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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
1.Pygmalion Complex

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第16話 ラブドール爆誕

 次に目を覚ました時、俺は事務所の応接ソファに寝かされていた。

 後頭部に感じる柔らかな感触は、まるで誰かに膝枕でもされているかのようだ。

 それに嫌な予感を覚えた俺は恐る恐る、ゆっくりと両の(まぶた)を開く。


 そこにいたのはオーバーオール姿で俺の顔をじっと覗き込んでいる茶髪金眼の美少女……ではなく、萌に魔改造を施され変わり果てた姿となった壱号であった。


「あいつ、やりやがった……!」


 ガバッと起き上がると、俺の額にもにょんとした柔らかな胸の感触が伝わった。

 くそう、めちゃくちゃ悔しいがいい素材を使ってやがる。

 ちょっと地味な感じが【農夫】の芋っぽさを引き立てていて可愛いのも腹が立つ。


「萌、どこだ! どこにいる!?」


 カウンターの方に目を向けると、下手人は作業台に寝かせた弐号の魔改造作業の真っ最中だった。

 ところどころが人工皮膚に覆われた裸の球体関節人形の頭にはサラサラとした金の御髪(おぐし)が被されており、綺麗に整えられた顔には蒼い瞳が埋め込まれている。


「あーあ、もう起きちゃった。ヒロくんはわたしが思っていたよりもずっと魔力と耐久が高かったのかな?」


 どうやら俺がこの時間に目覚めたのは彼女の想定外だった模様。

 きっと第二職業チートでこっそり魔力を上げまくっていたせいで、アイスティーに盛った睡眠薬の効きが悪かったのだろう。


「萌、今すぐその作業を中断しろ!」

「いーやーだーねー! 他の子と違ってこの子だけこんな状態のままにして、ヒロくんは可哀想だと思わないの?」

「ぐっ……」


 萌の言う通り、もう既に後戻りはできなくなっている。

 言葉を返せず言いよどんだ俺の手を引いた壱号は、ちょいちょいと指先でとある方向を指差した。


「どうした、壱号」


 するとそこには、黒いワニ革でいくらかの肌を覆い隠している酷く小柄なゴスロリ美少女人形がつっ立っていた。

 燃えるような赤髪をふとももの辺りまで長く伸ばし、その紫眼には一切の意思が乗っていない。


 彼女は間違いなく、萌の望み通りに見た目を整えることと引き換えに【自爆】スキル付きの装備を組み込む改造を依頼したはずの参号である。

 既に2体とも魔改造が終了しているとなると、いよいよもって諦めるしかない。


「はぁ~……もう知らん、勝手にしろ」

「ご主人様の承諾頂きました! ごっつぁんです!」

「やっぱり弐号はやめておこうかな……」


 俺が改造中の弐号を送還しようとすると、萌は慌てて手を振って制止した。


「待って待ってまだ定着が終わってないから! 使った素材が無駄になっちゃう!」

「なら、後どれくらい掛かるんだ」

「うーん、完全にとなると一晩くらいかな。だから今夜はうちに泊まっていってね」

「ああそう、分かった。腹減ったからなんか食うもん探してきていいか?」

「好きに使って、旦那様」

「旦那じゃねーし。ったく、調子がいいやつめ……」


 時刻は正午を過ぎた頃合いで、およそ5~6時間ほど眠っていた計算になる。

 せっかくだし、暇つぶしがてら壱号に簡単な料理でも教えてみるか。


 俺は事務所の台所にあった冷蔵庫を漁り、冷凍庫に入っていた青魚の三枚おろしを解凍して焼いたり、残り物で味噌汁を作ったりなんかして適当な昼飯を(こしら)えた。

 うちもそうだが、釣り好きな父親がいると肉よりも海産物の方が出番が多くなる。


 ダンジョンでは基本的に魚は獲れない――肺呼吸で生きてきた人間は例え【水中呼吸】スキルがあろうとも海中で満足に戦えるようにはできていない――ので、市場に出回っている魚介類はそのほとんどが【漁師】や【海女】によって母なる海から水揚げされたものだ。


