第三話 空白の十三年
――本当にアクトだよな?
村長は僕の目をまっすぐ見て、そう質問した。
僕はその問いに正確な答えは返せない。
何故なら僕は何も覚えていないし、“アクト”という名前も初めて聞いた。
それが僕のことを指しているのか、別の誰かのことなのか判断する材料がない。
だから僕は、素直にこう答えることにした。
「すいません。僕は、自分がアクトなのかどうかはわかりません」
村長は眉をひそめて、椅子の背もたれに体重をかける。
「……そうだったな、すまん」
残念そうな村長の顔を見て僕は思った。
以前の僕はきっと、村長にとって良き人物だったんだろう。
そんな人物が再び尋ねて来たのに、記憶もない、中身は別人のような僕が現れた。
――この落胆は当然だ。
「それにしてもだ。お前、記憶をなくしたとはいえ、随分と雰囲気が違うな」
さっきの彼女も同じようなことを言っていた。
以前の僕っていったいどんな感じだったんだろう。
「以前の僕はどんな感じでしたか?」
「そうだな。まず、一人称は……俺だったな」
以前は俺って言っていたのか。
今は僕って言っているけど、記憶をなくしたからなのかな。
なんだか俺と言うのは違和感がある。
「それに、もっと元気があったな。俺に任せとけって感じだったな」
村長の話を聞く限りは、今の僕とは全然違う。
本当に記憶をなくした僕なのだろうか。
「まぁ、お前がアクトであることは多分間違いないだろう」
村長はテーブルに置いてある水瓶を取り、コップに水を注いで一気に飲み干した。
「はぁ。アクトにはずいぶん助けられてな――」
村長の話によると……以前、この村に突然魔物が現れて、被害を受けていた。
魔物は村人では対処できず、困り果てていたらしい。
そんな時に村に現れたのがアクトで、一人でその魔物たちを退治し、村を救った。
だから、村の人はアクトのことを慕っていたのか。
僕を見た時の態度に納得がいく。
みんな、アクトに救ってもらったから、温かく迎えてくれていたんだ。
「アクトは強かったぞ。剣の腕もすごかったが、魔法も得意だった」
村長が手を挙げてポーズをして見せた。
「炎の魔法だったかな!」
炎の魔法……僕は魔法使いだったのかな?
でも剣もすごかったって言ってるし……。
僕は一体どんな存在だったんだ。
――後ろから足音が聞こえてくる。
「あれ? 親父、誰かいるの?」
背中の方から声が聞こえて振り返る。
振り向くと男性が部屋の入り口に立っていて、僕と目が合った。
「アクト!?」
男性は僕を見て驚いたらしく、半歩下がって身構えている。
「おう、ユーリ。アクトが来てるんだ、こっちに来い」
ユーリと呼ばれた男性は僕の顔を見ながら部屋に入って来て、村長の横に座った。
「おい、親父。こいつが本当にアクトなのか?」
「多分な。詳しいことはわからんが、記憶がないらしい」
村長は腕を組んで頭を横に振った。
「はぁ? アクト、俺のこと覚えてないか?」
ユーリは立ち上がり、頻りに自分の顔に指をさしている。
ダメだ。顔を見ても、全然思い出せない。
僕のことを知っている人が居るのに、顔を見ても、話を聞いても思い出せない。
「お前の顔なんて見てわかるわけないだろ! 昔と全然違うだろうが!」
昔と全然違うのか、雰囲気が変わったとかなのかな?
「お前が会ったのは子供の頃だろ、もう十三年前だぞ?」
――僕はその言葉に耳を疑った。
以前会ったのが十三年前? 僕がこの村に来たのが十三年前ってこと?
そんなに前なのか? なのになんでみんな僕のことわかったんだ……。
僕はその真相が知りたくて村長に話しかけた。
「あ、あの……十三年前って?」
「ん? アクトがこの村に来た時のことだ。十三年前にこの村に来たんだぞ」
僕の聞き間違えじゃなかった。やっぱり十三年前って言っている。
そんな前なのか、僕がこの村に来たのは。
「それにしても、アクト……最初見た時から思っておったが、お前は全く老けとらんな」
その言葉に僕は更に混乱した。
老けていない? 僕は十三年前から見た目が変わっていないってこと?
そうか、だから最初に会った彼女も、村の人も僕がアクトだと思ったのか。
でも……十三年も見た目が変わらないなんてそんなことあるのか。
「お前さん、見た目は人間だが、ひょっとしたら長命種なのかもしれんな」
「長命種、ですか?」
「長命種は人間よりもずっと長生きで若い時間も長いと聞く。今のお前みたいにな」
長命種……そんな種族がいるのか。僕は普通の人間ではないのか?
でも、村長の言うことが確かなら、僕は普通の人間にしては若い時間が長いってことか。
僕っていったい……。
ユーリは僕に向かって笑顔で話しかけてきた。
「まぁ、アクトがこのタイミングまた来てくれたってことはラッキーだよな!」
……このタイミング? 何かあるのだろうか。
「そうだな……確かに、今来てくれたことはありがたいが……」
「村長さん、何かあるんですか?」
村長は僕の顔を見た後、少しの時間俯いたまま考え込んだ。
「実はな……また魔物が現れだしたんだ」
村長は机の上で両手を握りしめている。
ユーリが僕の方を見て続きを話し始めた。
「最近は作物以外にも村人が襲われてるんだ。村の東にある森の方から定期的に来るんだよ」
「前回アクトが対峙してくれて以降は、魔物は出てなかったのに……」
退治されて以降現れていない魔物が突然現れて、僕がこの村に来た。
偶然にしてはタイミングが良すぎる気がする。僕と何か関係があるのか?
「アクト、都合がいいことはわかってるが、魔物を退治してくれねーか?」
村長が申し訳なさそうな顔をして僕を見ている。
僕がアクトであれば、きっと簡単に解決できるのだろう。
でも……今の僕は何も覚えていない。剣も、魔法も。
そんな僕が助けてあげられるのだろうか。
――その時、村長の家の扉が勢いよく開かれた。
僕たちは一斉に扉の方を見る。
そこには息を切らした村人が立っていた。
「はぁはぁ。ユーリ……大変だ、アイシャちゃんが!」
ユーリが勢いよく立ち上がり声を発する。
「アイシャがどうしたんだ!?」
「いなくなったって、言ってて……探してたら、東側の入り口付近にこれが!」
男性の手には小さな子供用の頭巾が握られていた。
「ア、アイシャのだ……」
男性から頭巾を受け取ったユーリの手は震えていた。
「くそっ、アイシャッ!」
ユーリは頭巾を握りしめたまま、勢いよく家を飛び出していった。
「ユーリッ!」
村長が叫ぶもユーリには届かない。
「あのバカ息子め! 一人でどうする気だ!」
村長はテーブルに拳を思い切り叩きつけた。
……放っておくことはできない。なぜか、そんな気持ちになった。
「村長、僕も行きます」
僕は椅子から立ち上がり玄関へ向かう。
「アクト……行ってくれるのか?」
「今の僕に何ができるかわかりませんが、このまま放っておくことはできそうにないので」
僕は玄関を飛び出して、村の東に向かって走り始めた。
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