第五章 終戦
激しい雨は、いつしか止んでいた。
雲の切れ間から、夜明けの冷たい光が王都ルミナスを照らし始めようとしていた。
港の中央に位置する広大な戦場。そこには、言葉にできぬほどの膨大な魔力が渦巻いていた。
リアンナ・アルト【総大将】の身体を中心に、かつての王国の象徴であった「青き獅子」の巨大な幻影が揺らめいている。彼女の手にする『獅子王』は、太陽よりも眩い光を放ち、周囲の闇を完全に払払っていた。
「ヴォルグ・ザイラー! これが、あなたが踏みにじった民の、国を愛した者たちの最後の叫びです!」
リアンナは両手で『獅子王』を天空へと掲げた。
「滅びゆく国の、最期の輝きか。見事なり、アルトの王女よ。だが、我がギオンの鉄血の意思を凌駕することは叶わん!」
ヴォルグ【大将】もまた、魔槍『ニーズヘッグ』を一直線に突き出す構えをとった。彼の背後には、帝国の象徴たる「黒き狼」の咆哮が響き渡る。
二人の距離は、わずか数十メートル。しかし、その間に存在するすべての物質が、二人の放つ覇気によって消滅し、純粋なエネルギーの真空地帯が形成されていた。
「行くぞ、リアンナ・アルト!」
「これで、終わりです!!」
二人が同時に地を蹴った。
「『獅子王・極天哮』!!!」
「『神槍・ニーズヘッグ・滅天』!!!」
白銀の光の奔流と、漆黒の雷撃の津波が、戦場の中央で正面から激突した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
王都ルミナスが、かつてない大震動に揺れた。激突の衝撃波によって、港湾区の倉庫や石畳が一瞬にして粉砕され、周囲の海面は津波となって押し寄せた。光と闇のエネルギーが互いを喰らい合い、巨大な光柱となって天を突き刺す。
「う、うわああああっ!?」
後方にいたカイル【中尉】やレオン【中佐】たちも、その凄まじい余波に吹き飛ばされ、地面を転がった。意識を取り戻しつつあったセシル【少佐】も、その光の輝きを薄れゆく意識のなかで見つめていた。
光柱のなかで、リアンナの『獅子王』とヴォルグの『ニーズヘッグ』が、ミリ単位の火花を散らしながら押し合っていた。
「が、あぁぁぁっ……!」
リアンナの全身の毛細血管が破れ、血が噴き出す。しかし、彼女の背後には、あの日散っていったアーサー団長、ロラン副団長、バルガス少将、エイダ大尉、そしてトマス軍曹たちの幻影が、彼女の腕を支えているかのように見えた。
「私は、一人ではない……! 私は、アルトの皆と共に、ここに立っている!!」
リアンナの咆哮と共に、『獅子王』の光がさらに一回り大きく膨れ上がった。
パリィィィン……。
静かな、しかし決定的な音が響いた。
ヴォルグ【大将】の持つ帝国の秘宝、魔槍『ニーズヘッグ』の先端に、亀裂が入ったのだ。
「何っ……、我が槍が……屈するというのか……!?」
ヴォルグの驚愕の表情。
次の瞬間、『獅子王』の白銀の刃が、魔槍を根元から粉々に打ち砕き、ヴォルグの強固な漆黒の甲冑を、その肉体ごと縦一文字に切り裂いた。
「見……事……なり……、アルト……の……」
ヴォルグ・ザイラー【大将】の巨体が、ゆっくりと後方へと倒れ込み、激しい音を立てて石畳に横たわった。
ギオン帝国軍総司令官、そしてアルト属州総督。絶対的な力で君臨した怪物が、ついに討ち取られた瞬間であった。
戦場を支配していた黒き瘴気が、霧散していく。
静寂が、ルミナス港を包み込んだ。
