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小さな魔女と野良犬騎士 Act.2  作者: 如月雑賀
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第12話 蛮国ピュセリア



 牢屋にぶち込まれるという体験は、人生で一度だって経験したく無いだろう。

 サイモンとの対決の後、何者かによる頭部への一撃で気絶してしまったアルトが、次に気が付いた時には船の中だった。


 平衡感覚を小刻みに揺らす不快感の中、目を覚ましたアルトの両手両足には鉄製の枷が嵌められており、じめっとした床の上を何日も転がされた後、ようやく揺れが収まったかと思えば目隠しをされて乱暴に船を下ろされ、そのまま何処かへと輸送された。その間、怒鳴り散らし叫び捲くったのにも関わらず、返ってくるのは同じく簀巻き状態でぐったりとしているロザリンの「アル、うるさい」の一言だった。

 そんな時間が体感で一週間以上続き、窮屈さに気が狂いそうになる直前で、ある程度の自由が与えられたのは、何処かも知らない収容所の中。犯罪を犯したわけでもないのに牢屋へとぶち込まれるのは心外だが、顔に布を被される息苦しさも、手足が枷で動かせない不自由さに比べれば、解き放たれたような解放感があった。

 最も、それも一日が過ぎれば、身に振りかかった理不尽に怒りが込み上げてきたのだが。


 地下に作られた牢獄は薄暗く、空気がじめついていてカビと泥と腐敗臭が鼻を突く。通路を挟んだ左右に牢屋が続いているが、仕切っているのは壁では無く鉄格子なので、見た目は広々とした雰囲気を味わえる。しかし、収容されている人間は皆、魂が抜けたように虚ろな様子で、音と言えば看守が見回りをする足音くらいだ。

 その所為か、アルトの苛立つ声が妙に響く。


「くそっ……何で俺が、こんな目にあってんだよッ」

「さぁ。なんで、だろう、ねー」


 独り言に答えたのは、同じ檻の中で薄汚い毛布の上にうつ伏せで寝そべるロザリン。打ち上げられたアザラシのようなのは、空腹を紛らわす為に動きたくないらしい。恰好も何時ものマントは無く普段着で、トレードマークの傘も無い。石畳の上で胡坐をかくアルトも同様で、腰の剣は勿論、白いコートも没収されている。


「ああ、いつもの剣はジュゼッペに預けっぱなしだったか」


 一週間の拘束生活の所為で、記憶の方も曖昧になっていた。

 全くわけがわからない。正直、自分が今何処にいて、これからどうなるのか予測も出来なければ、何でこうなっているのかもさっぱりだ。


「唯一、幸運な事があるとすれば、飯はちゃんと食わして貰ってる事くらいか」

「あんなの、ご飯じゃない。動物の、餌だよ」

「それでも何も喰わないよりマシだろ」

「はふぅ……かざはな亭の、ご飯が、食べたい」

「それを言うなよ」


 二人の湿っぽいため息が重なった。

 さっぱりわからないといえば現状だけでなく、アルトの顔にあるこれもそうだ。


「――痛ッ」


 何の気なしに自身の右目に手を伸ばすと、眉から頬にかけて痺れるような鈍痛が走る。

 痛みが走った部分。右眉から瞼を通って頬にかけ、薄らとした模様が刻まれている。一見すれば傷口にも見えるそれは、サイモンによって刻まれた虚ろの呪い……らしい。何らかの魔術であるのは間違いないが、流石のロザリンでもこの状況では調べようが無いそうだ。


「ったく。現状だけでも面倒なのに、この虚ろの呪いってのは何なんだぁ? 傷が出来て一週間立つってのに、痛みが引きやがらねぇ」


 ウザったそうにアルトは指先で刻印に触れる。

 性格に言えば痛みは引いている。当初は焼き鏝でも押されたような鈍い痛みが、四六時中顔の右側を襲っていたが、今では触らなければ痛みを感じないくらいには落ち着いた。しかし、これがただの傷ではなく呪いの類なら、痛みが引いた事は決して喜ばしい事では無いだろう。


