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落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話  作者: 青井リンボ
第1部

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第55話

 バーグが鋸刃剣を肩から下ろした。


 その背後では、手下たちがミリーを収めた拘束箱を運び始めている。

 太い金属の取っ手を四人で掴み、崩れた車両の間を抜けようとしていた。


 サビは巨剣槍を支えに、片膝をついたまま息を吸う。

 胸の奥が軋んだ。 浅く吸っただけで、折れた骨が内側から肉を刺すように痛む。

 右手首には力が入りにくい。 片脚も痺れたままだった。


 立ち上がって、ミリーを追う。

 それだけのことができない。


 バーグがゆっくりと近づいてくる。 急ぐ様子はなかった。

 サビがもう、まともに戦えないことを分かっているようだった。

 手下へ向かえば、背後から斬られる。バーグへ向かえば、その間にミリーを運び出される。

 どちらを選んでも間に合わない。


「どうした?」


 バーグが笑った。


「さっきまで随分と威勢が良かったじゃねえか」


 サビは答えず、視線だけを動かす。

 拘束箱。 バーグ。

 ひび割れた床。巨剣槍が叩き込まれた跡。

 バーグの鋸刃剣が穿った亀裂。 砕かれた柱の根元。


 その下には、いくつもの魔力反応がある。

 ファングアント。

 深さも、正確な数も分からないが、地下で蠢いていることだけは分かる。


「しかし、笑えるよな」


 バーグの声が続く。


「ついこの間まで、まともに魔力も使えねえ奴隷だったガキがよ」


 一歩。


「でけえ武器を手に入れて」


 もう一歩。


「鎧まで着込んで、三ツ星になって」


 鋸刃剣の先が床を擦った。


「少しは自分が何かになった気でいたんだろ?」


 サビは巨剣槍の柄を握った。


「昔はトカゲモドキもろくに守れねえ」


 指に力が入る。


「俺に殴られても、地べたから睨んでることしかできなかった」


 バーグが拘束箱へ顎を向ける。


「今度はあの女か?」


 サビの目が僅かに動いた。


「守ってやってるつもりだったか?」


 バーグが喉を鳴らして笑った。


「結果は同じじゃねえか」


 拘束箱が、少しずつ遠ざかっていく。


「トカゲモドキも持っていかれた」


 一歩。


「あの女も持っていかれる」


 また一歩。


「お前はそこで、何もできずに見てるだけだ」


 サビは巨剣槍を支えに、ゆっくりと腰を上げた。


「何が変わったんだよ、お前」

 

 あの時は、見ていることしかできなかった。

 今だって、勝てるとは思っていない。ミリーを取り戻せる保証もない。

 それでも——まだ、何もできないと決まったわけじゃない。

 

(賭けだが……まだ分からねえだろ……!)

 

 右手首へ激痛が走る。

 それでも立つ。

 バーグが嬉しそうに口元を歪めた。


「そうだ。それだよ」


 サビは顔を上げた。痛みに歪んだ顔の中で、目だけが真っ直ぐにバーグを捉えていた。

 地べたへ叩きつけられても、なお食らいつこうとする獣のような目だった。


「昔からその目だけは変わらねえ」


 バーグがにやけ面をより深くしながら、鋸刃剣を構えた。


「何もできねえくせに、睨むことだけは一人前だ。そういう奴をズタズタにするのが、……最高なんだ」


 サビは答えなかった。

 巨剣槍を軽量化すると、腕へ掛かっていた重みが消えた。


「……あ?」


 サビは両手で柄を握り、巨剣槍を大きく振り上げた。

 傷んだ身体でも、軽くした武器なら持ち上がる。

 巨大な黒い刃が、頭上を越える。


 バーグの眉が動いた。

 視線が各所をめぐる、刃の軌道、サビの足元。

 そして、広範囲に走った床の亀裂。

 バーグの笑みが消えた。


「てめえ――!」


 踏み込む。

 だが、その時にはもう、巨剣槍は振り下ろされ始めていた。


 サビは歯を食いしばる。

 

