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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
最終章 星降る夜の告白は、リリカルだよね!
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星降る夜の告白は、リリカルだよね! 4


 伊勢エビは大胆にチーズグリル。

 アワビは定番の酒蒸し、足赤エビは塩焼き。

 その他の魚介類はお造りとか潮汁にしたよ。


 いやー 疲れたわー。

 雪那とか七樹は手伝ってくれたけどね。


 不思議だったよ。なぜか作った料理が次々と消えていくんだ。おかしいよね。

 お皿に並べる片っ端からなくなるって。


 結局、いつまでも作業が進まないから解雇してやったぜっ! あんなやつらっ!


「いやいや。これほどの料理なら気持ちは判るよ。つまみ食いしたくなる」


 わははは、と、笑いながら、ナイスミドルな感じのおじさまが罰ゲームカラオケをしている七樹と雪那に拍手喝采を送っている。

 いまの曲目はギンコイだ。


 高校生が歌うような曲じゃないけど、罰ゲームだから。

 懐かしの昭和歌謡三十曲、デュエット編だから。


 で、このおじさまは海幸彦。

 今生での名前は盛幸九重(もりゆき ここのえ)さん。名刺をもらってびっくりしたよ。和歌山市の市長さんだった。


 つーか、神様って人間に転生しすぎじゃない?

 おとなしく高天原で暮らしてなさいよ。

 私がいうのもアレなんだけどさ。


「地上の方が面白いゆえ仕方あるまいの。高天原は平和すぎてつまらんのじゃ」


 とは、ほのかさんのセリフである。

 ちなみにこの人は神様的には、海幸彦のお父さんにあたるニニギだ。


 幼児体型の十九歳のお姉さんだけどねっ。

 むしろ九重さんはほのかさんより二十歳以上も年上だけどねっ。

 息子なのに。


 転生する時期が違っていたり性別が変わってるせいで、ものすごく面白いことになっちゃってる。


「ていうか、海幸彦がくるっていうから、名誉挽回でも頼まれるのかと思ってたんだけどね」


 歌い終えた雪那が戻ってきた。

 いい汗を掻いて。

 罰ゲームだったんだけどなぁ。


「このバカは、そういうことは望まぬよ」


 食材とともに差し入れられた地酒を楽しみながら、ほのかさんが笑う。

 いいんだけどさ。あんたいちおー未成年だからな。

 結婚してるんだし、野暮なこといわんけど。


「山幸彦にあれだけのことをされながら、身を退いてしまったくらいですからね」


 安藤氏は苦笑だ。


 山幸彦と海幸彦の神話のなか、クライマックスで海幸彦が何度も戦いを挑んでいるが、あの部分が嘘らしい。

 攻められてるんだよーんって主張することで、山幸彦は被害者の立場を得ようとしたんだって。


「実際には、海神との協力関係を結ぶことができた弟の功績を喜び、とっとと引退してしまったのじゃよ」

「で、あまりの覇気のなさに怒った夫、つまりニニギに勘当されてしまうのです」


 うわあ。

 ほのかさん頑固オヤジじゃねーか。


 でも、ちょっと気持ちも判る。

 もっと怒れよお兄ちゃん。


「俺みたいに、殺された後に話が作られたってわけじゃないだろうしな」


 ううむと七樹が腕を組む。

 その横では、勝手な伝説を作った男が、がつがつと御馳走を食べている。


 美味いべ?

