第17話
サビとミリーは教練機関の適性調査を受ける為に、内壁の一角にある演習場へ来ていた。
周囲にもまばらに人がおり、それぞれが魔物を模した演習用ゴーレムを相手にしたり、動きの確認などを行っている。
サビは新調したばかりの毛皮と無骨な金属鎧を組み合わせた装備に兜も装着し、長大な刃渡りと柄を持った槍とも剣とも付かないような特大武器を担いでいる。遠目から見れば、黒い異様な左腕に巨大な武器を持ち、鎧に身を包んだ獣の様だ。
ミリーの方は、開闢軍に支給された魔力伝達効率に優れた繊維と金属で作られた防具に身を包んでおり、白の衣服に所々が白の金属で補強されている。白銀の髪と褐色の美貌も相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
ミリーはサビの左腕を見ると、おずおずといった様子で状態を聞いた。
「何とかなったみたいなの?」
サビはミリーに見せるように黒い義手を掲げると、指をそれぞれ動かしたりして見せた。
「ああ、内壁の技術はすごいもんだな、初めは少し鈍さもあったが昨日はずっと動かしてたらほとんど違和感も消えたし、むしろ以前より力も強くなった」
兜のバイザー部分を上げているサビは、安心させるようにぎこちない笑みを浮かべた。ミリーもようやくほっとしたような表情になり、胸をなでおろすように息を吐いた。
「そっかあ…よかったあ」
そうして会話を続けていると、準備の為に場を離れていたサビとミリーの担当官であるマシューが戻ってきた。
マシューの後ろには、白衣や制服を着た人物達が数名ついて着ており、その中には教練機関長のエリザや、研究員のベロニカも混ざっている。
マシューはやや緊張気味の強張った表情で、サビとミリーに適性調査の説明を始めた。
「改めて説明するが二人の戦闘員としての適性を見させてもらうのが目的だ。先ほどは簡単な能力調査を受けてもらったが、次はそれぞれの戦闘能力を模擬戦によって調べさせてもらう…まずはサビからだな」
説明を終えたマシューの背後から一人の男が前に出てきた。
金髪を軽やかに流した碧眼の男で端正な顔立ちをしており、歳はサビと同世代だ。身に着けている物は通常の開闢軍の制服と違い、内壁の有力な一族に特有の特別仕様の装備で、白いコートを翻させながら腰には細身の剣を下げている。
男は冷ややかな目でサビを見つめており、見下している姿勢を隠そうとしていない。
「アレックス・クーガーだ。今日は貴様の模擬戦の相手を努めさせてもらう」
アレックスという男は自己紹介後すぐに腕を組んで黙り込んだ。自身の出身であるクーガー家は内壁側の名門であり、幼少期からの英才教育と優れた装備の供給などを受けているエリートだ。
その為、サビと言う外壁出身の相手をしなければならない事に、プライドを刺激され不満を感じている。
「ええと…まあ二人とも配置についてもらおうか」
マシューは気まずそうにしながら模擬戦の準備の為に進行を続け、促されたサビとアレックスは広場へと足を進めると、お互いに距離を取って向き合った。周囲にもちらほらと訓練中の兵士などが集まってきており、野次馬を始めている。
ミリーはそっとサビへと応援の声をかけている。
「これから保護魔術を二人に付与するぞ」
マシューがそう言うと控えていた兵士が四人ほどサビとアレックスを囲み、それぞれが魔力を使い保護魔術を発動した。
使われた魔術は、事前にサビとアレックスに渡した魔道具と地面に埋め込まれた媒体によって発動するものだ。効果としては魔道具を所持した人間へ一定以上の攻撃が加えられた際に自動で発動する物で、安全に訓練を行ったり内壁の防御機構などにも使用されている。
「判定は相手の保護魔術を発動させた時点で決着とする…よし、準備は整ったようだな、ではエリザ教練機関長の合図で始めてもらう」
マシューは準備が整ったことを確認すると、責任者であるエリザに伝えて開始の許可を持った。
いよいよ模擬戦が始まろうとするタイミングで、アレックスの魔力も高まりを見せており、サビの方は魔力の特性上構えを取っただけだ。
そんな二人の姿を見たマシューは、サビへと同情の念を抱いた。
(気の毒だな…いくら同世代とは言えエリートクラスの奴をあてがうなんて、ミリー君と引き離そうとしてるようだが…上の連中もえげつないな)
ここに来ている見学者の殆どがミリーと言う優れた人材への興味を抱いて集まっている為、碌な魔力も扱えないサビには注目されていない。
更に開闢軍とは各都市の有力者が集まる組織の為一枚岩とは言えず、優秀な人材を陣営に引き込むために水面下では様々な政治的駆け引きが行われているのだ。