「……勝った。私たちが、勝ったのね」
リアンナは『獅子王』を地に突き立て、かろうじてその身体を支えていた。彼女の全魔力は枯渇し、立っていることすら奇跡であったが、その表情には、すべてをやり遂げた気高い笑みが宿っていた。
『ヴォルグ閣下が討たれたぞ……!』
『嘘だ……、あの閣下が……』
総督の死を目撃した帝国近衛兵、そして残存の帝国兵たちは、完全に戦意を喪失した。彼らは次々と武器を地面に落とし、膝をついて降伏の意志を示し始めた。
「……全軍、勝鬨を上げよ!」
レオン・ヴァンス【中佐】が、涙を流しながら叫んだ。
「我々の、アルト王国の勝利だぁぁぁぁっ!!」
「おおおぉぉぉぉぉっ!!!!!」
港を満たしたのは、地鳴りのような、そして天にまで届くかのような、解放軍の兵士たちの、そして集まってきた市民たちの歓声であった。五百年の歴史を持つ国が、滅びの灰の中から、自らの力で甦ったのだ。
一ヶ月後。
王都ルミナスは、未だ復興の途中にあったが、街の至る所には帝国の黒旗ではなく、鮮やかな青き王国の旗が再び風になびいていた。
王宮の「円卓の間」。
かつて会議が行われ、そして滅亡の日を迎えたその場所に、新しく指導者となった者たちが集っていた。
玉座の後ろに立ち、静かに外を見つめるのは、レオン・ヴァンス【大将・総参謀長】。その隣には、傷が癒え、少佐の軍服を身にまとったセシル・ルグラン【少佐】の姿もあった。彼の胸元には、あの日失われなかった誇りの象徴として、トマスの短剣が今も輝いている。
そして、玉座の前に立つのは、麗しき青きドレスを身にまとったリアンナ・アルト。
彼女は、新しくアルト王国の「女王」として即位することが決まっていた。
「レオン、セシル。これからの国造りは、戦いよりも遥かに困難な道になるでしょう。ギオン本国が、この地を簡単に諦めるとは思えません」
リアンナ【女王】の声には、かつての戦士としての鋭さと、国を治める者としての深い慈愛が満ちていた。
「御意に、女王陛下。しかし、我々にはこの一年の地下生活で培った絆と、何よりも『自らの力で自由を勝ち取った』という民の誇りがあります。どのような嵐が来ようとも、二度とこの盾が砕けることはありません」
レオン【大将】が力強く答えた。
セシルもまた、一歩前に出て深く敬礼した。
「私は、前線でこの国を守り続けます。死んでいった先輩たちが、天国で安心して見ていられるような、そんな強い国を、皆で作っていきます」
リアンナは二人に微笑みかけ、王宮のテラスへと歩み出た。
広場には、彼女の姿を待っていた無数の市民たちが、地平線を埋め尽くさんばかりに集まっていた。
雲の隙間から、眩いばかりの青空が広がり、暖かな太陽の光がルミナスの街を隅々まで照らし出していく。
それは、長い、本当に長い冬の時代が終わり、アルト王国に訪れた、永遠なる「逆襲の夜明け」の光であった。
国は滅び、英雄は散った。しかし、その灰の中に隠された茨の根は、ついに巨大な大樹となり、新たな時代の旗を掲げたのである。
── アルト王国 / アルト奪還解放軍 ──
主要人物(生存・新時代の指導者たち)
リアンナ・アルト【第一王女 ── 奪還軍総大将 ── 新女王】
特徴・武器: 高位の治癒魔法の使い手。のちに地下組織『氷下の茨』の象徴となり、修復されたゲイン大将の遺品である白銀の大剣『獅子王』を振るう。
