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ドールマスターヒロシ  作者: 我島甲太郎
1.Pygmalion Complex

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第15話 昏睡魔改造!野獣と化した許嫁

 妹とその友達のJKと桜まつりを巡るという有意義な土曜の夜を過ごした翌日。

 陽も昇る前に、俺はピコンピコンと鳴り続けるスマホの通知音で目を覚ました。


「んん……うるさいな……誰からだ?」


 寝ぼけ(まなこ)(こす)って枕元に転がるスマホを手探りで掴んだ俺は、バックライトの眩しさに目を細めながらLINDのアプリを開いた。


タイコ>ヒロくんおっはよー♪

タイコ>朝だよ♡

タイコ>早く起きてー!

タイコ>もう我慢できないよぉ……サンちゃん改造させて……?

タイコ>おーい

タイコ>まだ寝てるの?

タイコ>起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて


 くそ、あの人形狂いめ。

 ストーカーヤンデレ女じゃないんだから早朝から鬼リプかますんじゃないよ。

 しまいにはまたブロックするぞ。


ヒロシ>起こすなアホ

ヒロシ>二度寝させろ

タイコ>だってずっと楽しみで眠れなくて

タイコ>起きたんだからいいでしょ

タイコ>朝ご飯食べたらすぐきて

ヒロシ>一時間後な

タイコ>やったー!


 このまま彼女を放置すると家まで押し掛けてきそうな勢いだったので、俺は仕方なく二度寝を諦めることにした。


 適当な普段着に着替えリビングに行くと、もう電気が点いている。

 大方、父が早朝の沖釣りに行く前の腹ごしらえでもしているのだろう。

 実際そうだったので、俺はエプロン姿で台所に立つ父に朝の挨拶をした。


「おはよう父さん」

「おはよう博士(ひろし)。こんな時間に起きるなんて、眠れなかったのか?」

「萌に起こされてさ。ほら、今日は人形を改造して貰う約束があるんだよ」


 フライパンで昨日釣ってきた魚のムニエルを焼いている父は、珍しいものを見るような顔で俺を見つめた。


博士(ひろし)、お前変わったな。昔なら絶対にそういうことはしなかっただろうに」

「しょうがないだろう、探索者になったんだから。上を目指すならある程度は嫌なことも割り切らないと生き残れないような世界なんだ」

「そうか。一皮剥けて、ようやく一人前の男になったようだな。もう、友恵(ともえ)のように心配することもないだろう。……萌さんのことを除けばだが」


 補足すると、友恵(ともえ)とは母の下の名前のことである。


「それは言わない約束でしょ。父さん、俺の分も魚焼いてくれる? 昨晩は春奈の遊びに長いこと付き合ったせいで余計に腹が減ったわ」

「もちろん構わないとも。その代わり、博士(ひろし)は付け合わせの用意をしておいてくれ」

「うーっす」


 一度は考え方の相違で喧嘩したこともあったが、そこはやはり親子。

 仲直りするのに謝罪の言葉は必要なかった。


 二人でやれば早いもので、すぐに朝食の支度は整う。

 俺と父は食卓で向かい合い、日の出前の短いひと時を過ごした。


「では行ってくる。多々良(たたら)くんにもよろしくな」


 朝食後、釣り道具を背負って沖釣りに出掛ける父を玄関先で見送る。


「あの人、ちょっと苦手。なんか妙に暑苦しいし」


 元の世界では家業の町工場を潰して飛んだ人ってイメージしかないから余計にね。


「まあ、そう言ってやらんで欲しい。あの人は誰よりも信頼できる(おとこ)だからな」


 実際、彼の作った装備がなければあそこまで探索はできていない。

 父の多々良がベースとなる素体を作り、娘の萌が合成や強化をする。

 あの家族経営の鍛冶工房は現在、そういう形で運営されているのだ。


「うん、分かってる。じゃあ、行ってらっしゃい」


 とても機嫌のいい父を送り出した俺は、脱衣所の洗面台で顔を洗い髭を剃った。

 それからリビングに戻って台所で食器を片付けさせていた壱号を回収し、玄関の鍵を掛けて家より出発する。


 朝日が昇り始めてチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる肌寒い春の早朝、片付け前の機材やテントに昨晩の余韻が色濃く残る桜並木の公園を通って萌の待つ伊古田製作所へと向かう。


