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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
2.World’s Last Glass Ceiling

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第39話 夏だ!バカンスだ!

 照りつける太陽、青い海。

 白い砂浜を行くのは水着姿の男女ばかり。


 そう、ここは夏休みに入った妹にお願いされてやってきた、川崎の自宅から電車で40分ほどの距離にある逗子(ずし)海水浴場である!


「海だぁー!」


 勢いよく助走をつけて真っ先に海へ飛び込んだスク水姿の大木土春奈18歳高校3年生――水泳部OB、現在彼氏募集中――は、息継ぎもせずにバシャバシャと水を跳ねさせながらピューっと沖に消えていった。


「人間魚雷かな?」

「春奈ちゃんが行っちゃいました。ああなったらしばらく帰ってこないと思います」


 深い緑髪の負け組委員長、高野の姪っ子の高野彩芽(あやめ)は隠れ巨乳を見せつけるかのようなお洒落ビキニ姿で溜め息を吐いた。


「ふふふ、春奈さんには【水中呼吸】がありますから心配しなくとも大丈夫ですよ」


 スウェーデン人ハーフでミステリアス銀髪碧眼美少女の扶桑(ふそう)レンは少し露出の薄めなパレオを着ている。

 集まったメンバーの中では親の仕事を手伝っている彼女が一番忙しいので、今回のバカンスもレンの予定に合わせてスケジュールを組んでいた。


「いや、そこは心配していないけどさ。沖に出たらサメとか出ない?」

「ハカセさん、春奈さんの筋力ならホオジロザメでもワンパンだと思いますよ」

「あのゴリラ女め……」


 敏捷特化なモヤシ野郎の高野は泳ぐ気が一切ないのか、普段使いの靴を履いて短パン姿の上に長袖のパーカーまで羽織っている。


 野郎一人だけで若い女子に囲まれるのは正直なところ気疲れするから本当に助かっているけど、すっかりギャルゲの親友ポジにいるよねこの人。


「私は先ほどレンタルしたテントの準備をしておきますから、ニコはそちらにビーチパラソルを立てておいてください」

「うむ、了解した。……こうだな!」

「ちょっと傾いています。もう一度やり直してください」

「こうか!? いや、こうか!?」

「もう、穴だらけじゃないですか。少し場所を変えた方が良さそうですね」

「すながかんせつのすきまにはいってじゃりじゃりするのだ……」


 壱号は花柄のビキニ姿で普段より軽めの麦わら帽子を被っており、弐号はフリル付きの派手な水着、参号は子供用のワンピース水着から蝙蝠羽と蛇尻尾がにょきっと生えている。


 その代償として全員分の装備を預かって一人だけ送還状態の零号が大層悲惨な見た目になっているが、彼は未だにレベル4の木偶人形なので文句一つ言わないからへーきへーき。


「ヒロくーん、日焼け止め塗ってー」


 壱号がテキパキと建てたテントの下に敷かれたレジャーシートにうつ伏せになって俺を呼んでいる引きこもりの人形狂いを連れ出すのには本当に苦労した。


 恋人を作る気力もない非モテ野郎のラブドールを作っている暇があったら、少しくらいは許嫁の遊びにも付き合ってくれよな。

 本当、そういうところだぞ。


「大好きな壱号にでも塗って貰えよ」

「ヒロくんじゃなきゃ絶対にやだー!」

「はぁ、しゃーないな……」


 嫌がる高野を無理矢理にでも海に引きずり込もうと必死に努力している彩芽を手伝いたい気持ちをぐっと堪え、俺は萌のところに向かった。


 将来を約束した恋人がいる余裕か、それとも恥というものを知らないのか一人だけマイクロビキニ姿をしている変態女の側に膝立ちになり、値段だけで決めたよく分からないチューブ入りの高級日焼け止め液をたっぷり手に取って背中から塗りつける。


