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落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話  作者: 青井リンボ
第1部

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第25話

 ゲッテルから受け取った紙を頼りに、サビとミリーは職人街の南側へ向かった。

 工房が近づくにつれ、道を行き交う魔導車の数が増えていく。


 荷台へ金属板や太い鉄骨を積んだ車両が、地面を揺らしながら二人の横を通り過ぎた。車輪が土と石を踏み固め、幹線道路へ続く深い轍を作っている。


「たぶん、あそこね」


 ミリーが前方を指した。

 

 職人街の端に、周囲の工房とは比べものにならないほど広い敷地があった。

 敷地の一部は、魔導車の行き交う幹線道路へ直接面している。開け放たれた入口からは、鉄骨や金属板を積んだ大型車両が、絶えず出入りしていた。


 その中に混じり、一台の魔導車が敷地へ入っていく。

 荷役用の車両とは違い、細身の車体には汚れや傷がほとんどなく、黒い外装の継ぎ目には銀色の金属が整然と走っていた。駆動音も周囲の車両より小さく、滑るように敷地の奥へ消えていく。


 サビは一度だけそちらへ目を向けたが、すぐに工房へ視線を戻した。


 太い鉄骨や黒ずんだ金属板が、壁のような高さまで積み上げられていた。その間を作業員たちが行き交い、荷車や簡易クレーンを使って資材を運んでいる。

 敷地の奥には、倉庫にも見える巨大な建物がそびえていた。

 屋根からは三本の太い煙突が伸び、黒い煙を空へ吐き出している。


「随分でかいな」


「建物の梁や魔導車まで作ってるなら、これくらい必要なんでしょうね」


 入口の上には、歯車と槌を組み合わせた大きな看板が掲げられていた。

 ゲッテルから聞いた目印と同じだった。


 二人が敷地へ足を踏み入れると、金属を打つ音が四方から押し寄せてきた。

 槌が鉄を叩く甲高い音。


 巨大な部材を削る低い摩擦音。

 鎖が張り詰め、重い金属が吊り上げられる音。


 さらに建物の奥からは、炉の熱気と燃料の焦げた臭いが流れてくる。

 サビは行き交う作業員や魔導車を避けながら、周囲を見渡した。


 ゲッテルの工房では、作業台の上に載せられる防具や革を扱っていた。

 だが、ここに並んでいるものは違う。


 金属板の一枚だけでも人間の背丈を超え、加工途中の骨組みは、小さな建物のような形をしていた。


「こいつなら、確かに混じっても目立たないな」


 サビは肩に担いだ巨剣槍へ目を向けた。


「十分目立ってるわよ」


 近くを通った作業員が、二人と巨剣槍を交互に見ながら足を止めた。


「何の用だ?」


 サビは懐からゲッテルに渡された紙を取り出した。


「これを見せろと言われた」


 作業員は紙を受け取ると、書かれた内容へ素早く目を通した。


「ゲッテル爺さんの紹介か。ついて来てくれ。トレック加工主任に取り次ぐ」


 そう言うと、作業員は巨大な建物の中へ入っていった。

 サビたちも作業の邪魔にならないよう、巨剣槍を担ぎなおすとその後を追う。


 入口を越えた途端、肌を焼くような熱気が顔へまとわりついた。


 内部では、炉から赤く熱せられた金属の塊が運び出されていた。

 複数の男たちが長い器具を使い、天井から伸びた太い鎖を操作して、金属を巨大な加工台の上へ載せていく。


 作業員たちが離れると、頭上に据えられた巨大な魔導槌が動き出した。