作中での役割: 当初は後方支援が中心だったが、王都陥落後は戦士として覚醒。最終決戦で帝国の最高権力者ヴォルグ大将を討ち取り、新たな女王として即位する。
セシル・ルグラン【一等兵 ── 三曹 ── 解放軍少佐・先鋒大隊長】
特徴・武器: トマス軍曹から受け継いだ折れた槍の穂先(短剣)と、帝国の剣の二刀流。
作中での役割: 物語開始時は恐怖に震える新兵だったが、数々の地獄とトマスの死を乗り越えて「ゲインの再来」と呼ばれる英雄へ急成長。宿敵であるジンの喉元を貫き、因縁に決着をつけた。
レオン・ヴァンス【中佐 ── 解放軍総参謀長 / 大将】
特徴・武器: ひび割れた眼鏡が特徴の知将。魔導銃や策略を駆使する。
作中での役割: ゲイン大将の優秀な副官。王都陥落後も生き延びて反乱組織『氷下の茨』を実質的に組織・指揮し、ジュリアン王子の内通を取り付けるなど、すべての勝利の糸を引いた軍師。
カイル【一等兵 ── 中尉】
特徴: 続編から登場するセシルの頼れる副官。
作中での役割: ガルディス山脈での戦いや王都港湾区での決戦において、セシルの右腕として先鋒部隊を支え、住民の避難や戦線維持に大いに貢献した。
主要人物(壮絶な最期を遂げた先人たち)
ゲイン・ベン・ドーラ【大将】
特徴・武器: 大剣『獅子王』を操る王国の絶対的守護神。圧倒的な闘気を放つ。
作中での役割: フェルゼン平原での大敗時、絶技『獅子王・崩天哮』で包囲網をこじ開け、セシルやリアンナたちを逃がすために単騎で「殿」となる。王宮の大階段にて、ヴォルグとの一騎打ちの末に立ったまま息絶えた。
アーサー・ペンドルトン【近衛騎士団長】
特徴・武器: 白銀の鎧を纏う王国最高戦力。国宝の聖剣『エクスカリバー』の使い手。
作中での役割: 本隊二万を率いてフェルゼン平原に参戦。圧倒的な武勇を示すも、帝国の冷酷な包囲網とヴォルグの魔槍の前に左胸を貫かれ、無念の討ち死にを遂げる。
ジュリアン・アルト【第一王子 ── 帝国属州名誉侯爵】
特徴: 誇り高い銀甲冑から、のちに帝国のきらびやかな礼服へ。
作中での役割: 初期は傲慢な政治家だったが、前線で敗北し捕縛される。父の処刑後に心を折られ、帝国の傀儡(黄金の鳥籠の小鳥)として利用されるが、妹の生存を知り一念発起。「見えざる茨」として港の結界を解除する大金星を挙げ、ハインツ大佐に処刑された。
アラリック三世【アルト王国国王】
特徴: 慈悲深く民を愛する老王。
作中での役割: 王都陥落の際に帝国軍に捕らえられ、ルミナスの中央広場にて、民衆への見せしめとして無慈悲にもギロチンで公開処刑された。
エイダ・ロス【大尉】
特徴・武器: 赤い髪の女騎士。炎の斬撃を放つ『紅炎の剣』の使い手。
作中での役割: 鬼神のごとき強さで前線を維持し続けたが、王都防衛戦にて、数百の帝国兵を道連れにした末、クラウス中将の戦斧の前に力尽きた。
トマス・ミラー【軍曹】
特徴: 歴戦のベテラン。セシルに生き残るためのすべてを教えたメンター。
作中での役割: 王都の路地裏で崩壊する瓦礫の下敷きとなり、迫り来る帝国兵からセシルを逃がすため、腰の爆薬に火を放って壮絶に自爆した。
その他の将兵(王国側)
ロラン・サージェス【近衛副団長】:アーサーの右腕。長槍を振るって奮闘するが、アーサーを庇って雷撃とカッツェの毒矢を浴び戦死。
ギデオン・バルバロッサ【大佐】:功名心に駆られた貴族将校。ゲインの命令を無視して突出した結果、帝国の地殻魔法陣に巻き込まれ、ジンに首を刎ねられた。
