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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第八章 新入りを迎えたなら
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二十九節 あっ! 変な意図とかじゃないですよ!?

 諸々の手続きを終え、ついでに書類仕事も片付けると、俺は東区に戻りララが勤めている支部へ移動した。

 オスニエル隊長に頼まれたことをやってやろうと思ったのだ。どういう風に面倒を見るか、というのはまだ考えていないが、とりあえず本人の希望も含めて話をしてみるべきだろう。

 入り口で警備をしていた隊員に識別タグを見せ中に入り、辺りを見回す。ララが机で何やら書類仕事をしているのを見つけ、俺は仮面を外しつつそっちへ向かった。


「よおララ、元気か?」


「えっ? あ、先輩。えっと……こんにちは。どうかされましたか?」


 ほほう、質問に答えないとは後輩のくせにやるな。俺は寛大だから許してやろう。というか、やっぱり元気が若干ない? ような気がする。表情とか。

 プールの時……というか、ララの班員が死んじまった時は、コイツには悪いが頭の中がアシュリーのことでいっぱいだったから、あまり見てやれる余裕がなかったのかもしれない。

 アシュリーとのことが一段落――って言い方はなんだか微妙だが――したから、気づいてやれたのかも。


「ちょっとな。まあ半分仕事みたいなもんだ。今、大丈夫か?」


「はい、大丈夫ですよ」ララは隣の席に座っていた、中年手前くらいの男性隊員に話しかけた。「すみません、少し外します」


 話しかけられた隊員が「構わない」というようなことを言い、俺に会釈をしてきた。一応返しておく。


「できれば二人っきりになりたいんだが、いい場所あるか?」


 突っ込んだ話になるだろうし、あまり人に聞かれて気持ちの良いものじゃないだろう。


「では……私の部屋に行きましょう」ララが少しだけ顔を赤らめた。「あっ! 変な意図とかじゃないですよ!?」


「何の心配してんだお前は。別に何もしねぇから、案内してくれ」


 微妙に自爆したララの案内の元、俺は併設された隊員寮に入った。ララが部屋の前で止まり、こっちを振り返る。


「す、すみません。十分……いえ、五分だけ待ってもらっても?」


「おう。年頃だもんな」


 部屋の掃除とか、色々あるのだろう。俺? 俺はキレイ好きだから問題ないですよ。物が無いとも言う。酒とタバコがあれば俺は幸せなのよっと。


「やめてくださいよ……。では、失礼します」


 ララは中が見えないよう扉を僅かに開けて、隙間から身体を滑らせていった。よっぽど汚いのだろうか。下層生活のおかげで汚いのには慣れてるけど。……汚さのベクトルが違うか?

 どうでもいいことを考えつつ壁に背中を預ける。脳裏にアシュリーの笑顔やらが勝手に再生され始めた。「お前は俺のもの」とか言っちゃったなぁ……。なんか今更ながらその台詞はどうだったんだろうと思わなくもない。なんか……キモくね? いやでもアシュリーのことだ。きっといつもの可愛い笑顔を見せて、俺を肯定してくれるはず……!


