第2話
遺跡から脱出したサビは周囲を見渡し状況確認と索敵を行った。
時刻はまだ日が出てから時間がたっていないようで、遺跡の出口周辺は植物が侵食しており周囲は森のようになっている。
魔物や人間の気配はなく、目の前には金属でできた乗り物のような物が3台止まっており、それは自分や組織の人間が乗ってきたもので、そのうちの一台が奴隷を乗せる窓が一切ないタイプだった。
サビには使い方が全く分からないため徒歩で移動することにした。
馬車モドキの移動してきた跡をたどり森さえ抜ける事が出来れば、遺跡内で盗んだ地図と周辺の特徴から目的地である町への行き方が分かるはずと考えているようだ。
サビはスラムと奴隷生活を通しての知識しかなく、それ以外の場所での危険性などは全くの未知数である。しかし、行動せねば状況は悪くなる一方であるのは間違いないため、遺跡での探索と同じように周辺への警戒を行いつつ道の端の影になるところを慎重に歩んでいった。
しばらく進んでいると、はるか前方から何らかの集団がこちらへ向かってきているようだった。
(あいつらの仲間だったらマズイな…いったん身を隠そう)
前方の集団が遺跡荒らしの仲間である可能性が高いと考えたサビは、道から大きく外れ森の中の影から様子を見ることにした。
ある程度全貌が確認できるようになった集団は、馬車モドキが一台と馬のような物に乗った人が5人で遺跡に方へ向かって移動している。幸いサビは道の外れギリギリを歩いていたため見つかってはいないようだ。
馬車モドキの窓から、特徴的な赤い鎧を来た人物が顔を出し馬に乗った人物に声をかけている姿を確認すると、サビはすぐさま遠ざかり始めた。
(あの赤い鎧は拠点で見たことがある)
やはり遺跡荒らしの仲間達だったため接触しないように注意しながら移動することに決め、サビはゆっくりと森の奥へ入っていった。
森の中では移動している方角が分からなくなり、視界も悪い為サビの表情にも焦りの色が見える。
(このでかい武器は軽くして持ち運べるからいいけど同時に複数の物を軽くするのは難しいな…)
サビは、移動しながら身に着けたものだけでなく自分自身の体も軽くできればと考えるものの、かなりの集中を要するため、周囲の警戒をしながら慣れない森の中では能力で軽くするのは1つが精いっぱいのようだ。
武器は手放すことはできない以上、このまま安全な所へ到達できるまで現状がずっと続くことになるが、せっかく回ってきた自由へのチャンスを無駄にしたくない為黙々と進み続けていく。
やがて、はるか前方に見える木々の数が減っており、森の出口が近いことを察したサビは、焦りにより早足になり周囲への警戒が疎かになってしまった。
10歩ほど歩いたところで、突然斜め前方から茂みをかき分けオオカミ型の魔物が飛び掛かってくる!
間一髪のところでなんとか反応が間に合い、のどを食いちぎられることは避けたものの肩の肉を深く傷つけたようだ。サビは一気に集中力を取り戻し魔物と周囲の状況把握を行った。
サビの前方には、飛び掛かってきた魔物とそのほかに同型が3体おり、周辺からもうなり声が聞こえ魔力の気配を探ると自分が囲まれていることを悟った。
(畜生油断した!だけどまだ腕は動く)
このままでは死角から攻撃されつつ消耗し致命傷を負ってしまうと判断したサビは、すぐさま正面の魔物を攻撃し包囲網に穴をあけ森を強行突破する事にした。
サビは両手で大槍を振りかぶると前方の魔物へ素早く駆け出し、射程圏内まで近づくと一気に横薙ぎを行った!
