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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第四章 風呂を覗いたなら
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十六節 んー……みゅおぅわー

 もうあれだ。なんというか、ナニをしようという気が完全に失せてしまった。

 頭の中には、アシュリーの肢体とそれを弄(まさぐ)る姿、そしてあの艶めいた笑みがグルグルグルグル駆け巡っている。

 おかしい。俺の当初の目的はララだったはずだ。ララのエッチな身体を記憶に焼き付けて、夜食にしようとしていただけなのだ。それが気づけばこれだ。完全にララの裸は脳から消えてしまった。

 まあね? アシュリーでムラっときたことは下層にいる時だってあったさ。でもそれはあくまでも身体に対してだ。それにしょっちゅうあった訳じゃない。多分一回か、二回くらいだ。不意にドキッとしたとか、その程度。

 それはひとえに、アイツがそういう……性を喚起させるような行動を取らなかったからだ。男女の営み的なことは一度たりとも話題にしたことはないし、そういう現場も見なかった。スキンシップはあっても、まさしく親子のそれだった。っていうか、昨日も今日もそうだった。ベタベタ触れてはいたけど、そこになにかいやらしい意図は入っていない。


 でもさっきのは違う。アイツは……見せつけるように、自分の身体を触ってみせたのだ。そう、見せつけるように。ぷっくり膨らんだ桜色の突起と、年の割に大きく育ったそれを、見せつけた。

 誰に? どう考えても俺だ。アイツは、絶対に覗き穴に気づいていた。気づいていながら何も言わず、逆にそれを使って俺に見せてきたのだ。そうとしか思えない。

 じゃなきゃ、どうして俺の名を呼ぶ? 自分で言うのもアレだけど、俺はこれでもエリートだ。暗殺者としてそこそこ長く働いてきた。俺が唇の動きを読み間違えるとは思えない。

 アシュリーは、俺を見て、自分の体を弄り、俺の名を呼んだ。


「――先輩、お風呂いただきました」


 突然声が響き、俺は肩を震わせた。椅子から危うく転げ落ちそうになりかけたが、どうにか堪える。

 ララがリビングに戻ってきたのだ。全然気づかなかった。ヤバいって。エリートじゃなかったのかよ俺。

 ララの後ろからアシュリーも入ってきた。パジャマ代わりに、『死者の手』で来ていたスウェットを上だけ着ていた。火照った脚が見え隠れして、今の俺にはちょっとよろしくない。

 アシュリーの俺を見るその表情は、普段と何一つ変わらなかった。


「お、おう。俺も後でシャワーだけ浴びるわ。ありがとな」


「いえ、とんでもありません」制服を着込んだララが笑ってみせる。懐中時計を取り出し時間を確認する。「あ……、もう結構遅くなっちゃいましたね。明日も仕事なので、今日はこれで失礼させていただきます。今度非番の時にでも、また様子を見に来ますね」


「スマン、助かる」まだまだ片付けやらあるからありがたい。「あー……送ってこうか?」


 むしろ送らせて欲しい。少し、アシュリーから離れたい。頭を落ち着かせたいのだ。


「いえ、大丈夫ですよ。この辺りは治安もいいですし、それに私、これでもちゃんと学院を卒業してますからね。先輩から見たら頼りないのかもしれませんけど」


 ララが胸の前で手を握り、俺の提案を断った。無念。


「トラム、まだ出てたっけ? 歩きなら話し相手がいた方がいいだろう」


 俺、ナイス言い訳。時計は夜の十時近くを指している。もうそろそろ終電だったはずだ。トラムがなければ徒歩で帰る、つまりそこそこ長い距離になる。ララの年齢じゃまだ個人の家も買えないだろうし、絶対に支部で暮らしているはずだ。


「ああ、大丈夫ですよ、車で来ましたので。少し先に停めているので、歩く距離もそんなにないです」


 撃沈。

 もうどうしようもないので、ララを車までは送ることにした。アシュリーに留守を任せ家を出る。……が、本当にすぐ側に停めてあったので、五分もしないで戻ってくることになってしまった。

 リビングに戻ると、アシュリーは椅子に座って頬杖をついていた。俺を見るなり笑顔を見せ「おかえりパーシヴァル!」と声をかけてくる。とりあえず「ただいま」と返しておいた。

 どうしてお前の態度は変わらないんだ? さっきのアレは、やっぱり俺の勘違いなのか?


