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落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話  作者: 青井リンボ
第1部

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第26話

 女は巨剣槍の柄尻へ顔を近づけた。


「少し触っても?」


「ああ」


 返事を聞くより早く、女は欠けた断面へ指を伸ばしていた。

 眼鏡の奥の目が、内部に刻まれた細い回路を追っていく。


「なるほど。外側は高密度の暗銀。内部には、魔力伝導用の別素材を埋め込んでいるのか」


「おい。勝手に話を進めるな」


 トレックが止めるが、女は聞いていなかった。


「しかも、回路は刀身ではなく、柄尻へ向かって伸びている。武器そのものを強化するだけの構造ではないね」


 女は柄尻の断面を覗いたまま、楽しそうに笑った。


「欠けた先に、何か付いていたのではないか? 柄から流し込んだ魔力で、別の機構を作動させるための回路に見える」


 一息に言い切ると、女はサビへ向き直った。

 目を細め、頭から足元までをまじまじと見つめる。

 サビは初めて見る異様な態度に、どう反応するべきか決めかねていた。


「それに、これをキミが使っているというのも面白い」


 女は巨剣槍の柄へ目を落とした。


「高密度の暗銀でこの大きさだ。普通の人間が持ち上げられる重さではない。通常の魔力強化だけで扱うにしても、随分と効率が悪い」


 再び、興味深そうな視線がサビへ向けられる。


「となれば、キミは重量か、力か、それに近い何らかの変質魔力を使っているわけだ」


「おい、さすがに――」


「先ほどの発注額を三割増しで払おう」


 トレックの制止へ、女の声が重なった。

 言葉の内容を理解できず、トレックが困惑した顔をする。


「……は?」


「追加分は、この武器の加工設備を使わせてもらう費用だ。それに私は、暗銀の精製技術についても多少の知見がある。必要なら、それも提供しよう」


「勝手に決めるな。そいつはうちの武器じゃないぞ」


「分かっているとも!」


 女は即座に答えると、今度はサビへ笑いかけた。


「というわけで、私にもこの武器の整備へ関わらせてくれないか?」


「というわけで、じゃないわよ!」


 たまらず、ミリーが二人の間へ割って入った。


「さっきから何なのよ、あなた。名前も名乗らないで、どんどん話を進めて――」


「それは失礼!」


 女は大きく目を見開き、片手を額へ当てた。


「私はベロニカ! これでも、この街で一番の魔導技術者だ!」


 大仰に名乗りを上げながらも、その視線はサビと巨剣槍からほとんど離れていなかった。


「それに個人的にも、ぜひキミとは仲良くしたいと思っている!」


「それが余計に怪しいのよ!」


 ミリーが声を上げる横で、サビはベロニカの言葉について考えていた。

 要するに、この女は巨剣槍の修復を手伝うと言っている。

 何を目的にしているのかは分からない。だが、こちらにも利があるのなら、最初から拒む理由はなかった。


 サビの脳裏に、これまで巨剣槍を振るってきた時の感触が蘇る。

 大きく欠けた穂先。

 罅の入った刀身。

 攻撃受け止めるたびに歪み、振るうたびに壊れていく柄。


「整備って、具体的に何――」


「まず、キミの能力に合わせた再設計ができる!」


 サビが言い終えるより早く、ベロニカが答えた。


「素材と形状を見直せば、全体の強度を上げられる。空気を受けにくい形にすれば、今より振りやすくもできるね!」


 さらに巨剣槍の柄尻を指差す。


「内部の回路も、今ある構造を壊さずに残せる可能性がある。新しい機構を加えるにしても、後から手を入れられる余地を残しておいた方がいい!」


 ミリーの文句など聞こえていないように、ベロニカはサビを見つめ続けている。

 サビは独特な会話の間に顔をしかめながらも、言われた内容を1つずつ吟味した。

 そして、トレックへ顔を向ける。


「腕は確かなのか?」


 問いかけられたトレックは、我に返ったように瞬きをした。

 ベロニカと巨剣槍を交互に見た後、渋々と頷く。


「少なくとも、技術と知識は本物だ。この前も魔導槌の修理と改良を頼んだが、仕上がりに文句はなかった」