 轟音とともに、赤熱した鉄を規則的に打ち据える。

 床が僅かに揺れ、空気を震わせる衝撃がサビの腹まで伝わってきた。


 サビたちは先導する作業員の指示に従い、資材や作業員の動線を避けながら、建物の隅へ移動する。


 その先では、さらに大きな炉が赤い光を放っていた。

 燃え盛っていた炎が一度弱まり、炉の前に立っていた男が片手を上げる。

 男は厚い革の前掛けと、金属で補強された作業用の保護具を身につけていた。


 剥き出しになった両腕には、古い火傷の痕が幾重にも残っている。

 顔の右側にも、頬から首筋へかけて皮膚が引きつれたような痕があった。


 男が炉の中へ手を向ける。

 その腕に赤い燐光がまとわりついた。

 次の瞬間、炉の奥で炎が爆ぜた。

 低い轟音とともに赤い火が一気に広がり、弱まっていた炉内を再び満たしていく。


 周囲の作業員たちは驚く様子もなく、炎の勢いを確かめると、燃料と空気を送り込む装置を調整し始めた。


「あの人も変質魔力者ね」


 ミリーが小さな声で言った。


「ああ。火か」


 サビは、男の腕へ集まった魔力を見つめた。

 魔力の気配そのものは感じ取れる。

 だが、普通の人間が纏うものとは質が違っていた。


 通常の魔力が、形を変える前の水のようなものだとすれば、男の魔力は最初から熱を孕んでいる。


 サビが持つ魔力も同じだった。

 重さを変える以外には使えない代わりに、通常の魔力とは明確に異なる性質を持っている。


(こいつも、俺と同じか)


 しばらく炎を送り込んだ後、男は僅かに顔をしかめ、腕を振った。

 先ほどの火炎の濁流が一瞬で消える。

 

 男は水を張った桶へ手を突っ込み、腕を冷やしてから、再び炉の状態を確かめていた。

 火を起こせるからといって、熱まで無視できるわけではないらしい。

 先導していた作業員が、その男の元へゲッテルからの手紙を持っていく。


 男は手紙へ目を通し、しばらくするとサビたちの方へ顔を向けた。その視線が、サビの肩に担がれた巨剣槍で止まる。

 手紙を作業員へ返すと、そのまま二人の元へ歩いてきた。


「こちらがトレック加工主任だ」


 作業員はそう紹介すると、一礼して自分の持ち場へ戻っていった。

 トレックと呼ばれた男は、サビの肩に担がれた巨剣槍を見上げる。


「……なるほどな」


 火傷痕の残る顔が、僅かに険しくなった。


「武器の修理を頼みたいってのは、それのことか?」


「ああ」


「まずは確認させてくれ。引き受けられるかどうかは、それからだ」


 トレックはサビたちを、建物の奥にある加工場へ案内した。

 そこだけでも、ゲッテルの作業場の数倍はある。


 床には太い金属の溝が走り、巨大な部材を固定するための金具や鎖が幾つも並んでいた。壁際には、人間の胴ほどもある工具や、用途の分からない大型の器具が置かれている。


「そこへ載せてくれ」


 トレックが指したのは、分厚い金属板を太い脚で支えた作業台だった。

 サビは巨剣槍を持ち上げ、台の中央へ静かに下ろす。

 鈍い音が響いた。


 だが、ゲッテルの工房では床や台を沈ませていた巨剣槍を載せても、作業台は軋み音1つ立てなかった。

 トレックは刀身の端から柄元までを一度見渡すと、厚い手袋を外した。


「随分と使い込んでるな」


 欠けた刃へ指を近づけ、走っている罅を目で追っていく。


「どこで手に入れた?」


「遺跡のゴーレムが持っていた」


 トレックの手が止まった。


「……ゴーレムの武装か」


 先ほどまでとは違う目で、もう一度巨剣槍全体を見直した。


 