「……シャワー浴びてくるわ。先に寝ててもいいぞ」


「ううん、待ってる」アシュリーは椅子の上でパタパタと足を振りながら言った。


「……そうか」


 どうにも落ち着かない。とりあえずアレは勘違いだったってことにしておこう。そうだよ。偶然ちょっとムラムラして、思わず触っちゃったとか、そういうアレだろう。年齢的にも、そういう気持ちがあったって別におかしいことじゃない。むしろ自然なことだ。

 でもあの穴は今度塞いでおこう。もう二度と風呂覗き(犯罪行為)はするまい。……少なくともこの家では。

 ささっとシャワーを浴びてリビングに戻ると、机に頬を押し当て涎を垂らしたアシュリーがいた。寝てるらしい。控えめに言って台無し。せっかく整った顔をしているのに、顔が歪んで見れたもんじゃない。

 ……やっぱ勘違いだよ。こんなアホ面晒す奴が、あんなことをする訳ないだろ。

 思わず俺は笑みを零(こぼ)した。ああよかった。本当に。これでやっといつもの感じで接せられそうだ。

 アシュリーの肩を揺さぶって声をかける。


「おい起きろ。寝るならちゃんとベッドで寝ろ」


 さっき待ってるって言った矢先にこれか。十分くらいしか経ってないだろ。


「んみゅ……」アシュリーが可愛らしく呻き声を漏らした。「んー……みゅおぅわー」


 何語だそれは。

 俺はため息を漏らし、もう一度笑った。

 今日も色々あったし、疲れてるんだろう。歯磨きはメシの後にやったし、あとは寝るだけだ。ベッドまで連れて行ってやるかね。

 アシュリーを抱きかかえる。やっぱり軽い。風呂で見ちゃった時、肋骨が浮いてたしなぁ。…………やめろ。せっかく普通にできそうなんだから。


 寝室の扉をどうにか開け、アシュリーをベッドに下ろした。起こさないよう慎重にシーツを掛け直す。暗くてよく見えなかったが、多分上手くできた。

 さて俺はどうするかね。いつものノリならこのまま一緒のベッドで寝ちまうところだが、例のアレがあるからな……。無難にソファで寝ようか。

 その場を静かに離れようとすると、袖を掴まれ俺は動きを止めた。見れば、シーツの中からアシュリーの手が伸びてきていた。固く握られた手とは対象的に、瞼は緩く、気持ちよさそうに閉じられていた。

 無理に引き剥がせば起きてしまうだろうか。


「仕方ねぇか」小さく呟く。


 そう、仕方ないのだ。そうするしかないから、そうするだけ。

 言い訳めいたことを考えながら、俺は後ろ歩きでベッドに戻っていった。シーツに潜り込み欠伸(あくび)をすると、ようやくアシュリーが腕の力を緩めた。

 昨夜も思ったが、いい匂いがする。風呂上がり独特の、暖かくて、優しい匂い。

 下層でいつもそうしていたからか、無意識的に俺はアシュリーを招くように胸のスペースを空けた。アシュリーが枕から転がり俺の胸に飛び込んでくる。小さな寝息を立てたままだったから、多分俺と同じで無意識の行動だろう。

 枕が空いたのでこっそり拝借しつつ、アシュリーの髪の毛をすく。さらさらとした赤い流れに指を通す度に、甘ったるい匂いが立ち昇ってくる。下層では一切そんなことは思わなかった。これがシャンプーの力だというのなら、投資は惜しまない。ずっと嗅いでいたい。


 不思議なことに、あの淫猥(いんわい)な雰囲気をアシュリーから感じることはなかった。いつも通りだ。

 改めて見るまでもなく、アシュリーは可愛い。別に保護者の色目とかではなく、一般的な話としてだ。意志の強そうなきりっとした目をしているし、あんな環境で暮らしていたのにシミやそばかすもない。真っ赤な髪の毛も見る者を惹きつける。鼻はスッと筋が通っているし、体つきだって既に大人顔負けだ。これから成長だって多分するだろう。

 今は俺に懐いてくれているが、所詮ひと月程度の付き合いだ。俺が親代わりみたいに接するようになってしばらくしたら、「おっさんうざい!」とか言ってくるかもしれない。今は危機的状況を一緒に切り抜けて時間が経っていないから、甘えたがっているのだろう。

 そうしていずれ反抗期のようなものを迎え、それもどうにか収まると、彼氏を作って俺に紹介する訳だ。もしかしたらその時には既に妊娠しているかもしれない。


 …………なんだ? 違和感が。どこだ? 胸だ。アシュリーのおっぱいじゃなくて、俺の胸。……消えた。何だ今の。実は怪我がちゃんと治ってなかったとか? あり得る。何せ勉強中の奴に練習台にされたのだ。

 まあいいか。寝よう。明日からまた忙しくなる。まずはコイツが使う服とかを揃えてやらないと。それに家の掃除の続きも。せっかく中層(こっち)に帰ってきたばっかだっていうのに、落ち着く暇もない。落ち着いたら落ち着いたで、今度はアシュリーに字の勉強もさせないとなんだが。

 でも、それもコイツのためだ。自己満足という意味では俺のためだが、置いとこう。アシュリーには、好きなように生きて欲しい。

 やりたくもない汚い仕事から手を引けたんだ。だったら女の子らしく、綺麗に着飾って、目一杯笑って、恋をして。そうやって過ごして欲しい。


 俺はもう一度だけアシュリーの髪に指を通すと、目を閉じ眠気に身を任せた。


※追記(1/11):誤字修正。

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