 軽い刃が加速する。

 残っている力を全部使い、床へ向けて振り抜く。


 そして命中する寸前、サビは巨剣槍へ魔力を叩き込んだ。

 刃の周囲に、赤黒い炎のような揺らぎが噴き上がる。

 重量が跳ね上がった。


「やめろッ!」


 バーグが叫びながら、鋸刃剣を差し込もうとする。

 しかし、超重量となった巨剣槍は、差し込まれた鋸刃剣を弾き返した。

 鋸刃の一部が砕け、金属片が宙を飛ぶ。


 そのまま、巨剣槍が床へ激突した。

 轟音。

 地下空間そのものが跳ねた。


 巨大な刃が古い床材を粉砕し、衝撃が放射状に走る。

 すでに刻まれていた亀裂が一斉に繋がった。

 サビを中心に床が沈む。


 一拍遅れて、広範囲が崩れ始めた。


「箱を下ろせ!」


 手下の一人が叫んだ。

 拘束箱を運んでいた男たちが足を止める。


 だが、遅い。

 足元が斜めに傾いた。

 一人が滑り、拘束箱の端が床へ激しくぶつかる。


「支えろ!」


「足場が崩れるぞ!」


 柱の根元を太い亀裂が走る。

 地下から、何かが押し返すような低い轟音が響いた。


 床材が次々と割れ、瓦礫と砂埃が巨大な亀裂へ吸い込まれていく。

 柱の一本が傾き、天井を巻き込みながら倒れる。


「クソガキィ!」


 バーグが鋸刃剣を床へ突き立て、崩れていない場所へ飛び移ろうとした。

 手下たちは拘束箱を落とさないよう必死に踏ん張っている。


 もはや誰もサビを見ていない。

 沈む中サビは、腰の袋へ手を突っ込んだ。

 指先に触れた小瓶を掴む。

 魔物寄せ。

 床がさらに大きく沈んだ瞬間、瓶をバーグへ向けて投げた。


「――あ?」


 瓶がバーグの足元へ落ちて、乾いた音を立てて砕けた。

 黒い粉が弾ける。

 バーグの脚。 赤い鎧。 周囲の瓦礫。

 濃い匂いが一気に広がり、バーグが自分の足元を見る。


「……おい……」


 サビは巨剣槍の最大重量化を解除した。

 同時に、自分と武器を軽量化する。


「てめえ、まさか!――」


 床が完全に抜け、足元が消える。

 サビの身体が、瓦礫と共に地下へ落ちた。

 拘束箱も傾いた床を滑る。


「うおッ!」


 支えていた男たちごと、大きな穴へ飲み込まれていく。

 バーグが鋸刃剣を近くの柱へ引っかけた。


 刃が深く食い込み、一瞬、身体が止まった。

 だが、その柱にも、サビの一撃で走った亀裂が届いていた。


「ふざけんなッ!」


 柱が折れた。

 バーグの身体も、瓦礫の中へ消える。

 轟音と共に、天井も床も次々と崩れ落ちた。


 落下しながら、サビはミリーを入れた拘束箱を探す。

 砂埃の中。

 崩れる床材の隙間に、金属の外殻が一瞬だけ見えた。


「ミリー!」


 次の瞬間、大きな瓦礫が二人の間を塞いだ。

 サビの視界が砂埃に覆われた。

 肩と背中へ石片がぶつかる。


 軽くした身体が何度も弾かれ、落下する向きが定まらない。

 巨剣槍が手から抜けそうになる。

 サビは柄へしがみついた。


 下には、ファングアントの蠢く魔力の気配が急速に近づいてくる。

 崩落に反応し、地下にいた群れが一斉に動き始めていた。


 やがてサビの身体が、斜めに積もった瓦礫へ叩きつけられる。

 そのまま石の斜面を転がり落ち、硬い地面へ背中から落ちた。


 肺から空気が抜ける。

 視界が暗くなりかけた。

 それでも、サビは意識を手放さなかった。


「ミリー……」


 掠れた声が漏れる。

 周囲では、まだ小さな瓦礫が降り続けている。

 男たちの悲鳴。金属の軋む音。

 ファングアントの鳴き声。


「クソがぁぁぁ!」


 その向こうから、鋸刃剣が何かを叩き砕く重い音が響いた。

 サビの視界に、数体の掘削種や見た事のない上位種が、魔物寄せにつられて声の方へ向かって行くのが見えた。


 サビは瓦礫の上へ手をつき、身体を起こそうとした。

 肩へ力を入れた瞬間、胸の奥を鋭い痛みが貫く。


「ぐ……ッ」


 肘が崩れ、再び地面へ伏せた。

 崩落前にバーグから受けた傷に、落下の衝撃まで重なっている。

 

 息を吸うだけで肋骨が軋んだ。

 片脚は痺れ、右手首もまともに曲がらない。

 このままでは、ミリーの場所を探すことすらできない。


 サビは震える手を腰へ伸ばした。

 装備の隙間に取りつけていた小袋は、半分ほど千切れている。

 中を探り、硬い瓶へ指をかけた。

 

 回復薬。

 ステラの店で買ったものだった。

 瓶には細かな亀裂が入っていたが、中身はまだ漏れていない。


(そういや、ステラの婆さんの店、全然行ってねえな)