「痛みが、あるうちは、まだ呪いが、定着してない、と思う。痛みが完全に、無くなったら、いよいよ、不味いかも、だけど」

「ゾッとしない話だぜ。俺もあのサイモンって野郎みたいに、存在が感知されなくなっちまうのかぁ?」


 そうなったら食い逃げし放題だな。と軽い冗談を飛ばすが、返ってきたのはロザリンの疲れたようなため息だけだった。


「おい、兄ちゃん。おい」


 何処からか聞こえる男の濁声。しかし、アルト達は無視する。


「断言は、出来ないけど、調べた限り、その兆候は無い、かな」

「だが、呪い自体はかかってるんだろ? 今は大丈夫でもその内になっちまうんじゃないか」

「おいってば、聞けよ兄ちゃん達!」

「魔力の濁りは、あるけど、特に問題は無い。傷の痛み、意外は、平気でしょ?」

「……まぁ、触りさえしなけりゃな」

「無視するなってばよ。おい兄ちゃん、嬢ちゃん!」

「時間経過で、何かあったら、些細な事でも、教えて」

「教えたところで、こんな場所じゃ対処のしようがねぇだろ」

「聞こえてんだろ、なぁ! いい加減、泣くぞおい!」

「――うっせぇなッ! 気安く話かけてんじゃねぇッ!」


 いい加減、無視し切れなくなって、アルトは声の源である隣の牢屋。その仕切りとなっている鉄格子を蹴った。

 ガシャンと音を立てる格子の向こうで、髭面の親父がやっと反応した事を喜んだ。


「なんだいなんだい、聞こえてるんじゃないかい。無視すんなよぉ、寂しいなぁ~」

「嬉しそうな顔してんじゃねぇよ、このヒゲ」


 隣の牢屋からアルト達に声をかけてきたのは、口の周りに髭を生やした中年男性。随分と長い間、この牢獄の中に入れられているのか小汚く、格子があっても近づくのがちょっと躊躇われる。でっぷりと太っている所為もあってか、それほど暑いわけでもないのに、男の額にはびっしりと汗が浮かんでいた。

 中年男性は牢屋を隔てる格子の前で、長話の態勢に入るよう胡坐をかく。


「兄ちゃん。兄ちゃん達はエンフィール王国から来たんだって、本当かい?」

「んな話、誰から聞きやがった」

「看守の噂話くらい耳に入るってーの。ここにはプライベートなんてモンは皆無だからな」

「……そりゃ、確かにな」


 周りを見渡してから、アルトはうんざりとため息を吐き出す。


「つーか、名前くらい名乗ったらどうだ?」

「おお、そうだったな。悪かった、悪かった」


 がっはっはと豪快に笑うと、それに合わせてはみ出した腹がぶるんと揺れる。


「俺はエドモン。長らく牢屋暮らしをしちゃいるが、ここに放り込まれる前は名のある冒険者だったんだ。まぁ、今は随分と薄汚くなっちまったがね」


 そう言って痒みがあるのか、エドモンは襟首に手を突っ込み自分の胸の辺りを掻いた。


「で? 兄ちゃんと嬢ちゃんは?」

「……サイモンの次はエドモンかよ」

「は?」

「こっちの話だ。ヒゲでデブのおっさんに、名乗る名前はねぇよ」


 これが絶世の美女ならともかく、おっさん相手と長話なんて体力の無駄だ。特に興味も湧かないので、アルトは床に寝転がるとエドモンに背を向けた。


「おいおいおい、冷たいじゃないか。おっさんの相手をもっとしてくれよー」


 駄々っ子のように、エドモンは掴んだ格子をガシャンガシャン揺らす。


「うるせぇぞヒゲ! こっちは何処かも知らない場所に連れてこられた上に、監獄なんぞに放り込まれて苛立ってんだッ! ちっとは静かにしてろッ!」

「だったら、だったらよ! オレが教えてやるって、ここらのこと!」

「……なに?」


 エドモンの一言に反応して寝そべったまま顔を後ろに向けると、格子を両手で握っていたエドモンがニヤッと喜色の悪い笑みを浮かべていた。


「話は、聞いといた方が、いいんじゃない。情報は大事、だよ」

「……仕方ねぇな」


 確かにエドモンには髪の毛一本ほどの興味も無いが、今自分達が何処にいるのか。現状を把握する情報は必要不可欠だ。まだぐったりしているロザリンの助言を受け入れ、アルトは寝そべった態勢だけは変えず、身体の向きを入れ替えてエドモンを見る。