 公園を管理するアンドロイドが深夜も休まずゴミ拾いでもしたのか、祭りの後だというのに歩道は綺麗なものだった。


 その道半ば、箒を手にエンドレスで桜の花びらの掃き掃除をしているアンドロイドに遭遇した俺は、軽く手を振って挨拶しつつぽつりと呟く。


「あのアンドロイドも人形師の系譜にあるんだよな……」


 世界を巻き込んだ二度の大戦の最中、ゴーレム改造技術は飛躍的に発達した。

 いくらでも替えの効く二足歩行の鈍重な鉄の塊は大砲を組み込んで砲兵に、車輪を組み込んで戦車に、装甲を積んで移動防壁にと大いに活躍したという。


 第二次大戦後、有志の好事家はこのゴーレム改造技術を転用して【人形使い】の扱う人形を改造し始めた。

 最初はダンジョン探索における性能を求めてのものだったが、いつの間にか目的は見た目を着飾ることへと特化していく。


 人形師と呼ばれる者達が台頭したのはその頃だ。

 彼らは【鍛冶師】や【細工師】の合成スキルを応用し、ありとあらゆる素材を人形に組み込むことに腐心した。


 そしてその筆頭と言えるのが【剣聖】柳生(やぎゅう)宗盛(むねもり)の元パーティーメンバーであり、伝説の【鍛冶師】と呼ばれた村正士郎の息子が地元の山梨県忍野村で開業した人形工房村正だ。


 現代ではここの工房長に認められた者だけが人形師を名乗ることが許されているくらいには権威のある存在で、あの人形狂いの萌が5年も勉強に勉強を重ねてようやく人形師に認定されたくらいだから相当な難易度と言えよう。


 特典としては親族企業の村正重工から人形やアンドロイド用の外装の納入を優先的に受けられるほか、ムラマサ=ニンジャが無償で店舗の警備をしてくれるとのこと。


 強化素材用の装備結晶をしこたま倉庫に保管している鍛冶工房はそこそこ強盗に狙われやすいから、警備保障会社に大金を支払って年間契約をする必要がなくなるのは結構ありがたいことだって萌が言ってた。


 俺は影も形も見たことがないけど、皇室関係者の特殊警備を一手に引き受けているムラマサ=ニンジャはヤクザも裸足で逃げ出すくらいにはヤバい存在らしい。

 流石は日本で唯一、個人でダンジョンモノリスを保有している一族なだけはある。


 話を戻そう。


 こうして人形師の世界はどんどんガラパゴス進化を続けていたのだが、時代の移り変わりで人工知能技術が発展したことによりフィジカルAIを搭載したロボット、つまり現代におけるアンドロイドが誕生したわけだ。


 元々は【人形使い】の人形を人工的に生み出すことを目的にしたものだったから、当然のようにこれらのアンドロイドはセクサロイドとしての拡張性も有している。

 日本のオリオント工業やアメリカのサイバーライン社などが世界的に有名だ。


 人形師が社長を務めるオリオント工業は高品質で痒い所まで手が届くサービスがモテない独身男性の支持を受けており、資本主義ド直球のサイバーライン社は人間に代わる労働力を大量生産することでヨーロッパ各国を筆頭に勢力を拡大し続けている。


