十七日目 父と子
弥三郎が森に姿を見せなくなって3年が過ぎた。俺は13歳になり、戦に出れる歳になった。だが、そんな頻繁に戦は起きないため、いつもと変わらない日々を過ごしていた。
「ほらほら、まだ今日は1本も取れてないぞ!」
「兄貴が強すぎるんだ、よ!」
こいつは8歳になった弟の菊雪。蘭の代わりの監視役だ。相変わらず、白い肌が綺麗だ。くそ、美少年が!顔は負けても剣術では負けねぇと俺は大人げなく菊雪と組手をしていた。ちゃんと山菜を取った後に。
「菊岡流 薔薇突き!!」
菊岡流剣術俺が生み出した剣術だ。名前の菊と苗字の岡を取って付けた名だ。そのひとつを菊雪が使ってきた。が、しかしーーー。
「ほい。」
「いだぁぁ!!」
「まだまだ踏み込みが甘いぞー。」
突いてきたところを華麗に避け、その腕を少し叩いた。やはり俺の弟だけあってすごい才能だ。コツとか教えていなくてもすぐものにしてしまう。でも筋力や体力はまだまだだな。筋トレをしていたあの4年間はダテじゃなかったってことだな。
「そろそろ帰ろうか。」
「まだまだいけるよ!」
「もうそろそろ帰らないと遅くなっちゃうよ。」
不満気な菊雪を連れて帰路に着いた。帰る途中、馬に乗った甲冑姿の男が村を訪れるのを見た。その人の声は大きく、こちらまで聞こえてきた。
「先刻、本山城から5000の兵が岡豊城に向けて出陣したとの報せがあった!戦に出られるものは支度をし、明日卯の刻の正刻(午前6時)にここへ集合せよ!敵は本山家也!」
その男はそれだけ言って駆け去っていった。村は突然の事でザワザワとしている。
「聞いたかい?戦だって...。」
「あんた...。」
「くそ、行きたくねぇ...。」
村からは不安の声が溢れてくる。そんな村に一筋の光が見えた。
「大丈夫だ!!みんなで集まって戦えば勝てない相手はない!」
その声の主は父、菊次郎であった。
「菊次郎さん、そんなこと言ったって...。」
「大丈夫!前回だって誰も死なずに帰って来られただろう!」
前回とは8年前、俺がこの時代に来た時の戦の事だ。確かにあの時は誰も死なずに帰ってきた。と村の人々は言い始めた。不安で溢れていた村は1人の声によって段々と闘志に変わっていった。
「やってやる!」
「俺たちなら大丈夫!」
「菊次郎さん!俺たちはあんたに着いていく!」
「おう!背中は預けたぞ!がはははは!」
父さんって案外すごい人なのか?と思いつつ俺の心にも火がついていた。
「やっと、やっと戦に出られるんだ!」
「兄貴、そんなに出たかったの?」
「ああ、なんせ8年も待ったからな!!」
「???、でも父さんが許してくれるかな...。」
そんな菊雪の心配は今の俺には聞こえなかった。そしてその夜、家族で食卓を囲んでいる時。
「父さん、俺も明日戦に出るよ!」
いつもの事なら父さんは笑って応援してくれるだろうと思い、軽い気持ちで言った。だが、帰ってきたのは想像もつかないほどの反対だった。
「ダメだ。」
「え....。」
いつも笑っていた父さんの初めての真顔。いつも怒るのは母さん担当だったので見たことがなかった。
「な、なんで...。」
「ダメなものはダメだ。」
「どうしてだよ!理由を教えてくれ!」
「お前のようなまだ13の子供を連れて行けるわけが無いだろう。」
「戦には13になったら出なきゃ行けないんだろ?!」
「絶対に出ろとは言われていない。あくまでその家で出れる人が誰もいない場合だ。」
なるほど全員が出られるわけじゃないんだ。若虎が一度でもと言っていたのはこれのせいか。と若虎の言葉を思い出しながら思った。
「言っておくけど俺、父さんより強いよ。」
「ふざけたことを言うんじゃない!誰から言われたか知らないが、戦に出るなど絶対に許さないからな!」
