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HAKATA  作者: 白地紅点とヨナハ
2/2

野球帽の男 2

近未来 2030年から2060年頃のHAKTAでのお話。

 擬似細胞で作ら得た生体ウナイ。シナプス交信システムの使い手、エミリ金城(21歳 ガッツな女の子)。左目義眼の古沢警部(旧車好きの中年男性)。醜い顔をした狙撃者、醜面狼(殺し屋)。などが登場する、少しばかりSFでアクションな物語です。

『HAKATA11』


 部屋の扉がゆっくりと開き、途中で一度止まってからエミリが入ってきた。先ほど古沢が突入した部屋である。


 エミリは黒色のスーツを着てる。スーツの襟の中には深紅の首輪が少しだけ見えている。眼前を覆う大きなゴーグルを掛けており、ゴーグルには情報が表示されていた。

 スーツはピタリと体に張り付いていて、プロポーションが、はっきりと分かる。見る者が男性なら性的魅力を、女性なら憧れの美貌を感じたであろう。


 部屋の中は薄暗い。窓から差し込んだ朝日。腰まで延びたエミリの金髪が朝日を反射している。 

 エミリは部屋を見回した。部屋の中央に丸テーブルが見える。壁沿いには四人の男が倒れていた。


 「福岡隊長へ報告。作戦オブジェクトに接触。計画内で進行中です」

 とエミリの眼前を覆うゴーグルに初老の男、福岡厳一の映像が表示された。


 エミリの左耳に差し込まれている、コム(通信装置)に、福岡の声が応答してきた。

  <おまえの居る周辺。ジェンマを使って、付近のキャッチャー(この場合、軍事用情報収集システムを指す)にコネクトしている。交信はジェミニを経由しろ>

 「了解です。シナプスローダーはウナイにリンク中です。ジェミニはジェンマに比べて、シナプスパターンの転写能力は低いです。交信内容のエラー率が上昇します」


 シナプスローダとは、思考時に脳内に発生するシナプス形状を読みとり、それを他の電子装置と繋ぐカラクリである。

 (カラクリとあえて抽象化して表記している。その意味は、それが単なる物理デバイスの構造、及び内部で動作しているプログラム(手続き方法)だけに限られない、言語では説明できない別なる力、の関与があってシナプスの転写や繋ぐ方法が実現されているからだ)


 福岡厳一が応答してきた。

 <承知した>


 エミリがゴーグルの枠の部分を右手の中指の爪で軽く弾と。すると二つのテキストフィールドが現れた。テキストフィールドはゴーグルの目の部分、左右に分かれて表示されている。


 「てぃんさぐぬ花」とエミリが声にすると、ゴーグルの左目の部分に<てぃんさぐぬ花>とテキスト文が表示された。 

 福岡からの応答内容のテキスト文がゴーグルの右目部分に表示される。

  <リンク完了。てぃんさぐぬ花、とジェミニからの発音を確認した>

 

 ジェミニの口から「てぃんさぐぬ花」と確認できた事は、シナプスローダーによる、エミリとジェミニ間の接続が実行状態である事を意味している。


 エミリは声を出さずに福岡との交信を続ける。その内容はゴーグルの左目部分のテキストフィールドに表示される。

  <ウナイとの接続を優先します。ジェミニとの接続は突然切れるかもしれませんので>

 とエミリは部屋の反対側へと歩き出した。


  <了解している。古沢はどうしている>

 と福岡。

  <ウナイを追って別の建物へ移動中です>

 とエミリは報告しながら、ウナイがこれから連絡で使用するであろうネットワーク回線、それをモニタリングするようジェミニに指示していた。指示は、エミリの脳内シナプス形状を無変換でジェミニへ転送される方法で行われている。


 ジェミニ(及びジェンマ)とは疑似細胞で生成された人造人間であり、脳も疑似細胞から作られている。

 その脳には、思考力を持たない低レベルの人工知能がインストールされている。


 『HAKATA12』


 古沢は階段を上ると両開きのガラス扉の前に立ち止まり一瞥した。

 なんだ、これ。科学の力ってやつか。と古沢はガラス窓に映った朧気な姿に呆れた。それは黒いコートで身を隠した古沢である。

 黒のコートは、エミリの着ているスーツと同じ、遮蔽機能を持つ米国の軍事兵器である。米軍で登録される正式名称は、スパイコートである。


 「エミリ、聞こえるか」と古沢。

 古沢は目の前のガラス扉を慎重に開ける。

 「頼むぜエミリ。俺からの声は聞こえている。そういう段取りだよな。でなければ、凄く危険だぜ。記憶を消されているウナイは、レベル3の犯罪者、って事だからよ」

 と古沢は、この自分の話し方が、独り言のようであると、感じていた。それが意味するのは、エミリの方へ自分の声が聞こえていないであろう、との不安である。


 この時、エミリのコミュにケーション方法は、シナプスローダー(脳内に発生するシナプスパターンを利用した交信装置)に限られていた。

 

