十七節 じゃあデートしよっ!
気づけば一ヶ月と半月が経っていた。
歳を重ねるごとに一日のスピードがちょっとシャレにならないレベルで加速している気がする。俺が子供の頃は、もっと……それこそ一日が永遠なんじゃないかってくらい長かったのだが。
もう夏だ。一年全体を見ると、どちらかと言えば涼しい気候であるロズメリアでも、この季節だけはそこそこ暑い。
少し前に『死者の手』に一応復帰したが、制服も薄手のものに変わっていた。それでもあの真っ黒いコートを着なくちゃいけないから、その辺歩いてる半袖のシャツとかの奴らに比べれば暑い。あと厚い。
そんな俺の目下の悩みといえば、相も変わらずアシュリーだ。
「――おい、またそんな格好して……」俺はリビングに入って来たアシュリーを見てため息を漏らした。
「んー? なんか変?」
惜しげもなく太ももを晒したアシュリーが、グラスを二つ用意して言った。水を注ぎ、グラスを一つ俺の前に置いて椅子に座る。
この一ヶ月ちょっとで俺はアシュリーに女の子らしい格好をするようなるべく頑張ったつもりだった。ララともそれなりに親しくなり、彼女の協力もあってそこそこ女の子らしいがどういうことなのかも学んだ。
だがアシュリーの好みが違ったのだ。気づけばコイツは、やたらと丈の短いパンツやシャツを着るようになってしまった。はっきり言って目に毒である。
「変じゃねぇけどよ。あー……なんだ、もっと女の子っていう自覚をだな」
誤魔化すように俺は水を飲んだ。どうしても、アシュリーの胸元に目がいってしまう。男の性だ。
大きく胸元の空いたシャツから零れる二つの果実は、男なら誰でも目を奪われてしまうだろう。なぜコイツはこの年齢でこんなにデケェんだよ。
「女の子だから、オシャレしてるんだよ?」アシュリーがニッと笑ってみせた。
「オシャレだよ。オシャレだと思う。でもな? その格好で外歩くのは止めてくれ」
「どうして?」
「お前は……年の割に発育が良い。ちょっと前まで下層で暮らしてたのに」主に胸とか胸とか。「まだ十五にもなってないのに、一部の見た目だけはそれ以上だ」
「ほうほう」
アシュリーが頷き、机に顎を乗せた。今話題にしたばかりの一部分が押し潰され、むにゅっと形を変えた。いかん、視線が。耐えろ俺。ララやその他女性との話で知ったが、女ってのはこの手の視線によく気づくらしい。
「つまり……その……男がだな……何か良からぬことを考えてお前に近づくかもしれねぇだろ?」
「それってイケナイことなの?」
「ダメだ!」思わず大声を出してしまった。座り直し、咳払い。「スマン。……とにかく、もうちょっと肌を隠せ。俺は……あんまり気分が良くない。弱っちいのに、挑発するような格好をするのは止めろ」
アシュリーは満足げに笑うと、俺の方へ手を伸ばしてきた。机の上に置いていた俺の手を触り、なぜか上下に振る。
「パーシヴァルって今日お休みだっけ?」アシュリーがくりくりとした目で尋ねた。俺の手を弄りながら呟く。「ぅぬ、相変わらずゴツゴツしてる」
「休みだよ。そもそも俺は半分隠居してる」
やることなんて、基本的には後任の育成だけだ。ただなぁ……どうも我が強いというか、割り切れていない奴が多いというか。俺の所属してた部隊は大体あぶれ者が来る訳だが、そのせいなのか俺の言うことをあまり聞いてくれない。聞いてくれないっていうか、聞いてはくれるんだけど、真面目な感じでは少なくともない。
もっと早い内から……それこそ、学院にいる間にいい奴見つけて指導した方がいいと思うのだが。ま、俺には関係ないか。教師になるなんて考えたこともないし。
「じゃあデートしよっ!」アシュリーが変わらず俺の手を撫で回しながら言った。
「ぶっ!」
むせた。喉痛い。デートってなんだよ、俺はお前の彼氏じゃねぇ。
「だいじょーぶ?」
「気にすんな、大丈夫だから……」深呼吸して落ち着かせる。「んで、デートってどこに?」
