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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第八章 新入りを迎えたなら
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三十二節 チキンのパーシヴァルには無理だろうなって思って

 おかしい。おかしいっつーか、しんどい。でもこんなことになるなんて思わなかったんですよ。

 まず朝目覚める。胸のとこにアシュリーが収まってるのを見て、今日も一日頑張ろうとやる気を出す。これはいい。

 いわゆる恋人関係になった訳だし、一緒に寝るくらい当然だろう。……だが、生殺しにも程がある。

 俺もね? もう四捨五入したら四十っていう年齢だけどね? 男なんです。好きな人が無防備に寄り添ってたらまあ元気になってしまうよ。朝なんかもう落ち着けるのに必死だ。膨張部分にアシュリーの足が接触してたりもよくあるから、まあ辛い辛い。


 恋人なんだから多少は羽目をはずしたっていいじゃないかという世間一般の意見もよくわかる。よくわかるし、ぶっちゃけ今の状況じゃなかったら毎日のように腰を振っている自信がある。

 アシュリーだって……正直なところまんざらじゃないと思う。だって、二年以上待っててくれたのだ。アシュリーを受け入れたあの時も、どちらかと言えばアイツが攻勢に回っていた。お互いとにかく相手の全てを貪りたい、みたいな熱があったし、それは今もだ。

 付き合い始めた途端にそういう行為に走りまくるのはちょっとどうかと思わなくもないが、それぐらい強く想い合っていると思って欲しい。

 そんな付き合って間もない、焼きたてのパンよりも――なんならそのパンを焼く窯の火よりも熱い二人がだな、ひとつ屋根の下で暮らしていて、何もできない。これ以上の拷問があるだろうか? ああ時の女神フェノムよ、時間を戻してくれるなら、ここにアイツを連れてきたことをなかったことにしたい。

 ……そんなことは、いろんな意味でできないけど。


「――せんぱーい、起きてますか―?」


 扉がノックされ、若い女の声が響いた。

 拷問の原因だ。


「起きてる」


 俺にしがみつくアシュリーの頭を撫でてなだめながら、扉越しに返事をする。アシュリーは起こされたのか、それとも起き抜けの数少ない甘える時間が邪魔されたせいか、眉間に皺を寄せて不細工面を晒していた。


「朝ご飯出来てますので、冷めない内に降りてきてくださいねー?」


 ララが扉から離れ、一階へ降りていった。階段を降りる足音を聞きながら、俺はため息をついた。首を揉み、なんとなく天井を見上げる。

 ララが家に来てから既に二週間。二週間である。二週間、何もしてない。繰り返す、二週間、おあずけ状態。これを拷問と言わんで何と言う?

 いや俺が連れてきたんだけどね? アシュリーもブーブー文句を言いながらもララが一時的に同居することには納得してくれた。内心どう思ってるのかは訊いてないからわからないけど、少なくとも表面的な態度として「ララうぜぇ」みたいなものは出していない。

 結局、連れてきた張本人の俺が一番不満たらたらなのだ。一番子供とも言う。


 なぜ致せないかと言えば原因は単純で、ララが真隣の部屋で寝泊まりをしているからだ。狭い我が家には三人分の部屋はなく、もともと荷物の少なかったアシュリーの部屋を暫定処理として貸してやってもらってるのだ。

 そういう行為に及べば、当然音が響く。隣の部屋で寝ているララが気づくのは明らかだ。そして翌日気まずい感じになるのは間違い無し。ナイーブな俺の神経ではそんな状況には耐えられそうにない。

 俺は繊細なんだ。いやホントに。


 この状況を根本的に解決するには、ララに『死者の手』の”影”として最低限の仕事をできるよう早く訓練して、家から追い出すしかない。

 だがそんなもん一朝一夕で身につくようなものじゃない。ある程度長く見る必要がある。

 でも俺はそんなもの我慢できない。限界です。もうムリ。毎日毎日好きな女と接触して寝て、何もなく終わる毎日。そんなのありえないだろ。ここらでどうにか発散したい。

 となればやるべきことは二通り考えられる。俺とアシュリーが二人で出かけるか、ララを一人でお使いにでも出すのだ。とにかく分断さえできれば、どこかしらでアシュリーに触れる機会は作れるはずだ。


「……よし」


 なんとなくやる気を出すために呟く。顎を撫でてヒゲの感触を楽しんでいたアシュリーの手を取り、顔を近づける。

 短いキスを交わすと、俺はアシュリーに向かって宣言した。


「アシュリー。俺は今日、どうにかしてお前を抱くぞ」


「ほほー」


「その反応はどうなんだよ」


 なに? ほほーって。興味なさげ? 実はムラムラしてたの俺だけとかいう虚しいオチ?