「オラアア!」
軽い状態で十分な加速をつけた巨槍を魔物へ向けて振りぬいた、当たる直前に元の重量に戻すことによって必殺の威力にした一撃は長大なリーチと速度も相まって避けきる事が出来ず、魔物3体すべてを巨大な刃が木もろとも巻き込んで断ち切った。
仲間が行動不能にされたうえ、異様な破壊力を目撃した魔物の群れの思考の空白を縫うように、すぐさまサビはしびれる両手に活を入れ、大槍を軽くして一気に森の外へ駆け抜けた。
「ハアハア…」
森から抜けた後もしばらく走り続け、魔物も周囲にはいないことを確認したサビは呼吸を落ち着けてから周りを確認した。周囲は一面草原のようだ。サビはその中で点在する大きな岩陰の1つに身を隠しつつ体を休めることにした。
先ほどの狼の群れも前までのサビならなすすべもなく食い殺されていただろう。しかし今では対抗できる手段が手に入り、先ほどの魔物を薙ぎ払った光景を思い出すと爽快感のようなものも感じていた。
サビはすぐに気を取り直し先ほど魔物につけられた傷の様子を見ると、出血は止まっているようだ。サビの認識でも昔より回復速度がかなり早い気がするが、知識がないため出血が止まり痛みも引いているなら問題ないと考え、これから向かう先について考えることにした。
地図を広げ現在地の把握のために周囲の景色から目印になるようのものが無いか探し始めると、巨大な塔のような物が遠くのほうで視認できる上、それはスラムで生活していた記憶の中あった景色の物に似ているため塔に向かって移動することにした。
(昨日から全然寝てないがメシを食ったらすぐに出発しよう、暗くなる前には何とか到着したい)
サビは頭上を仰ぎ、太陽がまだ真上には来ていないことを確認すると、リュックから魔物肉と盗んだ食料を取り出し食べた後また歩き始めた。
その後、道中には手に負えない魔物に出会うこともなく、移動中に日没を迎えてしまったが塔はまばらに光を放っており、そのまま強行したほうが良いとサビは判断して月明りと塔の光を頼りに移動を続けた。
やがてサビは太陽が沈んでからずいぶん経って目的地へ到着した。
町は巨大な壁で囲まれた内壁側と壁の外に集まるようにしてできたスラム街で構成されている。
スラム街へは特に入るために検査や検問などなくそのまま入ることができる。通行人はまばらでうっすらと明かりが灯されている場所があるようだ。
聞こえてくる通行人の話からこの町はビルヒリーと呼ばれているようだ。
サビの疲労もピークに達しており早く眠る場所を見つける為、たどり着いた感慨に浸る間もなく周囲を探索し始めた。
昔のようにゴミ溜めの近くで野宿をするつもりだったサビだが、真夜中にもかかわらず明かりが灯されている通りに出たため周囲を観察することにした。
すると、1人で通りを歩いている男が、軒先の前に立っている男に話しかけており、会話の中で眠るだけでいいという言葉があったため、サビは二人のやり取りを注視した。
「1人できょう一日泊まるだけなら1000エクスだ」
「もうちょっと安くならねえのか」
「それじゃあ他を当たりな」
その後は、客の男が硬貨を支払い部屋の場所を伝えられ宿の中へ消えていった。
(さっき渡していたのが1000エクスか)
そのやり取りを見ていたサビは、男が渡していた硬貨と同じものが自分の手元にも十分あることを確認して、同じように宿をとることにした。
「今日眠るだけでいい1人だ」
「…分かった、じゃあ1000エクスだ」
サビの持っている巨大な武器に面喰いながらも宿屋の男は先ほどと同じ値段を提示した。
サビは、1000エクスを渡し宿屋が硬貨を確かめた後、部屋の場所を伝えてきた。
「俺の後ろの入り口から入って1階の右の一番奥だ、カギは入ったらドアの内側からしかかけれないようになってるからな、部屋の物を壊したら弁償してもらうからな」
「ああ」
サビは了承を示すと、すぐさま部屋へと向かった。鍵を閉めた後、一気に疲労が噴き出し立つこともできなくなったため、荷物を適当に放ってかび臭いベットへと体を横たえた。
生まれて初めてゴミ溜めや土の上以外で寝る為、サビはあまりの心地よさにすぐさま深い眠りへと落ちていった。
次の日、サビは人生で初めての熟睡から目を覚ました。まず感じたことは熟睡によって疲労がかなり取れており思考や体の調子がかなり改善されている事だった。
