?」
トナはまた目を飛び出しそうなくらい開きました。
「アホ言うんやない! そんなおっそろしいところ行けるわけがないやろ! イヤやイヤや、絶対に行かへん!」
ぶんぶん首を振るトナ。
しかし背筋にぞくっと寒気を感じ、振り返るとすぐ後ろでアリーが目を光らせて笑っていました。
「こ、このままでは食われてしまう。かといって黒いサンタのところになんて……」
トナは必死で考えます。
どちらの方が安全か、生き残って今年の春にほんわか草の花を食べられるのはどっちか。 そして最後にはヤケになって叫びました。
「ええい、背に腹は代えられん! さっさと行くで、黒いサンタのところへ!」
「本当に? やった!」
イブンは大喜びです。
トナに結びつけたソリにイブンとアリーが飛び乗り、いざ出発!
トナが地面を蹴ると、体がふわっと宙に浮かび上がります。
もちろん、ロープでつながっているソリも一緒です。
「黒いサンタのすみかは、ここからずっと北の方角です」
「魔女なんぞに説明してもらわんでも、ちゃんと分かっとる」
トナがいやいやそうな口振りで言いました。
「だいたい、魔女をトナカイのソリに乗せるなんて絶対やったらあかんことやねんで」
「どうして?」
「トナカイのご先祖さんは昔魔女にいじめられてからずっと魔女のことを嫌っとった。せやからいつも優しくしてくれたサンタさんだけ、ソリに乗せるというきまりを作ったんや」
「そうでなければ、今のサンタクロース体制は形作られていなかったと思うです」
付け加えてアリーが説明しました。
「サンタはトナカイに乗って世界を駆け巡ることはできるけれど、世界中の子どもたち全員のプレゼントを用意できない。逆に、魔女はたくさんのプレゼントをあっと言う間に作ることができるけど、それらを一晩で全て配りきる術を持っていなかった。だからお互い協力して、完璧なサンタクロースになることができたです」
二つで一つ、二人で一人。
サンタと魔女は、強い絆のつながりによって結ばれているのだとイブンは思いました。
「サンタさんも魔女も、考えていることは同じなんだ。子どもたちに喜んで欲しいから、手を取り合ったんだね」
そんな関係が、イブンにはとてもあこがれで、うらやましいものでした。
もし自分が大きくなって、サンタクロースになったとしたら、パートナーの魔女と手を合わせて仕事を全うすることができるでしょうか?
イブンは隣に座るアリーをちらりと見て、ほんのり顔を赤くしました。
アリーは、僕と同じ気持ちを分かってくれるかな?
一緒に、がんばってくれるかな。
ドキドキ、考えるたびに心臓が高鳴ります。
ずいぶん北の方まできました。
前へ進むに連れてお天気が崩れはじめ、やがては前が見えないほどの大吹雪になってしまいました。
「あかん、これ以上飛んで進むのは危険や。下に降りるで!」
トナはぐんと下へ向けて方向転換し、凍った地面へ無事着陸しました。
地上のほうが空の上よりもいくぶん風は弱いものの、やはり周りの景色が全く見えないことには変わりありませんでした。
「ここはどこなの?」
「北極です。世界で一番北にある、とても寒い場所」
よくサンタクロースは北極に住んでいるという噂が流れますが、さすがに環境が厳しすぎるため、北極の手前の土地までしか人は住めないのです。
そんな場所に住んでいる黒いサンタとは、いったい何者なのでしょう?
「ここからは歩いて行くしかないな。ぼっちゃん、はぐれんようについてくるんやで」
トナを先頭に、三つの影が白い世界を北へ北へ進んでいきます。
雪が積もり、使い物にならなくなったソリは置いていきました。
道に迷わないかって?