よし、言い返してやったぜ。デート、いいじゃないか。言葉の綾だろ? 男女二人で出かけることをデートというとか、多分ララに言われて勘違いしてんだよ。
「服買いに行ってー、パーシヴァルが好きなカッコウしてあげる!」アシュリーがニコニコしながら俺の腕を引いて、自分の顎をその上に乗せた。「そんでそんでー、そのカッコウのままメシ食べて、んっとー……あとはわかんないから流れで!」
「ちなみにお代は?」
「パーシヴァルがはらうに決まってるじゃん。アタシ今お金持ってないよ」
「ですよね」
知ってた。今着てる際どいやつだって俺が買ったんだし。自分で買っておいて文句を付けるとは相当間抜けだとは思うが、これは素直にアシュリーのことを甘やかしてしまったことが悪い。
どうも俺は、コイツが甘えてくることに対して緩い。財布の紐とか、諸々。保護者としてこれじゃ駄目なのはわかってる。ララにも何回か叱られてるし。…………俺先輩なんだけどなぁ。
兎にも角にもデートである。デートっつっても、男女のイチャイチャするあれではないが。服を買うことには賛成なので、喜んでデートしようじゃないか。
俺とアシュリーはささっと朝食を済ませ街に繰り出した。目的地は東区の中心街の一角、『鉛筆通り』だ。何でそうなのかは知らんが、東区の中じゃ若い子向けの服屋が多い。……鉛筆のくせに。
「んで、どこに行くか決めてんのか?」
アシュリーに尋ねる。当のアシュリーは辺りをキョロキョロしながら俺の手を振り子のようにしながら握っていた。なんだかんだで手の柔らかさは、女っていうより子供だなぁって印象を受ける。
「決めてない!」アシュリーがニッと笑って歯を見せた。「――だから、気になったところから入ろ? パーシヴァルが選ぶんだから、ちゃんと見てよね! そもそもアタシ字が読めないし!」
「へいへい……。あとそれ自慢することじゃねぇよ。教えてねぇ俺が悪いんだけど……」
俺に選べと言われても、ぶっちゃけよくわからんのだが。でもこのままの格好にさせておくのはなんか嫌だ。現にさっきからチラチラこっちを見てる男がいるし。とりあえず睨んでおいてやったら、怯えながら走ってしまった。
とにかく早く着替えさせよう。何か……薄手の上着とか着せて……下はどうしよう。コイツ、明らかにスカート嫌いなんだよな。かと言って、ピッチリした長いパンツも嫌いな気がする。
……おかしいな。俺の好きな格好でいいって言われてるのに、どうもコイツの好みを優先させてしまう。ついでにわかったが、俺好みの格好がよくわからない。
その辺歩いてる女を参考にしようとしても、あれはアシュリーには似合わないとか、嫌いだろうなとか考えてしまう。俺が好きな服ってなんだ……?
適当に目についた店にいくつか入ったが、どれも違う気がしてすぐに出てしまった。結局まだ何も買えていない。
疲れてきた。こうも大変になるとは思っても見なかった。
全くわからない。どうしたらいい。
「……悪い。ちょっとトイレ」
頭使い過ぎて尿意が。丁度近くに公衆トイレがあったので、ささっと用を足してこよう。
「はーい。そこですわって待ってるね」
アシュリーは近くにあったベンチを指差して言った。俺はアシュリーに軽く手を振りつつ、トイレへ向かった。
下層と違って水洗で流れてくれるトイレには未だにちょっと感動する。あの壺体験は恐ろしいものだった。
トイレから出て急ぎベンチのところまで戻る。
「……アシュリー?」
彼女が座っているはずのベンチには、誰も座っていなかった。
用語解説
公衆トイレ:ロズメリア市街の中に設置された施設。水洗。
設置の費用等の捻出は王政府が行ったが、清掃や設備の点検などは委託を受けた職人組合がやっている。
ロズメリア人は基本的に綺麗好きなので、街の美化活動などには国民ぐるみで協力的。道端で用をたすことはありえないし、重大な犯罪行為である。
ほぼ毎日の風呂習慣や歯磨きなども当たり前。水資源の豊かさと、発展した科学力の賜物でもある。他国ではこんな習慣はありえない。
※追記(1/11):一部表現の修正。