「なら――」


「ただし」


 トレックはサビの言葉を遮り、ベロニカを睨んだ。


「こいつは、できることと、やっていいことを同じ勢いで話す。任せるなら、何をするつもりか1つずつ確認しろ」


「失礼だな。私は常に技術的な可能性を提示しているだけではないか!」


「それが危ないと言ってんだよ!」


 トレックの声を聞き流し、ベロニカは再びサビへ問いかけた。


「では、了承してくれるかね?」


 サビはひとまず頷く。


「……ああ」


 ベロニカは数秒ほど返事を待つように、サビの顔を見つめた。


「……それで、了承したという意味か? 不満は? 条件は? 何も言わないと判断できないのだが!」


 困ったように眉を寄せ、再びまくし立ててくる。

 サビはさらに困惑しながら答えた。


「そんな細かいことは、これから決めていくしかないだろ。取り敢えず、進めるって意味だ」


「なるほど! では合意成立だね!」


「だから、そうやって勝手に先へ行くな……」


 トレックが疲れたように口を挟んだ。

 


 

 こうして、ベロニカを交えた巨剣槍の再設計が始まった。

 まず行われたのは、サビがどこまで大きく、重い武器を実戦で扱えるかの確認だった。


 工房に積まれていた太さや長さの異なる鉄骨を借り、一本ずつ重量を変えて持ち上げていく。

 単に軽くするだけなら、現在の巨剣槍を大きく上回る鉄骨にも能力を行き渡らせることができた。

 

 だが、武器として振り回すとなれば話は別だった。

 全長が伸びれば、軽くしても空気に押される。重量を戻した瞬間には、武器に引かれる力も大きくなり、踏み止まるために自分の身体への負担も増えていく。


 何度か鉄骨を振った末、サビが無理なく軽量化を維持し、身体の重量変化へ回す余力も残せる限界が定められた。

 新しい巨剣槍は、元の形より1回り太く、穂先と柄尻の欠損分を含めて全長も長くする。


 素材には、工房で大型建材にも使われている貧者の暗銀を追加することになった。

 さらに、ベロニカが提供した精製方法を用いることで、同じ素材でもこれまで以上の強度を引き出せるという。

 この技術にはトレックも大いに喜び、巨剣槍の加工費を割り引くと、上機嫌で約束するほどだった。


 魔力との馴染みが悪く、通常の武器には不向きな金属だったが、サビには関係がない。

 刃物としての切れ味も捨て、叩き潰す厚い稜角へ衝撃を集中させる構造にすれば、必要なのは素材そのものの強度だった。


 ベロニカは振り抜く際の空気抵抗を減らすため、正面から見た幅を抑え、中央部を厚くした断面を提案した。


 元から内部に残されていた魔導回路には手を加えず、柄尻には将来別の機構を接続できる余地を残す。


 壊れかけたゴーレムの武器をそのまま元へ戻すのではない。

 サビの能力を基準に、別の武器へ作り変えることになった。

 


 

 一通りの検証を終え、巨剣槍の設計仕様が固まった。

 その後、トレックから提示された見積額を見て、サビの額に冷や汗が浮かぶ。


「……あぶねえ」


 割引後の加工費は、47万エクス。

 ゲッテルへ支払う防具の代金46万と合わせれば、ゴアグリズリーを倒して得たサビの取り分約100万エクスは、ほとんど残らない。


 しかも、これはトレックが約束した割引を適用した後の金額だった。

 ベロニカが加工技術を提供していなければ、サビ個人の手持ちだけでは支払えなかったという。


「本当に危なかったわね……」


 ミリーも見積書を横から覗き込み、僅かに顔を引きつらせた。


「……だが、払える」


 サビはもう一度金額を確認してから、見積書をトレックへ返した。


「頼む」


 トレックは見積書を受け取ると、大きく頷いた。


「引き受けた。完成は五日後だ」


「五日で終わるのか?」


「最初の二日で、こいつと細かい設計を詰める」


 トレックは親指でベロニカを指した。


「残りの三日で加工と調整だ。実際に持たせて確認したいことが出たら、連絡を入れる」


「ああ。分かった」


「では、商談成立だね!」


 ベロニカが満足そうに両手を打ち合わせた。

 そのままサビへ顔を向け、眼鏡の位置を指で直す。


「ところで、キミはこれから予定があるかね?」


「……」


 サビは振り向いて横を見た。

 顔を向けられたミリーは、顔をしかめたまま黙っている。

 

