終わりの合図 ヨーイドンの拳銃
反転する色彩の都市で、暗がりの噴水を傍に、彼女は座る。
黒猫が満月を見上げる。満月は太陽の様におおきくて、蛹田を狂おしく照らし赤らしめる。
草花が揺れ、風は吐き気がするほど寒かった。今はもう、感じやしないが。
男たちが静寂の場に現れる。舞台は一転する。今までは会話劇であった演劇は、今やアメリカのふざけたキネマの様にスリリングなアクションが繰り返される。
男たちは女を目掛けて走ってくる。蛹田はそれを撃ち殺す。殴り殺す。刺し殺す。拳銃には弾があまりなかった。もう4発ほどしか撃てやしない。
誰かが笑う音がする。ネオンの光が眩しく感じられ、恍惚とした瞬間が訪れる。蛹田は、こう言う状況を待っていた。こういうことだけを、ずっと待っていた。
やってきた男たちは4人。あと一人足りない。
銃声が聞こえる。蛹田はベンチに伏せる。
撃った奴が見える。あまり正気とは思えない。きっと、私を鏡で写したらこんなもんなんだろう。蛹田はゆっくりとベンチから出てくる。
男は蛹田をじっと見つめ、拳銃をしっかりと突きつける。蛹田も、同じように。
静寂、奇妙であった。殺し合っているとは思えない、その静寂は、かの奇妙な戦争以上の静寂さであった。
蛹田はなぜか、「神の沈黙」という、あの、合い言葉を思い出した。拳銃をしっかりと握りしめる。まるで神に誓った決闘であるかのように。
それとも、神と戦うヤコブのようにか?
西部劇は、日本だと流行らない。日本では、常に「裏切り御免」である。猫が男の元に擦り寄った。男は涙した。涙は彼の視界を奪った。
蛹田は、月光に反射する涙を目掛けて、そっと、撃ち抜いた。血が噴き出る。月はそのエロスを理解して、猫はその味を確かめる。
蛹田は勝ったのだ。何に?女の闘争に。女を巡った戦争に。戦争はシネマを彩った。蛹田は主人公であった。蛹田は歓喜の雄叫びをあげた。
女は、静かにベンチで猫撫でる。月が女を後ろで大きく照らしあげる。女は微笑して、どこまでも永遠を覗くアテナイの女神のようだった。
「勝ったんだ。勝ったんだよ。音価。お前は命を狙われて、俺はそいつらを追っ払ったんだ。」
意気揚々とそう語る。自慢するように。
「そう。」
「拳銃で二人、ナイフで一人、殴りで一人さ。」
「そう。」
「それで、それで…」
それで?それからがわからなかった。映画なら、きっとここでヒロインへのキッスが待っている。でも、キスなんて、できる気がしなかった。
「結婚して、子供を産んで、働いて、親孝行して、なんとかマイホームを建てるのね?それで、それで立派な庭ができてゆく。できる庭は、きっと美しい花で溢れるんでしょうね。」
「そうさ。それで…」
「それで?そしたら?」
「そしたら、」
何も浮かばない。何もない。ありえなかった。それ以上のことなんて。映画なら?映画ならここで映画はおしまいだ。キスして終わり。
でも私の人生は?私の人生はまだまだ続いてく。
ふんわりとした霧が二人を包む。4人の死体をゆらゆら乗せて。黄泉の国が近づいてくる。4人の魂を迎えに。
「ねぇ、私を撃って?私を殺すの。」
「なぜ?」
「あの4人を殺したみたいに、殺してほしいの。あの4人に向けられた眼差しが私にはほしいの。」
音価は、艶やかな目をこちらに向ける。こんなにも、この女に色気があったろうか?
私は、夢を見ているのか?夢を。夢なら、できることなら覚めてほしい。夢というのは、こんなにも恐ろしかったろうか!
「貴方は卑怯なのよ。映画の主人公になりたいのに、その先まで求めてる。卑怯だわ。そんなの。」
今わかった。私は彼女を好きになったのだ。この公園で、初めて、キスができないのはそれが理由だった。
キスが、果たして恋する男にできる行為なのだろうか?
全ての風景が蛹田を笑うように、全ての人間が、この喜劇を観覧しているように。蛹田は頭が痛くなってきた。
「…殺して…あたしを…」
恍惚!瞬間!あらゆる芳醇とした香りが襲いかかる。熟れた果実の香り。香りが強すぎる、薔薇を嗅いだような眩暈が、蛹田に押し寄せるのだ。
きっと夢だ。そうにちがいない。でも、もし夢じゃなかったら?そう思うと引き金なんて引けやしない。
でも、ここで引かなければ、夢から醒めないような、そんな気がした。そんな気がしたのだ。
引き金がひかれる。死ぬのは誰だ?
空砲は宙を舞う。
戸坂の顔がニヤリと笑う。
猫が泣き叫ぶ。
女は高笑い。
観客は大歓声だ。
今度は、柳田が、自分に、拳銃を、突きつける番だ。
どちらだろう。空砲か?実弾か?
少なくとも、空砲は、もう弾切れだ。




