十五節 ちゃんと覚えたから、次からはがんばる
「先輩って、お家でも仮面付けてるんですか?」
ララが俺の格好を見ながら、少しだけ笑って言った。
「んな訳ねぇだろ来客対応で仕方なくだ」開口一番それかよ。「で、お前はなんでいる訳?」
「えっと、先輩困ってるんじゃないかな~と思いまして」
ほほう? とりあえず詳しく聞いてみたいね。
俺は手招きしてララを家の中に入れた。扉を閉めマスクを投げ捨てる。嘘です。普通に腰に引っ掛けました。
「続きどーぞ」
「はい。それで、とりあえずアシュリーちゃんの日用品と、明日の朝ご飯とかに使える食材をいくつか――」
「ナイスだ。よくやった」
ララの肩に手を置くと、ララは一瞬ビクッと震え、僅かに頬を赤く染めた。む、ちょっと距離感を間違えたかもしれない。見た目の割に男に慣れていないってなんとなくわかってただろ。こういうのは止めといた方がいい。
さり気なく肩から手を外しつつ、居間へと案内を始めた。
「いやー、助かった。ざっと掃除だけしたら、もう夜になっててな。アシュリーの風呂とかどうしようか悩んでたとこだったんだ」
「ああ、やっぱりですか? 先輩一人暮らしなのかなって思って、わからないこと多いんじゃないかと」
「本当助かる。やっぱ女のことは女のがわかるからな……」アイツは下層で暮らしてたせいであんまり女感ないけど。「それ、荷物か? 持つよ」
ララの手からバッグを奪う。思ったよりも重い。どんだけ入ってるんだコレ。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「いや、こちらこそ」バッグを抱えてリビングへ移動する。「おいアシュリー。シャンプーが来たぞ」
俺の言葉に、ララが「シャンプーって……」と苦笑していた。アシュリーはララの登場に目を丸くしていた。
「おっさん、なんでララがいるの?」とアシュリー。
「おっさ……。俺らのこと心配して来てくれたんだよ」
なんでこいつは名前で呼んだりおっさんって呼んだりブレブレなんだ。
とりあえずバッグを机に置いておく。
「先輩もひと月下層にいたので、日用品とか掃除とかあるでしょうし、アシュリーちゃんも増えましたから。おっしゃる通りシャンプーも持ってきましたよ」
ララがバッグをゴソゴソと漁り始め、中からボトルらしきものを引っ張り出した。その他パンやらタオルやらがどんだけ入ってたんだよってレベルで出てくる。
だが助かった。特にシャンプー。あとタオル。洗濯できてないから、埃被ったやつしかない。
「アシュリー風呂どうする? 一人で入ってみるか?」
「んー」アシュリーがララをチラッと見る。「上手くできるかわかんないから、ララと入っていい?」
あれ? 俺てっきりアシュリーはララのことそこまで好きじゃないのかなって思ってたけど、実は勘違いだったりする? まあ仲が悪くないならいいことだ。美しきかな友情。
ララがアシュリーと視線を合わせ、少しだけ目を細めた。口角を上げ微笑む。
「構いませんよ。じゃあ……先輩、ちょっとお風呂借りてもいいですか?」
チラチラこちらを見ながら、若干頬を赤らめる。なんか顔とか体型のせいでエロい。
「お、おう。アシュリー場所わかるよな? 案内してやってくれ」
ちょっとどもった。
「あいあいー」
アシュリーが椅子から跳ね降り返事をした。ララが風呂用品を鞄から取り、アシュリーと一緒に奥へ消えていく。
急に静かになったリビングで、俺は椅子に座った。さっきまでアシュリーが座ってたからか、ほんのりあったかい。
「……」
なんとなく机を指先で叩いてみる。トントントン、トトントン。足を組み替えたり、天井を見てみたり。
ドアの閉まる音が聞こえてきた。きっとアシュリー達だろう。風呂に入ったのだ。
さてさて、どうしようかな。
アシュリー達は……服を脱いでだな。二人でお互いの体を泡だらけにしてだな。こうね、アシュリーがね、「ララの胸おっきーな!」とか言ってね、もにゅもにゅしたりね?