ウォード【曹長】:ギデオンの暴走を必死に止めようとした古参の平民兵。
マティアス【少尉】 / セリア【中尉】:エイダ・ロスの忠実な部下たち。王都防衛戦で彼女を庇い、槍に貫かれて戦死。
ハンス【二曹】:ベテラン兵。セシルを庇って帝国の戦斧を盾で受けるが、腕の骨を砕かれ戦死。
ダニエル【二等兵】:恐怖で敗走中にカッツェの矢に背中を射抜かれ死亡した若い新兵。
ルーカス【三曹】:フェルゼン平原での伝令兵。
カルロ【三曹】:王都防衛戦で、ゲインの本陣に東門突破の悲報を伝えた伝令兵。
ダラス【大尉】:近衛兵。捕らえられるジュリアン王子を助けようとして、カッツェに眉間を撃ち抜かれ即死。
マーク【二曹】:反乱軍の斥候。隠れ里の戦いで、住人を守るためカッツェの矢に倒れる。
バルガス【少将】 / ヘンリー:ゲインの脳裏をよぎった、過去の激戦で既に散っていった忠臣たち。
── ギオン帝国 ──
主要将校・幹部(鉄血の侵略者たち)
ヴォルグ・ザイラー【大将 / アルト属州総督】
特徴・武器: 帝国の絶対的な総司令官。周囲の空間すら削り取る魔槍『ニーズヘッグ』を操る、天災規模の怪物。
作中での役割: 戦術・武勇ともに完璧であり、地殻魔法陣での分断や王都の完全制圧を指揮。最終決戦でリアンナの全魔力を込めた『獅子王』の前に自慢の魔槍を砕かれ、激闘の末に敗北した。
ジン・シュターク【少佐 ── 大佐】
特徴・武器: 『黒狼騎士団』を率いる冷酷非道な男。漆黒の双剣を変幻自在に操る。
作中での役割: ギデオンやジュリアンを捕らえ、多くの王国兵を屠った帝国の狂犬。反乱軍を執拗に追い詰めたが、最後は少佐へと成長したセシルの捨て身の突撃により首元を貫かれて死亡。
クラウス・ハインリッヒ【中将】
特徴・武器: 「鉄壁のクラウス」と称される重装部隊の指揮官。巨大な戦斧を振るう。
作中での役割: ゲインの部隊の包囲や、王都防衛戦の最前線で王国軍を圧倒。満身創痍のエイダ・ロス大尉に引導を渡した。
ブラッド・ザイラー【中佐】
特徴・武器: ヴォルグの直系であるエリート将校。黒い重装甲と大剣を扱う。
作中での役割: フェルゼン平原の第三中継基地の指揮官。セシルを追い詰めるが、リアンナが放った『獅子王・連斬』の衝撃波で重装甲ごと壁に叩きつけられ失神・重傷を負う。
ハインツ【大佐】
特徴: 陰湿な占領地将校。
作中での役割: ジュリアン王子の館での監視役。「黄金の鳥籠」で彼を飼い殺しにしていたが、内通が発覚した瞬間にジュリアンを冷酷に処刑した。
精鋭兵・その他の兵士(帝国側)
カッツェ【一曹】
特徴・武器: 『黒狼騎士団』の副官を務める、非常に執念深く正確無比な長弓の使い手。毒矢も扱う。
作中での役割: ロラン副団長への狙撃やダニエル、ダラス、マークの殺害など、数々の王国兵の命を奪った名手。のちにリアンナの大剣によって弓を叩き割られ、重傷を負う。
グスターブ【少将】:巨大な戦棍を持つ重鎮。ジンと共に、聖剣を持つアーサー団長を前線で激しく消耗させた。
アルベルト【軍曹】:隠れ里の襲撃に加わった戦斧使い。住人を襲おうとしたところを、成長したセシルの一振りの前に一撃で斬り伏せられた。
ハンス【二曹】(※王国側と同名):第三中継基地の貯蔵庫を守っていた兵。セシルの見事な投剣により、声を上げる間もなく喉を貫かれ絶