「チキンのパーシヴァルには無理だろうなって思って」


「言ったな?」


 そこまで言われたらもう絶対に引かねぇぞ。もしもアシュリーにその気がなくても強引にいってやる。

 とにかく今日の訓練を終わらせて、ララから離れる。手段はゆっくり考えればいい。何せまだ一日は始まったばかりなのだから。

 もう一度アシュリーとキスをする。今度はちょっと長めに。舌と舌を絡ませて、甘い蜜をすする。

 落ち着いてきたはずの息子が、頭をもたげ始めてしまった。アシュリーがそれを見て、ゆっくりとズボンの膨らみに手を伸ばす。

 柔らかい手の感触を感じそうといういざその瞬間、扉をノックする音が響き、俺とアシュリーはビクッと飛び跳ねベッドから転がった。


「……冷めるから早く降りてきてくださいっていいましたよね、先輩、アシュリーちゃん?」


 扉は開いていなかったが、中で盛り上がり始めていたことを察していたのか、呆れたような声色だった。


-----------------------------------------


「えー……では……これから、まあ恒例の特訓をですね……させて頂きたいなーと……ね、思ってるんです……はい」


「そうですか」


 物凄く冷たい目で、ララが短く返した。もう完全にゴミを見る目。お前になんか教わりたくねぇよって空気がビンビンしてておじさん泣きそう。

 現在地、我が家から少し離れた場所にある林の中。の更に奥に隠された、『死者の手』の秘密支部。その訓練場である。ちなみにアシュリーは留守番。流石にここに入れるのは色々とマズイ。

 『死者の手』には、一部の隊員しか知らないこういう隠された支部がある。基本的に、表にはあんまり出したくないものを処理するための場所だ。同じく汚ねぇ仕事専門の死体処理班の連中もどっかに隠れて拠点を持っているはずだが、俺も場所は知らない。

 この秘密支部には、当番制で誰かしら暗殺専門の隊員――つまり俺の部下が待機している。本部にいるオスニエル隊長から電話で直接指令を貰い、各区にいる対象を消しに行く感じだ。


 まあそういう怪しい拠点な訳だが、ある程度訓練用の設備が整っている。ここに通う形で、ララが技術やなんかを覚えたら、どっかの安アパートでも借りてもらい当番のローテーションに組み込む予定だ。それまでは家で世話をする。

 独り立ちするまでは、基本的には目を離さないように生活を共にする掟だ。もし万が一問題行動を起こしたり資質の無さが露呈した場合、その場でララを殺すことになっている。本人にもそれは伝えてあるし、了承済みだ。

 ……という原則があるので、ララをどうにか引き離すというのは本来よろしくないんだが、そこをどうにかする策も考えた。

 これからそれを実行するために、根回しをするつもりだ。

 だがそのためには、まずララに訓練をやらせないと。


「冗談というか、こう……今朝のことは一回忘れて、ちゃんとやろうぜ?」


「……もちろんですよ、先輩」


 ホントかよと疑いたくなる声色で、ララが返事をした。チクショウ。俺への尊敬感みたいなのが大分薄れてしまった気がする。気がするっていうか、減ってんだろうけど!


「と、とりあえずアップして、今日は投擲練習からな。投げナイフはそこに用意してあるから、自分でスコアつけろ」


「ああ、ナイフですか……。私アレ苦手なんですよね」


 練習内容を聞き、ララが少しだけゲンナリとした表情を浮かべた。コイツは投げ物が苦手なのだ。


「苦手ってわかってるんだから、真面目にやれ。特に投げナイフなんかは便利だからな」ララがナイフを手に取るのを確認し、声をかける。「俺は少し野暮用があるから席を外す。戻ってきたら組手だ」


「は、はいっ先輩!」


 ララが敬礼をし、的の前に立った。よし、準備完了。後はアシュリーと二人きりになれるよう仕込みをするだけだ。

 ささっと訓練場を出て、本日の当番隊員がいるであろう部屋に向かう。


「――入るぞ」


 ノックせず扉を開ける。椅子に背を深く預けていた男の隊員が、慌てて姿勢を正した。今日の当番のアリスターだ。もう一人の当番のオベールは机に突っ伏して寝ていた。

 アリスターが寝ていたオベールの背中を思いっきり叩き、起こした。寝ぼけ眼だったオベールが俺を見て「やっちまった」と言わんばかりに焦った表情を見せた。


「いいよ、別に」立ち上がりそうになっていた二人を手で制し、楽にさせる。「堅苦しいのは苦手だ」


「すんません、暇で暇で」


 アリスターが苦笑いをしながら椅子に座り直した。先程よりかは背筋がシャンとしていた。オベールも目元を擦って、涎を拭き取っている。一応俺の前だからある程度はちゃんとしようという心構えらしい。真面目なこって。