「……特にない」


「それは素晴らしい! ならば食事に行こう!」


「何でそうなるのよ」


 ミリーが即座に口を挟む。


「まだ話したいことがあるからだとも!」


 ベロニカは当然のように答えると、加工台の巨剣槍を指差した。


「それに、私は精製技術を提供し、加工費の割引にも貢献した! 食事の席で少しくらい話を聞いてくれても、罰は当たらないと思うのだが?」


 サビは口を閉じた。

 実際、ベロニカがいなければ、巨剣槍の加工費は手持ちを超えていた。


「……分かった」


「決まりだね!」


 ベロニカはサビの返事を聞くなり、その背中を押しながら加工場の出口へ歩き出す。


「ちょっと待ちなさい!」


 ミリーが慌てて二人の後を追った。


「私も行くわよ!」


「もちろん構わないとも! 席は空いている!」


「そういう問題じゃないわよ!」



 

 工房を出たサビたちを待っていたのは、大型の魔導車だった。

 細長い黒色の車体には目立った傷や汚れがなく、側面には銀色の装飾が走っている。

 敷地へ来る途中、幹線道路から入っていくのを見かけた車だった。


 運転席には若い方のシスターが座り、慣れた手つきで魔導車を動かしていた。

 後部の広い座席にはベロニカが腰を下ろし、その隣には老いたシスターが静かに控えている。

 車内には柔らかな座席が向かい合わせに設けられ、床には厚い敷物まで敷かれていた。


 車体が動き出しても、サビたちが普段使っている魔導車のような激しい振動や軋み音はほとんどない。

 サビは柔らかすぎる座席へ浅く腰を下ろし、周囲を警戒するように見回した。


 やがて魔導車は職人街を離れ、石造りの大きな店の前で止まった。

 案内された店内には白い布を掛けた机が並び、食事をしている客たちの衣服も、サビたちとは明らかに違っていた。


 個室へ通されると、店員が料理について説明を始める。

 聞いたことのない料理名が次々と並び、使われている食材すらサビにはよく分からなかった。


「遠慮する必要はない! 肉がいいかね? 魚か? 甘いものも評判らしいぞ!」


「水だけでいい」


「それでは食事に誘った意味がないではないか!」


「何を食わせるつもりか分からねえ」


「普通の料理だとも!」


 ベロニカは心外そうに両手を広げた。


「……毒なんて入れないわよ。そんな面倒なことをしなくても、話を聞くだけなら逃げないでしょう」


 ミリーが疲れた様子で言う。

 結局、サビは店員へ最も単純な肉料理を頼み、ミリーも同じものを注文した。

 料理が運ばれてくるまでの間、ベロニカは机の上で指を組んだ。


「さて、本題に入ろう!」


「あのゴーレム武器の話じゃないのか」


「それも話したいが、今回はキミ自身についての話だね」


 ベロニカは眼鏡の奥から、サビを真っ直ぐ見つめた。


「旧時代の遺物の中には、魔力変質者のために作られた装備が存在する」


「変質者専用の装備?」


 ミリーの問いに、ベロニカが大きく頷く。


「変質者は、通常の魔力を使った肉体強化や防具の強化ができない。その不足を外部の装備で補うために作られたものだ」


「そんなものがあるのか?」


「ああ! 偶然オークションで見つけてね、かなり高かったよ!」


 ベロニカの声が一段高くなった。

 しかし、すぐに声を落とす。


「……だが、実際に人間へ接続し、性能を確かめたいのだが、なかなか了承してもらえなくてね」


「怪しいからな」


「戦闘に向いた肉体強化系等の変質者は、自分の能力だけですでに十分強い。危険を冒してまで得られるものが、補助程度では割に合わないと言う!」


 トレックにも話を持ちかけたが、炉の火を維持するために身体へ機械を入れる気はないと断られたらしい。


「だが、キミは違う!」


 ベロニカは身を乗り出し、サビを指した。


「重量を変えられる一方で、身体の強化や反動の制御には制限がある。魔導核による補助を、最も有効に使える可能性が高い!」


 サビは腕を組み、ベロニカの説明を聞いていた。


「身体に着けるだけで使えるのか?」


「いや! 使用者の動きを正確に読み取るには、神経と直接接続する必要がある!」


「どうやって繋ぐ」


「脊椎に沿って接続用のコアを埋め込む。多少大がかりな手術にはなるがね!」


 サビの表情が僅かに険しくなった。

 その横で、ミリーも警戒を隠さず問いかける。


「それで、成功する可能性はどのくらいなの?」


 ベロニカは顎へ指を当て、僅かに視線を上げる。


「腕のいい医者は抑えてある。後は現在の技術と設備、それに過去の実験記録を照らし合わせれば――」


