4話 むかし むかし そのむかし。
パチパチと音を立てて崩れる暖炉の薪。
赤い炎をまとった体が黒くなり、やがて白く変わって灰へと生まれ変わっていきます。
その側に置かれた切り株のような椅子に腰掛け、おじいさんはアリーの煎れたコーヒーを味わってすすりました。
「さてイブン、お前は何も知らずにここへやってきたようじゃ。まずはサンタクロースについて教えるのがよかろう」
おじいさんは大きく息を吐き、むかしむかしの物語を話し始めました。
今から二百年くらい前のことです。
この真っ白が丘山頂目のこの家で、たくさんのトナカイを飼いながら細々と暮らしていた若者がいました。
心の優しい若者は小さな子どもが大好きです。
しかし彼には自分の子どもがいませんでした。
世界中の子どもたちが喜んでくれるようなことをしてみたい。
そんな夢を長い間、強く願っていました。
ある日、若者が飼っているトナカイのうちの一頭が言いました。
「ご主人、いつも世話をしてくれはるお礼に、あんたの夢の手助けをさせてもらうわ」
トナカイは自分の体にソリを結びつけ、その上に若者を乗せました。
それっ! 勢いよく駆けだしたトナカイ。
みるみるうちにその体は宙に浮かび、鳥のように空を飛び始めました。
もちろん、結びつけられたソリも一緒にです。
若者は空を飛んでいることに感激しました。
これなら世界中の子どもたちのところへ飛んでいけます。
しかし若者の目の前に壁が立ちふさがりました。
若者はトナカイを操って空を飛ぶこと以外に、何の取り柄も持ってはいなかったのです。 このままでは子どもたちを喜ばせることなどとうてい無理だ、若者は悩みに悩みました。 そんな時、途中に立ち寄った村で、魔女の話を耳にします。
「この村の裏にある死霊の森の中には、恐ろしい魔女の隠れ里がある。魔女が外へ出てくることは滅多にないが、もしこちらが迷い込んでしまえば森の死霊たちに捕まえられ、魔女への生け贄にされてしまう。多くのものはすぐに殺されて脳味噌を一滴残らず吸い尽くされ、死霊の仲間入りさ。運良く生き残れても、魔女の使い魔に変身させられて、死ぬまでこき使われるそうだ。人間の力では、たとえ何十人集まっても魔女一人倒すことはできない。あんたも気をつけな」
村人にそう言われた時、若者は恐れおののくことはなく、逆に胸が躍りました。
不思議な魔法を使って人間にはできない奇跡を起こす魔女。その力を貸してもらえれば、世界中の子どもたちを喜ばせることも夢ではない、そう思ったのです。
思ったときが動くとき。
村の人が止めるのも聞かず、トナカイを引き連れて若者は死霊の森に足を踏み入れたのでした。
森は中に入る前から、息苦しい空気が満ち溢れていました。
死霊の死気にあてられ、人よりも鼻のいいトナカイはたまらず逃げ出してしまったくらいです。
無理強いするわけにも行きません。
若者はたった一人で森の中に入っていきました。
もちろん、平気なはずがありません。
めまいがして、気を失わないように意識を保つのが精一杯、何も考えることもできず、ひたすら前に進みます。
どのくらい歩いたでしょう。
落ち葉が雨のように舞散る木々の間を縫って行くも、だんだん雨が激しくなり、前も見えなくなってきました。
足元に積もる枯れ葉が腰辺りにまでせまり、進むこともできなくなって途方に暮れていた、そんなときでした。
「おやおや、馬鹿な猿がのこのこと檻に入ってきたわ」
不気味な風の音が誰かの笑い声に変わりました。
若者が声の主を捜して辺りを見渡しても、誰もいません。
「さて、この猿をどう料理してくれようか。煮て食うか、焼いて食うか。それとも新鮮なうちに生で食ろうてやろうか」
「あなたがこの森に住むと言う魔女ですか?」
「いかにも。ここが魔女の隠れ里と知りながら、のこのことやってきたというのか? 人間とは訳の分からない生き物だ、我々に殺してもらおうとやってくるような、生きる希望を失った人間が後を絶たない。短い命を粗末に扱うようなことばかりする、そのような生気の感じられぬ生きた死体を食らっても何もうまいことはない、さっさと人里へ逃げ帰れ」