 視線を向けると、無言で親指を立てて見せた。

 話に加わる気はなさそうなので、そっとしておく。


「怒りがなかったわけじゃないさ。けれど、兄弟で争っても何ひとつ良いことはないからね」


 ほのかさんと安藤氏のグラスに冷酒を注ぎながら、なんとなく嬉しそうな九重さんだ。

 今日、勘当が解かれたんだってさ。


 和歌浦にニニギとコノハナサクヤが来るってのは、そういう意味なんだそうだ。

 だから誘ったとき、すごく微妙そうだったんだね。


 そして断らなかったてのは、ふたりもきっとそういうつもりだったってことだよね。


「そうじゃな。予の気持ちはどちらかといえば九重に近いの。骨肉の争いなど願い下げじゃ」


 そういうのは七樹の頭の上にいる綱吉だ。

 なんか、取り付いちゃってるような風情だけど、そのポジションが一番落ち着くらしい。


「綱吉はそういうのけっこう経験してそうだもんね」

「予の時代も、いろいろあったものじゃよ」


 雪那が綱吉にお皿を掲げてあげる。

 霊感のない人には、七樹の目の前に料理をちらつかせているようにしか見えないだろう。

 なにしてんだって話である。


「すまんの。姐御。美味じゃよ」


 手を付けているわけじゃないけど、子犬が礼をのべる。

 これが幽霊のいただき方らしい。仏壇に食べ物を供えるようなものって考えると判りやすいだろう。

 じっさいに食べるわけじゃないけど、味は判るんだってさ。


 栄養的なサムシングは、七樹に精気(エナジー)を分けてもらってるからまったく問題ない。


「殺して、奪って、では誰も救われぬからの」

「うぐっ!?」


 綱吉の言葉が胸に刺さったのか、伊吹が変なポーズをしている。

 うむ。

 あんたは思う存分痛がって良いよ。


 安藤夫妻と九重さんが声を出して笑った。


 人間としては、彼らは親子でもなんでもない。

 ぶっちゃけ全員が赤の他人だ。安藤氏とほのかさんは結婚してるけどね。

 でも、なんとなく親愛の情は伝わってくるんだ。

 こういうの、なんか良いよね。






 真っ暗な海。

 真っ暗な空。


「なんか怖いくらいだね。七樹」


 深夜と呼ぶにはまだはやい時刻、私たちは海岸を散歩している。

 大人たちは良い感じに酔っぱらって寝ちゃったし、雪那と伊吹もどっかに消えちゃった。


 どっかっていうか、雪那か伊吹の部屋にしけ込んだんだろうけどさ!

 ほんっと勘弁してよね。


 取り残された私たちは散歩でもしようかってことになったのだ。

 あ、二人きりじゃないよ。

 七樹の頭の上には綱吉がいるからね。


「予は邪魔だったのではないかの?」


 とかいって気を使ってるけど。


「砂浜でえっちなことなんてできないよ。砂とか入ったら大変だしね」

「なんでそういうこと言うのっ!」


 真っ赤になった七樹が怒ってる。

 相変わらず純情ドラゴンだなぁ。でも大事なことじゃん。

 感染症とかになったら大変なんだよ?

 どんなにきれいに見えたって、砂なんか汚いんだから。


「そうだけど! まったくもってその通りだけど!」

「もちろん七樹が嫌いとかそういうことじゃないよ。那須高原では流されそうになっちゃったけどさ。勢いでしちゃうのはまずいよねってこと」


 せめてラブホテルとか、それなりに清潔な場所じゃないと。


「ムードより健康か!」


 七樹が吹き出した。

 そんなに面白かったべか?

 良いんだけどね。

 それで私の気持ちが変わるわけじゃないし。


「私はまだ記憶は戻ってないんだけどさ。たぶん前世でもヤマタノオロチのことが好きだったと思うよ」


 ささやくように告げる。

 子供だったはずだから、まだ愛とか恋とか知らなかっただろうけどね。

 でも、なんとなく判るんだ。

 大人になったらヤマタノオロチのお嫁さんになるって、思ってたんじゃないかな。


「美咲……」

「前世では叶わなかったけど、今生ではちゃんと私を七樹にあげるね」


 にこっと笑いかける。


「美咲っ」


 抱きしめられた。


「今度こそ。今度こそ絶対に守り抜くからな」


 宣言とともに。

 それは、ふたりの誓いだ。

 今度は果たすよ。

 必ずね。


「予が見届け人ということになるかのう。犬で申し訳ないが」


 綱吉の言葉だ。

 結婚のときの神父さんみたいなもの?

 なんで日本神話の私が、キリスト教の結婚式を思い浮かべてるんだか。


「五代将軍が後見なら、この誓いは破れないな」


 珍しく七樹が冗談を飛ばす。

 そしてゆっくりと身体を離した。


 んー もうちょっと抱いていてくれても良かったのよ?

 と思っていたら、七樹の顔が近づいてきた。

 彼の瞳に私の顔が映っている。


「それでは、誓いの口づけをするのじゃ」


 あんたも悪のりしすぎじゃない? 綱吉。

 たしか徳川政権はキリスト教は認めてなかったでしょうが。


 いけないいけない。

 ついくだらないことばっかり考えちゃうね。こんなに良いシーンなのに。


 瞳を閉じる。

 唇が重なる。

 おずおずと、次第に大胆に、舌が絡み合う。


「…………」

「…………」


 どちらからともなく身体を離した。


「……海鮮味だったね」

「なんというか、食った直後にキスはやめといた方が良いな」


 おかしくなって、ふたりして笑っちゃった。

 タイミングが食欲と直結しすぎじゃない? 私たちって。


 春はカレーとバーベキュー。

 夏は海鮮の御馳走だ。

 秋はなんだろうね。


「次は修学旅行かな?」

「ん? 行くつもりなのか? 美咲」


 びっくりした顔の七樹である。

 なんだよ? 私は貧乏だから修学旅行に行かないとでも思ったのかよ。失礼にもほどがあるぞ。

 憤慨する私の頭を撫でる。


「そうじゃなくて。行き先が北海道だぞ」

「ぐはっ!?」


 やばいやばい。

 人外の方々が口を揃えて、あそこは人外魔境だっていう北の島だ。

 バケモノすら怖がる場所なんだよ。


 なんだろう。

 いまからトラブルの予感しかしないんだけど。

 けどまあ。


「なんとかなる、かな?」

「えらく楽観的だな。大丈夫か?」


 くすりと笑った私に、七樹が苦笑した。

 大丈夫さ。


「だって、守ってくれるでしょ? 私のオロチさま」


 右手を差し出す。


「……上等だ。神でも悪魔でも宇宙人でもかかってきやがれ」


 一瞬の沈黙を挿入してから、覚悟を決めたように七樹が私の手を取った。


 水平線すら見えない真っ黒な海。

 遠く近く潮騒が響いていた。

 ざわざわと。






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