 一応、波打ち際から砂浜とか岩場におびき出して屋台のたこ焼きでお馴染み大壺蛸とか大岩蟹とかを狩ったりもするけどね。

 俺も機会があったら一度は狩ってみたい気持ちはある。


 それはそれとして、料理ができたので改造作業を中断した萌とカウンター越しに向かい合って昼食を取ることにした。

 やはり、人形達の改造内容について詳しく聞くのが先決か。


「んー、お魚美味しい。ヒロくんって結構お料理上手なんだね」

「ちょくちょく高野にも食わせたりしてるしな。んで、どこまで弄ったんだ?」


 俺の隣に立ってじーっと食事風景を観察している壱号と参号に視線を向ける。

 羨ましそうにしていても絶対にやらんぞ。


「んふふー、わたしにできることは全部したよん♪」

「……全部?」

「うん。【人形進化】した後に弄るのはもっと難しいし、やるなら早いうちじゃないと大変だよ?」


 こともなげに言っているが、要は非貫通型ラブドール化したってことだよねそれ。

 食べる機能もないのに口の中まで作り込んじゃってさあ、これどうすんだよ。


「いよいよ俺も人形偏愛症(ドールフィリア)の仲間入りってか。最悪……」

「ひっどーい! ヒロくんだっていい(トシ)した男の人なんだからエッチなことくらいしたいでしょ。この子達のことをわたしだと思って、たっぷり可愛がってあげてね!」

「……」

「もー、無視しないでよー」


 こいつはこっちの世界の俺が10年前に自殺未遂したことを忘れているという設定をすっかり信じ込んでしまっているようだった。


「そうだヒロくん、後で動画撮って友達に送ってもいい? 完成したら見せる約束してるんだよね」

「俺の名前を言わなけりゃ別にいいよ。改造代も萌が全額持っているわけだしな」

「やったー!」


 大海よりも懐が広く仏よりも心が優しい俺は、萌がコテハンで書き込みしている匿名掲示板の人形使いスレを監視しているという事実を教えず黙っておくことにする。


 知ったら身内のDescordに深く潜って情報を隠すに違いないからな。

 こういう人間はそういう風に泳がせておいた方が色々と都合がいいのである。


―――――


 昼食後に3時間ほど掛けて弐号の仕上げを(おこな)った萌は、事前に用意したであろうコスプレ衣装を自室から引っ張り出してきては人形達に着せて、これ以上ないほどに興奮した様子で――何だったら鼻血すら出ている――スマホどころかお高い一眼レフカメラまで構えて撮影に撮影を重ねていた。