更に、昨日から自分の人生が大きく変化し、これからへの期待に今まで体験したことのない高揚感に包まれている。
今日の行動方針は、スラム街の様々な部分を観察し自分が生きていく上での手がかりを掴む事にしたサビは、荷物をまとめから宿を出て当てもなく歩き始めた。
サビにとっては、昔は生きるためにゴミ溜めや道端などで食えるものだけを探しており、全くほかのことには目もくれていなかった為、周囲から得られる情報は真新しいものばかりで飽きることなく観察を続けている。
途中の屋台で買った肉料理などは天にも昇るような感動で、追加で何本か食べてしまった。
サビもようやく硬貨の重要性を深く理解し、硬貨を得る方法につながりそうな情報に集中して収集を続けている。
人に直接何かを聞いたりする事はほとんどせず、他人同士が行っているやり取りからこのスラム街の文化を学んでいるようだ。なぜそのような方法をサビが取っているのかといえば、物心ついてからこれまでは少ない食料を奪い合ったり、大人から理不尽な目にあったりして生きてきた為、警戒心が強く見知らぬ人との会話などが苦手なためだ。
そのままにぎやかな商店が並ぶ通りの外れまで来たところで、サビはあるものに目を引かれた。
それは、絵を使った一人芝居のようなもので、老人が一人でやっていた。それはサビには珍しく映った。
芝居の内容は、英雄譚のような物で、様々な危機や困難を英雄や仲間達が乗り越えていくものであった。
周りの人々は芝居には目もくれず、自身の生活のために様々な活動を行っている。
しかし、サビはスラムに来たばかりでまだ硬貨にも余裕があり様々なことに興味を持っていたため、芝居をじっくりと見ることにしたようだ。
一通りサビが芝居を見て抱いた感想はただ面白かった。という事だった。
サビにとって、生まれて初めての英雄譚だったため夢中になって見ていた。
やがて芝居は終わったようで、老人は片づけを始めている。サビは芝居を一通り見たため、対価を渡さなければと思い声をかけた。
「いくら払えばいい?」
「おやあ珍しい、じゃあお代の代わりにこの芝居についてどう思ったか教えてくださいな」
「それでいいのか?」
「はい結構です」
「面白かったけど…あんな風に助けてくれる奴なんているのか?」
サビの人生では物心ついた時から、怪我や病気になっても誰も自分の手を取ってはくれず、1人で何とかしなければならないのではないかと思いながら生きていたため仲間については余り理解できなかった。
「直接は見たことありませんがどこかでそういう人がおったことは聞いたことがありますな」
「なんで助けようと思うんだ?」
「それは人それぞれの考え方によるためわかりませぬ、ワシの場合はただ困ってる人の力になりたいと思ったから…ですかのう」
「そういうものなのか。…俺には分からないな」
「それは残念ですなあ、しかし芝居を見てもらい更にこうして感想を聞かせてもらったのも久しぶりですわい、…それではこの辺で失礼させてもらいます」
足を引きずりながら立ち去っていく老人の背中を眺め、サビは全く未知の価値観について考えていたが何も明確な答えが浮かんでこなかった為、そのまま町の観察に戻っていった。
翌日、サビは宿で一泊し朝から周辺をまた歩いて、スラム街の観察をしていると人だかりができている所に出くわした。遠巻きから中心に何があるのだろうとみているとそこには昨日の芝居をしていた老人が血だまりの中に倒れていた。サビにとっては、今までの人生で食料の奪い合いにおける競争相手や、奴隷時代の組織の人間以外では、初めて面識のある人物だったため衝撃が大きかった。
しかし、はたから見てもう死んでいるのは間違いないようだ。何が起きたのか周囲の人々が話していた。
「あの芝居やってる気狂い爺さんじゃねえかなんでこんな事になってんだ」
「人さらいが、ガキをさらおうとしたみたいでこの爺さんが止めに入ったみたいだぜ」
「なんでそんなことしたんだろうね、敵いっこないのに」
やがて、老人の死体は何処かへ運ばれて行き、後には廃材で作ったぼろぼろの芝居道具だけが残ったが、
それもごみのように道の端へと寄せられるか目ぼしいもは人々に持ち去られ、何事もなかったかのようにサビのよく知っているスラムの光景に戻っていった。サビは道の端に寄せられた芝居道具の残骸をしばらく眺めた後、町の雑踏へ戻っていった。