 不意に、薄暗い店内と、細く開いた老婆の目が浮かんだ。

 傷だらけのサビを見て、労わる様に薬を塗っていた。


 サビは兜のバイザーを上げ、栓を歯で引き抜いた。

 薬液を一気に口へ流し込む。

 強い苦味と、喉を焼くような熱が広がった。

 一口で止めず、そのまま瓶を傾け続ける。

 

 本来なら傷の程度に合わせ、少しずつ飲むものだった。

 だが、今は効き目を待っている余裕がない。

 空になった瓶を投げ捨て、さらに予備を取り出す。


 二本目の栓も噛み切った。

 胃の中へ薬液が落ちた直後、全身が内側から熱を持ち始める。

 傷口の周囲が脈打つ。

 胸の痛みが消えたわけではない。

 折れた骨が戻ったわけでも、裂けた肉が完全に塞がったわけでもない。


 それでも、呼吸をするたびに意識を奪っていた痛みが、少しずつ遠のいていく。

 痺れていた脚にも熱が戻った。

 右手を握る。

 痛みは残っているが、指は動く。


「……動ける」


 サビは巨剣槍を杖代わりにして立ち上がった。

 視界が一度、大きく揺れる。

 

 回復薬をまとめて飲んだせいか、心臓が速く脈打っていた。

 全身が熱い。

 傷が治ったというより、身体が無理やり動かされている感覚だった。

 薬が切れれば、反動が来る。それまでにミリーを見つけなければならない。


 サビは周囲を見回した。

 崩落した床材と柱が、地下空間へ斜めに積み重なっている。


 ところどころに、手下たちの呻き声が聞こえた。

 少し離れた場所では、ファングアントの甲殻が瓦礫を擦っている。

 

 さらに奥から、鋸刃剣の轟音が続いていた。

 バーグは生きている。

 魔物寄せへ集まった群れと戦っているらしい。


 サビはその音とは別の方向へ意識を向けた。


「ミリー」


 返事はない。瓦礫の間を探る。

 地下の魔力反応は、崩落前よりさらに乱れていた。

 

 ファングアント。

 負傷した人間。

 壊れた魔導具から漏れる魔力。

 それらが狭い地下空間で重なり、ミリーの位置を判別できない。


 サビは巨剣槍を担ぎ、瓦礫の山へ足を踏み入れる。


 薬で鈍った痛みの奥から、身体の各所が悲鳴を上げていた。

 それでも、足は動いた。

 サビは拘束箱を探し、崩れた地下区画を進み始めた。


 瓦礫の向こうから、男の呻き声が聞こえる。

 折れた床材の隙間を抜けると、バーグの手下が一人、片脚を瓦礫に挟まれていた。

 

 その近くに、別の男が倒れている。

 肩から血を流しながらも、まだ意識はあった。

 サビの姿に気づくと、男は傍らに落ちていた鉤槍へ手を伸ばした。


「止まれ……!」


 サビは答えず、巨剣槍を軽量化した。

 男が鉤槍を構えるより早く、刃を振り抜く。


 巨剣槍が男の身体を捉え、そのまま壁へ叩きつけた。

 鈍い音が響く。

 男は壁際へ崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「くそ……!」


 脚を挟まれた男が、腰の短剣を抜く。

 サビは足元へ巨剣槍を差し込み、瓦礫ごと横へ押し流した。

 男の身体が床を滑り、崩れた穴の縁まで運ばれる。


「待――」


 刃を返す。

 巨剣槍に弾き飛ばされ、男はそのまま穴の中へ落ちていった。

 下から、短い悲鳴と甲殻の擦れる音が響く。


 サビは振り返らなかった。

 倒すことが目的ではない。

 ミリーまでの道を空ければ、それでいい。


 瓦礫を越えた先で、拘束箱の一部が見えた。

 大きな床材が斜めに倒れ、その隙間へ挟まるようにして止まっている。

 

 金属製の外殻には亀裂が走り、蓋が外れていた。

 フレームも大きく歪んでいる。


「ミリー!」


 サビは瓦礫を踏み越え、箱へ駆け寄った。

 内部の拘束帯が何本か千切れている。


 手足を固定していた金具も、片側が外れていた。

 魔力阻害装置は砕け、魔石から弱い光が漏れている。


 その中で、ミリーは目を閉じたまま横たわっていた。

 額から血が流れ、白銀の髪へ赤い筋を作っている。


「おい」


 返事はない。

 サビは箱の縁へ膝をつき、ミリーの胸元を見る。

 僅かに上下している。息はある。


 サビは短く息を吐いた。


(生きてるな……)