「んっ……あんっ……」

「気が散るから変な声出すなよ」


 他の女子と比べたらちょっと肉付きはいいが、スタイルはそこまで悪くない。

 触って初めて気付いたが、意外にも脂肪の下に筋肉がついているように思える。

 やっぱり父親が鍛冶に使う資材とかを日頃から運んだりしているからだろうか。


 腕と背中側を一通り塗り終わったので、次は仰向けにさせる。

 脚から太もも、腰にお腹周り、それからしっかり顔に塗ってハイおしまい。


「ヒロくん、大事なところ忘れてない?」

「チッ、無駄に露出の多い水着を選びやがって」


 履いているぎりお柄の海パンがアレなことにならないよう心を無にして、俺は萌がOKと言うまで胸回りやデリケートラインにまで丹念に日焼け止め液を塗り込んだ。


「ありがと、ヒロくん」

「どういたしまして」


 嫌がる婚約者への逆セクハラにようやく満足したのか、起き上がった彼女は嬉しそうに両手で俺の右手を握った。


「お疲れ様でした、マスター。こちらはお飲み物です」

「サンキュー、壱号」


 壱号が氷の詰まったクーラーボックスからキンキンに冷えたスポーツドリンク――治癒ポーション成分入りの特定保健用食品――のペットボトルを出してくれたので、蓋を開けてゴクゴクと飲む。


「くぅー、これこれ。夏に飲むスポドリは美味いことこの上ないぜ」

「わたしにも飲ませてー」

「ほらよ」

「えへへ、間接キスしちゃった」


 そんなに気にすることかね。

 今さっき、それよりも凄いことを散々させた癖にさ。

 まぁ、喜んでくれるんならそれに越したことはないか。


「た、大変な目に遭いました……」


 俺と萌が失った学生時代を取り戻すかのような甘酸っぱいやり取りをしていると、海水でびちゃびちゃに濡れた高野が這々(ほうほう)(てい)でテントの方までやってきた。


 彩芽とレン、そして何故か混じっている参号が妹と一緒に楽しそうな騒ぎ声を上げながらビーチボールで遊んでいるのが見えるので、きっと遠泳から帰ってきた妹に一発やられちゃったのだろう。