 古沢の方には、シナプスローダーがない。これまでに何度も同じ様な状況はあった。が今回の任務は特別な危険を含んでいる。作戦オブジェクト(捜査対象者)である野球帽の男は、特別な危険である。


 古沢はガラス扉を開けて店に入った。

 同時に店内の壁に設置された防犯カメラは、古沢が撮影範囲に入らないように横を向いた。この事で古沢は一応は安心した。エミリがこの店のセキュリテーシステムに進入したと理解したからだ。

 

 古沢は、店内に入ると床のマットを折り曲げガラス扉の下に挟んで開け放しにした。店内を見回すが誰もいない。奥の部屋から椅子の軋む音が聞こえてきた。


 「聞こえたのか、聞かされたのか」

 と古沢は疑問を小さく声にした。野球帽の男が、積極的な意志を持って椅子を軋ませたのではないか、と懸念。


 古沢は、姿勢を低くし、足音を立てないようにしながら、店の奥へと歩いて行く。

 奥の部屋の開いた扉、そこに動く人影が映っていた。人影はパソコンモニタ画面の光に照らされたもので、ゆらゆら、と揺れている。


 古沢は、扉の前で立ち止まると左手の袖口から、手のひら程の大きさのスキャナを取り出し部屋へ向けた。


 スキャナは部屋の中の状態を測定する。測定内容は空気流動、熱源分布、電気的エネルギーの状態など。そこに何かしら自然状態では存在しないであろう人為的に作られた状態、を測定する。それがスキャナの機能である。


 スキャナの画面に、測定項目と数値が表示された。

 測定項目=擬似脳波。

 数値=放射強度。

 が表示され、赤色で強調されている。


 「居るだろうよ、追いかけて来たんだから」

 と古沢は小さくつぶやいた。その口調には、野球帽の男を追いかけてきたが、近づきたくないという矛盾が含まれている。


 部屋から声が聞こえてきた。

 「コ・チイさんに頼む。刑事に追われている。香椎署の奴だ。逃がしてほしい」

 と野球帽の男の声は不安に震えている。


 「私の名前を発音しないでくれ。この回線がスプレット(盗聴)されている危険がある。私を困らせたいのかね」

 とコ・チイの声が応答してきた。


 「すまない。逃がしてほしい」

 と野球帽の男。 

 「このような状況も含まれ、高額の報酬を支払ってある。契約を守る事、期待している」

 と応答したコ・チイの口調は、野球帽の男の不安と呂(リョ/ボウリョクダン組織)は無関係であるとを示している。

 もしも野球帽の男が捜査機関に逮捕され、呂(リョ/ボウリョクダン)との繋がりを喋ったとしても、何ら障害とはならないよう、万全の対策済みである。それだけの確信がコ・チイにはあり、野球帽の男との会話も冷静に進められた。


 「新しい契約だ。マクロプログラムの情報がある」

 と野球帽の男。

 「なんの事だ」とコ・チイ。

 「ドロールの制御プログラム。呂の連中が、偶人と呼んでいるものだ」

 「なぜ、それを知っている」


 「僕を逃がしてくれたら情報を売る」

 「偶人か。マクロプログラムか」

 「両方だよ。情報管理局のシステムにハッキングした」

 「日本政府の情報セキュリティーは世界一だ。信じられないな」


 「情報を送るから確認してくれ。一般のネット回線で送るよ。通信パケットは不定型分割で送信する」と野球帽の男。

 「暗号化を読くコードは?」とコ・チイ。

 「昨日通知されたパンチングコードを使うよ」

 (パンチングとは、データの重要な部分を読みとれないように加工処理する事)