 一度言葉を切ると、満面の笑みを浮かべた。


「正直に言って、五割だね!」


「低すぎるでしょ!」


 ミリーが即座に声を上げた。

 サビも手を止め、ベロニカの顔を見る。


「失敗したらどうなる」


「接続に失敗するだけなら、装置を摘出して終わりだ。ただし神経を損傷すれば、手足が動かなくなる可能性がある。さらに悪ければ――」


 ベロニカは指を一本立てる。


「死ぬね!」


 あまりにも軽い口調だった。


 サビは一瞬だけ黙り、隣にいるミリーと顔を見合わせた。

 ミリーの表情も、聞き間違いを疑うように固まっている。


「……断る」


「そうか! やはり五割では不足か!」


 ベロニカは残念そうに眉を下げた。

 危険性を理解していないわけではないらしい。

 ただ、それ以上に成功した場合の成果へ意識が向いているようだった。


「当たり前よ!」


 ミリーが机へ身を乗り出す。


「しかし、成功すれば現在とは比較にならない戦闘能力を得られる! 危険と成果の釣り合いとしては、悪くないと思うのだが!」


 サビは自分の腕へ目を落とした。


 巨剣槍の反動を受けるたび、腕や肩には傷が増えていく。

 身体を補助する装備が役に立つこと自体は分かる。


 それでも、今ある手足と命を半分の確率で失うほどの価値があるとは思えなかった。


「……問題なく動けてる今は、そう思えないな」


「もっともだね」


 ベロニカは意外にも素直に頷いた。


「ただ、覚えていてほしいんだが、仮に手足を失ったとしても、一般的な魔導義肢はキミには使えない可能性が高い」


 サビは腕から顔を上げた。


 今すぐ必要な話ではない。

 それでも、自分には関係のないはずだった負傷が、急に現実味を帯びたように感じられた。


「……何でだ?」


「多くの魔導義肢は、使用者自身の通常魔力を神経の代わりに流して動かす。キミの魔力は重量変化へ変質している以上、そのままでは駆動系を制御できない」


 ベロニカは眼鏡の位置を直し、サビの腕を観察するように目を細めた。


「だからこそ、外部から魔力を供給し、神経信号だけを読み取る方式が必要になる。私の手元にはまさにそんな、素晴らしい技術の遺産があるのだよ!」


 そう言って、ベロニカは深くため息をつくと眉を下げる。


「……しかし、手足が欠けるのを待つのも面倒だな……」


 椅子が床を擦り、鈍い音を立てた。

 サビは反射的に腰を浮かせ、ベロニカを睨む。

 自分の発言がどう受け取られたのか、ベロニカも遅れて気づいたらしい。慌てて両手を上げた。


「違う! そういう意味ではないんだ!」


「どういう意味だ」


「決して、魔導車で事故を装って突っ込もうなどとは考えていない!」


「思ってないと、そんな発想出てこないでしょ!」


 ミリーが机へ手をつき、声を上げる。

 ベロニカの隣に控えていた老シスターは、静かに目を閉じて小さく息を吐いた。

 どうやら、こうした発言を聞くのは初めてではないらしい。


「誤解だとも! 私はただ、キミが重傷を負う可能性を前提に、将来的な選択肢を――」


「それ以上喋らない方がいいわよ」


「なぜだね!?」


「喋るたびに怪しくなってるからよ!」


 ミリーの声に、ベロニカは納得できない様子で首を傾げた。

 それでも、これ以上勧誘を続けるつもりはないらしい。


「……まあ、現時点で乗り気ではないのなら仕方がないね」


 腰のベルトにつけられた小さな鞄を探り、一枚の薄い金属板を取り出す。


「これを渡しておこう」


 差し出された板を、警戒しつつサビは受け取った。

 表面の中央には三日月の紋章が刻まれ、その周囲を囲むように細かな文字が並んでいる。

 裏面にも幾つもの文字が刻まれていた。恐らく、名前や住所なのだろう。


「魔導核の件で気が変わった時はもちろん、遺跡で妙な遺物を拾った時でも構わない。そこを訪ねてくれたまえ!」


「読めねえ」


 サビが答えると、ベロニカの笑みが固まった。


「……読めない?」


「ああ」


「……では、失くさず誰かに見せてくれ! キミ本人が来れば、それで分かる!」


 ベロニカは即座に言い直す。

 サビは名刺を一度裏返してから、腰の荷物入れへしまった。

 その様子を見ていたベロニカは、大きく頷く。

 

「うむ! 再び会える日を楽しみにしているよ!」


 眼鏡の奥から向けられる視線に、サビは僅かに眉を寄せる。

 その横では、ミリーが最後まで警戒を解かないまま、ベロニカを睨んでいた。

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