石川優芽-1
折茂陽子は小さな頃から憧れだった。
いつでもハキハキと喋り、頭がきれる。スポーツは学年で無双し、美貌は男子が指折り数える中の三人に必ず入ってくる。本人はあまり自覚が無かったようだが、皆にとって折茂陽子は女子のリーダー的存在であった。
そんな存在だからこそ、隣に月島楓がいつも居ることが不思議で仕方なかった。冴えない風貌で、国語の本読みはいつも詰まる。何か興味があるものだけはマニアのように詳しく、それが気持ち悪いと思っていた。そんな月島楓が何故に折茂陽子と一緒にいられるのか。
あたしは折茂陽子と仲良くなりたかった。彼女は誰しもに同じ態度で接する。最初は「折茂さん」と話しかけた。艶やかな長い髪が揺れて美しかった。「あぁ、石川さん」そう呼ばれて名前を覚えてもらえているだけで嬉しかった。いつの間にか輪に入り、「陽子」と呼べるようになった。いつしか「優芽」と呼んでもらえるようになっていた。
でも、月島楓のように「陽たん」とは呼べなかった。「優芽ちゃん」と、親しみと尊敬の念が入った呼ばれかたにはいつまで経ってもならなかった。たかが呼び名、されど呼び名。いつからか、あたしは月島楓の「陽たん」と呼べる距離を憎らしく思っていた。
あたしはある意味、純粋だったのだと思う。
あたしだけ「陽たん」と呼べるようになりたい。そう願った。
あたしが「陽子」と呼べるようになったのは、三年生の頃だ。あたしを含めて七人組で遊ぶことが多かった。当然、月島楓もそこにいた。
あたしは何度も「陽子」と呼んだ。月島楓は引っ込み思案で、ただ笑顔を浮かべてみんなの話を聞いているだけだった。
「陽たん」
月島楓がそう呼ぶのは、あたしたち五人と離れて、折茂陽子と二人になる時だけだった。それがあたしの苛立ちを募らせていた。
「月島さんって、変じゃない?」
折茂陽子と月島楓が先に帰って五人だけになった放課後、満を持してあたしは言った。京香、凉子、晶紀、悠子の四人はぽかんとあたしを見たが、あたしの血走った目に四人は圧倒されたのだと思う。苦笑いを浮かべながら、曖昧に首を縦に振ってくれた。
「喋り方も変やもんな」
「そもそもあんま喋らんし」
そんな声が上がり、あたしは口角を上げた。
「そうそう。なんか月島さんがここにおるの変やわ。ほんで、何でもできる陽子と仲良いのおかしい思うねん。うまいこと陽子と離してあげなあかん気がする」
捲し立てるようなあたしの声に、他の四人はまた苦笑いを浮かべた。それでも、四人は真っ直ぐなあたしの目を見て戸惑い、曖昧に頷いた。この仲間四人をうまく利用すれば、あたしは何とかなると思った。あたしだけ「陽たん」と呼べる日がきっと来る。