視界の広がるあの場所で - 10
頭に浮かんだ考えのせいで、足と手が落ち着かない。
眼も、まっすぐ見るのが、つらい。
逃げ出したいような気持ちになったわたしは、また、頭がぐちゃぐちゃになり始めて。
想わず、近くにあった雑誌をとって、眼の前に出してしまう。
「あ、あの、大丈夫です。今日も、これ買うので」
なにか買って、店を出よう……。
そう想って、言ってみたんだけど。
「……そう、ですか」
店員さんの声が変わっていたから、顔を見てみる。
さっきよりも困ったような表情で、じっと、わたしの手にある雑誌を見ていた。
「でも……本当に、その雑誌でよろしいのですか?」
「えっ?」
言われて、手元の雑誌をくるりと向きなおして。
よく、見てみた……ら。
「!?ぇっ!>@*!?」
どう見てもそれは、私みたいな年の子が買うには、マズすぎるもので。
真っ赤になってその雑誌を本棚に戻し、キョロキョロと、視線を右左。
み、見られてないよね!?
は、恥ずかしい……!
「ごめんなさい、紛れ込んでしまっていたみたいで……」
店員さんは顔色一つ変えず、その雑誌を手に持って、近くのコーナーへ移動させる。
冷静にそういう雑誌を持っても変わらないなんて、す、すごいな……。
「申し訳ありませんでした。お探しの雑誌や本があれば、ご相談にのりますので」
たぶん、焦るわたしを、心配してくれたのかな。
どこまでも優しい店員さんの声に、驚いていた気持ちが、少しだけ落ち着く。
でも、落ち着けば落ち着いたで、覗いていた悪い気持ちが、また戻ってきちゃう。
「あ、あの、自分で探せますので。体調も、大丈夫ですから」
手をぶんぶん振り、店員さんから一歩後ずさる。
……冷静に考えなくても、すっごく変なお客さんだ。
もしかすると、周りのお客さんも、わたしのことを見てるかも。
うぅ、変装までしてるから、余計に……!
(でも、そんなわたしなのに)
店員さんの態度は、ずっと変わらずに丁寧。
明らかに変な客である、わたしに対しても。
何十分も話し続ける、学を相手にしても。
……落ち着いた雰囲気は、最初から同じまま。
(優しい、人なのかな)
わたしがそう想っていると、店員さんは頭を下げた。
「かしこまりました。差し出がましいことをして、申し訳ありません」
そんなふうに頭を下げられるとは想わなくて、わたしが驚いてしまう。
「あの、そんなことないです……。こちらこそ、すみません」
申し訳なくて、わたしも頭を下げて、謝ってしまう。
よく考えなくても、こんな格好で本屋に入って、きょろきょろしている方が悪いのだ。
(そうだ、せめて……)
かちゃり、と音を立ててサングラスを外す。
今さらだけど、これを外すだけでも、だいぶ違うはず。
(し、しみる……)
暗かった眼のなかに、いろいろな色が入ってくる。
鮮やかな本に囲まれた店内が、とっても新鮮。
それは、眼の前の店員さんもそうだった。
むしろ、くっきりとその顔や服装が見れるようになったから、想わず見とれてしまう。
乱れのない髪に、くっきりとした瞳。
洗い立てのようなブラウスとスカートの姿は、ドラマに出てくる大人の女性を、想い出してしまう。
(きれいな、人だな)
色がつくことで、わたしや同級生とは違う大人っぽさが、ずっと上がっていた。
「それでは、なにかあればお呼びください」
そう言い、背を向ける店員さん。
「あ、あの」
振りかえって歩き出す店員さんを、想わず呼び止めてしまう。
「はい、なんでしょう」
嫌がることなく、またわたしへと向いてくれた店員さん。
わたしは少し呼吸を整えて、声を落ち着けながら聞いた。
「どうして、声をかけてくれたんですか」
……と、声に出しながら、想う。
(不審者だから、だよね……)
よく考えなくてもわかる答えを、自分で見つけてしまう。
そして、その答えを、もし言われてしまったら……。
(なんで、聞いちゃったんだろう。わたし)
居心地の悪さが、一気に大きくなる。
でも……聞いてみたかった。
そんな理由でも、どうしてわたしにも、声をかけてくれたのかを。
店員さんの答えを、待っていると。
「見つけにくいものでしたら、一緒に、探したいなと」
……聞こえてきたのは、想っていたものと、まるで違うものだった。
「見つけにくい……? 探したい、ですか?」
――不思議な言葉は、ぜんぜん、どういうことかわからなかった。
古い歌で、そんな歌詞を、聞いたことがあったような気もするけど。
でも、一緒に、なにを探してくれるというんだろう?
「はい。私は、本を探しに来るお客様の、手助けをしたいのです。お客様と本とのより良き出会いを、少しでも、協力したいと」
「出会い……? 見つけにくいって、本を、ですか」
周りの本棚を見ながら言うわたし。
こんなにいっぱい本があるのに、見つけにくいって、どういうことなんだろう?
(だって探せばどこかには、知りたいことが、あるんじゃないの?)
シワをよせてるはずの、わたしの顔。
店員さんは微笑みながら、疑問に答えてくれる。
「探しているからこそ、その答えは、見つけにくくなっているかもしれませんから」
「探しているから、見つけにくい……」
――その言葉は、どうしてか、わたしの胸にズキッと刺さった。
「もし、探しているものが見つからず、立ちすくんでおられるなら。……その手助けを、して差し上げたいと」
すっと眼を細めて、店員さんは本棚を見つめた。
……本について話している時の、あいつに似た、嬉しそうな瞳で。
「いつも、そう想っているんです」
右手を胸元へそえて、まるで目標を語るスポーツ選手みたいに、店員さんはそう言った。
口紅が塗られた、鮮やかな唇。
そこから出てきた言葉は、本に興味のないわたしでも、惹かれるものがあった。
一緒に、本との良い出会いを、探したい。
そう想う気にさせる、不思議な響きを持っていた。
(……不思議。なんか、納得しちゃいそう)
ぼんやりと店員さんを見つめながら、わたしは、その誘いにのろうかなって真剣に考えちゃってた。
「ちょっと、自意識過剰でしたね。申し訳ありません」
すると店員さんは、ちょっと笑みの形を変えて、少し頭を下げてくる。
「いえ、申し訳なくないですけれど……!」
謝られすぎて、申し訳ないのは、わたしの方。
だからわたしは、少し、その気持ちを解消してあげたくなった。
――ふっと、そんな本があるのなら、読んでみたいとも想えたから。