 「いいだろう。確認できたら逃がしてやる。周辺の監視系の装置は、すでに誰かに押さえられているようだ。急いだ方がいいな」とコ・チイ。


  キーボードを押す音が一つ聞こえ野球帽の男は言った。

 「送信した」


 『HAKATA13』


 古沢は、ゆっくりと足音を立てないように隣の部屋へ入る。窓際の置かれたデスクに座っている野球帽の男の後ろ姿が見えた。野球帽の男の正面にはコンピューターモニタを挟んで窓ガラスが見える。


 見つからないようにと、慎重に行動していた古沢の精神テンションは、一変する。窓ガラスには、部屋に入ってきた古沢の姿が映っていたからだ。


 気づいた古沢は急いで身を隠そうと思ったが遅い。窓ガラスに映っている野球帽の男の視線は、古沢を捉えていた。


 精神テンションは慎重から俊敏へと変わる。双方共に。

 野球帽の男に関しては、それを外部から確認できる方法は、現在のところ無い。


 野球帽の男が、一瞬だけ早く動いた。(反応の速度及び反応してからの行動速度を意味する)


 野球帽の男は、急いでイスから立ち上がると、イスを後方へ蹴りとばしながらデスクの上に立ち登った。


 イスは後方に勢いよく飛ぶ。

 古沢は寸前でイスを避けた。同時に窓ガラスが割れ、野球帽の男は外へ飛び出していた。

 飛び出した野球帽の男の跳躍力は、常人の範囲を越えている。


 突然、エミリの声が古沢の左耳のコム(通信機)に響いた。

  <行動の選択肢に物理的な攻撃方法は無いわ>

 エミリの声が言い終わる前に、古沢は割れた窓ガラスへ向かって動いていた。


 そして古沢も窓ガラス飛び出した。

 

 飛び出した古沢の真下には、一階のオープンカフェのイスやテーブルが並んでいる。

 常人を越えた跳躍力の野球帽の男は、道路の中央に着地したところだった。飛び出した窓ガラスからは、10メートル以上離れていた。


 着地した野球帽の男は逃げようと走り出す。が反対側の歩道まできて一度立ち止まり振り返った。古沢がオープンカフェのテーブルの上に着地したのが見える。


 古沢は、テーブルの上に着地すると、そのままテーブルの上を下り、走りイスを踏んで地面まで走りぬけた。そうする事で両足で負担する着地の衝撃力を受け流している。地面まで走って降りたところで、野球帽の男が走り出したのが見えた。


 『HAKATA14』

    

 ビルの二階の窓から、野球帽の男を追って道路を渡る古沢を、見ていたエミリ。両目を覆っていたゴーグルをおでこに引き上げた。


 引き上げたゴーグルには、野球帽の男の情報が表示されている。野球帽の男、と表記された部分、その語尾に、(ウナイ/ジャパンタイプ)と付記されていた。


 「ウナイの方から、古沢さんへ攻撃を仕掛けることは、無いわ」と言いながらエミリは階段を急ぎ足で降りる。

 

  <そうだと良いが。記憶を消しているんだろ>

 とコム(通信機)に古沢の声が入った。


 この時、エミリは意図して、野球帽の男を示すのに、ウナイと発音していた。古沢もその意味を理解していた。

 

 「記憶を上書きしてあるわ。催眠術をかけられたのと同じ。本人の意志は関係ない。古沢警部には、攻撃できない」と説明しながら一階まで降りてきたエミリ。

 建物出口へ向かって薄暗い廊下を走っていると、出口の前を、朧気な陰が横切ったのが見えた。その陰は、人が動いている、と解るまでに遮蔽効果が低下していた。

 

 エミリが建物の外へ出ると同時に銃声が聞こえてきた。


 エミリは、建物の中へ引き返して身を隠し、おでこのゴーグルを引き下げ両目を覆った。福岡と交信する。その内容がゴーグルに映ったテキストフィールドに表示される。

  <エミリです。銃声音の響きから狙撃と推測。ジェミニを経由し、付近のアサクセス可能なデバイスからデータを取得します>


  <脳波リンクは継続しているか。擬似脳のコンディションは?。ウナイを優先しろ。他は些末な事>と福岡。

  <コンディショングリーン。脳波状態は良好ですが、狙撃時に一瞬、ノイズが入りました>

  <コンディション、イエローへ遷移したら擬似脳を停止だ>と福岡。

  