「ああん、もう可愛い。可愛すぎー! ハァハァ……つ、次はいよいよ脱がせちゃおっかな……」

「おっとそこまでだ」


 流石にそれ以上やるとこの小説が18禁指定されかねない。

 そんな危惧を胸中に抱えた俺にドクターストップをかけられた萌は、唇を突き出して不満たらたらな様子だった。


「えぇ~……。でもそっか、ヒロくんにもちゃんと独占欲があったんだね。うんうん分かる分かる」

「分からんでいい……」


 グダグダとそんなことをしている間に、熱海の温泉旅館まで1泊2日の夫婦旅行に行っていた萌の両親が帰ってきた。

 むさ苦しい黒髪ハゲ親父の伊古田多々良(たたら)と橙の髪が美しい伊古田(つむぎ)夫人だ。


「おお、これは婿殿ではないか! また随分と萌が世話になったようだな!」

「萌、あまりご迷惑をお掛けしては駄目ですよ。ヒロシさんは貞淑な方がお好みと貴女もよくよく知っているでしょう」

「そんなこと言ったって、わたしはわたしだもん。上辺だけ取り繕ってもしょうがないでしょ」

「えーと、まあ、その。どうも、ご無沙汰しております……」


 人形に着せるコスプレ衣装を自作した萌の卓越した裁縫技術は【細工師】である母の(つむぎ)夫人より教わったそうな。

 彼女にはいずれ手に入れる高性能な装飾品の加工などでお世話になることだろう。


 人形の定着の為に一晩泊まると告げるとお二人はそれはもう嬉しそうに一組の布団を用意するというものだから丁寧に固辞し、その代わりにと客室を用意して貰った。


 遠方から店にやってきたお客さんが時々泊まるというか、伊古田家には実家を出ていずこかへ嫁入りした娘が四人もいるそうなので部屋はいくらでも空いている。

 萌は一人っ子だったはずだから、この辺りもバタフライエフェクトに違いない。


 事務所の二階にある自宅部分でご両親の土産話を聞きながらちょっと豪華な夕食を頂き、万が一の事態に備えて脱衣所に見張りを立たせてから風呂に入る。

 案の定、強引に混浴しようとした萌を壱号と弐号がつまみ出していた。


「ああ、待って待ってよ二人とも。ヒロくんのいけずぅ~!」

「これのどこが『じっくり攻略するつもり』なんだ。アホじゃないかあの女」


 匿名掲示板の人形使いスレの書き込みを思い出した俺は呆れた顔で溜め息を吐きつつ、しっかりと温まって湯船から出る。

 リビングで晩酌をしていた多々良と(つむぎ)夫人に就寝前の挨拶をし、三階の客室に移動した。


 そうそう、寝泊まり用のグッズは妹に頼んで夕方にデリバリーして貰ってある。

 また今度駅前の人気洋菓子店「ラ・ソレイユ」のケーキを買って帰る約束をする羽目になったものの、これは必要経費として諦めた。


「うーん、どうしよう。萌に睡眠薬を飲まされて変に昼寝をしたせいで、まだ全然眠くならないな」


 微かに防虫剤の匂いがするふかふかの布団に寝転んだ俺は、ごろりと横を向いて部屋の隅に座っている3体の人形を眺めた。


「普段は庭仕事とかで人手が必要な時だけ呼び出していたからなぁ。のっぺらぼう状態ならともかく、着飾った美少女人形状態だと慣れるまでは気疲れしそうだ」


 ここで一つ、昼間に散々聞かされた製作者のコンセプト的なものを解説してみる。


 まず壱号、こいつは最初の村で出会った真面目な農民の娘という設定。

 次に弐号、こいつは次の街で危機を助けたポンコツ女騎士で領主の娘。

 最後に参号、こいつはクエストでわからせしたら人化してついてきたドラゴン娘。


 いやまあ、ただの設定なんで参号はアリゲーター娘と言った方が正確なのだが。

 どうして参号だけそんなことになっているかというと、彼女に仕込んだ【自爆】スキル付きの装備が原因となっている。


 今はゴスロリ服を着せられているが、ダンジョンに連れて行って一発でも【自爆】をぶちかましたら防具が全部吹き飛ぶからな。

 破損しないよう運用するには、こうして人形の一部として組み込む必要がある。


「……ちと、確かめてみるか」


 ちゃんと局部が隠されているのか心配になった俺は、参号に服を脱ぐよう指示を出してみた。

 うう、レイプ目の幼女にイタズラでもしているかのような気分だ。

 それもこれも、全部こんな魔改造を施した萌が悪い。


「うん、問題ないようで何よりだ」


 いい感じに胸とか股間がビキニのような形で黒いワニ革によって隠されている。

 ……いや、下の方はちょっとした開閉ギミックがあるようだ。

 誓って言うが、俺はロリコンじゃないから決して使用されることはない。


「ヒロくん、夜這いしてもいい? いいよね……あ」


 その時、しっかりと鍵を閉めたはずの扉がガチャリと音を立てて開いた。

 きっと高い敏捷値によって音もなく鍵穴にピッキングを施したのだろう。

 部屋に侵入してきたのはまさしく、かなり危ない寝間着姿をした萌であった。


「これは違う。違うからな!」


 浮気現場を目撃された夫のような、そんなパニック状態に陥った俺はわけの分からないことを口走る。


「え、えへへ……ごゆっくりどうぞ……」

「待て! 待ってくれ萌ー!」


 出来立てほやほやの幼女人形に性的いたずらをしているロリコン野郎だと勘違いされてしまった俺は、耳まで真っ赤に染めてそーっと部屋から退出した萌を必死に追いかけて弁明する羽目になったのだった。

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