魔女は若者の命を奪うのをやめました。
追い返そうとしましたが、若者はその場を動こうとしません。
それに、彼の瞳は魔女の言うような命を粗末にする人間には決してない、強い輝きを秘めていたのです。
それは、希望や夢と言った前向きで、生命力に満ちあふれた輝きの結晶でした。
「……不思議な人間だ。死ぬ以外に、こんなところへ何をしに来た?」
「あなたに、会いに来ました。あなたと話がしたい、そして願わくば、私の願いを叶えてほしい」
若者に返事を返すように、吹き抜けた一陣の風。
木の葉を踊らせくるくると空中でワルツを踊り、小さな竜巻となって若者の目の前に降り立ちました。
若者の目が驚きに光ります。
目の前に立っていたのは、それはそれは美しい女の人だったからです。
長い金色の髪が乱れることもなく綺麗に風を通し、同じ色の瞳がまるで宝石のようにまぶしい輝きを放っています。
体を包み込むように身にまとった真っ黒なマントがさらにミステリアスな雰囲気をかもしだすのでした。
「私の力を利用しようとやってきたのか。その度胸はほめてやろう。お前の願いを聞いてやる、言うてみよ」
女の人の口から出た、大人びた少し低めの声が耳を揺さぶり、若者はすでに魔法にかかったかのように夢心地になります。
「だが、もしつまらぬ願いならば、きさまをカエルにし、のどがつぶれて死ぬまで鳴き続けさせてやるわ」
魔女の顔に不気味な笑いが浮かびます。
いつでも魔法を使えるようにと、美しい水晶のついた杖のてっぺんを若者の心臓に突きつけています。
それで自分のするべきことを思い出し、若者は笑って魔女に話しました。
「私は子どもが大好きです。この世界で暮らす子どもたち全てを愛しています。子どもたちが喜ぶようなことをしてあげたい、しかし私にはそんな力はありません。お願いです、そのための力を、ほんの少しでいいから分けて下さい。子どもたちの笑顔が見られるのならば、わたしは幸せになれるのです」
「……それは、人間の子どもたちだけのことか?」
若者は、魔女の目をまっすぐ見つめ、微笑みました。
「いいえ、人だけにとどまらず、鳥や犬や魚、全ての生き物の子どもたちにです。もちろん、魔女もね」
その優しい言葉に胸を打たれた魔女も、初めてうれしそうな最高の笑顔を浮かべました。
「お前は心の広い、他の人間たちが持っているような意地汚い野望を持たない人間なのだな。私はいつかこのような人間に会えることをずっと夢見ていた」
若者の心臓に突きつけていた杖を、魔女は高らかに天へと掲げました。
「ダグラス ダグネル ゴシカル ツクレン!」
そして呪文を唱えます。
すると森中の落ち葉が一斉に空へ向かって舞い上がり、逆に降る雨のようでした。
落ち葉たちは遠い空の上で黄金色の花びらに変わり、ゆっくりと森に降り注ぎます。
それはまるで黄金の雪のようです。
あっと言う間に地面は光輝く金色の大地へと変化しました。
あっけにとられ、それでも魔法の神秘に感動し、涙を流す若者。
魔女はその純粋な心を認め、受け入れたのです。
「私は魔女族の長、黄昏の魔女ミラージェ。いまここでお前の願いを聞き届けよう。人間、お前の名は?」
若者は泣きながら名前を言いました。
サンタ・クロース。
そう、この人こそが世界で一番最初のサンタクロースなのです。
「そして二人は手をとり合い、協力を始めた。二人が出会った記念の日、十二月二十四日の夜、魔法を使い、魔女は世界中の子どもたちの分のプレゼントを作り、それをサンタクロースがトナカイに引かせたソリに乗せて世界中に配った。寝静まったみんなを起こさないように、そっとな。それが、わしらクロース一族のご先祖さまのお話じゃ。そのしきたりは今もしっかり守られておる、お前も彼の血を引いているのじゃ、大人になったらわしの代わりにサンタになって仕事をしなければならんぞ」