心配はいりません、実はトナの緑色の鼻は方位磁石のような働きをするため、北がどちらが本能的に感じ取ることができます。
ほかのトナカイも同じような力を持っていますが、緑色をしているのはトナだけなんだとか。
ちなみに、魔女の森は磁場を狂わせる鉱物がたくさん埋まっているため、トナカイは近づくと方向感覚が狂ってフラフラします。
それも、トナカイが魔女を嫌う原因の一つかもしれません。
まっすぐ、トナの進むままについていくイブンとアリー。
途中、何か不思議な声を聞いたアリーが立ち止まります。
「何でしょうか? 誰かの泣き声のように聞こえます」
辺りを見渡し、音のする方へ歩いていきます。
進行方向からすこし西へずれた辺り。
そこで泣きじゃくっている一匹の子グマがいました。
白い、雪グマのようです。
「えーん、えーん。おかあさーん!」
子グマは泣きながら必死で叫んでいました。
「どうして泣いているの?」
イブンは尋ねました。
子グマはイブンたちにびっくりしましたが、悪い人たちではないと分かったのか、事情を話し始めました。
「朝起きたら、寝床のある洞窟の前にクマのぬいぐるみが置いてあったんだ。それを僕だとかんちがいしたおかあさんがさわったら、カチンコチンになって動かなくなっちゃった」
そしてまた泣き出すのでした。
子グマのお母さんはすぐそばで氷のかたまりの中に閉じこめられていました。
そのあしもとには、黒いテディベアが。
この吹雪では色の区別もつかなかったのでしょう。
「どうやら黒いサンタは人間だけでなくほかの動物たちにもプレゼントをおくっているようですね」
アリーが言いました。
どこかで聞いたような話です、イブンはそう思いました。
ひょっとして、黒いサンタの正体は……?
しかし、すぐに首を横に振って自分の考えを消しとばしました。
だって、イブンの考えたそのひとに、そんなことができるはずがないのですから。
「大変だ、早く氷を溶かしてあげないと」
イブンは雪グマのおかさんにしがみついて、雪を溶かそうとしました。
しかし相手は氷のかたまり、人間の体温で溶けるようなものではありません。
「ぼっちゃん、はなれて下さい」
見かねたアリーがイブンを引き離します。
「サラマン サラルラ リンドン シャントン!」
そして杖をかかげ、呪文をとなえました。
すると辺り一面の雪が止み、足元の氷が少し溶けました。
そして、氷づけになった雪グマのおかあさんが炎に包まれ、ジュウと溶け、もとの元気な姿に戻りました。
「わあっ! おかあさん!」
子グマは大喜びでおかあさんに抱きついて泣きました。
「はてな? 私はいったい何をしていたんだろう」
雪グマのお母さんは何も覚えていないようでした。
事情を説明するととても驚き、そして無事に助かったことを喜んでお礼を言いました。
「危ないところを助けていただいて。本当にありがとうございます。こんな寒い中大変だったでしょう、うちはすぐそこですから少し休けいして行ってください」
雪グマの親子は何度もお礼を言って三人を家へ招きました。
少し歩いた先にあった大きな洞窟の中。
雪グマの親子の住み家に入ったとたんに、外はまた猛吹雪になりました。
雪グマのおかあさんは火をおこし、イブンとアリーをそのそばへ呼びました。
トナは火が苦手なので入り口のそばで座って休憩しています。
火のそばで手を温めるイブン。生き返るように体が温かくなりました。
「黒いサンタというのは、なんと危険なやつだろう。まるで魔女のようにやることが卑劣だね」
雪グマのおかあさんがぼやくように言いました。
それをきいて、アリーがピクッと反応します。
それに気づき、イブンと子グマが慌ててフォローします。
「魔女はそんなに悪いことしませんよ」
「おかあさん、お母さんを助けてくれたのはこの魔女さんなんだよ、そんな言い方しちゃだめだよ」
「ああ、そう言えばそうだね。あんたは他のとは違っていい魔女なんだ。その心を大事にしていかないとね」
「……何を勝手におかしなことを言っているですか?」
アリーの静かな怒りが当たりにひしひしと伝わってきて、みんな口を閉ざしました。
「アリーには分からないです、なぜ魔女は悪いものだと決め付けるのか。魔女があなたたちに何かしましたか? 少なくともアリーや、アリーの知っている魔女さんたちは、人間や雪グマに悪いことをしたことなんてありません! マーリン婆さまもアイリス母さまもフローラ姉さまも、みんないい人たちばかりです。何も知らないのに勝手なことを言わないでください!」
それからしばらくは、みんな黙ったまま、時間だけが流れました。




