三十五日目 香宗の戦い2
カンッ、カンッという音が前線に鳴り響く。熊と虎が戦い、それを見守る兵たちの姿。その光景がどれほど続いただろうか。初めはほぼ互角だったが、時間が経つにつれ、熊が押しているように見える。
「国虎よ!そんなものか!」
「くっ...!」
少しずつ前線が押しあがっていく。そんな時、敵の本陣から撤退を合図する法螺貝の音が聞こえてきた。
「ここまでのようだな。親政殿と手合わせ出来たこと光栄に思いまする。」
「待て!貴様ここで引いてどうする!儂らは城を取るために進むぞ!」
「では、またそこで相まみえることを願っております。それでは。」
そう言って国虎は兵を率いて下がって言った。
「....バカにしおって。全軍、これより追撃を行う!進めー!!」
「「おおっ!!」」
前線の維持をしていた俺と3人の町人の子はその指示を聞き、敵を追っていた。
「もしかして、敵大将を討ったのですかね。」
「いや、法螺貝の音がしたから恐らくは撤退だろう。」
「て、撤退したら良くないのではないか?オイラ達はこのまま城を取りに行くのだろ?」
「いくら兵が削られたからと言って撤退するのは愚策だろう。城が1つしかないあいつらはそこに籠城するしかないのだから。」
そう愚策なんだよ。なんで下がる...。
そう思いながら敵兵を追っていると、前方に馬に乗っている重俊を見つけた。
「重俊様!」
「おお、菊之助!此度も活躍したか?」
「いえ、今回は大人しくしております。」
そうかそうか、と重俊は笑って答えてくれた。
「お聞きしたいことがございます。」
「なんじゃ?」
「なぜ、敵は撤退をして行くのですか?城が1つしかない以上ここで引いてしまっては...」
「そうじゃの、しかし、何か策があるのだろう。罠を用意しているか、援軍が来るのか。」
「援軍でごさいますか?」
「ああ、国虎は一条 房基の娘を貰おておる。そのため、一条から援軍が来れば挟み撃ちが出来るということじゃ。」
じゃが...と重俊は続ける。
「一条は今、動けぬ。一条の北に宇都宮家というのがおっての。そこと婚姻をしていたのじゃが、房基が一方的に離縁をして恨まれておる。城を空ければ宇都宮に攻めれるじゃろう。」
「なるほど。」
「ま、安心せよ。此度の戦で安芸家は滅びるであろう。」
そう言って重俊は去っていった。俺たちはそのまま進軍して3日後、とうとう国虎を安芸城へと追い込んだのであった。敵は門を頑なに閉じ、籠城をしていた。籠城戦の前に軍議を行う、と国親が家臣を集めた。
「これは罠だと噂されておるが皆はどう思う。」
「某も罠かと思いますが、野戦にて兵を壊滅させたので問題ないかと。」
「敵の兵はたったの300。籠城したとしてもそう長くは持たないでしょう。」
「うむ、他にあるものはおるか。」
突撃あるのみでございますぞ!と親政。
それはない、と皆が口を揃える中、悲劇を告げる報せがきた。慌ただしく足軽が軍議へと入ってきた。
「申し上げます!本山 茂宗が兵を挙げ出陣したとの事!その数およそ7000!!」
「な、7000だと?!」
「あの領地でそのような数が集まる訳がなかろう!」
「そ、それが、軍勢の中には、一条と細川の旗印が...。」
「ほ、細川だと?!」
細川家は四国の北から京にかけてを支配する大大名である。
「なぜ、細川が今出てくるのじゃ!あやつらは東の方で忙しいはず...!」
「我らの数はおよそ1500。殿、どうされますか。」
「引き返しましょう!!」
「親政殿!お主に聞いておるのではない!」
「と、殿...。」
国親は7000だと、と言ったっきり黙っている。なにか策を考えているのだろうか。それとも....。
「孝頼、お主はどう思う。」
「恐れながら。ここで国虎を討ち、籠城するのが得策かと。」
「お、岡豊を諦めよと申すのか!!」
「落ち着け、親政!儂にも良い手が浮かばぬ...。口惜しき事よ。」
国親の一喝で静まり返る軍議。そこに口を開ける者はおらずただ、沈黙だけが続いていた。
「軍議中、失礼致します。」
その場に居たものが全員、声の主の方を見た。そこには菊之助の姿が。
ただの足軽が口を出すな!!と親政。
「良い!こやつはただの足軽ではない。先の戦で茂辰の首を取った者よ。」
「な!槍を投げ当てたという、ふざけた事は真だったのですか。」
「ああ。こやつには家臣として迎えてやろうと思っていたのだが、孝頼が風当たりが悪かろうと足軽大将で留めたのじゃ。」
「ならばこやつは足軽大将なのですか?!」
「いや、今は違う。最初は足軽からが良いと申すので、次の戦が終わるまでは足軽としておる。」
ならば、足軽如きがしゃしゃり出てくるでない!と俺に向かって言ってきた。
「.....しかし、もう、一戦交えてしまったの。」
「は?!」
「戦は終わっておらぬが、その最中ならば問題なかろう。」
「で、では?!こやつは正式に足軽大将になったと?」
「うむ。ここでこやつを足軽大将に任ずる事とする!」
良かったではないか!と重俊。
「有り難き幸せにございまする。」
「して、何用でここに?」
「はっ!軍議が進んでおりませぬ様でしたので、私から1つ案を出してもよろしいでしょうか。」
「な、なにを申すか!たかが足軽大将如きに!」
この人も懲りないなぁと思っていると、国親が申してみよ、と言ってくれた。
「はっ!本山の軍を城におびき寄せ全軍城へと入れます。国親様方は森に兵を潜ませておいてください。敵が城へと入ったのを確認したら門を外側から鍵をし、包囲すると言う案にございます。」
「な、なんだそれは!城をこちらから包囲するなど聞いたこともないぞ!」
「城に閉じ込めてどうする。打って出てきては意味がなかろう。」
「7日!7日間耐えてください。そうすれば皆空腹で死に絶えましょう。人間は何も食わずでは5日持たないと聞いたことがあります。」
ふむぅ、と皆俺の話を静かに聞いてくれた。
「おびき寄せるために城に残るものは全滅するのでは無いか?」
「勝つ為ならば仕方の無い犠牲かと。それに、日々稽古している場。抜け道なども知っておりましょう。いざとなればそこから抜け出し伏兵に交じりまする。」
「ならばもし、敵兵が全軍入らねばどうするのじゃ。」
「全軍入らせてみせます。なんせここに茂辰の仇の首があるのですから。」
「.....他に良い案がある者はおるか?」
誰も口を開かなかった。これ以上の策は誰も思いつかないのだろう。
「では、その策で行こう。皆の者、急いで支度をせよ!」
お、お待ちくだされ!と親政。
「と言う事は、この足軽大将に兵を持たせるということですか?」
「うむ、そうじゃ。足軽大将なのだから問題はなかろう。それともお主が決死隊の指揮を取ると申すのか?」
「死など怖くありませぬ!この命に変えても成し遂げてみせまする!」
「ならば、菊之助を与力にせよ。近くで見て、こやつの才を認めてやれ。」
「しょ、承知致しました。」
親政は不服ながら俺を与力として迎えてくれた。当分は口を聞いてくれなさそう。とほほ.....。