「くっっ.....。」
初め父さんに怒られた。しかし、ここで引き下がれるほど8年分の気持ちは軽くない。
「なら、勝負しろよ。父さんなら組手知ってるよね。」
「ふん!それくらい知ってらぁ。だが刀がどこにあるってんだい。」
「俺が作った木刀が2つある。」
「そんなものいつ作ったんだ。」
「仕事の合間にね。今日のために隠れて特訓してたんだよ。」
「まぁ、だから山菜が取れてない日があったのね!」
と母さんが横から口を挟んできたが、今の俺達には関係ない。
「分かった。持ってくるといい。俺は表で待っていよう。」
その日は満月だった。月に照らされて明るい夜道。木刀を取って帰ってくることは容易だった。
「持ってきたよ。」
父さんは無言で受け取りそのまま構えた。
「さぁ、どこからでもかかってきな。」
「覚悟してよ父さん!」
最初から全力だ!その勢いで先手を取ろうと真っ向からいった。しかし、そう甘くはなかった。農民とは思えない程の筋力は飾りではなかった。重そうな体を軽々しく操る父さん。俺の攻撃は全て防がれ1本も取れない。
「くそ!なんでそんなに強いんだよ!」
「何年も前から戦に出ているんだ。刀の扱いには慣れているんだよ。」
「菊岡流 薔薇突き!」
こうなりゃやけだ!と思い繰り出した技。それは薔薇の棘のように鋭く突く技だ。父さんは少し驚いているように見えた。
「その技はどこで教わったんだ。」
「自分で生み出したんだよ!くそ、簡単そうに受け流しやがって!」
「ふーん。その見せかけの武士さんに少し本気を見せてあげよう。」
父さんは俺と間合いを少し空け、その場で構えた。父さんが繰り出したのは技ではなく、ただの突きだった。だが、その突きはまるで野生の獰猛な虎のようだった。
何を言っているのか分からないも知らないが、その通りに見えたのだ。俺はその迫力に負け怯んでしまった。寸前のところで体が動いたが腕を少し掠ってしまった。父さんは勝ちと見て気を緩ませたがーーー。
「まだだよ!掠っただけじゃ人は死なない!」
気の緩んでいる横腹を狙って木刀を振った。たがやっぱり難なく受け止められた。
「そうだな!その程度では負けにはならんな!ここまで来たら軽い怪我ではすまんぞ!」
「それはこっちのセリフだ!父さんこそ手加減して怪我したって知らないからな!」
俺と父さんの攻防はひたすら続いた。俺は密かにあの突きがもう一度来るのを待っていた。
「父さんはあの突きをどこで覚えたのさ。」
「がははは、それは俺に勝てたら教えてやろう!」
「そうかい!菊岡流 赤椿!」
これは前に山賊に繰り出した技だ。木刀から手を離し、落とす。地面に着く瞬間に蹴りあげ相手へ一直線に飛ばす技。
案の定、父さんは俺が木刀から手を離した事に驚き、一直線に飛んでくる木刀に、また驚いていた。父さんは木刀を弾き返すがその隙に俺は懐へと潜り込んだ。右手で鳩尾に1発。左手で顎にアッパー。たが、父さんには通用しない。
「そんなもんか!」
と俺を蹴り飛ばした。俺は着地と同時に木刀を拾い、再び構える。父さんも構え直した。そうあの突きの構えだ。
「今度は本気で行くぞ!」
先程よりはるかに獰猛な気配がする。俺は固唾を飲み込んだ。唾を飲み込んだ音がとてもうるさく聞こえた。
「集中しろ!」
そう自分に言い聞かせ、父さんの突きに挑みかかる。
「いくぞ、菊吉!!」
父さんは知っていた。その突きが当たってしまえば、タダでは済まないことを。そのため直前で力を弱めようと、自分の木刀に意識を向けた。
その一瞬だった。
気づけば父さんの目の前に俺の姿は無かった。父さんの視界から消えた俺は宙を舞い、頭上を飛び越え、俺の木刀は後頭部を叩いていた。
「菊岡流 舞い桜。」
父さんはそのまま気を失った。