「で、ヒゲ。ここは何処だ? 俺達がエンフィールから来たって事になってんなら、少なくとも外国なんだろう」

「えっへっへっへ。やーっと素直になってくれた。遅いんだから兄ちゃんは」

「いちいち笑い方が気持ち悪いんだよ……ほら、さっさと言え」

「その前に名前を教えてくれよ。いつまでも兄ちゃん、嬢ちゃんじゃ人情味ってモンがない」


 何が人情味だと舌打ちを鳴らすが、情報を提供して貰う身の上で文句は言えない。素直にアルトは自分とロザリンの名前をエドモンに告げた。

 名前を聞いたエドモンは、髭を摩りながら「ほう」と興味深げに膝を叩く。


「アルトにロザリンか。エンフィールらしい、良い名前じゃないか、なぁ」

「……そう、なの?」

「知るか。適当言ってんだろ、このヒゲ」


 小指で耳の穴を穿りながら、「で?」とエドモンに問う。


「名前は教えたぞ。次はアンタの番だ。まず、ここはいったい何処だ?」

「ピュセリアだ」

「ピュセリアって……西方三国の、蛮国ピュセリアかよッ!?」


 予想外の答えを聞いて、アルトは思わず跳ね起きた。


「おいおい。他国に連れてこられたのは察してたが、まさか蛮国に連れてこられるとはな」

「ねぇ、アル。蛮国、ピュセリアって?」

「……ああ、お前にはその辺の説明が必要か」


 地理に疎いロザリンに説明しようとする前に、エドモンが任せろとばかりに威勢よくまた自分の膝を叩いた。


「質問したんだから最後までオレに話させろよ……いいかい、ロザリンの嬢ちゃん蛮国ピュセリアってのはだね」


 エドモンは得意げな表情と大袈裟な口調で話始める。

 蛮国ピュセリア。

 西方三国の中では一番、エンフィール王国に近い国で、正確に言えば『蛮国』というのは正しい名称では無い。正式にはピュセリア部族連合という。元々は決まった国家の枠組みは存在せず、複数の部族や亜人種がそれぞれの土地を支配していたのだが、エクシュリオール帝国を始めとする他国の侵略に対抗する為、連合体制を築いたのは始まりである。

 現在では長老衆と呼ばれる議会から推挙された大将が国の王となり、国家の舵取りを行っている。前述した通り亜人種が多い国故に他国からは軽んじられ、蛮族達が集う国、蛮国という名称が定着してしまっている。蔑称と思われるかもしれないが、荒々しい風土がある土地柄の所為か、本人達も気に入っているらしく国内でもその名を口にする者は多い。流石に、公の場で使うに適した名称では無いが。

 大まかな解説を終えると、ロザリンはなるほどと納得するよう首を上下に動かす。


「でも、何で、連れてこられたん、だろう」

「さぁな。そればっかりは連中に聞かないと……おい、ヒゲ」


 思い出した事があり、アルトは身体を起こしてエドモンに問う。


「牢獄って事は、ここはピュセリアの正規軍が管理してる場所なのか?」

「そうだぞ。主に他国の捕虜や国家に対する反逆を企てた、テロリストを収容する場所だ。一時的にな」

「なんだよ、ヒゲでデブの癖にテロリストなのかよ。冒険者ってのは建前か?」

「ヒゲでデブなのは関係ないだろう。それに俺は案内役として雇われただけで、別にピュセリアに喧嘩を売りたいってわけじゃない。あくまで、これ目当てよ」


 そう言ってエドモンは、親指と人差し指で輪っかを作って見せた。


「それで聞きたいのはそれだけか?」

「いや、もう一つ……ピュセリアがレムリア教国とつるんでるって話、聞いた事は無いか?」


 思い出したのは気絶する直前、アルトを殴り付けた手の甲に十字のタトゥーを刻んだ連中の存在。風貌から察するに彼らはサイモンを追っていた、レムリア教国の人間達。それなのに連れてこられたのはレムリアではなくピュセリアなのは、ちょっと違和感がある。対峙していた連中は、レムリア教国自体とは関係が無いと言われればそこまでだが、わざわざ手を組むにはピュセリアは遠すぎるだろう。