その一環としてミリーと一緒にいるサビに対して自信を喪失させるような場面を作り、自然とミリーと疎遠になるように仕向ける事も行われている。
模擬戦開始の合図を待つサビは身構えたまま、細身の剣を構えたアレックスの様子を観察していた。
(魔力量は結構高いな、バーグより上か?…周囲のレベルが上がりすぎて感覚が狂うな)
相手の魔力量はバーグ以上であり、短期間で相対する敵の強さが跳ね上がったことにサビは内心呆れつつも戦意は漲っていた。
バーグ戦でようやく重量変化のコツを掴み、サビ自身の戦闘スタイルの確立を感じたが、左腕を失う負傷とその後の圧倒的な実力者の敵にに成す術も無く、試す機会に恵まれなかった。
しかし、今は新しい義手と装備に身を包み、万全の状態で臨む戦闘を前にサビは興奮を抑え込むように集中した。
サビの中で何かが噛み合い始めているのだ。
「それでは…始め!」
エリザが模擬戦の開始を伝えると、すぐさまサビは巨槍だけでなく自身を軽量化して一気に踏み込んでいった。
(魔力は体に集中しているな…)
サビはアレックスの魔力の纏い方を把握しつつ、一気に右から薙ぎ払いを仕掛けた。
唸りを上げて襲い掛かる巨大な鉄塊に対して、アレックスは一気にステップで後ろに下がって回避すると、すぐさまサビへと突きを放った。
しかし、避けたはずの巨槍がすぐさま切り返されて襲い掛かってきたので、アレックスは攻撃を中断しすぐさま跳躍して避けようとしたが、まるで予見したかの如く巨槍の軌道が変わり空中にいるアレックスへと襲い掛かった。
空中にいるアレックスへと大質量の一撃が襲い掛かり、魔力を込めた剣で受ける物の大きく跳ね飛ばされる。
空中で身を捩り態勢を整えて着地したアレックスへ、すぐさまサビは追撃の為に踏み込んできており、一気に鉄塊を振り下ろした。
アレックスはたまらず剣に魔力を込めると、頭上から襲い掛かる攻撃に対して、横から打ち込んだ。
受け流すために放った剣が振り下ろされる巨槍に接触すると、良くて逸れる程度のハズが大きく弾き飛ばされるように巨槍が横へと流れていった。
アレックスは予想外の軽い手ごたえで振りぬいた勢いで体勢を崩してしまっていた。そこへ弾き飛ばされた勢いのまま駒の様に体を回転させたサビが、横薙ぎに巨大な質量で殴りつけた。
サビ自身と武器を両方軽量化する事で、相手の攻撃の勢いをそのまま自身の攻撃に転用するカウンターだ。
アレックスは流石に目を見開くと、一気に襲い掛かる鉄塊に対して青白く光る魔力の盾を発動した。それは簡易的に発動する魔道具を使用した即効性のある防御魔術である。
魔力の盾に黒い靄を纏った鉄塊が激突すると、凄まじい衝撃音と魔力の粒子が弾け飛んだ。受け止めるはずだった魔力の盾は、質量の増加した巨槍に食い破られ、アレックスを大きく吹き飛ばしたのだ。
(まさか、ここまでやるとはな…)
エリザは驚いてサビの実力を上方修正しており、この一連の攻防を見ていた周囲の人びとからもどよめきが上がっていた。
振り抜いた体勢からすぐに構え直したサビの視線の先で、アレックスは受け身を取ると立ち上がった。
直撃はしたものの咄嗟の魔力盾によって威力を減衰した為、ダメージはそれほど大きくはないようだ。
アレックスは憤怒の形相でサビを睨みつけたが、すぐに大きく深呼吸すると元の表情に戻った。
(仕留めきれないか…次からは相手も全力できそうだな)
サビはより鋭くなった魔力感知により、相手の行動をある程度読めるようになっていた。纏う魔力が武器か体の部位に偏れば、行動の目的が絞れる事を以前のバーグ戦でサビは気づき、今回の一連の攻防で実践し上手く行った。
更に相手の攻撃を利用した反撃も上手く行き、サビは手ごたえを感じていた。
「…舐めるなよ」
アレックスは静かにしかし明確な怒りを込めた声を出した後、魔力の出力を上げて一気に踏み込んできた。打ち合いではリーチや手数の差によって不利だと判断し、高火力で押し切るつもりだ。
相当な量の魔力が剣に込められているのを確認したサビは、自身も最大の一撃をもって迎撃する事を選びサビも踏み込んでいった。
アレックスは揺らぎが見えるほど剣に魔力を込めて、両手で大きく腰だめに振りかぶった。そして巨槍が届く前の距離で、一気に剣を振り抜くと魔力によって出来た巨大な衝撃波が発生し、サビへと襲い掛かった。
サビ自身の攻撃力は凄まじいが、防御性能が低いと踏んで大出力による面攻撃を選んだのだ。
(下民ごときが調子に乗るからだ)
大きく脱力感を感じながらも、アレックスは勝利を確信していた。
