十日目 姫若子(後編)
俺は山賊に連れ去られている子を助けた。
「僕は、弥三郎である。お主は武士か?助けてくれたこと礼を申すぞ。」
『僕...?ボクっ娘?!この時代にもいるの?なわけないよな。』
「君男なの?」
弥三郎は鋭い目をこちらを向いた。
「初対面であるお主でさえ、僕のことを女だと思うのか。」
「ごめん!肌が綺麗で優しい目をしてたから、そう思っちゃった。」
「......。」
弥三郎は俯きなにかブツブツ言っている。耳を済ませて聞いてみると。
「泣かない、泣かない、泣かない...。」
バッと弥三郎が顔を上げ、
「泣いてなんかない!」
「いや、泣いているようにしか見えん。」
「うう...。僕はこんな見た目で泣き虫だから、家中で"姫若子"って皮肉を受けるんだ。」
『ん?姫若子?弥三郎?』
「は!!君は!!」
と言いかけた時俺は自分の手で自分の口を塞いでいた。
『弥三郎は長宗我部 元親の幼名で、子供の時に見た目や軟弱な性格から"姫若子"と呼ばれてバカにされてたんだ!どこかで聞いたことある名前だと思った。』
そう、この白い肌に紫に近い色の髪と瞳をした男子こそ、後に四国を統一し、土佐の出来人と称される、長宗我部元親である。
『まだ、元親って名前じゃなかった。言わなくて良かったよ。』
そう俺が安堵している真後ろから異様な気配がした。俺はすぐ様振り向き木刀を構えた。そこにはさっきまで倒れていた山賊が起き上がりそこに立っていた。俺たちが話している隙に目覚めたのだろう。
「おい、ガキが邪魔してんじゃねーよ。俺の獲物を返せ。」
この歳で初めて受ける殺気に少し後ずさりをした。さらに運の悪いことにその山賊の後ろから2人の男が顔を出してきた。
「兄貴ぃ。いいもん見つけましたぜぇ。」
「いや!はなして!!」
そいつは蘭を片手で持ち上げ、逆の手には俺の鉈を持っていた。
「おい。蘭を離せ。」
「にぃに!」
「なんだこいつら兄妹なのか。へへ、兄の前で妹を壊したらどんな顔見せてくれるんだろーなー!」
蘭を人質に取られて怒りでどうにかなりそうだ。そんな俺を我に返してくれたのは、弥三郎だった。
「お主ら!狙いは僕であろう。ならばその子を離して僕を捕まえろ!」
山賊の3人は目を合わせ、歪なニヤケ方をしている。
「あひひひ!予定変更だぁ!お前とこの娘を狙いとすることにしたよ!」
「おいガキ!こいつらの命が大事だったらその刀を置け!」
そう言って山賊は蘭の顔に鉈を近づける。大人と言うのはずるいものだ。失う物など何も無いと言わんばかりの態度をとる。だが、俺もただの10歳ではない。ここで素直に引き下がるほど臆病ではないのだ。
俺は木刀から手を離し、地面に落とした。地面に着く瞬間に柄の先を蹴り上げ、走り出した。木刀は一直線に飛んでいき、手前の山賊に突き刺さる。俺は木刀を持ち直し攻撃を続ける。
『よし、次!』
だがこの選択が間違いだったと思い知らされる。俺が蘭を持ち上げている奴に視線を向けると、蘭の頬から血が流れていた。
「ガキがいきがんなよ。お前のせいでこいつが傷物になっちまった。」
蘭の頬は10cm程切られていた。この時代この土佐には、顔に傷がある女は嫁に行きにくくなるという言い伝えがある。そのため女は最も先に顔を守れと言われてきたのだが、持ち上げられている蘭にそれは難しかった。
『どれだけ特訓しても俺の非力さは変わらない。』
そう思った。そして何も出来なくなりその場に立ち尽くした。
「其方、女子の顔に何たる事を!」
そう言って飛び出したのは、何も持たず丸腰の弥三郎であった。当然適うはずがなく、殴り飛ばされ木の下で蹲った。それを見て思った。
『武器を持っている自分が諦め、丸腰で歳下の子が立ち向かってるんだ。俺は何をしている。』
山賊の注意が弥三郎に移っている隙に俺は間合いを詰め、木刀を振り上げた。まず鉈を持っている手に一発。その後、首、腹、腿、脛と連続で叩き、そいつは片膝をついた。最後に、俯いて丸見えの後頭部を思いっきり叩いた。そして最後の一人。
「おい、この気絶している2人を連れて逃げるのであれば、見逃す。」
「バカを言うな!こんなところで負けを認めてたまるか!」
そう言って丸腰のまま向かってきたが、木刀を持っている俺に勝てる訳もなく、そいつも気絶した。俺はその場に立ち尽くした。