 野球帽の男、というのは潜入捜査させる為に作り出した人格である。福岡厳一の率いる、部隊、の隊員であるウナイが、この役を演じていた。


 脳内の情報を、外部から強制的に書き換え、演じている本人さえも、その事に気づかない。疑似脳、という通常の人間とは違う、脳内に人格を存在させているウナイだから可能な、方法である。


  <了解です。取得データを確認しました。狙撃位置は南方900メートル、地上40メートル。狙撃対象は特定できず。監的者については不明です>

  <狙撃者の方はこちらで対応する。お前はウナイを回収しろ、作戦はここで中断する>

 「了解」

 とエミリは着ているスーツを遮蔽させた。首から下、黒のスーツを着ている部分に格子状の線が浮き、変色を繰り返し周囲の色に同化していく。その効果は古沢の着ているコートと同じである。


 エミリは、スーツの遮蔽化が終わると、背中に流していた金髪をスーツの中へ入れて隠し、背中からフードを引き上げて頭と顔をスッポリと隠した。ゴーグルの部分だけは切り抜かれていて、そこだけは遮蔽部分から除かれた状態である。がゴーグルそのものが遮蔽効果を現した。


 ゴーグルに表示されていた交信内容の文字列は、ジェミニ経由で取得した情報に上書きされた。


 ゴーグルに表示された情報を、エミリの両目が上下左右に動いて確認される。視点の移動に追従して表示されている情報はゴーグルの上下左右と動き、外側へスクロールして消えてゆき、ゴーグルの中央に新たな情報が次々と追加表示される。

 エミリは、ゴーグルに表示された情報の確認作業を続けながら、建物の外へ歩きだす。

 ゴーグルの周辺部分がオレンジ色に点灯した。

 「ユクシ」

 とエミリは短く声にして立ち止まる。

(ユクシ・琉球の古語で、ウソだろ、を意味する)


 オレンジは、イエローの一つ前の段階のコンディション状態を意味する。

 

 エミリは言った。

 「どちらもシナプスローダからの交信。ジェミニとの接続による脳波が、ウナイへリンクしている脳波へ干渉した?」

 と言エミリは、急ぎ足で歩きだした。



 『HAKATA15』


   ◆7


 古沢は銃声が聞こえると、すぐさまビルとビルの間の薄暗い路地に身を隠した。野球帽の男が逃げたのはもう一つ向こうの路地だ。

 古沢にはエミリのような情報収集能力は無い。どこから狙撃された。標的は自分かもしれない、という危険な状況だ。


 古沢は着ているスーツの遮蔽機能を停止した。

 遮蔽システムの作動に伴い電力や電波など電気的エネルギーが発生した状態となる。センサーで関知されてしまう危険がある。スコープレンズを覗く視覚情報による狙撃方法だけとは限らない。と考え古沢は遮蔽機能を停止していた。


 黒のコート姿が表れた。顔を隠していたフードが引き上げられ古沢の顔が表れた。


 古沢は、左手で左耳のコム(通信機)を摘んで取りだし、着ているスーツの襟の部分に差し込んだ。

 遮蔽スーツの機能停止と同様、コム(通信機)使用による電波など、狙撃者に検知されるのを防ぐ為だ。


 古沢は、窮屈そうにスーツの襟の部分を両手で引き下げながら不安を声にした。

 「段取りとちがうぜ。狙撃は予定に無い。俺は普通の警察官なんだからよ、頼むぜ」

 と言いながら、先ほどのエミリの話した事を考えた。


 上書きされた、野球帽の男の人格は、古沢警部に攻撃できない。ウナイの人格であれば、当然攻撃はしてこないだろう。

 しかし、どちらの人格か曖昧な場合は、どうなる?

 そもそも人格の書き換えとか、俺には理解できないぜ。

 もしも、何らかの記憶操作で、警部の部分だけ消されたら、古沢巡査なら、どうなんだ。人格の書き換えよりも、簡単にできるだろうからな。


 危険を感じたら対応するまでだ、と古沢は思い、この事について考えるのを止めた。


 古沢は、その場で見上げた。そこは隣合ったビルの間。高さは80メートルは越えている。上空には薄く引き伸ばされた形の雲が朝日に焼かれ紅い。紅い雲はゆっくりと北から南へと流れていた。