 ここ最近は企業向けの安価なアンドロイドレンタルサービスで覇権を狙うサイバーライン社が優勢かな。

 見た目からして、あそこで働いているのもそこで製造された製品だろう。


 自国産業保護の為の関税込みでもバカ安いってのは予算の限られた地方自治体には魅力的に映っているのかもね。

 元の世界なら中国製のルーターを導入するような愚行だってのによくやるよ。


「あいつらがいなかったら【人形使い】が外の仕事を失うこともなかっただろうに、技術の発展ってのには困ったもんだ。ま、俺は探索者やるから別にいいけどさ」


 探索者以外の人間から仕事を奪うことに特化した職業とスキル――魂と言ってもいい――を持たない機械相手に肩を竦めた俺は、桜並木の公園を後にした。


―――――


 のんべんだらりとやってきた伊古田製作所の事務所の扉を開く。

 約束の時間より5分ほど早く到着したのだが、扉の前で出待ちしていた萌はぷくーと頬を膨らませて妹とそっくりな怒り方をした。


「ヒロくん、遅い。もう少しで家まで迎えに行くところだったよ!」

「全然遅くないですー。ブッチせずちゃんときたんだから許せよ。というか、お前ちゃんと寝ているか? 大事な人形に下手な改造されたら困るんだけど」

「昨日は睡眠薬を飲んだから、コンディションの方は万全だね!」


 無駄に計算高くて腹が立つ。

 それができるなら少しは俺のコンディションも考えて睡眠時間を調整してくれよ。


「ならいいか。【人形召喚】参号」

「うっひょー! レベル1の無垢な人形ちゃんキャーワイー! ハァハァ……今すぐわたし色に染め上げてあげるからね……」

「うわキモ……」


 本当にこんなやつに任せてもいいのだろうか、という疑問が心に浮かぶがグッと我慢して堪える。

 目の前の人形狂いの手を借りなければ、俺のチート戦術は永遠に完成しないのだ。


「ヒロくん、サンちゃんはこっちに寝かせて。ちゃっちゃと仕上げるからね~」


 萌の指示通り人が寝転べるほどの広さがある作業台に参号を寝かせると、彼女は事前に用意されていた外装、そして装備結晶から現実化(リアライズ)された【自爆】スキル付きの大顎鰐の胸当てを手に取りやすい場所にある台に一通り並べた。


「まずは素体を削って形を整えないとね。ふんふんふ~ん♪」


 小さな文字と細い線で事細かに改造内容が記された設計図を見ながら、萌は鼻歌を歌いつつ彫刻刀を用いて参号の木製の身体をガリガリと削る。

 俺はそれをカウンターの向こうに座ってじーっと監視していた。


「……暇だ」


 かといって、スマホを弄っている隙に変なことをされたら困るしな。

 一時といえど、決して目を離すわけにはいかない。


 そう思ったものの、ふと視界の端に置かれた大皿に高そうな和菓子が盛られていることに気が付いた。

 どうやら以前の客が持ってきたものらしく、甘食のような見た目をしている。


 賞味期限も短いだろうに、剝き出しの状態で放置するのは大層勿体ない。

 ここは一つ、乾燥して味が落ちる前に頂戴するとしよう。


「うーむ、これは喉が渇くな。萌、何か飲み物くれ」

「もう、勝手にお菓子食べないでよ。ちょっと待ってて、すぐに取ってくるから」


 改造作業を一時中断した萌は、事務所の奥の台所に行って薄茶色の液体が並々と注がれたガラスのコップをお盆の上に載せて持ってきてくれた。


「お待たせ! アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

「飲めるならなんだっていい。くれ」


 何の警戒心も持たずに彼女から冷たいアイスティーを受け取った俺は、それを一息に飲み干した。

 ふう、喉のつかえるような違和感が取れて満足だ。


「サンキュー」

「いいのいいの。そうだ! これが終わったら他の子の装備もメンテナンスするから、ヒロくん先に出しておいてくれる?」

「はいはい。【人形召喚】壱号、弐号」

「うふふ、あ り が と う」


 妙に嬉しそうに口元を歪めた萌は、また参号の素体を削る作業へと戻った。

 壱号と弐号は、彼女の近くに行って改造の様子をじっと眺めている。

 うーん、やっぱり羨ましいのかな。


「……眠い」


 朝早くに叩き起こされたせいで睡眠時間が足りていないからだろうか。

 それとも、事務所に効いたクーラーの暖房のせいだろうか。

 俺はとろん、とした表情を浮かべて(まぶた)(こす)った。


 ああ、もう耐えられない。

 少しだけ、少しだけでいいから仮眠を取ろう。

 それくらいならだ……い……じょ……。


「効いてきた効いてきた。うふふ、今日は休日だもんね。パパもママも昨日から2人で旅行に行ってるし、誰も助けにはこないよん♪」


 眠気に耐えきれずカウンターに突っ伏して瞼を重く閉じた俺の耳に、そのような萌の独り言が聞こえてくる。


「イチゴちゃんもニコちゃんも、とっても可愛く改造してあげるから期待しててね。うふふふふふふふ……」


 や、やられた……。


 (たばか)られたことを後悔する間もなく、俺は深い眠りへと落ちていった。

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