サビは迫りくる雪崩のような魔力の衝撃波に、勢いを殺さずに突進していくと巨槍を振りかぶり大きく跳躍を行った。
「サビッ!」
たまらず叫んでしまったミリーの声を聴きながら、サビは極限の集中をしていた。
(重量増加は装備の強度も上げる…同時発動…)
跳躍した勢いのまま、空中で大きく振りかぶった巨槍を一気に衝撃波へと振り下ろし、全力の重量増加を巨槍と全身の両方に付与した。
飛び上がったサビの体は、まるで赤色混じりの黒煙に包まれたかのような魔力を纏い、赤黒い軌跡を空中に残しながら青白く輝く衝撃波へと挑みかかった。
「オオォォ!」
それは海に落ちる隕石のような光景だった。
黒煙を纏う赤熱の一撃が、巨大な水面を打ち砕く様に衝撃波を叩き割り、周囲に衝撃波が拡散し、魔力の粒子が吹き荒れてサビとアレックスの姿が見えなくなった。
防御魔術を使用していた周囲の兵士たちもたまらず怯む中、徐々に視界が晴れてきた。
やがて一面を覆う青白い燐光が落ち着くと、吹き飛ばされて呆然としたアレックスと巨槍を突き付けたサビの姿があった。
あの衝撃波をサビは打ち破り、そのままアレックスへと致命的な打撃を与えアレックスの保護魔術を発動させたのだ。
「そ、そこまで!」
マシューは驚きから立ち直ると、すぐに模擬戦の終了を伝えた。
周囲の保護魔術を使用していた者たちも、サビの一撃からアレックスを保護するために力を使い切った様でへたり込んでいる。
周囲の見物人たちもまさかの結果に言葉を失っており、あまりに異様な戦い方をするサビに対し反応が出来ずにいた。
大きく息を切らしながらもサビは、達成感に満ちていた。
(上手く行ったな…それにしても素振りの時より魔力を消費しなかったのはなんでだ?…まるで魔力を取り込んだみたいな感触だったな…)
ミリーはサビの元へ駆け寄ってくると、自分事のように喜んでサビを労わると抱き着いてきた。
「すごいよサビ!本当にどうなる事かと冷や冷やしたよ!」
襲撃事件後から増えたミリーのスキンシップに戸惑いつつ、一旦考え事を中断したサビも悪い気はしなかった。
「いやはや、サビ君を過小評価しすぎていたようだ…感服したよ」
勝利の余韻に浸っている二人の元へエリザがやって来ると、サビへと称賛の言葉を投げかけた。後ろにはベロニカもついて来ており、熱心にメモに何かを書き込んでいる。
しかし、エリザの内心は複雑で確かにサビのような優秀な戦力は確かに好ましいが、若さによる伸びしろを考えても能力が特殊過ぎで持て余すのは確実だ。
今はベロニカと言う優秀だが妙な分野の研究にハマってしまった変わり者の協力しか得られず、装備の面でのバックアップも余り期待できない。
そこでエリザは、サビに抱き着いたままのミリーを見やった。
(ふむ…上からはそれとなく引き離せと言われているが…いやはや結果的に逆効果だったな…)
エリザは表面上はにこやかにしつつ、これからの方針について考えを巡らせていた。
(負けたのか…オレが…)
未だ敗北の衝撃から立ち直れず呆然としたままのアレックスは、医療班に囲まれてようやく動き出した。
屈辱を感じながら演習場の外へと歩いていたアレックスの先には、五人のグループが模擬戦の見物の為に集まっており、それぞれが一般兵とは違う専用の装備に身を包んでいる。
(特戦兵の連中か…俺だっていずれは…こんなところで…)
その姿を見たアレックスは、顔をゆがませると俯き、足早に通り過ぎて行った。
「思ったよりかなりやるな、あやつ」
アレックスとすれ違った特戦兵と言われるグループの内一人の男がサビを評価していた。
その男は歳は二十を過ぎないくらいで、伸ばした黒髪を後頭部で乱雑にまとめ、意思の強そうな顔立ちをしていた。装備は通常の制服ではなく着流しと言われる極東の衣服を身に着け、手足は金属の鎧で補強している。腰には極東の緩やかに湾曲した剣である刀を鞘に納めて差していた。
彼らは各世代の中で突出した実力を持つもの達のみが選ばれる特戦兵と言う存在であり、ゆくゆくは人類最高戦力である王の戦士入りも有望視される集団だ。
その特戦兵にミリーが入るのは確実と言われていたため見物に来ていたのだが、思わぬ新手の登場に他の特戦兵達もそれぞれサビに興味を示していた。
しかし、この世界にはまだまだ強敵が蠢いている。
終末の獣という人類を滅亡寸前まで追い込んだ、正真正銘の化け物たち。
ゾーネン結社を始めとした敵対組織達。
まだ見ぬ、未到達地域に眠る過去の遺産。
混沌とした世界の中、人知れず現れたサビは新たな境地へと到達しさらに歩みを進めて行く。