 「段取りでは、組織の連中がヘリで飛んできて、ビルの屋上で野球帽の男と合流。そこでまとめて捕まえる。警察へ通報して俺らは消える」

 と古沢は今回の作戦計画を声にだして確認した。


 古沢は、作戦計画を続行する事、中止する事について考えた。

 おそらく、隊長である福岡は作戦を中止している。しかしその確認ができない。計画が中止ならエミリは、なにかしらの方法で、俺に知らせて来るだろう。

 だが計画続行なら俺も動かないと、そのつもりで動いているエミリが危険になる。と思案しながら、古沢は建物の二階から屋上までの非常階段を見つけた。

 二階の階段下には、地上階までの折りたたみ式の階段が収納されていた。折りたたまれた階段には、非常時には伸びて階段になります、と書かれたラベルが貼られている。

 

 「今が非常時なんだぜ」

 と言ってから、古沢は呆れを含んだ微かな笑の表情を顔に浮かせながら、壁の水道管を掴み、よじ上り始めた。


 水道管上り、二階まで来ると非常階段の手摺りに飛び移った。古沢は非常扉の内側から聞こえる足音に気づいた。

 

 足音の間隔は短く落ち着きがない。その足音に混ざって、何度も扉を開け閉めする音が聞こえる。


 古沢は非常扉のノブを右手で握りながら言った。

 「右往左往、本来のウナイなら焦ったりしない。野球帽の男の人格が有効なのか」

 と古沢は、エミリとの交信が途切れていることを思い出し、顔を横に振って奥歯を噛みしめた。ウナイ、野球帽の男、どちらの人格も曖昧なら、俺の命の安全を保守する、エミリの言っていた、仕掛けは期待できないだろうな。

 

 古沢は、左手で義眼の左目を軽く触る。

 全盲は、ごめんだぜ、と心の中でつぶやきながら建物の中へ入った。


 『HAKATA16』

   ◆8

 

 エミリは表通を歩いて来た。左側の路地、ビルの二階の非常扉に入って行く、黒いコートの後ろ姿が見えた。


 「ユクシ」と短くエミリ。


 古沢はコートの遮蔽機能が、どのような仕組みで動作するかは知らない。電化製品などと同じように電気式であろうと判断しても合理的と言える。

 しかし、その仕組みを理解しているエミリには、自ら狙撃される危険を増している古沢の行動が理解できない。

 この時、エミリは焦っていた。

 冷静な状態であれば、古沢の行動について、理解できない、ではなく認識の違いと判断していただろう。


 「遮蔽システム。故障した?」

 と言いながらエミリは路地に入る。古沢を追いかけようと考え、壁の水道管を掴んだが、路地の向こう側にドロール(人型ロボット)が見えた。

 エミリは一瞬、躊躇したが、すぐにドロールから遠ざかろうと走り出していた。

 「古さん」と大声で呼んでいた。がその声をかき消すように、二階の非常扉付近の壁が大きな音を立てて崩れた。


 エミリは、落ちてくる瓦礫を避けるため後方へ跳び退き、向こう側を見た。一体しかいなかったドロール(人型ロボット)が三体に増えていた。エミリに向かって歩きだした。


 後ろを歩くニ体のドロール(人型ロボット)。そのうちの一体が2メートルを越える長さの筒状の物を肩に乗せている。

 エミリは筒状の物が、大口径のライフル銃であり、通常の人間が扱う銃器ではないと理解をした。


 表通りに保安パトロールカー近づいて来た。

 「デージヤッサー」とエミリは、苛立ちの表情と共につぶやいた。

 (琉球の古語で’大変困った’を意味する)


 「先の狙撃音は」

 とエミリは、言葉を途中で止めた。それは、狩る側のつもりが、狩られる側になっていた事。先の狙撃者と三体のドロールは連携している事に気づいたから。



 『HAKATA17』

   ◆9 

 

 非常階段の扉からビルの中へ入った古沢。そこは薄暗い廊下。右手で壁を触りながら用心して歩きだした。廊下の向こうにエレベーターの乗降スペースがあり、そこだけスポットライトで明るくなっている。

 

 突然、古沢の後方から大きな音と衝撃が伝わってきた。ドロール(人型ロボット)のライフルに撃たれて破壊された非常口扉が粉々に砕け、破片が古沢の足下まで飛んできた。


 衝撃を感じた古沢は反射的に、その場で腰を落とし姿勢を低くした。振り向き見ると、非常口扉があった場所は、大きな穴が空いていた。そこにあったコンクリート壁は、巨大な万力で挟んで潰されたか、巨人の手で引きちぎられたかの様である。