 エドモンは両腕を組みながら、「うーん」と唸って突き出した下唇を指で震わせる。


「そんな話は聞き覚えは無いなぁ」

「そうか。それならそれで別に……」


 構わない。そう言いかけたところで、エドモンは左側を振り向く。


「ってわけなんだけど、アンタは何か知らんかね……なぁおい、ジェラルド」


 声をかけたのは通路を挟んだ反対側にある牢屋。薄暗かったので言われるまで気が付かなかったが、そこには此方に背を向け寝そべる男性らしき男の姿があった。

 エドモンに話を振られても、男は左腕を枕にして反応を示さない。


「……死んでんじゃないのか?」

「あの親父が簡単にくたばるかってんだ。おい、ジェラルド、ジェラルドのおっさん! 起きろっての!」

「うるさいぞ」


 良く通る渋い声色。気怠そうにジェラルドと呼ばれた男性が起き上がると、欠伸を一つしてから酷く不機嫌な視線をエドモンにぶつけた。


「確かに俺はお前より年上だが、お前におっさん呼ばわりされる言われはない」


 銀髪の四十代後半ほどの男は、そう言って無精髭が生えた顎を指先で掻く。

 エドモンと同じよう牢獄に放り込まれて長いのだろうが、寝起きなのに鋭すぎる眼光と頬や首筋、露出している腕なのには幾つもの切創による痕があり、一見しただけで彼がただ者では無い事を理解させられる。単純に傷が多いからでは無い。ジェラルドと言う男の持つ雰囲気、気迫は、戦場に身を置く者のそれだ。

 自然とアルトの表情が強張る。もし剣を持っていたら、反射的に手を伸ばしていただろう。


「……ん?」


 顎を掻きながらジェラルドの視線が此方に向いた。


「ジェラルド。こいつらは新入りの……」

「いちいち説明しなくても聞いていた。全く。ここにぶち込まれて一月以上立つというのに、お前の口数の多さは一向に減らんのだな」

「俺からお喋りを取っちまったら、本当にただのヒゲでデブになっちまうぜ」


 自分で自虐的な事を言いながらも、エドモンは愉快そうにがははと豪快な笑い声を上げた。傍から見ている分には愉快の一言で片付けられるが、これと長く会話するのは面倒臭いだろう。それにここは安酒を提供する酒場ではなく牢屋。エドモンの軽快な口数の多さは、ちょっと場違いだ。


「聞いてたんなら話は早いぜ。レムリア教国との事、ジェラルドは知らんかね?」

「……心当たりは無いな」


 暫く考えてからジェラルドは短く答えた。

 当然かと思いながらも軽く落胆しかけるが、ジェラルドは言葉を続けた。


「心当たりは無いが、全く無いかと言えばそんな事も無いだろう」

「どういう意味だ?」


 自然とアルトは、身を乗り出す形で問い掛ける。


「蛮国ピュセリアは武力面では大将の元、一致団結してはおるが、こと政治的面ではそれぞれの長老衆が他の派閥を牽制しあっている。もしも、その中の一つが他を出し抜こうとした場合、極秘裏に他国の組織と手を結んでいても不思議では無い」

「俺の聞いた話じゃ、レムリアの連中は本国そのものとは関係無いらしいぜ」

「だとしたら、手を組む事で何か旨味があるのだろうな。どちらの旨味かは、知らんが」

「旨味、ねぇ」


 アルトは自分の顔に刻まれた刻印に指を伸ばす。

 虚ろの呪い。連中が何かを求めているとしたら、心当たりがあるのはこれしか無い。しかし、呪いなんかを手に入れてどうしようと言うのだろうか?


「……ふむ。お主」


 暫く黙り込んでいると、不意にジェラルドが此方に話かけてきた。


「どうやら、随分と面倒な事に巻き込まれているようだな」

「そうだな。何が面倒かって言えば、どうして俺らがこんな目にあっているのか、さっぱりだって事だ」

「難儀な話だねぇそりゃ。まぁ、オレ達も人の事は言えな……」

「話が長くなるから、お前は少し黙ってろ」


 喋り始めた口を途中で止められ、エドモンはしょんぼりと肩を落とす。


「他に何か手掛かりになるような事は無いのか? どうせもう暫くは暇なんだ、退屈しのぎに何か聞かせろ」

「んなこと言われてもなぁ」


 不意打ちで殴られ気が付けば海の上。更に移動中は袋を被せられていたので、エドモンに聞くまで何処にいるかもわからなかったのだ。手掛かりと言われても、アルト達が持つ情報などたかが知れているだろう。