「――先輩? なんで、笑ってるんですか?」


 何分経ったのかわからないが、目の前の戸が開かれララが俺を覗いていた。


「なんでもない。気にするな」


 素早くニヤケ顔を戻し、平坦な口調で告げた。いかんいかん。何か俺ヤバいな。暇さえあればアシュリーのことを考えている気がする。

 ララは怪訝な表情をしながらも、俺を部屋に招き入れた。


「スーーーーーーーっ」


 鼻の穴を開き、わざとらしく音を立てて息を吸い込んだ。ララが付けている香水の、柑橘っぽい匂いが鼻腔に充満した。


「ちょちょちょやめて! それやめてくださいっ!」


 ララが顔を真っ赤にしながら俺の前で手をワタワタと動かし始めた。恥ずかしいらしい。


「スーーーーーーーーーーーーーー……ごほッ!」


「どういう意味ですかそれ!?」


 咳き込んだ俺を見てララが叫んだ。めっちゃ困ってる。


「げふっ……! い、いや、深い意味はないけど。くさいとかそういうことではないよ」


 実際臭くはない。


「もう……先輩ってそんな人でしたっけ?」


 ララが小さく笑いながら言った。少しは気が紛れただろうか。


「こんな人だよ、元から。真面目な空気が苦手なだけだ」


「もう……ありがとうございます」


「ん? 何がだ?」


 コイツ鋭くないですか? そんなのバレたら恥ずかしいじゃないか。誤魔化さなくては。


「いえ、なんでもありません」ララが椅子を引き、手で示した。「どうぞ、おかけになってください。今お茶淹れますので」


「どーも」


 お言葉に甘えて椅子に座る。手持ち無沙汰だったのでなんとなく部屋をざっと眺める。

 狭い。寮なんだし当たり前だけど。机にキッチンと、最低限必要であろう物をとりあえず詰めた感じ。小物の類は女っぽい生活感が出ているが、その程度だ。華美な飾りなんか一切ない。ただ、寝て起きるためだけの場所って印象を受ける。

 机の上に写真立てが置いてあったが、倒され写真は見えないようになっていた。

 数分して、ララがティーカップを持って戻ってきた。向かい合って座り、とりあえず一口紅茶を飲む。


「それで――お話って、なんでしょうか?」ララが切り出した。


「あー……そうだな。なんつったもんか……」


 改まって話すのは苦手だ。俺はそもそもそんなに会話が上手いタイプじゃない。


「あのー……だな、お前、他の班への再編、断ったらしいじゃないか」


「は、はい……。どうしても、馴染めなくて」


 ララは僅かに視線を落とし、ティーカップの底を見つめた。カップに、何か映っているのかもしれない。


「オスニエルの爺さんから相談されてな。お前の面倒を見てやれって」


 一度話し始めれば、意外とすんなりいくらしい。さくっと本題に入れた。


「先輩って……隊長と親しいんですか?」


「それなりに、だな。ちょっと世話になったことがあって、それから。ま、今はどうでもいいことだ。……お前が望むなら、俺の部署に入れることも検討してるってよ」


「それって……暗殺とか、そういうアレ……ですよね?」


 ララが確認するように尋ねた。先程よりも、顔は上がっていた。

 普通の隊員はあまりこの部署のことを知らないが、ララは別だ。クライヴの一件でオスニエル隊長から聞いているはず。


「そ。名前は特にない。ちなみに俺そこで一番の古株。トップだ。後輩が増えたおかげで、楽させてもらってるよ」


 結果として、アシュリーと一緒にいられる時間が増えた。命を張った仕事も少ないのに、そこらの隊員よりも金をもらえてるし、いいポジションだ。


「私が……そこに?」


「あくまでも希望があれば、だ。適性も見ないといけないし、本決まりじゃない。ただ……まあ……なんだ、ウチの部隊は、お前みたいな境遇の奴が多い。家族を亡くして、他の班に行くのを嫌がったような感じの。きっと馴染める。あと、俺もそろそろしんどくなってきたんでな、後継者を育てにゃいかんのよ」


 ぶっちゃけ資質としては問題ない。オスニエル隊長から学生時代の成績やらを見せてもらったが、ララはなかなかの好成績だった。嫌な言い方をすれば、家族である班員が足を引っ張っていた。個人成績は良くても、班としての成績は普通止まりだったのだ。

 ララは考えるように、自分の二の腕をさすり始めた。俺はそれを見つつ紅茶に口を付けた。さっきまで温かかったのに、もう冷め始めていた。

 ややあって、ララが顔を上げた。目には強い意思の炎が宿っていた。返事を聞かなくても、わかった。

 俺は静かな笑みを作り、手を伸ばした。


「――ようこそ。歓迎するよ、新人君」


 ララが頷き、手を握り返した。


 俺はその手を引いて回転させると、ララを床に叩きつけた。


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