3.私は構わない…
相変わらず生徒達で食堂は賑わっていた。ここを利用するのは生徒だけに限らず、教員などにも利用されている。なので食べている最中に校長に声をかけられるなんて事もそう珍しくなかったりする。
「ここで並んで券を出す順番を待つんだ」
音丸は生徒達でうじゃっているカウンターを指さしながら言った。押し合いへし合いが続き、中には怒鳴って食券をかざす者もいる。
「痴漢には気をつけろよ?ここぞとばかりやってくる阿呆がいるからよ」
「チカン?」
ロリスは首を傾げた。どうやら痴漢という言葉を知らないようだった。そんな言葉も知らないのかと音丸は驚いたが口にはしなかった。
「女の子に淫らなことをする野郎だよ」
「はぁ…」
わかったようなわからないような曖昧な返事をし、ロリスは人込み列に並んだ。弓と音丸もロリスの後に続く。後ろに並んだ途端たちまち人々の渦に飲み込まれた。肩がぶつかり、左に押され、右に押されと結構ひどい状況だ。慣れれば大したことはないが、最初誰しもここで洗礼を受ける。
「こぉんの!押すなっつーの!」
弓は押してくる人を弾き飛ばす勢いで対応する。音丸は早速やられ、壁でへばっていた。
「ッ!ロリス、やられてるぞっ!」
弓はロリスの後ろから吠えた。人込みのどさくさに紛れてロリスの制服のスカートがゆっくりと捲り上げられていたのだ。斜め後ろからにょいーんと手を伸ばし、手を上へと上げて持ち上げていたのだ。直接触っているわけではないので気付きにくいのだ。
「?」
ロリスは何のことか分からず、弓の方を不思議そうに見る。スカートは既にパンツが見えるギリギリまで上げられている。これ以上上げられれば、ロリスは一部の人間に恥をかくことになる。自慢したい者であれば話は別だが、ロリスはそっちの人間ではないだろう。
「痴漢だっ!」
弓は怒鳴った。
「ッ!?」
全部捲り上げられるより先に指先がロリスの肌に触れたようだ。
ロリスは周囲が驚くほどビクッとし、触れた指先を閃光のような速さでつかみ、握った。
「この手かッ」
ロリスはつかんだ指を引っ張り、痴漢犯を釣り上げようとした。しかし相手もそれなりに必死。バタバタと指を動かし、逃げようとする。
「捕まえたな?ロリス。さぁて…痴漢犯は誰かなぁ?」
弓は人をかき分け、少しずつロリスに近づいていった。
しかし、犯人は賢く、つかまれていない片手でロリスの太ももをスっと撫でたのだ。
不意を突かれたロリスは、太腿にヒヤッとした感覚でビクンッと体を逸らす。頭では予想もしていなかった事態に驚き、自分でも驚くような「ひゃうっ!?」っと声を出した。それと同時につい、捕まえていた手を口元に持って行ってしまい、離してしまった。
その絶好の機会を痴漢犯が逃すわけがなかった。
「どうした、ロリス」
ようやく近くに来た弓が声を掛けるとロリスは少し顔を赤くして俯きながら、「くぅっ」と息を漏らしていた。触られた太腿部分をさするように何度かこすり、ギュッとスカートの生地を握っていた。
「もしかして、逃げられたか?」
弓が心配そうに聞くとロリスは申し訳無さそうに言った。
「すまない、逃がしてしまった」
「仕方ないさ。次こそ捕まえればいい」
弓はロリスの肩をポンと叩き、笑いながら言った。ロリスはかるく頷き、同意した。
「それにしてもロリスの足触るとはとんでもない、太い野郎だな」
腕を組み、周囲を睨むように見ながら怒り交じりに弓が言うと、ロリスはキョトンとし、
「私の足は太いのか?」
と訊き返した。ムニムニと太腿の肉をつまんでいる。
一瞬何のことを言っているのだろうと思って考えたものの、ロリスが『太い野郎』をロリスの足がとんでもなく太いと言われたと勘違いしたのだと分かり、弓は笑いながらロリスの肩をポンポン叩いた。
「んっ?…あぁっ違う違う、ロリスに痴漢した奴の根性が汚いなって話」
「そうなのか。背後の敵を教えてくれてありがとう」
「敵って…まぁ敵っちゃ敵か。女の敵だもんな。さ、気を付けて並ぼうぜ」
ちゃっかり涼しい顔をしながら弓はロリスの後ろに割り込んで列に並び、順番を待った。
「…ところで、そなたの名前を私は訊いていなかったのだが…」
「あはは、そういや言ってなかったね。あんたがこーじ殿こーじ殿言っている音丸の幼馴染みの畑山 弓さ」
弓はロリスの呟きに一瞬キョトンとしたが、すぐに笑い出し、前髪をかきあげ、自己紹介した。
「弓殿か。よろしく頼む」
「おう。さ、もらお。おばちゃん坦々麺頂戴」
弓はカウンターから身を乗り出し、食券を突き出した。
「へぇーカツ丼か。ここのカツ丼はうまいぜ」
弓は割り箸をくわえながら坦々麺の入った丼を抱えながらロリスの持っている丼を見て言った。
音丸も揃い、三人は手頃なテーブルについた。
「いただきます」
三人は手を合わせ、挨拶をする。弓と音丸が取り出したのは割り箸。ロリスがシャキンと出したのはスプーンだった。カツ丼にスプーン…
「ロリスって箸を使ったことないの?」