 グニャグニャに変形した鉄筋が周りのコンクリート壁から飛び出している。壁紙が剥がれ内側の断熱ボードや吹き付けられていた遮音材などがボロボロと崩れ、粉塵が舞っている。開いた穴の向こうに隣の建物の壁が見える。その壁はカビで汚れていた。


 古沢は気配を感じ、後方に向けていた顔を前方に戻す。エレベーターの扉が閉まったのが見えた。そのまま中腰の姿勢で、エレベーターの方へ早足に進む。

 乗降スペースまで来ると、そこには6つのエレベーターの扉が並んでいた。

 そのうちの一つ、エレベーター位置を示す昇降パネルのランプが、最上階で止まった。それの右隣のエレベーターに乗った古沢は、最上階である32階のボタンを押した。

 エレベーターの扉が閉まりだした時、突然、野球帽の男が乗り込んできた。古沢の首を両手で締めながら持ち上げる。古沢の両足がエレベーターの床から離れた。

 

 古沢は、野球帽の男の両手を掴んで首の締め付けを外そうとするが外れない。

 

 古沢の窮地とは無関係に、エレベーターは押されたボタンの階へ向かうべく、上昇用プログラムを開始した。扉が閉まった。巻き上げ機の振動音が始まる。エレベーターを吊っているワイヤーは僅かに弛みを感じさせ、それから上昇を始めた。


 古沢は、先ほどエミリから説明された、人格の上書き(古沢は攻撃はしない)に期待して、天井に向いていた自分の顔を、野球帽の男の方へ向けようとする。が首の締め付けが固くてできない。


 両足をバタつかせ、野球帽の男を蹴ったが、首を絞めている両手は外れるどころか、さらに締め付けの力を増してきた。

 野球帽の男は、何度か両手を掴み直すと右手を外した。右手は古沢の背中側に差し込んである銃を掴み取った。

 その銃を強引に古沢の手に握らせた。そして古沢の手に握らせたまま、銃口を古沢の顔に向ける。

 

 古沢の顔は天井へ向いたままである。この体制で直視する事は不可能であるが、向けられた銃口の弾丸が見えた気がした。とっさに身を捩ると、銃声が鳴って天井のパネルが割れた。


 パネルが割れると天井には、鏡のように磨かれたステンレスの板が張られてあり、エレベーター内が映っていた。野球帽の男が、古沢の首を締め上げている姿がはっきりと見える。

 野球帽のウナイからも古沢の顔がはっきりと見えた。

 ステンレスの板は、銃弾が貫通したため、歪みがあったが、人の顔を認識するには十分。


 ステンレスの板に映った古沢の姿。それを見た瞬間、野球帽の男の頭の中に『何か』が顕れ、締め上げている左手の力が抜けた。


 古沢の両足が床に着地し、そのまま床に膝をついた。


 野球帽の男は『何か』について全く理解できなかった。

 古沢に、追われる事で感じていた恐怖。その恐怖から逃れようと必死になっていた感情、テンションの高まりが突然消えた。

 しかし感じている恐怖に変化はない。それどころか、理解できない『何か』による自分の不可解な行動は、恐怖を増幅した。


 古沢を見下ろした格好の野球帽の男。右手は、まだ古沢の手を掴んでいた。その手に握られている銃を再び古沢へ向け、引き金を引こうとした。がまた頭の中に『何か』が顕れ、引き金を引けない。


 野球帽の男は、恐怖を感じていたが、顔にはどのような表情も浮かんでいない。僅かに首を傾げ、両目を左右へ動かしただけ。

 古沢を見下ろしたまま、上階へ移動中のエレベーターランプの、一番最寄りの階のボタンを押した。


 エレベーターが止まり扉が開き始める。野球帽の男は、エレベーター内の壁に古沢を叩きつけ、首を締め付けてた左手を外した。扉が全開するとエレベーターを下りた。

 左側に階段室の扉が見える。野球帽の男は扉を開け階段室へ入った。

 扉は、ゆっくりと閉じる。


 「どうなっている」

 と野球帽の男は、自分の両手を見ながら言った。


 バタンと扉が閉じきった。同時に階下かも扉の閉じる音が聞こえた。


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