 お前は何か無いかと、いつの間にか身体を起こし毛布の上で正座するロザリンに視線で問う。ロザリンは考えるようこめかみに指を添えてから。


「私達の、情報と言えば、レムリア教国、サイモン=ウィンチェスター、虚ろの呪い……それと」


 チラッとロザリンは此方を見てから。


「竜の、なにがしかが、関係してる、くらい?」

「……竜?」


 他はいまいちだったが、ジェラルドはその単語にだけ反応を見せる。


「……なるほど。蛮国も中々、一筋縄にはいってないようだな」


 独り言のように呟いてから、再びアルトの方に顔を向けた。


「なぁ、お前さん……アルトって言ったかい」

「そうだけど、なんだよ?」


 格子越しにジェラルドは、値踏みでもするような不躾な視線を這わせてから。


「アルト。エンフィールのお前さんには知らんとは思うが、西方三国は今、情勢的にあまり安定してるとは言い難い」

「そりゃ昔からだろ。ここらが安定してるなんて、俺が生まれてから一度も聞いた覚えがねぇぞ」

「それを越えてって意味だよ」

「……そんなに危ない状況なのかよ?」


 眉を潜めて問い掛けると、ジェラルドは腕を組み渋い表情を見せた。


「危うい、危ういなぁ」


 と繰り返す。


「不穏な空気は今まででも何度かあった。だが、その度に各国の代表が骨を折り、大きな戦争に突入するのを回避していた。何故だかわかるか?」

「戦争をすると、三国に、不利益な事が、あるから?」


 答えたのはロザリン。それを聞いたジェラルドが、「ほう」と驚いたように息を漏らす。


「正義とは平和とか、短絡的な単語が出ない辺りは面白い。まだ童の娘子が、直感的に応えて良いかは別にしてな」

「えへへ」

「別に褒められてねぇぞ」


 照れるロザリンに、アルトはジト目を向ける。


「西方統一は三国共通の悲願だ。そうする事で初めて大陸でラス共和国、エンフィール王国と並び立つ強国へとなりえる。しかし、各々の国がその主導権を握りたがっている。そうでなければ統一ではなく、同盟を選ぶ筈だからな……そして今、そのバランスは大きく崩れつつある。一人の勇者と、一人の覇王の存在によってな」

「おい、待て。話を止めろ」


 不穏な空気を察して、アルトは手を差し向けジェラルドの言葉を止める。

 口を閉じ見返すのは鋭く不敵な視線。それに負けじとアルトが眼光に力を込めた。


「唐突にんな物騒な話を持ち出して、俺らにどうしろってんだ。言っとくが、俺はさっさとこんな国を出て家に帰りたいだけだ。面倒事なんてゴメンだぞ」

「俺が何を言いたいかってか? 取引だよ青年」


 そう言ってジェラルドは自分の右目を指さした。


「詳しい経緯はわからんが、その呪いは随分と厄介なモノらしいの」

「虚ろの呪いの事を知ってやがるのか?」

「知らん。だが、お前さん方が口にした竜……それに関連する人物を、儂は知っている。恐らく呪いに関係していて、その呪いは何時までも放置できない……違うか?」


 アルトは言葉を飲み込む。無言の肯定に、ジェラルドはニヤッと頬に笑みを浮かべた。


「取引だ、アルト。いや、アルト殿」


 胡坐をかき、鉄格子と通路を隔てて、ジェラルドは真っ直ぐ真剣な視線をアルトに注ぐ。


「暫くその身、儂らに預けてみないか? なーに、悪いようにはせん。竜に関する人物を探すのにも協力してやる。だからちょいと、俺に力を貸して欲しいんだよ」

「力を貸すだとぉ?」


 アルトは胡乱げな目付きでジェラルドを見返した。


「……まだちゃんと聞いてなかったな。テメェはいったい何者だ?」

「俺の名前はジェラルド。ジェラルド=カインベルト。今は亡き先代オラシオン武王の臣下にして第一の騎士ジェラルドだ」


 瞬間、轟音と共に監獄が大きく揺れた。





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