「言わんこっちゃない。だから最初から水着にしておけって言ったんだよ」


 靴とパーカーを脱いだ高野は、俺が渡した洗浄スプレーを使って海水を落とした。

 作中で頻繁に登場するこの洗浄スプレーには【療法師】という生産職の固有スキル【浄水生成】によって魔結晶を消費して生み出された特殊な洗濯液が入っている。


 【療法師】は覚醒スキル【霊神の結界】でお手軽に無菌室を作れるので、病院の看護師とか食品や精密機器工場の管理者とか、潔癖症の人とかに向いている職業だ。

 何で今更説明したかっていうと、彩芽(あやめ)がこの【療法師】なんだよね。


 委員長らしく学業優秀な彼女は既に地元の看護大学の推薦を貰っているそうだ。

 ズボラな生活を送っている高野の食事の世話という名目で大金を与えているのも、経費節約を兼ねて将来に向けたパワーレベリング代を渡す為だったりする。


「実のところ、僕はこうなることを期待していたんですけどね。いやはや、いい経験をしましたよ」

「経験したところでお前の漫画に活かす場面なんてなくない?」


 彼が耕野豆腐のペンネームでチャンプ+に週刊連載中の「ダンジョンのない平和な世界」は美少女が銃を片手に中東の紛争地帯を彷徨う社会派漫画である。

 海でバカンスなどという楽しいイベントなんてあるはずもなく、登場人物が結構な頻度で死ぬお辛いストーリーだ。


 そんな中でもちょっとした救いがあったりなかったりするバランス感覚の良さが目の肥えた現代ダンジョン世界の漫画ファンにウケているらしい。


「本編が地獄だからこそ、スピンオフが映えるんじゃないですか」

「それ、公式が勝手にやってるだけじゃん。おまけで死人だらけの学園パロとか挿入されても没入感が消えて興が冷めるんだよ」

「ハカセさん的にはNGですか。企画を持ってきた西原(さいばら)さんには断りを入れなければなりませんね」

「ちと勘違いさせたか。これは俺個人の感想だから高野の好きにしたらいい。そもそも『ダンジョンのない平和な世界』はお前の漫画だしな」

「そうですか? それでは好きにさせて貰います」


 ふぅ、危うく高野と編集との関係にヒビを入れるところだった。

 好き嫌いはあっても、ある程度は妥協しないと売ってくれなくなるからな。

 ワガママばかりで編集に嫌われて広報ゼロで干された漫画家なんてごまんといる。


 保護者組がそんな風にテントの陰で駄弁っていると、参号が尻尾鞭で器用に弾いたビーチボールがこちらに転がってきた。

 それを追いかけて走ってきた妹は、ビーチボールを拾った俺に尋ねてくる。


「兄さんも萌姉さんも、いつまでそこにいるの? せっかく海まできたんだから、少しくらい泳いだりしたらいいのに」

「だとよ、どうする萌」


 正座した弐号に膝枕された状態でだらけている萌――壱号と弐号の胸を揉んでいるんじゃない!――は露骨に嫌そうな顔をして唇を尖らせた。


「えー、もう日焼け止め塗っちゃったし……」

「高いやつだから多分大丈夫だろ。ほら、行くぞ」


 どうやら海に入る気はあるらしく、起き上がった萌は近くに転がっていた身の丈よりも大きなイルカの浮き輪の頭を掴んで上に持ち上げた。

 彼女は敏捷値が高いからか、やたらとバランス感覚がいいようだ。


「春奈ちゃん、これ引っ張れる?」


 イルカの口に付いていた穴空き金具を触った萌は、梱包用の紐をそこに合わせる。

 まさかとは思うが、これで人間バナナボートでもさせるつもりか?


「多分、行けると思う!」

「おいおい、マジでやんのか」

「何事も挑戦してみなきゃ分からないじゃん!」


 萌が器用なロープワークで持ち手を作った紐を口の金具に固定したイルカの浮き輪を脇に抱えた妹が――ビーチボールを忘れている――走って海に戻っていく。

 少し心配なので、俺達もついていくことにした。


「おー、とってもはやいのだー!」


 一番に手を挙げた最初の生贄……もといロリロリドラ娘を上に乗せたイルカの浮き輪は人間魚雷に曳かれて爆速で沖へと消えていく……。


「あ」


 ゴリラ女の牽引に耐えられずパァンと音を立てて破裂したイルカの浮き輪から参号がぽーんと海に放り出される。

 波打ち際でその様子を見守っていた俺達は、予想通りの結果に頭を押さえた。


「あちゃー……」

「プッ、ククク…… (腹を抱えて笑っている高野)」

「ちゃんとしたバナナボートを借りてくりゃよかったのに、横着したからだぞ」

「ふふふ、春奈さんの誘いに乗らなくて正解でしたね」

「サンちゃんは大丈夫でしょうか?」


 心配する彩芽をよそに、俺は米粒のように小さく見えるほど遠くの沖合でぷかぷかと海に浮いていた参号を送還して再召喚した。


 慌てて海に飛び込もうとしているビーチの監視員さんに大声で「すいませーん!」と呼び掛けながら手を振って大丈夫アピール。


「参号、どうだった?」

「おもいのほかたのしかったのだ」

「そう、良かったね」


 ようやく乗員がいなくなったことに気付いた妹が、イルカの浮き輪の成れの果てを回収して砂浜まで戻ってくる。


「ごめんごめーん、落としちゃった!」

「あのさぁ、これ弁償すんの俺なんだけど」

「兄さんは80層越えて沢山稼いでるんでしょ? それなら別にいいじゃん!」

「人から借りた物は大事にしろって話。ったく……」


 レンが砂に濡れたぺしゃんこのイルカの浮き輪を拾い上げて抱き抱える。


「私がお昼の買い出しついでにお店まで返してきます」

「レンちゃんは可愛いんだから、一人で出歩いてナンパされたら危ないよ。ほら兄さん、一緒に付き添いしてあげて!」

「また俺かよ。ま、暇だから別にいいけどさ」

「ふふふ、しっかりと守ってくださいね」


 俺はレンから預かったイルカの浮き輪の成れの果てを折り畳んで脇に抱え、彼女と二人だけでお昼の買い出しに出掛けることにした。


 ー眼レフカメラを持ち出した萌が写真撮影を始めたので、人形達は置いていく。

 いざとなったらパパっと呼び戻して再召喚したらいいだろう。

 そうすりゃ荷物持ちにもなるし一石二鳥である。

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