音丸は割り箸をロリスに見せながら言った。
「バーカ。ロリスは明らかに外国人さんだろ。箸を使うのはうちら周辺国くらいなんだから」
「あ、そっか」
音丸はハッと気付き、頭を下げた。
「スプーンやフォークやナイフなどしか使ったことがないからわからぬな…」
ロリスはザックザックとスプーンでカツ丼を掘り、スプーンに乗せてはくはくと食べる。
「そういや自己紹介した時さ、なんとか騎士団所属ーとか言ってたよな?部活の一種か?」
弓は顔を上げてロリスの方を向いて聞いた。
「フェンリル王国騎士団。我が国フェンリル王国の治安維持部隊のようなものだ」
「軍隊?」
「兵隊かぁ。徴兵か?」
「いや、率先してなった。少し前までは姫の護衛する守護兵だった」
ロリスは食べる手を休め、説明をした。弓は面白そうな話だなと言わんばかりにニヤニヤしながら耳を傾けている。音丸は一生懸命話の核をつかもうと必死に聞いている。
「兵士にか?そんなもん好き好んでなる奴いんのか?」
弓は顔をしかめながら言った。先日ニュースで外国で徴兵制が嫌で逃亡した若者が無理やり軍人たちに連れて行かれる映像が報道されたし、違法にケガをして逃れるていた者たちを処罰するという報道がされたのだ。そこらのことも考えると徴兵制はキツイ以外のなにものでもないと考えられるのだ。
「私の国はとても穏やかで住み易い国だったからな。そんな国を守りたかったのだ」
「ほぉー、いつから入ったの?最近なんでしょ?」
「5歳の時だな」
音丸の質問にロリスは少し考え、答えた。その解答に驚いた弓はつい、大声で聞き返した。
「は?5歳?」
「あぁ」
普通じゃ考えられない年齢だ。5歳から兵隊に入りたいというのはただの夢、憧れる子供の話ではないか。それが実現するっていうのも不思議な気がする。
「しかし、何でこっちに?海外視察?」
音丸は食べ終え、割り箸を空になった丼の上に置いた。ゆっくりとロリスの話を聞くことができる。
「私の国は滅びた。行くあてもなく…気付けば以前来たことのあるここに着いていた」
「滅びた?」
弓と音丸は同時に聞き返した。その時真剣に話を聞いている二人の頭をわしっとつかむ者がいた。
「よぉっ、音丸。畑山」
いかにも独身ですって顔の三十路越えの自称かっこいいお兄さん先生の北海だ。
「先生…どうしたんですか?」
「昼飯だ」
北海は急に不機嫌そうに言う。確かに緑色のいい趣味とは言えない風呂敷に包んだ弁当をテーブルの上に置いてある。
「立派に包んでるが実はコンビニ弁当だろ」
弓はケラケラと笑いながら言った。北海は生徒たちから慕われ、ずいぶんフレンドリーな関係を築いている。築いているというよりは生徒によって築かれているという。タメ口をきかれているのもしばしば。
「フフン、聞いて驚くなw」
「誰も驚きませんよ」
北海の自慢宣言に音丸はしれっと呟いた。
「愛妻弁当さぁーっ」
「先生。愛妻って妻が作らないとできないものですよ?知ってますよね」 「恋人いても妻がいない先生には無理な代物だね。恋人も布団だろうし」
さりげに酷いことをズカズカと言う。北海の胸や体は言葉の刃で貫かれている。「恋人は布団」という一言で北海はノックアウトした。ずーんと落ち込み、テーブルの上に両手をついた。
そんなやりとりをよそに、ロリスは残りを食べていた。
「あ、ロリス。これ味見するか?」
弓は坦々麺を指さした。ロリスが食券を選ぶ時どれにでも興味を引いていたようだったので少しでも料理について知ってもらうためにも味見させてあげようと思ったのだ。
「あ、あぁ。戴こう」
ロリスは頷き、弓から手渡された丼を受け取り、スプーンで何度か麺をすくって食べようとしたが、毎回毎回麺だけが滑り落ち、取れなかった。ついに痺れを切らしたロリスはスプーンを置き、丼を抱えた。
こくっと一口スープを飲んだ瞬間、ロリスの目がカッと見開かれた。
ドンッ
ロリスは勢いよく丼を置き、口を押さえた。
「どうしたの?ロリス」 「どうしたロリス!?」
異常に気付いた二人はロリスにかけよった。ロリスは涙目で手を宙でつかむ仕草をしていた。まるで毒を飲んで苦しんでいるようだった。
「み…水…」
やっと発したロリスの口から放たれた言葉はその一語の単語だけだった。
音丸が水置き場から水を注いでくるとロリスに渡し、ロリスはそれを一気に飲み干すとやっと落ち着いたようだった。
「取り乱してすまなかった…」
まずロリスは頭を下げて謝った。
「いや、あたしの方こそ軽率過ぎた。ごめん。…アレルギー?」
「いや、辛いものや熱いものが苦手で…」
「そっか…どっちにしろごめん」
「いや、気にするな。私は構わない」
ロリスは落ち着き払い、淡々と言った。ロリスのことが少しずつわかってきて、そして弱みという弱点を知って…でもまだロリスのことが思い出せないのが非常に気になった。ロリスの方はこんなにも覚えていてくれているのに…
フッとロリスが寂しそうに笑った顔が脳裏に映り、消えた。