違うんだよ。誰に言い訳してんのか知らねぇけど、違うんだよ。
俺はね? 下層に降りてからの一ヶ月ちょっと、更に付け加えるなら任務に出る前の三日くらいも含めてね、発散を一度もしていないんだよ。つまりあれだ、溜まっているのだよ。
怪我でずっと動けなかったし、怪我がある程度治ったら仕事して寝るだけだった。薪割り中にはそんなことできないし、家に戻れば常にアシュリーがいた。
別に文句がある訳じゃない。助けてもらって、居候させてもらってた訳だしな? だが俺も男だ。はっきり言って、アシュリーでおっ勃てたことがないかと聞かれれば経験がありますとしか言えない。
だって、アイツ、十歳ちょっと? にしては発育がいいんだもの。見方を変えれば、幼いタイプの大人という風にだって捉えられるかもしれない。膨らんだ胸に、プニッとしてそうな脚。だが俺は耐えた。耐え抜いた。
そうして中層に戻って来た訳だが、俺の前に現れたのはセクシーな見た目の割に中身初心っぽい? ララだ。たわわな果実を実らせ、くびれた腰。制服の上からでもそのスタイルの良さが窺える。
…………限界だ。だが流石に今この場でズボンを脱いでうへへへへなんてことはできない。一ヶ月我慢した俺の精力はちょっと半端ないですよ。おっさんになっても衰えちゃいない。
狙うべきは深夜だろう。ララが帰って、アシュリーが確実に寝たタイミングで部屋を抜け出し、トイレかなんかでハッスルすればいい。だが一つ問題がある。
オカズがないのだ。ではオカズがないならどうするか? 発掘すればいい。
という訳でお久しぶりです女体。
さっと庭から風呂場の真下に移動した。明かりが漏れている。ついでに水の音も聞こえる。
本気になった俺の風呂覗き(犯罪行為)を見せてしんぜよう。
《意思感知》を発動させ、周囲の気配を探る。我が家は通りの端っこにあるので、隣接する家が一つしかないという神がかり的な立地だ。そしてその隣家の住民は全員中にいる。時間も時間だからか、通りを歩いている奴もいないようだ。
風呂内部の気配も探る。俺に気づいている様子は一切ない。
この魔法の便利なところは、術者に対する感情が見えるところだ。なんでもうすーく伸ばした自分のマナに相手のマナが引っかかることで、そのマナに無意識的に反応してしまうらしい。不意打ちなんかを避けるのに便利だ。
風呂の中にいる二人は俺のマナに接触しても『覗かれてムカつく』とか『抱いて!』みたいな感情を出していない。要するに平常心ってことだ。俺の存在に気づいていないと考えられる。
こういう機会が来た時のためにこっそり風呂場にセットしておいた仕掛けを動かす。仕掛けという程の大げさなものじゃないが、ロマンである。実態としては、壁の一部に穴を開けて、棒を突っ込んで隠してあるだけ。棒のカモフラージュにはかなり気を使ったが。まあどうでもいいことである。今大事なのは肌色とピンクだよ。
慎重に、慎重に、音を立てないように仕掛けを抜いていく。抜き取った棒を芝生の上に起き、《意思感知》を発動させたまま穴に目を押し当てる。魔法を使ったままにしておけば、外と中、どちらの状況も見ないで確認ができる。つまり中の桃色天国にだけ目を集中できるのだ。
ああ、やばい。唾すっごい出て来た。柄にもなく緊張してしまっているらしい。こういうのは意外と気配を漏らしてしまう。注意しろ。俺は二つ名も手にした凄腕の男なのだ。この程度、訳もない作戦だ。
くそ。湯気でよく見えねぇ。のっけから失敗した。実行したことないんだから、これは仕方ない。予想できなかった。どうする? 見えないんじゃ意味がないぞ。
っお? っしゃキタ! 湯気が少し薄れてきた。あれか? 穴から湯気が出てるのかもしれない。換気だ。
泡だらけになったアシュリーが見える。当然だが裸。椅子的なものに座っている。泡で大事なポイントは見えない。痩せている。ろくなもの食べれていなかったせいだろう。若干肋骨が浮いている。が、胸はそこそこデカイ。なぜそこはそだったのか。
だが今日の俺の目的は悪いがお前じゃない。お前の後ろにいる女だげへへへへ。…………ちょっと落ち着こう。噛ませのチンピラみたいになってきた。
アシュリーの真後ろに、ララがいる。勿論裸。だがしかし、アシュリーのせいで色々見えない。アシュリーの長い赤髪にシャンプーをしているようだ。丁度アイツの頭でたわわなアレが隠れてしまっている。