 

 賭けだった。

 あのまま連れていかれ、自分は殺されるなら、床を崩落させようと思った。

 なんとか、ミリーは息があり、ここまでは賭けに勝っている。

 

 背後で瓦礫を踏む音がした。

 振り返る。

 別の手下が、片腕を押さえながら近づいてくる。


 顔は血と埃に汚れ、もう片方の手には短槍が握られていた。


「そいつを置け……」


 男が槍を突き出す。

 サビは立ち上がらない。

 低い姿勢のまま巨剣槍を片手で振り、接触の瞬間だけ軽量化を解いた。


 重さを取り戻した刃が、槍の穂先を横へ弾く。

 そのまま柄を手の中で滑らせた。

 反対側の石突が男の胸へ届く直前、再び重さを戻す。


「ウゴッ……!」


 男の身体が浮いた。

 背後の瓦礫へ落ち、崩れた床材の間へ消える。

 もう立ち上がる者はいなかった。


(頭がさえてるな……)


 痛みが遠のいたことで、魔力を切り替える瞬間へ意識を集中できていた。

 回復薬で傷が治ったわけではない。


 それでも、身体が動く間だけは、以前よりも巨剣槍の重さを細かく扱える。

 サビは巨剣槍を床へ置き、拘束箱へ向き直った。

 歪んだ金具へ指をかける。


 力を込めた。

 右手首に痛みが走る。

 回復薬で鈍っていた傷が、奥で軋んだ。


「ぐ……ッ」


 それでも手を離さない。

 外れかけた拘束具を引き剥がす。


 胸と腰の帯を切り、ミリーの身体を箱から引き出した。

 頭が床へ落ちないよう、首の後ろへ腕を回す。


 身体は力を失っていた。

 サビはミリーを抱き起こし、背中へ回した。

 両腕を自分の肩へかける。

 

 腰を落とし、脚へ力を入れた。

 全身の傷が一斉に痛んだ。

 それでも、立ち上がる。


 背中の重みが、一歩ごとに肩へ食い込んだ。


(……俺は、本当にアオを探してたのか)


 そんな考えが、不意に浮かんだ。

 探していないわけがない。

 アオをもう一度、この手で抱きしめたい。

 その気持ちは、今も変わっていない。


 だが、それが本当に叶うとは、心のどこかで思っていなかった。

 やらなければならないから、やる。

 死にたいわけではない。

 それでも、駄目なら駄目で仕方がない。

 これまでの自分は、ずっとそうだった気がする。


(……いつからだ)


 ミリーの体温が、背中を通して伝わってくる。

 浅い呼吸。

 肩へ回された腕。

 この重さが消えれば、もう二度と感じられない。


 脳裏に、ぽつぽつと浮かぶものがあった。

 

 まだ最後まで読んでいないコミック。

 レオルの部屋には、続きが何冊も積まれている。

 

 あの爺さんの露店にも、まだ知らない話が並んでいた。

 自分が知らないだけで、物語はいくらでもあるらしい。


 鉄環と過ごした時間も、大して長くはない。

 それでも、飾りのない声で助かったと言われた。

 酒場で肩を組まれ、囲まれるのは居心地が悪かった。

 だが、悪い気はしなかった。


 聖堂で見た2つの星。

 双星祭の夜、金と銀の光が空を埋めた。

 どれが自分の星灯かも分からないまま、隣にはミリーがいた。


(……ああ、そうか……)

 

 気づけば、サビの口元がわずかに持ち上がっていた。

 笑うつもりなどなかった。

 ただ、喉の奥から乾いた息が1つ漏れた。

 それは苦しげな息にも、笑い声にも聞こえた。


(ここで……終わりたくねえなあ……)


 サビは、その言葉を初めて自分の中ではっきりと認めた。

 これまでも、生き残ろうとはしてきた。

 だが、生き残った先まで欲しいと思ったことはなかった。


 アオを見つける前に死んでも仕方がないとは、もう思えない。

 背中の重みが消えないように。

 まだ知らない話を、いつか最後まで読めるように。


 サビは巨剣槍だけを軽量化し、逆手で引きづる様に運んだ。

 ミリーの重さは、そのまま背負う。


 背後では、ファングアントの甲殻が砕ける音が響いている。

 鋸刃剣の轟音。

 バーグの怒声。

 それらが地下通路を震わせた。


「クソガキィィィッ!」

 

 サビは振り返らない。

 追いつかれる前に、少しでも距離を取る。

 それだけを考え、ミリーを背負ったまま地下通路の奥へ進んだ。

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