 刀身の先端と柄尻は大きく欠け、刃にも幾つもの刃こぼれが生じていた。

 その中でも最も大きな欠損から、細い罅が刀身の内側へ向かって伸びている。


 柄は人間が両手で握れる限界に近い太さだった。よく見れば、度重なる衝撃によって僅かに歪んでいる。


 全体は黒く、光沢のない金属で形作られていた。

 トレックは表面を指先で軽く撫で、露出した断面へ目を凝らす。


「貧者の暗銀か……それも、かなり高密度に加工されてる」


「分かるのか?」


「ああ。ここじゃ梁や魔導車の骨組みにも使うからな。ただし、同じ暗銀でもこいつは別格だ。今の工房で同じ密度に仕上げようとすれば、手間も金も相当かかる」


 トレックは欠けた柄尻の断面を覗き込むと、眉をしかめた。

 黒い金属の内部に、細い線が幾重にも走っている。


「……何らかの魔導回路が組み込まれてるな」


「魔力を通すためのものか?」


「おそらくな。暗銀そのものは魔力の馴染みが悪い。だから別の金属を細く埋め込んで、回路にしてあるらしい」


 トレックは作業台の脇から細い金属棒を取り、断面に露出した線を指し示す。


「刀身の中だけじゃない。欠損した柄尻の方にも、先まで回路が続いてる」


「何のためだ?」


「そこまでは分からん」


 トレックは柄から刀身へ視線を移し、腕を組んだ。


「武器を強化するだけなら、回路を全体へ均等に通せばいい。だが、こいつは柄尻の方へ何本も集まってる。何か別の仕掛けが付いていた可能性が高いな」


 サビは折れた柄の先へ目を向けた。

 これまで、そこに何かがあったとは考えたこともなかった。


「直せるのか?」


「罅を塞いで、外側を補強するだけならできる」


 トレックは大きく欠けた刀身を指で叩いた。


「だが、炉へ入れて鍛え直せば、埋め込まれた回路はまず潰れる。欠けた部分へ別の金属を継ぎ足すにしても、回路まで元どおり繋げられる保証はない」


「武器として使えるなら、それでいい」


「今はな」


 トレックはそう答えると、もう一度柄尻の断面を覗き込んだ。


「だが、何の仕掛けかも分からんまま潰すには、少し惜しい代物だ」



 

 トレックがそう呟いた時、加工場の入口から複数の足音が近づいてきた。


「トレック加工主任。先ほどの魔導車フレームについて、正式に発注をいただきました」


 工房の紋章を胸につけた男が、書類を抱えて入ってくる。

 その隣には、長い髪の女が歩いていた。


 髪は黒に近い紫色で、腰の辺りまで伸びている。丁寧に整えている様子はなく、幾つかの毛束が肩や背中でばらばらに跳ねていた。

 細い金属縁の眼鏡をかけ、その奥の目元には薄く隈が浮かんでいる。

 身につけている服は高価そうだったが、袖を無造作に捲り、腰には工具や小型の魔道具を詰め込んだベルトを下げていた。


 その後ろには、二人の女が一定の距離を保って続いている。

 二人とも黒い頭巾と、身体の線を隠すゆったりとした黒衣を身につけていた。胸元には、月を模した銀色のペンダントが垂れている。


 若い女の方は、細い剣を腰に差しており、無表情でついて来ている。

 

 もう一人は白髪の混じった老女だった。

 黒衣から覗く手足には、指先まで布が何重にもまかれており、腕裾には僅かなふくらみがあった。

 深く刻まれた皺と穏やかな表情だけを見れば、教会にいる年老いたシスターにしか見えない。

 だが、その背筋は真っ直ぐに伸び、歩く足取りにも僅かな揺らぎもなかった。

 

「詳細な寸法については、後日こちらの技師から改めて――」


「なかなか面白そうなことになってるじゃないか!」


 女が営業担当の説明を遮り、声を上げた。

 トレックは女へ目を向けると、火傷痕の残る顔を露骨にしかめる。


「商談は終わったんじゃなかった――」


「終わったね! 確認したいことも済んだところだ!」


 トレックが言い終わる前に、女が勢いよく言葉を被せた。

 トレックの顔がさらに険しくなる。


「……なら、さっさと帰ってくれ……」


 女はすでにトレックを見ておらず、加工台の巨剣槍を見つめていた。

 そして、その近くに立っているサビへ目を留める。


「……ほほう!」


 眼鏡の奥の目が、僅かに見開かれた。

 次の瞬間、その口元に面白そうな笑みが浮かぶ。

 トレックはその表情を見ると、さらに眉間の皺を深くした。


「おい。余計なことを考えるなよ」


「まだ何も言っていないではないか」


「その顔をした時のお前は、碌なことを考えとらん」


 女はトレックの言葉を聞き流し、サビへ近づいてくる。


「前に話した件なら、もう断ったはずだぞ」


「今日はキミに用があるわけじゃない!」


「……客に絡まないでくれ」


 二人のやり取りに、サビとミリーは顔を見合わせた。

 女はサビたちのすぐ近くまで来ると、加工台の上に置かれた巨剣槍を覗き込んだ。


「これは遺跡から持ち出したものか?」


「ああ。ゴーレムが使っていた」


 サビが答えると、女の視線が巨剣槍からサビへ移った。

 赤錆色の髪と傷だらけの顔を一度見た後、肩や腕、掌へ順に目を走らせる。


「キミが使っているのか?」


「ああ」


 女はもう一度、巨剣槍を見た。

 その笑みが、先ほどより少しだけ深くなった。

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