アシュリーは気持ちよさそうに、ララのされるがままになっていた。つーか真正面にいる。上手いこと覗き穴の目の前で身体を洗い始めてくれたらしい。素晴らしいぞ。
髪の毛を洗う度に、アシュリーの頭の影からララの柔らかそうなお胸様が揺れる。だが見えそうで見えない。
中腰になっていたララが立ち上がった。手を伸ばしシャワーの蛇口を捻った。再び穴いっぱいに湯気が立ち上り視界がホワイトアウトする。くそっ。だが、これで泡は消える。上手いことララの胸やらが見えるかもしれないじゃないか。
換気だ。換気が必要だ。なんなら吸うか? 息を大きく吸って、穴から湯気を通すんだ。
流石にそんな馬鹿な真似はしないが、辛抱強く待ったおかげか徐々に視界がクリアになってきた。シャワーはまだ続いている。ララがアシュリーの前に回り込み、お湯をかけている。柔らかそうなお尻だが、大事なポイントは見えない。
再びララが回り込み、今度はアシュリーが視界に入る。泡がなくなり、ピンク色の突起物が若干視界に入ったが、アシュリーが腕を動かしたせいで見えなくなってしまった。若いもち肌が、お湯を弾いて輝いている。
つーか俺やばいぞ。なんか歯止めが利かない感じがある。完全に溜まっている。もうなんか全部エロく見えるもん。アシュリーの腕ですらエロい。
「はい、おしまい。ちゃんと次からは自分でやるのよ?」
ララが自分の身体に付いた泡を流しながら言った。穴から見える範囲に入っていない。最大のチャンスだったのに。
「はーい。ちゃんと覚えたから、次からはがんばる」アシュリーがララをチラッと見て返事をした。
目の前にはアシュリーだけ。ララは何やら移動している。どうやら自分の身体を洗い始めたらしい。
アシュリーがチラチラとララを見たかと思うと、正面を向いてニッと歯を見せた。少しだけ身体を前に乗り出し、胸を隠していた腕をズラした。
かわいいポッチが目の前に迫ってきている。なんかどんどん距離が近づいている。視界が全部発育途上の――にしては大きい――お胸。なんか物凄く見やすいポジションに移動したかと思うと、その手でそれをやわやわと軽く揉み始めた。その存在をアピールするように、ぐにゅっと形を変える。
…………いやいやいや待て待て待て。アシュリーは平常心だぞ。少なくとも俺に対する敵意とか、羞恥心は持っていない。だがこの動きは何か色々おかしいだろ。やばい、心臓がバクバクいってる。バレた? にしちゃ動きがおかしいだろ? じゃあ何か? アシュリーはすぐ側の人間に隠れて一人でしちゃうようなちょっと変態チックな人だったということか!? 実は見えてない方の手は下半身に伸びてるとか!?
ヤバいってわかってるのに目が離せない。頭では理解してる。だがコイツの『女』の部分に気づいてしまった。ぶっちゃければ性的である。親子程にも歳が離れているのに、エロい。下層にいた頃はそんなこと思いもしなかったのに。ただの悪ガキというか、喋り方とかからそういう内面はないと思っていたのだ。
マズイ。下に住んでいる息子が反応し始めてしまった。当然だ。こんなもんを見せられるなんて思ってもみなかったのだから。いくら俺でも、これには平常心を装えない。
アシュリーはひとしきり胸を揉んだかと思うと、乗り出した身体を元に戻した。火照った肌のせいか、なんてことのない動きなのに艶かしく映る。
「――――――……」
アシュリーの口が動いた。言葉は発していないが、赤い唇の動きで、なんとなく言っていることが把握できてしまった。妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、アシュリーは穴の前から消えた。
俺は慌てて飛び退き、穴を塞いだ。魔法を維持したまま、影の中に身を隠して家の中に戻る。グラスに水を注ぎ、ぐいっと飲み干す。もう一杯。飲み干す。
全身を物凄い速さで流れている血潮を、どうにか冷ましてやろうと、更にもう一杯水を飲む。なんとなく天井を見上げると、勝手にアイツの濡れた肌と唇が頭の中に浮かんでしまった。
アシュリーの小さな口は、確かに俺の名を呼んでいた。
用語解説
風呂覗き:男が人生で一度は体験すべき、ロマンに満ち溢れた行動。