話し終えたおじいさんはソファに深く腰掛け直し、コーヒーを飲んで一服します。
「サンタさんの話は分かったよ。だけどどうして、僕はプレゼントがもらえないの?」
イブンが一番知りたいことを、まだ教えてもらっていません。
サンタさんは世界中のすべての子どもたちにプレゼントをあげるといったのです。
イブンだって、そのうちの一人に違いないのに。
「初代サンタクロースは、その後結婚して生まれた自分の子どもにもプレゼントをあげていたです。でも甘やかしすぎたためにその子どもが大きくなった時、プレゼントはもらうのが当たり前、人にあげるなんてとんでもないと考えるわがままで自分勝手な人間になってしまったです。サンタクロースの仕事をこの先ずっと受け継いでほしいと考えたミラージェ族長さまは、子どもをしつけ直し、立派にサンタクロースとしての使命を果たせるようにと、クロース一族の子どもにはプレゼントをあげないというきまりを作ったのです」
おじいさんが口を開く前に、側にいたアリーが素早く説明をしました。
「ま、まあそういうわけじゃ。分かったかな? イブン」
出遅れて少しばつが悪そうに頭をかくおじいさん。
でもイブンは納得できません。
「それでも僕は、プレゼントがもらいたいんだ。サンタになるからプレゼントがもらえないなら、僕はサンタになんかならない、なりたくない!」
「イブン、わがままを言うもんじゃない。これはずっと昔から守られてきた決まりなんじゃ、わしも、わしの父さんやじいさんもみんな守ってきた。だからここで破るわけにはいかんのだよ」
その後は、イブンがどれだけ文句を言っても、おじいさんには届きませんでした。
今夜の仕事に備え、今のうちに眠っておかなければならないのです。
「アリー、時間が押しておる。急いでプレゼントを作っておくれ」
「分かってるです。でもご主人さま、このプレゼントリストに載っているゲートボールセットは子どもたちへのプレゼントじゃないです、だから作らないです」
マントの内ポケットから取り出した紙を眺めて、アリーは言います。
おじいさんはぎくっとして寝室へ向かう足を止めました。
「さ、最近では子どもたちの間でゲートボールが流行っとるんじゃ、別に子どもがしてはいけないスポーツではないじゃろ」
「そりゃそうですけどー。ならこの老眼鏡30個ってのは何ですか? 子どもたちの間で老眼鏡をはめるのが流行ってるなんて言わせないですよ」
さすがにおじいさんも、グウとしか言いようがありません。
「ぐうっ。……いいじゃろうに、少しくらい。わしだって、サンタである前にふもと町老人会の会長なんじゃ、会員の年寄りどもにもプレゼントを用意してやらんと」
「なら自分で買って下さいです。まったく、最近の年寄りと来たら……」
ブツブツと文句を言いながら、アリーは二階へ戻っていきました。
「……なんじゃい、けちんぼなところはマーリン婆さんそっくりじゃな」
おじいさんもふてくされて寝室へ向かっていきました。
誰もいなくなった部屋に一人立ちすくむイブン。
まるで世界中のすべてのものに取り残されたような気分になり、目に涙がたまります。
どうして?
プレゼントをもらうことは、そんなに悪いことなの?
僕だって、好きでサンタの家に生まれたわけじゃないのに。
もし他の、ふつうの家に生まれていたら、きっと当たり前のようにプレゼントがもらえたんだろうな。
どうしてご先祖さまはサンタクロースになったんだろう。
きっと、僕のようなかわいそうな子どもがいるなんて考えもしなかったんだ。
一人きりになると、悪いことばかり考えてしまいます。
おじいさんなんか嫌い、クリスマスなんて大嫌い。
サンタクロースなんて、もっともっと大嫌い。
誰かと一緒にいるときなら我慢できた涙も、一人きりの今は大粒の雨のようにボロボロと頬を流れて床を濡らします。
ひとしきり泣くと、辺りはすっかり真っ暗、夜になりました。