「わかる。俺も下っ端の時はしょっちゅう昼寝してたし。指令がないと退屈でしょうがねぇよな」


 そんなにしょっちゅう暗殺命令が出る訳でもないし、かと言ってこの支部を空ける訳にもいかない。平和な時はとにかく暇なのがこの部署だ。

 一昔前、『死者の手』が出来たばっかりのころはもうちょっと忙しかったらしいが、ある程度落ち着いた今じゃその頃の忙しさは欠片も感じられない。

 だがそれはそれで好都合。今の俺は、コイツらの手が必要なのだ。


「そんな暇な君達にちょっと頼みたいことがあるんだけど、聞いてもらっていいか?」


「はい、隊長。なんなりと」アリスターとオベールが声を揃えて言った。


「ああ、いや、待て。頼みごとはあるにはあるんだが、私的な内容なんだ。それでもいいか?」


 このことは言っておかねばなるまい。俺が恋人とイチャつきたいがためだけに、部下を使うなんて本来はあっちゃいけないことだ。でも俺の性欲は爆発寸前。情けないけど。


「水臭いこと言わないでくださいよ」とオベール。


「そうっすよ。隊長には散々世話になってんだから、むしろプライベートのお願いとか嬉しいっすよ」


 アリスターの言葉に、オベールが頷いた。いい部下だねぇ。ララにももうちょっと先輩を敬う気持ちがあれば……俺の自業自得か。


「そうか? じゃあ……ま頼みなんだけど……あー……ララ、いるだろ?」


「新入り候補のですよね?」アリスターが尋ねる。「今訓練してるんでしたっけか」


「おう。んでそのララなんだが、今日の訓練終わったら、ちょっと適当にメシにでも連れて行ってくれねぇか?」


 俺の問いに、アリスターとオベールが顔を見合わせた。ちょっと理解できてなさそう。というか、疑問が顔に浮かんでいる。


「隊長は来ないんですよね? 僕らに頼むくらいですし」オベールが尋ねた。


「ああ、ちょっと……家の用事でな。だが本来新入りの世話はトップの役目だ。ララから目を離しちゃいけないんだが……どうしても離れたいんだ。数時間でいい」


 俺の言葉を聞いた途端、アリスターが「ははぁ~ん?」と言いニヤついた笑みを浮かべた。オベールに何かを耳打ちする。オベールも笑い始め、しきりに頷いている。うぜぇ。ぶん殴りてぇ。


「隊長ぉー本当に水臭いっすね!」アリスターがニヤニヤしながら身体を乗り出した。「女っすか? 遂に女ができたんすね!?」


「女っ気のない隊長がまさか遂に……なぁ」オベールがアリスターに追随して言う。「一部じゃ男が好きなんじゃないかとか噂になってましたからね」


「どこのどいつだそんなこと言った馬鹿は。くびり殺してやる」


 とんだ誤解である。俺は生粋の女好きだ。生粋のってなんか変だけど、とにかく男色趣味なんざねぇ。


「まあまあまあ」アリスターがなだめるように手を前に出した。「とにかく、そういう事情なら協力しますっすよ。な?」


 アリスターがオベールを見て同意を促した。


「もちろんです」オベールが頷き、サムズアップする。壁に掛かっていた時計を見て顎を撫でた。「じゃあ……ちょっと遅いですけど、夜の十一時くらいを目安に、ララを隊長の家まで送りますよ。夕方まで訓練だから、メシの時間を除いても三時間くらいはあるはず」


 三時間か……。足りるだろうか? 足りなかったとしても我慢しなくてはだが。


「ナイスだ。持つべきものは優秀な部下だな」


 三人で揃って「うへへ」と声に出して笑う。かつてない程の絆を、今俺達三人は獲得したのだ。

 おっと、釘を刺しておこう。


「――念のために言っておくけど、ララには手ぇ出すなよ?」


 美人のたわわな新入り。アレコレやれば丸め込めそうだ、とかこの馬鹿共なら考えそうな気がする。


「ししし、しないっすよ!」


 アリスターが上ずった声を出して否定した。オベールは冷や汗をかきながら目を逸らしている。

 俺は首を揉み、わざとらしくため息をついてやった。


 まあなんにせよ、これで準備は完了である。夜が楽しみだ。


用語解説


妊娠について:アレは概ね五十六日周期くらい。……が、ロズメリア人はなんかある度に自殺しているせいで、正常な周期も訳わからんことになっている。よって、そこまであまり意識はしない。

子供の中絶に関しては、孕んだと認識した時点で自殺すれば可能。体外に出るまでは一つの生命体として認識されるらしい(子供が成長してない段階だと異常と捉えられる)。

ある程度胎児が育つと、その時点で複数の命とみなされ子供も不死となる。ので、妊娠したくないけどセックスはしたいという人はアフター処理として交わった後に自殺する(アシュリーも自殺してます)。

中絶などの知識は下層ではあまり広まっていないので、訳もわからず産んじゃう人も結構いる。(気づいたら腹が膨らんでるどうしよう!→腹を裂いてみたら未熟児ポロン)

子供事態も愛玩具として高値で取引されてるので、産むだけ産んで売っぱらう人も多い(下層限定。人身売買は犯罪なので、中層では基本的に行われていない)。

一部の狂人は、未熟児をあえて取り上げ、その状態のまま保管して楽しむ人もいるとかなんとか。

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